それからの話
12月31日は2話投稿
黄神と戦ってから数日が過ぎた。
甚大な被害を受けたフェルムの町も混乱こそ完全に収まったわけではないけれど、復興に向けて着々と歩み出している。
そんな中、俺はというと──
「なーんも、する気が起きねぇなぁ」
フェルムの市外に設営していたキャンプ地でダラダラと過ごしていた。
キャンプのど真ん中に野ざらしにした大きなソファーに寝そべりながらビールを飲んでピザを食う日々。
フェルムの町からは再建と復興のための工事の音が聞こえてくるが、俺は興味が無いんで無視する。
「はー、つまんねぇな」
黄神との戦いが良かったせいか、他のことは何もしたくねぇ気分だぜ。
美味しい物を食った後で、不味いと分かっている物は食いたくないってのに似た気分で、俺は楽しい気分をなるべく維持したいから、つまんねぇ雑事に関わりたくねぇんだ。
「だるいなぁ」
俺はソファーの下に手を伸ばす。
食いかけのピザがあったと思ったが、俺の指が触れるのはピザの入っていた空箱だけ。
「はぁ、面倒くせぇ」
でも腹減ったから、なんか食わねぇとな。
俺は仕方なくソファーに寝そべった状態から起き上がり、冷蔵庫が中にあるテントに向かう。
キャンプは何時の間にか大型のテントがいくつも立ち並び、それぞれのテントの中に発電機と電化製品が置かれている。そのどれもがシステラが出してくれたもので、当然この世界に無い物だ。
「だりぃ、だりぃ、だっるいなぁ」
地べたに置きっぱなしにしていた飲みかけのビールに口をつけながら、俺は冷蔵庫があるテントに向かう。
途中でピザの入っていた空き箱を踏みつけ、食べかすが足の裏につく。
「ウザイなぁ」
近くに放り捨てていたサンダルを履き、俺はテントの中に入る。
テントの中では発電機が静かな駆動音を発し、その傍らに冷蔵庫があった。古臭い発電機と冷蔵庫だ。俺が人間だった時代の物と大差がない。
本当だったら、もっとSF感のある機械も出せるんだろうが、現状システラの能力に制限がかかっているから難しく、システラが収納領域から出せる物にも限界はある。
まぁ、俺が手加減の呪いをかけているのが、そもそもの原因なんだけどね。あんまり、その世界の文明レベルを逸脱するものを出せないように俺がしているからね。
「はー、腹減った」
俺は飲みかけのビールに口をつけつつ、冷蔵庫を開けて食い物を探す。
冷蔵庫の中にはピザの入った箱があった。というか、それくらいしか食えそうなものが無い。
俺は選択肢も無いのでピザの箱を取り、それをそのまま冷蔵庫の近くに置いてあった電子レンジに突っ込んだ。
「ペパロニピザなのが救いか」
チーズとペパロニのシンプルなピザ。アメリカンのスタンダードだ。
俺はアメリカ育ちなもんでね。イタリアンなピッツァより、アメリカンなピザが好きなのさ。
システラに頼んで出してもらって良かったぜ。
ソファとテント、冷蔵庫、発電機、電子レンジ、そしてピザとビール。
よくよく考えてみたら、俺は生活の殆どをシステラに依存しているなぁ。戦闘能力は微妙だけど、それ以外では役に立つんだよな、アイツ。
まぁ、していることは別次元にある倉庫から俺の私物を取り出しているだけなんだけどね。それでもまぁ、現状ではシステラにしかできないことなんで、役には立ってくれてるよな。
で、そのシステラはというとフェルムの復興作業に喜んで参加していて、キャンプには帰ってこない。
アイツが帰ってこないと食い物と酒が足りなくなるんで、ちょっと困るんだが。
「はぁ、面倒くせぇ」
ピザが温まるまで時間があるんで、俺はソファーに戻って腰を下ろす。
俺たちが野営しているキャンプ地からはフェルムが見え、そこに入っていく人々が見える。
俺がソファーに腰を下ろした時が、ちょうどその時だった。
「随分とまぁ、大軍でお越しのようで」
俺のいるキャンプ地からは、一糸乱れぬ隊列を組んでフェルムの市内へ入っていく兵士達の姿が見えた。
フェルムの人々が何の抵抗もせずに受け入れていること、遠くからでも質の良さが分かる装備と兵の練度から俺は、兵士達が正規兵であると推測する。
「正規兵って言っても、アウルム王国軍って感じか?」
フェルムはアウルム王国の一都市であるし、国内で何か事件が起きたなら、国の軍が動くのもおかしいことではないしな。
ただ、やって来るタイミングが早すぎるけどな。俺は早くこれた理由も想像がつくんで、なんとも思わねぇけど。
「本当は魔物退治に来たんだろうが、全て片付いた後だぜ? 復興作業でも手伝うんだろうかね?」
まぁ、兵士を連れてきた奴はそうするつもりで連れてきたんだろう。
そんなことを考えながら、兵士がフェルムの市内に入っていくのを眺めていると、その中にいた馬車の一台が兵士の列を離れて、俺のいる方へと向かってくるのが見えた。
それもまぁ、そうなるだろうなぁって思っていたんで、特に驚くことも無い。
「お早いご到着なのか、それとも随分と余裕を持ったご到着なのか」
俺の方に見覚えのある馬車が近づいてくる。
馬車に乗っているのは身分の高い人物なので、供回りの騎士も馬に乗ってついてきている。
まぁ、それなりの腕の連中なんで、喧嘩を売ろうって気分にはならねぇな。戦っても楽しくは無いだろうしな。
馬車が近づいてくるのをぼんやりと眺めていると、ほどなくして馬車がキャンプの前に止まり、その中から一人の女が姿を現す。
「久しいな、灰色」
馬車の中から姿を現したのは、煌めく黄金の髪と宝石のような碧玉の瞳を持つ絶世の美貌の少女。
そんな面に加えて俺を灰色なんて呼ぶ女はこの世界では一人。
「どうも、錆び女」
アウルム王国の王女であるラスティーナしかいない。
ラスティーナは堂々たる態度で、ソファに座る俺を見下ろしていた。
その面は俺に何か言いたいことがあるようで、さて俺が一体何をしたんでしょうかね?
一国の王女様の不興を買うようなことをしましたでしょうか? でしたら、とても申し訳なく反省いたす次第でございます。
「私がどうしてここに来たか分かるか?」
ラスティーナは供回りの兵や、侍女を置き去りにして俺に詰め寄る。
怖いなぁ。女の子に詰め寄られるとか、怖くて泣いちゃいそうだぜ。
「分かってる、分かってる。分かってるから、帰って良いよ。お疲れさん、ご苦労さん、ありがとさんの、さんが三つで3×3=9の大サンキューってな」
自分で言っておきながら、あまりに舐めた態度に思わず「クックック」っと笑いが漏れる。
俺の言葉と態度に憮然とした表情を浮かべるラスティーナに対して、そのお供の連中はというと──
「無礼者!」
ラスティーナ付きの侍女もそうだが、護衛の騎士も殺気立って剣を抜きかける。
だが、そんな自分の家臣をラスティーナは手で制する。
「賢いね」
その判断は間違ってはいないぜ。
俺は飲みかけのビールに口をつけ、中身が無くなったことに気付くと、そのビンを放り捨てて新しいビールを取りに行こうとして、ちょうどいいタイミングでレンジの温めが終わった電子音が聞こえてくる。
「酒、飲む?」
「結構だ」
そうかい。じゃあ、俺の分のビールだけ取ってこようか。
俺はラスティーナとその護衛をその場に置いて、テントに入ってピザとビールを取りに行く。
冷蔵庫を開けて300mlのビールの小瓶を栓を栓抜きを使わず手で開け、レンジからピザの入った箱を取る。
俺はビールを飲みながら、片手にピザの箱を抱えながら、ラスティーナ達の元に戻るとラスティーナは別として、その護衛だったり侍女だったりが殺気立った眼差しで俺を見ていた。
「貴様、その格好は何だ!」
なんだって言われてもな。見りゃ分かるだろ?
パンツ一丁って奴だよ。パンイチの方が伝わるか? パンツしか身に着けない格好だ。
俺はトランクス一枚で一国の王女の前にいて、ソファに座り、ビールを飲みながらピザを食ってるって感じ。
「無礼者! 姫様の御前でそのような姿を見せるなど!」
「無礼はどっちだよ。俺の寝床に押しかけてきて、俺のリラックススタイルまで文句をつけるとかさぁ」
俺が反論すると殺気立った眼差しでラスティーナの周囲の連中が俺を見てくる。
睨むだけで人が殺せたらいいよね。文句があるなら、直接殺しにかからなきゃだめだぜ?
「よせ、私は許している」
「王女殿下の御慈悲と寛容な心に感動の涙が出る思いでございますってな」
「貴様!」と護衛の騎士たちが剣を抜くが、ラスティーナがやはり手で制する。
悪い悪い、挑発しすぎか。喧嘩を売るつもりはねぇんだよ。こういう性格なもんでね、許してくれよ。許せないなら、殺しに来ても良いぜ?
まぁ、俺がどういう奴なのかは、お姫様の方は察してくれているようなんで、怒る気配も無いけどさ。
「何があったか詳しい話を聞いても構わないか?」
「詳しい話はゼティかリィナ、冒険者ギルドのサイスに聞け」
俺はビールを飲みながら答える。
まぁ、その三人じゃ黄神に関することは詳しく知らねぇだろうから答えようも無いだろうけど。
でもまぁ、神々に関する話は現時点ではラスティーナの領分じゃねぇから、最初から知る必要もねぇだろうよ。
「貴様から詳しい話を聞くことはできないのか?」
「必要があったら話すよ」
それはつまり必要がねぇから今は話さねぇってことだ。
俺の勘が今はラスティーナに情報を与えるタイミングじゃないって伝えているんでね。
ラスティーナには黄神とかの話はしないでおこうと思うんだわ。
「それは時がくれば話すと言うことで良いのか?」
エメラルドのような輝きを放つ美しい瞳が俺を見据える。
良いね。目玉をくり抜いてコレクションにしたいくらい、強い輝きを放ってやがる。
ただまぁ、その輝きってのは意志によって生み出されるものなわけだから奪う物じゃねぇわな。
「それは勿論、必要な時には話すさ」
隠し事ってのは、隠しておいた方が都合が良いからするわけで、俺にとっては今後の展開を考えるとラスティーナは何も知らない方が良いって判断したから隠しているわけ。何も知らない方が俺にとって都合よくラスティーナが動いてくれそうだからさ。
「なら、良い」
ラスティーナは色々と思う所はあるようだが納得してくれたようだ。
色々と背負う物がある人間は大変だねぇ。それが器に見合わない大きさだったり形であれば猶更だ。
俺はラスティーナをいたわる気持ちでピザを一切れ差し出す。
「食う?」
「いらない」
あ、そう。
俺は拒否されたピザの一切れを自分の口に運ぶ。
レンジで温めるとシナシナになるが、それが良い。
一人でメシを食っている俺を見ながらラスティーナは呆れたような表情で言う。
「お前がいるところではいつもトラブルが起きるようだ」
「そっちはトラブルが起きそうな所にいつでも駆けつけてるようだけどな」
俺は偶然だけど、そっちは偶然じゃねぇだろ?
「王女の責務か何か知らねぇが、ヤバそうな所を見て回ってるんだろ? 国内情勢を分析してトラブルが起きそうな所の情報収集を綿密に行い、何か起きたら即座に動けるようにしているんだろう」
俺の推測にラスティーナは目を細める。
それがどういう意図を持っているのかは定かじゃないが、俺を値踏みするような気配は感じる。
「今回も魔物が現れた件はともかくとして、キミはフェルムに関して何か思う所があって、すぐに動けるようにしていた。だから、こんなに早く兵を率いて、ここに来れたんだろ?」
ラスティーナは俺の問いかけに肩を竦めることで答える。
いいね。賢くて素敵だ。惚れはしねぇけどな。ちょっと年齢が若すぎるぜ。
「で、細かい情報の伝達はガウロンがしてくれたんだろ? 冒険者のガウロンな。アイツがフェルムで異変が起こったことに気付いてすぐさまキミに報告しにいった」
フェルムに魔物が現れた時にガウロンの姿が無かったのはラスティーナに報告に行ったからだ。
ガウロンがどういう立ち位置なのかまでは判断がつかねぇが、ラスティーナの密偵みたいなことをしていたんだろう。
イクサスの一件で顔を合わせる機会があって、そこでガウロンはラスティーナの手下みたいな立ち位置に収まったか。まぁ推測にすぎねぇけど。
「流石だな、そこまで分かっているのか」
ラスティーナが素直に俺を称賛してきた。
嫌だねぇ、照れるぜ。
「確かにそうだ。私はフェルムで異変が起きたと聞いて、すぐさま軍を率いてこの地にやってきた。それについては間違いはない」
ガウロンが俺にだけ見える位置にチラッと姿を現し、俺に手を振ってくる。
悪意は全く感じないので、純粋にフェルムを心配して自分が持っている最大の伝手を利用したんだろう。
ラスティーナのスパイみたいな動きになったがガウロンの行動は善良な人間のそれだ。フェルムに魔物が現れた時にいなくても、それを責めるべきじゃねぇって俺は思うぜ。
「──で、フェルムの支援のためにやってきたお姫様が俺にこうして会いに来た理由ってのは何なんでしょうね」
ここまでの俺の口調に関してラスティーナの侍女や護衛はだいぶ我慢していたんだろう。
しかし、その限界が近いのを感じ取れる。なにせ、俺に殺気が向かってるからね。
自分の家臣の気配に気づいているのかいないのか、ラスティーナは表情を変えずに俺に言う。ちなみに、この段階に至ってもなお、俺はソファに座ったままでラスティーナは立ったままで話している。だって、俺は座るのを勧めていないしね。
一国の王女に無礼? まぁ、気にすんな。俺は邪神様だぜ?
「……私の名前を勝手に使ったそうじゃないか」
ガウロンが遠くの方から身振り手振りで俺に「ごめん」と伝えてくる。
さて、何の話だろうか?
「どうやら話を聞く限りでは、貴様は私の密偵と勝手に名乗ったそうではないか?」
「あぁ、そのことね」
ラスティーナの名前を出して適当ぶっこいた記憶はあるよ。
あれは確か、ギルドの面々が集まっている時にその場を何とかするためにでまかせを言ったんだよな。
人間時代で言えば警察だって偽ったり、FBIです、CIAのエージェントですって言って騙すのと同じアレだよ。地球の人間時代によくやってたから、感覚がおかしくなってるけど身分の偽称だから悪いことなんだよな。
「うっかり、やっちまったんだ。許してくれるかい?」
俺の答えに対する返答はというと、ラスティーナの護衛や侍女が示してくれた。
騎士が剣を抜き、侍女が短剣を抜き放ち、俺の周囲を取り囲む。
「は、血気盛んだね」
そんなに興奮されると俺も熱くなっちまうぜ。
俺が手に持っていたビール瓶の中身が、俺の内力を受けて沸騰を始める。
やべぇな、黄神と戦った時から気分が鎮まってねぇみたいだ。すぐに昂ってきやがるぜ。
「互いに待て。私はアッシュを責めや咎を負わせるつもりは無い」
ラスティーナの言葉を受けて護衛や侍女は行動に移そうとするのを止める。
嫌だねぇ。誰かに言われて抑えが効く程度の殺意で俺を殺しにかかるつもりだったのかい? そんなんじゃ俺は殺れねぇなぁ。
「俺は待つ理由が無いんだけどねぇ」
ラスティーナの手下じゃないわけだし、ラスティーナの言うことを聞く必要も無いよね。そこんところはどうなんだい?
「待つ理由は無くとも私に謝罪と償いをする理由はあるはずだ」
それはまぁ、俺がラスティーナの密偵だなんて嘘を吐いたことで生じる不利益を考えればそうかもね。でも、俺がキミに謝る?
笑わせんな。俺が謝るときは俺が決める。テメェに謝罪を要求されたからって謝る?
なんか違うなぁ。その程度で謝らなきゃいけないんだったら、俺はこの世界を滅ぼしても、その要求は無しにするぜ? 俺が元の世界に戻れず永遠に虚無の世界を彷徨っても構わねぇ。俺は絶対に謝らねぇ?
「だが、謝罪をここで求めるというのも理不尽というものだろう。アッシュは私が見た限りでは自由人であり、社会的な責任を負う立場にはなく、それを行うことも困難。そういった人間に社会的な行為である謝罪というものを求めるのは彼の人間性の限界を超えた行為であり、相手の限界を超えた行為を要求することは法の精神において適当ではない。故に私は謝罪を求めず、償いだけを求めることにする」
あ、そうですか。
俺に謝罪を求めるとヤバいと思ったのか、ラスティーナは償い──賠償だけを求めることにしたようだ。
謝罪ってのは精神的な屈服で、賠償ってのは物質的な屈服であることを考えれば、俺に対して精神的な勝利を求めないってのは、この場における判断としては正しいね。
「償いねぇ」
俺が適当なことを言ったせいで生じる不利益に関しては俺も悪いと思う部分が無きにしも非ずなんで、償うことには抵抗が無い。これが謝罪ってことで「私が悪かったです。すいませんでした」ってなったら、俺は素直に聞けなかったけどね。
「それで、俺はどうすればいいんだろうね? キミの靴でも舐めりゃいいのかい? それとも尻の穴かい? Kiss my ass(私の尻にキスしな)って? それならご褒美だね」
通じてるのかは分からないけど、俺は挑発してみる。
ぶっちゃけ、迷惑をかけたんだから、その代わりに何かしてくれって言われたら俺は断るつもりは無いんだけどね。それを素直に言わなくても、俺は察することのできる男なんで何とかしてやるつもりだよ。
それでも、こうしてふざけた物言いをするのは、単にふざけているだけなんだけどね。
「貴様ぁ!」
騎士の内の一人が自分の主を侮辱されたと思い、俺に斬りかかろう剣を抜き、一歩を踏み出す。だが、それだけだ。
「やめとけよ」
俺が手に持っていたビンが俺の内力の放つ熱で溶け、地面に垂れ落ちる。
黄神と戦って以降、その時の気分が残っているのか手加減が難しいんだ。
内力のコントロールも怪しい時があるし、こうして熱くなっちまう。
「優しくしてやれる自信がねぇんだ。突っかかってくるなよ」
俺は軽く殺気を放つ。
その瞬間、ラスティーナの護衛である騎士と侍女が一歩後ろに下がり、その中に紛れていたガウロンは一歩踏み出し、ラスティーナは動じずにその場に立ったままだった。
良いね。根性が据わってらっしゃる。
「俺に何をして欲しいんだい?」
別に断るつもりも無いんで俺は気安く訊ねる。すると、帰ってきたのは──
「私の頼みを聞いて欲しい」
ラスティーナの要求はそれだけだった。
……マジで言っているのかい? 俺に頼み?
……まぁ、良いんじゃない。迷惑をかけたみたいだし、その詫びに言うことくらい聞いてやろうと思ったから、問題なしだね。
「いいよ」
俺の答えにラスティーナは一瞬だけ笑みを浮かべる。
「……なら良い。私が言いたかったことはそれだけだ。後で、詳しい話は伝える」
そう言い残してラスティーナは俺の返事も待たずに踵を返し、この場を後にする。
こちらを振り返ることも無く離れるラスティーナに対して、その護衛や侍女たちは俺の振り返りながら殺気立った視線を向けてくる。
唯一ガウロンだけが、俺の方を振り返りながら身振り手振りで「すまない」と伝えてくる。それでも、ラスティーナについていったってことはガウロンもラスティーナ側の人間で俺の味方ではないんだろう。まぁ、構わねぇけど。
「はぁ、つまんねぇな」
もっとハッキリと喧嘩を売ってきてくれりゃ良かったのに、ラスティーナが思いのほか冷静で困るぜ。手下の統制も取れてるし、挑発的な態度にも乗ってこねぇ。
「結局、酒が無くなっただけか」
俺は溶けたビール瓶の残骸を見下ろして呟く。
気付けばピザも黒焦げだ。戦闘以外で熱くなると碌なことがねぇぜ。
食い物も酒もなくなったので、どうしようかと思っていると立ち去っていくラスティーナ達と入れ違いに人がやって来るのが見えた。
見知ったその姿はゼティのものでフェルムの方で作業をしているゼティが何の用か、俺の方に近づいてきている。
「何をしている」
キャンプに戻って来るなり、開口一番ゼティは俺を咎めるような台詞を吐く。
何って言っても、何もしてねぇんだよ。見りゃ分かるだろ?
俺が何を言いたいのか察したゼティは溜息を吐くと、俺の周囲に散らかったゴミが見て、眉を顰める几帳面だし綺麗好きだったかね、ゼティ君? そんな奴ではなかったと思うけど。
「これは何だ?」
ゼティは地面に放り捨てられたピザの空き箱をつま先で突っつく。
見りゃ分かるだろ、ピザの箱だ。まぁ、そんな話を聞きたいわけじゃないだろう。
「どうにも腹が減ってね」
俺のその言葉にゼティの表情が険しくなる。
「腹が減っただと?」
ゼティは確認するように俺に訊ねる。
腹が減っただけで大袈裟な──なんてことはないんだよね。俺らの場合。
俺達はメシを食わなくても問題ない、そういう風に自分たちの体を調整できるからだ。
それなのに腹が減るってことはまぁ、そういう調整もできない状態にあるわけで。
「大丈夫なのか?」
俺は肩を竦めて答えを誤魔化そうとした。
でもまぁ、誤魔化したところでゼティは俺の状態が分かるだろうけどな。
「何をした?」
聞いてばっかりだなぁゼティ君は。
まぁ、隠すようなことでもないし俺は素直に答えることにした。
「まぁ、あれだ。手に入れた黄神の力をちょっと使っただけだよ」
「何に使った?」
「この世界の大地を正常な状態に戻しただけさ」
黄神からいただいた権能を使って、この世界の大地の状態を修復しただけだ。
あの神は地の属性を持っていたし、大地の管理を主にする神だったからな。その権能もそっち方面に特化していたんで、それを使ってこの世界の状態を改善した。
「いやぁ、酷い状態だった。放っておいたら二十年もすれば滅んでいたくらい、この世界の大地の状態は悪かったぜ?」
大地の養分が失われつつあったし、世界全体で地盤が弱まっていたし、そもそも大地が崩れかけていたからな。地球で言えば、放っておけば星が真っ二つに割れちまう感じだろうか? そんな有様だったから、俺が何とかしといたってわけ。
黄神が封印されていた影響で世界がそうなちまっていたのかまでは定かじゃないが、俺が修復した感じだと、そもそもこの世界は未完成な感じがあった。この世界を創った神がいたとしたら、そいつは最初から、この世界をちゃんと創るつもりはなかったように感じるね。
「まったく、思いもがけず世界まで救っちまったぜ。俺ってすごいね」
その代わり、手に入れた黄神の力は全て使い果たしたけどな。
黄神の力をこの世界に還元し、大地が自らの力で自らに生じた異常を治せるようにした。
ついでに、それを上手くやれるように大地を司る神──言うなれば新たな黄神と言える存在が生まれることができる環境も整えてある。
そんな感じで、俺はこの世界が滅びる可能性の一つを消したってわけ。
「それで、そのザマか」
「まぁ、そういうこと。だいぶ無理したせいで、瑜伽法も上手く使えねぇ」
俺やゼティがメシを食わなかったり、寝なくても平気だったりするのは、瑜伽法の『根(ラディクス』の術法で自分の状態を固定しているからで、空腹ではない状態に自分を固定しているから腹がへらないわけ。同じ感じで睡眠を取らなくても平気にしてるし、歳だって取らないし外見的な変化も生じないようにしている。
──で、今はその『根』の術法が上手く使えないせいで、俺は腹が減ったり眠くなったりするようになっている。
『根』なんか瑜伽法の初歩だぜ? 初歩の術法で不老不死を達成できるのは変かもしれねぇけど、不老不死が一番簡単なんだから仕方ない。でも、俺はその簡単な術も常時使えない程度に内力が乱れている。
「馬鹿なことを」
そう言うなよ。まぁ、俺もそう思ってるけどさ。
この世界は俺の創った世界って訳じゃねぇ。
そういう世界の構成に創造主のように干渉するのは、とんでもなく消耗するのは分かってた。けどまぁ、放っておくのな。
「俺は弱い奴を愛する男なもんでね。放っておくのも可哀想だったのさ」
強い奴は放っておいても何とかするだろうけど、弱い奴は助けてやらねぇとな。
「弱い奴らもいずれは強くなるし、弱い奴の中から強い奴が生まれることもある。可能性を潰していったら、いずれは何も残らねぇぜ」
だからまぁ、俺は弱い奴らだって生き残れるようにする。
今は弱い奴らが、いずれ俺より強くなるという可能性を期待してね。
結局の所、俺は俺の都合でやったわけ。
褒められたくてやったわけじゃないし、自分の働きを喧伝するつもりも無い。だから、誰にも何も言わないし、そもそも言ったところで理解できないだろう。
俺は自分の勝手で手を貸しただけだし、そのことが誰にも知られなくても俺は構わねぇ。他人からの賞賛なんていらねぇし、俺は俺が納得できればそれでいい。
「その結果、お前が弱くなっても良いのか?」
ゼティは俺を鋭い目で見据える。
文句やら何やらがあるようだね。でもまぁ、俺は俺の勝手を貫くだけだ。それに文句があるならテメェも勝手にすりゃいい。俺のやることが気に食わねぇなら止めればいい。
「忘れていないか? 俺は──いや、|俺達(使徒)はお前ではなく、お前の力に従っていること。少なくとも俺は弱くなったお前に従うつもりは無い」
「忠告のつもりかい?」
「宣言だ。後で泣き言を言わせないためにな」
そいつは怖いね。肝に銘じておくよ。
「話はそれだけかい?」
「いいや、サイスが呼んでいるぞ。大事な話があるようだ」
俺をお呼びかい。どいつもこいつも俺が頼りなのか。
まぁ、悪い気はしねぇけどな。
「そうかい、じゃあ行くとしますかね」
ゼティが俺の脱ぎ捨てたズボンを投げ渡してきた。
それを履いて俺はソファから立ち上がる。
──フェルムでの冒険は終わった。次の場所へと旅立つことも必要だろう。
俺をこの世界に閉じ込めた奴。正気を失った神々。蓋を開けてみれば滅びかけの世界。
黄神がいった、この世界は俺を滅ぼすための世界という言葉の意味。考えるべきことはいくらでもある。
でもまぁ、今はサイスの所に行くとしますかね。
フェルムで残った事を片付ける。今後のことはそれからだ。
俺はそう結論を出して、フェルムの街中に向かって歩き出した──