戦いの兆し
12月31日は2話投稿しています
クルセリア──それは白神教会の聖地と謳われる都市であり聖都の異名を持つ都市。
そんな宗教上の中心地のさらに中央に存在するのは白神教会の教皇が住まう宮殿。
その最奥にあるのは教皇の間。
普段であれば教皇のみがいるその間にこの日は幾人もの司教が訪れ、静寂に包まれているのが常である教皇の間に人の声が響いていた。
「──以上のように、黄神復活を企てたメレンディス教区長は現地の冒険者によって討たれた模様です」
報告するのは教皇の懐刀である枢機卿の一人。
報告を受けたのは玉座にある教皇──その名をイズリア・ローランという。
教皇イズリアの姿は玉座の周りに設けられた御簾によって定かには見えない。だが、御簾越しに見える教皇の影は報告を受けると、目元を拭うような仕草を彼の前に跪く教会の幹部たちに見せる。
「哀れな、なんと哀れな。神に仕える気高き者であったメレンディスがまさか異端の道に堕ちるとは。なんと哀れな事だろう。彼が落ちた理由は私には分からない。だが、きっと苦しみが、絶望があったのだろう。あぁ、あの者の苦しみに気付かなかった、未熟なこの身が呪わしい」
御簾越しに聞こえてくる声は若い男の物だった。
その言葉には深い悲しみが感じられ、異端の道に堕ちたとはいえ、かつての弟子を思いやる慈悲の心に溢れていることを、その場にいる者達に感じさせた。
「異端の道に堕ちた者を公に弔うことはできない。しかし、心でその冥福を祈ることは許されるであろう。皆には申し訳ないが、哀れなメレンディスの魂の安息を祈ってやってはくれまいか」
教皇の慈悲に溢れた言葉に涙し、その場にいた全ての者がメレンディスの冥福を祈る。
誰もが心の底からメレンディスの魂の安息を願う。教皇イズリアの言葉通りに誰もが、その言葉に異を唱えることはおろか、何一つの疑問も持たずに。
約一分の黙祷。
それが終わると教皇への報告を枢機卿が続ける。
「メレンディス教区長に関する追加の報告として、教区長はアッシュ・カラーズなる冒険者と関わりがあったことが分かりました。この者は猊下のお言葉にある異端の神アスラカーズに関わりのある者たちの名に一致しております」
教皇はその報告を受けて頷き、穏やかに言葉を発する。
「やはり、邪神アスラカーズの手引きであったか。メレンディスが異端の道に堕ちたのもその邪悪なる神の仕業であろう」
教皇の言葉を受けて教会の幹部たちの表情に警戒の色が浮かぶ。
「我らが仕える白神様が我に警告を発した邪神アスラカーズの存在とその危険性。それが現実の物となったようだ」
教皇は穏やかな口調で周囲の人々の不安を和らげるように穏やかな口調で言葉を続ける。
「いたずらに民を怯えさせぬよう邪神アスラカーズの存在は今後も秘するように。だが、我々は神に仕える身として、邪悪なる存在に対して対抗策を用意しなければならぬ」
「では、聖騎士団に邪神の捜索を?」
「うむ、頼む。だが、民を不安にさせぬためにも内密に動くこと、しかし、内密に動く限りでは手段は選ばずともよい。我らの使命を果たすことこそが最優先であることを肝に銘ずるように聖騎士達に伝えよ」
教皇の言葉にその場にいる者達は誰も異を唱えない。
白神教会の上層部を司る上位の聖職者たちにとって教皇の言葉は絶対のものであり、彼らは教皇の言葉に疑問を抱くことなど一度も無かった。
「──次に魔族との戦いの状況について報告します」
枢機卿は教皇の命令について口を挟むことも無く了承し、報告を続ける。
枢機卿の次の報告の内容とは人間と魔族の間で起きている戦争についてであった。
白神教会にとって魔族とは邪悪な存在であり、白神教会は魔族を滅ぼすことを教義の一つとして掲げ、魔族の殲滅を各国に訴える立場にあった。
そういった立場であるから、教会は魔族との戦争を主導をしており、教会にとって戦況は重大な関心事でもあった。
「──戦況は膠着状態。ソーサリア魔導領にて魔族の侵攻を防いでおります」
「魔導王国か……あの地の国境に築かれた魔導防壁が人の世界へ魔族の侵攻を防ぐ最後の砦だったか」
思い出すように呟く教皇の言葉に枢機卿が頷く。
「しかしながら現在、魔族はソーサリアの壁を突破しようと工作を試みてるとの報告もあります。また、魔族も我々が各国に伝えた勇者召喚の秘術と同じ反応を魔族側から感知したという報告も受けております。軍事は各国に任せるにしても、我らの方でも何かしらの対策を練る必要があるかと」
枢機卿の言葉に頷きながらも教皇は訊ねる。
「各国に伝えた勇者召喚の儀式の結果はどうか?」
異世界から優れた能力を持つ『勇者』を召喚する秘術として教皇が自ら伝えた儀式だ。
各国が儀式を終えてひと月以上は経っていた。
「各国からの報告は無く……情報を秘匿している国もいくつかあるようです。いかがいたしますか?」
「構わん。好きにさせよ」
それだけ言うとその場にいる全ての者が納得し、教皇の言葉に疑問を差し挟むものはいない。
「ソーサリアには宣教師を向かわせ、対応は彼らに任せる。魔族が何を企もうが奴らの思い通りにはならない」
教皇の言葉はその場にいる者達にとって絶対であり、教皇の言葉はそのまま決定事項である。
「神が望む世界へと至るため、諸君らの働きに期待する」
教皇はそう締めくくり、報告を終えた枢機卿以下、教皇の間にいた者達は速やかに退室する。
その場に残ったのは部屋の主である教皇のみ。
誰もいなくなり静まり返った教皇の間、御簾に囲われた玉座にて教皇は瞑想を始めながら呟く。
「次の戦場はソーサリア──魔術師たちの国だ。さぁ、お前はどう動く?」
それは遠き彼方にいる者への言葉。
教皇の呟きは静寂に包まれた部屋の中に響き、やがて消えていった。
後に残るのは目を閉じ、瞑想をする教皇のみであった。
これにてフェルム編は終了。少し休んで一月の半ばくらいから再開予定。
誤字報告をしてくれた人には感謝。だいたいは報告された通りに直してます。
区切りが良いんで、この辺りで評価なんかしてもらえると今後の計画が立てやすくなるんで助かります。
次章の予告なんかも少し。次章からはみんな大好き学園編。
諸事情から魔術師たちの国にある魔術を学ぶための学園である魔導院へ潜入する羽目になったアスラカーズ。社会性ゼロの邪神が平和な学園に波乱を巻き起こす。
果たしてアスラカーズは事件を起こさずに済むのか。そして退学させられずに済むのか。学生のままでいられるかどうかすら怪しい学園編が、いま始まる。