解雇
顔を合わせるなり俺はサイスに「クビ」と言われた。
これはアレかな? 解雇って奴だよな?
「何で?」
思わず口をついて出る疑問の言葉。
俺はそれを言いながら、サイスの執務室の椅子に腰を下ろす。
「座るんじゃない、失せろ」
サイスの言葉を俺は肩を竦めつつ無視する。
どうしてクビなのか理由を言ってくれなければ帰りませーん、ずっと居座りまーす。といった雰囲気を出すとサイスは俺に向けてウンザリした様子で溜息を吐く。
「単刀直入に言うぞ。お前はクビだ。冒険者の資格は剥奪、さっさとここから失せろ」
「おいおい、ひでぇなぁ。この街を守った功労者に対してそんな物言いは良くねぇんじゃねぇの」
俺が黄神を倒さなきゃ、この街は滅びてたんだぜ?
それを考えれば、俺のことはもっと敬っても良いんではなかろうか?
俺はこの街の恩人なわけだし、クビにするとかもってのほかだと思うけどね。
「多少の恩を感じているからこそ、ここまで我慢してやったんだ」
我慢とはまた酷い物言いだね。俺がサイスに我慢を強いるようなことをしたか?
「おいおい、俺が何をしたって言うんだよ?」
「全部わかっていて言っているだろう、お前」
そりゃあ、まぁね。
俺は馬鹿ではないし自分がやってることも良く分かるよ。
世間と自分の感覚の乖離も良く分かってるし、それで起きるトラブルも承知している。けどまぁ、承知しているからといって俺は自分の行動に制限をかけたりはしないし、当然だが自重もしない。
周りの人間が困るかもなぁって思っても、俺は他人を理由に自分の行動を我慢するってことが出来ない人間なもんで、俺は自分の衝動と欲求に従ってしまうんだ。
「依頼人と揉める」
サイスが俺のやったことを挙げていく。
依頼人と揉める──なんかムカついたんでパンチを入れてやったんだよね、憶えてるよ。
「依頼を放り出して他の奴に任せる」
つまんねぇ仕事だったもんで、俺への依頼だったけどゼティやカイル君にやらせたんだよな。
でも、報酬の三割はアイツらにやったぜ? でもまぁ、こういうのを許すとベテラン冒険者が新人を無理矢理働かせて上前をはねるってことにも繋がるからマズいんだろうね。
理解はしていたが、面倒くささには勝てなかったんだ。
「狩りを任せたら、依頼されたのと違う獲物を持ってくる」
そりゃあ獲物が狩りをしても面白く無さそうな魔物だったからだよ。
俺に任せるなら強い魔物を標的にしてくれよ。
「護衛を任せたら、護衛対象の半殺しにして帰ってくる」
だって、態度悪かったし、悪党だったからな。
今のフェルムの混沌とした状況を利用して貧乏人を食い物にしようとした奴だぜ?
「……そして護衛対象の仲間達がお前に復讐しに来たら、街中でそいつらと大立ち回り」
誰も殺してねぇんだから許せよ。
「どうにもならないと思って、子供でもできる薬草採集を任せても、マトモに集めず日が暮れたからと帰ってくる始末」
そういうガキのお使いみたいな仕事は俺には相応しくねぇぜ。
自分の能力に見合わない仕事ばかりしてると格が落ちそうだからなしたくねぇんだよ。
「最後はもうドブ攫いくらいしかないと思って任せたら、街中を歩いていた冒険者達と喧嘩になり、そいつらをドブの中に叩き込み、側溝を破壊だ」
それは俺は悪くねぇぜ、道行く冒険者共が俺を指差して笑うもんだから、仕事を差別するのは良くねぇってことを体に叩き込んでやったんだ。
「──これだけのことをしておいて自分が何をやったか聞くのか? どうして冒険者をクビになるのか、その理由も説明しないと駄目か?」
いいえ、必要ございません。
まぁ、クビになりそうだなぁって俺も思ってたし別におかしくはねぇな。
実際に冒険者になったは良いが、思ったより面白くねぇよ、冒険者。
「何か考えがあったのかもしれないが、やらかしすぎだ。俺は庇えないし、庇いたくない。だからクビだ。お前に冒険者を続けられると困る」
さいですか。まぁ、仕方ないね。
「良いんじゃねぇの」
別に俺は困らねぇよ。冒険者であり続ける理由も無いわけだしな。
だけど、俺を辞めさせて本当に良いんだろうか?
「でも、俺はラスティーナ王女と懇意にしてるわけだし、そんな奴を辞めさせると困るんじゃねぇかなぁ」
ここぞとばかりに権力者との繋がりをアピール。だけども俺のアピールをサイスは鼻で笑う。
「殿下には了承を頂いているんで、その心配は無用だ」
あぁ、そうですか。あの女も承知のことなのね。
俺がクビになるのは既定路線ってことか。
「街の恩人をクビにするなんて心苦しいが俺にも立場があるんでな」
「よく言うぜ、顔が笑ってやがるぜ?」
サイスは口元に笑みを浮かべている。
まぁ、厄介者が消えてくれて嬉しいんだろう。街の恩人って言っても俺はサイスをイラつかせることばかりしてたからまぁ、好かれてなくても当然か。
それにサイスの今の立場的にも面倒ごとを起こす俺がいなくなって嬉しいんだろう。
「ギルドマスターってのも大変だねぇ」
サイスは事件の後、すぐに正式にギルドマスターに就任した。
魔物の襲撃と黄神の降臨によって甚大な被害を受けた民営、公営、冒険者協会の三つの冒険者ギルドは実利的な面から一つの組織として合流し、そうして出来上がった冒険者ギルドのトップの座にサイスは収まった。一つの組織になるに際してのトラブルは無かった。
なにせ各ギルドのトップは冒険者として同じパーティーを組んでいた仲間同士だったし、秘密を共有する盟友でもあったから話はスムーズに進んだようだ。
「スカーレッドは自警団で、ゲオルクは市長代行だっけ?」
事件の混乱でフェルムの統治機構はボロボロになり、本来統治するべき貴族連中が壊滅的な被害を受けたフェルムから逃げ出した結果、サイスとその仲間たちが空席となった権力者の座に収まった。
「嫌だねぇ、火事場泥棒みたいな権力の簒奪」
「だが、今の状況なら指揮を執る者をはっきりさせておくべきだろう?」
まぁ、そうだけどね。
誰かがトップに立って指示を出さなきゃ再建も進まねぇしな。
結果的にサイスとその仲間がフェルムの支配者になったことについては思う所が無いわけじゃないが、そうそう悪いことにはならないだろうし住民にとっては良いのかもな。
やり方はともかく、サイス達はずっとフェルムのために尽くしてきたわけだし、これからも力を尽くすだろうしさ。
「スカーレッドがお前のことを捕まえると息巻いていたぞ」
「そいつは怖い。捕まる前にどっかに隠れようかね」
俺は肩を竦めて立ち上がる。
そんな俺をサイスは止める様子も無い。まぁ、クビって言った手前、引き留めるようなことはしねぇわな。だが、俺が背を向けるとサイスは俺の背中に向けて質問を投げかけてきた。
「……一つ聞きたい。フェルム周辺のダンジョンのことだ」
俺は立ち止まりサイスの言葉の続きを待つ。
「この街の周りのダンジョンは黄神の力によって維持されていたはずだ。しかし、黄神が滅んだ今も変わらずにダンジョンは機能している。どうしてか分かるか?」
「さぁ? 分かんねぇなぁ。クビなるような奴より、ダンジョンにちゃんと潜ってる立派な冒険者に聞いたらどうだい?」
「魔具は変わらず出るが黄神のいた頃とは全く違う物だ。それに魔物の種類も異なっている。何か知っているか?」
「俺は何も知らねぇよ」
俺はサイスの方は見ず肩を竦める。
「……黄神が滅んだ直後は確かにダンジョンは機能を停止していたそうだ。事件があった直後にダンジョンに入った冒険者の証言ではな。だが、それから少しするとダンジョンは復活し、それまでとは違った魔物が出るようになったそうだ」
「へぇ、そうかい」
「ちなみに、ダンジョンのそばで様子を伺っていた冒険者から聞いたんだが、再び魔物が現れるようになる直前に何者かがダンジョンに入るのを見たそうだ」
「ふーん、じゃあ、そいつが何かしてくれたんじゃねぇの? もしかしたらキミらを憐れんだ神様が新しいダンジョンを用意してくれたのかもね。答えは出てるじゃねぇか、俺に質問をする必要が?」
「付け加えると、そのダンジョンに入った何者かの特徴が、俺の良く知っている誰かに当てはまるんだがな」
「他人の空似って奴だろ?」
俺は振り向きサイスの顔を見る。
「もしかして、俺みたいな美男子だったのかい?」
俺の軽口に応えることも無くサイスは俺を見つめていた。
勘弁してくれよ、そんな熱烈な視線を向けられてもキミの気持ちには応えられないぜ? 俺は普通に女性が好きなもんでね。
そんな俺のお断りの気持ちに気付いたのかサイスは鼻で笑って俺から視線を外す。
「報告を聞く限りでは美男子だったそうだから、お前ではないな」
「そうかい」
「あぁ、そうだ。俺が聞きたいことは以上だ。もう行って良いぞ」
はいはい、了解しやした。
俺は肩を竦めて、サイスに背を向けて部屋から出る。
そんな俺の背中に投げかけられたサイスの言葉は──
「ギルドカードは置いていけよ。もう冒険者じゃないんだから、冒険者として発行された身分証は無効だ」
分かってるって、そんくらいはさ。
俺は懐からギルドカードを取り出して振り向かずにサイスの方に投げる。
そういえば貰ったきりマトモに使ってねぇや。未使用で返却ってのも勿体ないね。
「ところで、俺の方からも聞きたいんだけどよ」
俺は部屋から出る直前にサイスの方を見て訊ねる。
「あの、アホみたいな喋り方はやめたのか?」
〇〇っスとかいう喋り方な。
今の真面目なキャラよりアレの方がキャラが立ってていいと思うんだけどな。
「やめてはいない。お前と話してるとイラつくからな、演技をする余裕がなくなるだけだ」
「そうかい。それなら俺がいなくなるこれからは演技をする余裕ができるってことだな」
「そうだよ。お前がいなくなってくれて清々するよ」
口の減らねぇ奴だなぁ。素直に感謝の気持ちを言えねぇのかよ。
まぁ、構わねぇけどな。これくらいが俺にとっては丁度いいぜ。悪態を背中に受けながら立ち去る。
もう此処にいる理由もねぇし、お別れだ。俺もそろそろ旅を再開しよう。
そんなことを思いながら俺は背中にサイスの視線を受けながらギルドを出た。