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フェルムの話

 

 俺が黄神を倒し、フェルムを救ってから少しの時が過ぎた。

 フェルムの街の復興作業は多少は進んではいるが、まだまだ元通りというわけにはいかないようで、今日もまたトンタカトントンと大工仕事の音が聞こえてくる。

 元通りにしようとしてはいるが、おそらくまぁ元通りにはならない。街の中心地である旧市街はクローネ大聖堂を中心に大穴が開いているうえ建物も全て倒壊していて、それを元通りにするくらいなら一旦更地にして新しい街並みを作った方が早いだろう。


「まぁ、俺には関係ないことだがね」


 俺はフラフラとフェルムの街中を歩いて冒険者ギルドに向かう。

 あちこちで人が忙しなく動き回り、フェルムの街並みを元通りにしようと懸命に働いている。

 俺もまぁ働いてないわけじゃないんで、周りを見ても引け目は感じない。いや、そもそも俺は他人が労働してるのに自分はニートしてても何も感じねぇ男だ。


「おい! 道の真ん中をボンヤリ歩いてんじゃねぇ!」


 おっと、余計なことを考えながら歩いてたら怒られちまったぜ。

 怒鳴り声は後ろから聞こえてきて、俺は声の方を振り向くとそこには馬車がいて、その御者が怒った顔で俺を見てやがった。


「どこを歩こうが俺の勝手だろうが。テメェが道の端に行け」


 俺は周りに合わせて道を譲るなんてことはしねぇ。

 まぁ、そんなことを言いながら俺は馬車を観察する。馬車は家紋付きの質の良い物だ。

 乗ってるのは貴族だろうか? 行き先は街の外か? まぁ、フェルムから出て行くんだろうな。

 魔物の出現と黄神の降臨の一件から、フェルムにいた貴族の大半は競うように街から逃げ出している。安全なんかを考えれば、そっちの方が良いって判断だろう。

 行く先があるなら住みづらい場所から引っ越すってのは俺は悪いことだとは思わねぇんで、それに関しては特に言うことは無い。


「おまえ、この馬車が何処の家の物か知ってて言ってやがるのか?」


「知らないねぇ。知ってても譲らねぇけど? 文句があるなら俺と殴り合って力づくで退かしてみるんだな」


 お偉いさんが乗ってる馬車の御者のくせにチンピラみてぇな口の聞き方しかできねぇ馬鹿に道を譲ってやる必要はねぇよ。喧嘩を売るような物言いに俺は応えてやってるだけだぜ?


「おまえ──」


 お、るかい? つっても相手は素人みたいだから喧嘩をしてもな。

 売り言葉に買い言葉で挑発したわけだが、さてこれからどうする?

 俺がそんなことを思ってると喧嘩の気配を察したのか、周囲が俄かに騒がしくなり──


「やめろ、そいつはアッシュだ!」

「関わっちゃダメな奴だ!」

「さっさと謝れ、面倒なことになるぞ!」


 野次馬が御者に向かって叫ぶ。すると、俺が何者か気づいた御者の顔が青くなった。

 こいつは参ったね。俺はたいしたことはしてねぇってのに悪名が広がってやがる。


「おいおい、そんなに怖がるなよ。俺は人畜無害の平和主義者だぜ?」


 俺が弁明すると野次馬が声を上げる。


「嘘つけ! 肩がぶつかっただけでテメェにぶん殴られたぞ!」

「博打でイカサマされた!」

「食い逃げされた!」

「家宝を盗まれた!」

「家を壊された!」

「女房を寝取られた!」


「うるせぇぞ! 外野!」


 少なくとも女は寝取ってねぇよ。他はやった気がするが、それだって確かじゃねぇ。

 野次馬が声を上げるのは俺にとっては日常茶飯事の出来事だぜ? そんなの一々並べられても記憶にねぇっての。

 それに俺が一方的に悪いみたいに言ってるが、俺は理由も無く他人を痛めつけるようなことはしねぇから、10:0で俺が悪いってことは無い。まぁ6:4で俺が悪いんだろうけどな。


「もう良いよ。さっさと行け」


 ゴチャゴチャと外野がうるさくてる気が削がれたぜ。

 俺は道を譲って馬車を通す。退けと言われて退くのは嫌だが、自分で道を譲る分には俺は何も思わねぇ。


れ、見世物じゃねぇぞ。一般人パンピーは労働に勤しんでろ」


 俺がシッシッと手を振ると集まっていた野次馬がその場から去っていき、周りに誰もいなくなってから、俺は歩き出す。


「つまんねぇなぁ」


 今日も今日とて俺はサイスからお呼び出しだ。

 冒険者としてフェルムのために働いてる俺をあの野郎は事あるごとに呼びつけやがる。

 サイスに頼まれた通り働いているってのに、あの野郎は何が不満なのかね。


「面倒くせぇぜ」


 ブラブラと歩いていると市場に出る。

 まぁ市場とは言ったが、今はその面影があるだけで事件の影響のせいか店を広げているのは僅か。食い物を売ってる屋台がいくつかある程度だ。

 食料は基本的に配給になっているが、それで腹が満たされない奴が相場より高い食い物を求めてやって来る。


「げっ、アッシュだ」


 屋台の店主が俺を見るなり、露骨に嫌そうな顔になる。

 いきなり「げっ」はねぇだろ、蛙かよ。いや、蛙は「げろ」か?

 いっそ「ゲロ」も出るようにしてやるべきか?


「よう、真面目に働いてるかい?」


 俺は関わりたく無さそうな店主に話しかける。


「いやもう、それはもう、もうホントに真面目にやってますって」


 ははは、ホラは吹かなくて良いぜ?

 つい、この間までアホみたいな値段で食い物を売って腹が減ってる奴らを食い物にしてたじゃねぇか?

 そんな簡単に人間の性根は変わらねぇよ。


「今度はどんな悪事をしてるんだい? 俺にも教えてくれよ」


 俺は屋台に並んでいた串焼きの一本を手に取り、口に運ぶ。

 普通の動物の肉じゃねぇな。魔物? いや、蛙か? もしかしたら鼠かも。

 分かんねぇけど、毒は無さそうだな。


「人聞きの悪いことを言わないでくださいよぉ。マジで心を入れ替えたんですから」


「あ、そう。なら良いんだけどね」


 つまんねぇなぁ、悪いことをしてねぇのかよ。

 期待してきたってのに、それは無いんじゃない?

 俺に無駄足を踏ませたんだから、迷惑料ってことで串焼きは全部貰ってくな。


「あ、あの御代は……あ、いいです」


 えー、良いの? 参ったなぁ、金を払ってやっても良かったのになぁ。

 でも、タダで貰って欲しいって言うなら貰ってやるよ。仕方ねぇなぁ。


「人に食わせるなら、もっと美味く作れよ。これ不味いぜ?」


 俺は串焼きを頬張りながら、アドバイスをしてその場を後にする。


「あぁ、不味い。もういらねぇや」


 俺は串焼きを手に市場の近くにあったベンチに腰を下ろす。

 でも、たいして美味しくないので近くを走り回っていた小汚いガキ共に串焼きを捨てるつもりで渡した。

 まぁ、鼠のだけは俺が食っておいたけどな。


「はぁ、つまんねぇぜ」


 ベンチに腰掛け、空を見上げて俺は一休み。

 ボーっとしていると周りの音が良く聞こえてくる。

 トンテントントン、トテトントン。大工作業の音だ。

 カンカントントン、トテカンカン……ドカーン!

 ──とまぁ、こんな感じにリズムよく聞こえていた中に轟音が響く。

 音がした方を見ると、家が一つ倒壊していた。


「アンタもうアッチに行ってろ!」

「直してるんじゃねぇんだよ! それはぶっ壊してるって言うんだよ!」

「邪魔だから、どっか行けぇ!」


 倒壊した家の方から怒鳴り声が聞こえてきて、そちらの方向から俺の方に向かって一人の男が歩いてくる。

 そいつは俺が最近、顔見知りになった男──白神教会の聖騎士であるイグナス・せプテンズだった。


「うーむ」


 イグナスは唸りながら首を傾げて歩いてくる。

 考えているように見えるが全く頭が働いているように見えないイグナスは何も言わずに俺の隣に腰かける。


「む、アッシュ。こんなところで何をしている」


「ボーっとしている」


「そうか」


 会話はそれだけでイグナスは再び首を傾げて悩み始める。

 聞こえてきた怒鳴り声で分かるが、このアホはパワーはあるが繊細なことが何一つできない。そのせいで、街を建て直すはずが、逆にぶっ壊している。

 こいつの考えで聖騎士団がフェルムの再建に手を貸しているのだが言い出しっぺのコイツはクソの役にも立たず邪魔者扱いだ。


「しかし不思議だ。なぜ世の中の人間は家を頑丈に作らない?」


「なんでだろうね」


「あんなに簡単に壊れる家に住んでいて怖くないのだろうか?」


 普通は壊れないと思うぜ?

 キミが家の大事な柱を小枝を折るみたいに折らなきゃ大丈夫だと思うけどね。

 それとうっかりぶつかって豆腐を崩すみたいに家の壁を崩さなければさ。


「ところで、何をしているんだ?」


「ボーっとしてんのさ」


 さっき言ったよな。


「む、何故だ?」


 それは聞かれてないな。


「色々と考え事をしてるさ」


「むむ、それは深いな」


「だろ? 深海並みの深さだぜ」


「それはどれくらいの深さなんだ? 深海と言うのは足がつかないくらいの深さなのか?」


「うん、そんくらい。油断してると溺れるくらい」


「本当か、それは大変だ!」


「そうさ、大変なのよ俺は」


「俺に出来ることは何かあるか?」


 あるよ。俺とろうぜ?……って言っても、コイツは絶対に乗ってこないからなぁ。

「騎士たるものは私闘は駄目だ! 喧嘩などもってのほか!」とか言うからなぁ。

 どんだけ挑発しても、いまいち俺の言ってることが通じないみたいだし、現状だとイグナスと戦うのは難しいみたいだ。れない奴を真面目に相手すんのも馬鹿らしいし俺はイグナスに関しては今の所は適当に相手をするようにしている。

 見かけた時は最高に楽しそうな相手だったんだけど、今じゃ面倒臭いだけだ。


「あっちに困ってる奴がいるから助けに行けよ」


「なに! 本当か! ならば行かなければ!」


 イグナスは立ち上がると俺が指さした方へと駆け出して行った。

 その方向にひたすら走れば、いつかは困ってる奴が見つかるだろうよ。


「はぁ、サイスの所にでも行くか」


 俺はイグナスを厄介払いすると立ち上がって、その場を後にする。

 最初から、それが目的で街の中をほっつき歩いてるんだ。いい加減、寄り道は終わりにしよう。だが、その前に一仕事。


「いいぜ、声を聴かせてくれ」


 俺は誰もいない空間に向けて呼びかける。

 そうした次の瞬間、俺に返ってくるのは声なき声。

 その声とはこの場所で死んだ人間の魂の声だ。


「死にたくはなかったよな。そして消えたくもないよな。でも、そのままってわけにもいかねぇんだ」


 この世界は天国とか地獄のような死後の世界が無い。死んだ人間の魂を処理する仕組み自体が無いんだ。

 普通の世界なら死後の世界みたいなものを用意しないにしても、死んだ人間の魂を処理する仕組み自体は用意してある。だが、この世界にはそれが無い。

 その結果、この世界では死んだ人間の魂は永遠にその場に残り続ける。魂に刻まれた想い残したまま。


「恨み、憎しみ、怒り、後悔、死の瞬間の苦しみもそのままでこの世に残り続けるのは辛いぜ?」


 自分が辛いだけなら良いが、負の感情を残したまま留まり続ける魂ってのは周囲に良い影響は与えない。

 だから、何らかの手段で処理をしなけりゃならねぇわけだが、その仕組みがこの世界には無い。

 だからまぁ、俺が何とかするしかないわけで──


「俺と一緒に行こうぜ?」


 まぁ、強制だけど。

 俺は留まっていた死者の魂を自分の中に取り込む。魂に残っていた感情と想いが俺の中に流れ込んでくる。

 あまり良い気分じゃねぇが、辛くもねぇさ。


「大丈夫。次はもっと良い人生になるさ」


 俺が生まれ変わらせてやるよ。まぁ記憶は引き継げねぇけど、それでも慰め程度にはなるだろ?

 ただ、魂を転生させるにしても、今のこの世界じゃ無理だけどな。俺がこの世界を支配下に収めないと無理だし、それまでは取り込んだ魂は俺が大切に保管しておくしかない。


「それじゃ、行くか」


 仕事を片付けた俺はそろそろサイスのいるギルドへと向かうことにする。

 色々と道草を食ってしまったせいで約束の時間は過ぎてしまった。

 まぁ、最初から時間通りに来るつもりは無かったけどな。

 なんで俺が人の決めた時間通りに動かなきゃならねぇんだ? 俺がいつ動くかは俺が決めるっての。


 そんなわけで俺はやましいことなど何一つなく堂々とギルドの中に入り、俺を呼びつけたサイスのもとへと向かう。

 そうして俺はサイスと顔を合わせたわけだが、顔を合わせるなり開口一番サイスは俺に向け──


「おまえはクビ」


 ──そう言い放ったのだった。




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