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第一歩

 場所は廃墟になったフェルムの中心。

 黒焦げになった、下半身が蛇の女が俺に向かって這いよってくる。

 さて、こいつは誰なんだろうか?

 下半身が蛇となると、さっきまで戦っていた黄神がそうだが、まずサイズが違う。

 黄神は20mくらいのビルサイズだったが、目の前の女は下半身を合わせて全高2m程度の人間サイズだ。

 そんでもって、黄神は骸骨だったが、この女は肉がある。まぁ、黒焦げだが。


 女は這いずりながら、俺に顔を向けてくる。その眼は俺に対する憎しみに溢れていた。

 まぁ、コイツが黄神なんだろうな。どうして、その姿になったのかは分からないが、小さくなって死にかけの姿だ。

 俺の攻撃を食らって滅んだと思ったが、案外にタフだね。それも良いが、何より良いのはその眼だ。

 圧倒的に負けたってのに戦意が全く衰えず、俺に敵意と殺意を向けてくるような根性が凄く良いぜ。


「──ァァ……」


 人間サイズになった黄神の口元が動き、か細い音が口から漏れる。

 正気ではなかったし、戦っている時も意味のある言葉が聞こえなかったことから、また意味の無い叫びが聞こえるだけだと思っていたのだが──


「──ァァア、スラ、カーズ……」


 黄神の口から漏れ出たのは俺の名だった。

 俺、コイツに名乗ったっけ? 名乗ったような気もするが、名乗っていない気もするな。

 まぁ、どっちでも良いや。重要なのは、ここにきてようやく意味のある言葉を発したってことだ。


「正気に戻ったのかい?」


 叩けば直るなんて、昭和のテレビかよと思いながら俺は這いつくばる黄神の顔を覗き込む。

 だが、そうして覗き込んでみた黄神の眼差しはというと──


「──アスラカーズ! アスラカーズ! アスラカーズ! アスラカーズ──」


 俺への憎しみに染まり、狂気に澱んでいた。

 話は通じるかもしれないが、マトモな会話にはならなそうだ。

 まぁ、それでも俺は話しかけるけどね。


「まだるかい?」


 憎しみに溢れた眼差しを見て俺は黄神のそばにしゃがみ込んで訊ねる。

 る気は充分そうだし、ダメージが回復すればいけるんじゃない?

 俺としてはもっとっても良い気分なんでね。キミの方もそういう気分でいてくれると嬉しいんだが。


「アァァァァァ!」


 黒焦げの黄神が炭化した腕を俺の首に伸ばす。

 俺はされるがまま。黄神の指が俺の首に食い込むが、それだけだ。

 痛くも無ければ苦しくも無い。握力が弱すぎんだよなぁ。


「アスラカーズ! アスラカーズ! アスラカーズ!」


 俺の名前を叫びながら黄神は手に力を込める。

 最後の力を振り絞っているのか、黒焦げになった皮膚が再生を始め段々と元々の肌の色に戻っていく。

 顔の造形も判別できなかったが、再生したことにより黄神の顔を明らかになる。その顔は造形こそ美しかったが、怒りと憎しみによって悪鬼のような形相となっていた。

 美女が殺意に満ちた表情で、首を掴む手に力を込める。だが──


「もう無理みたいだな」


 俺の首に食い込む黄神の指が力を込めた瞬間、砂のように崩れだした。

 それに続けて、黄神の全身がボロボロと崩れ落ち、体が砂の粒子になって風に散っていく。


「ギリギリで元の姿には戻れたようだけど。そこまでが限界だってことだ。良かったね、最後に化物の姿で滅びなくてさ」


「アァァァァァ──!」


 俺の必殺を食らって、今も実体があるだけでも運が良いんだ。

 俺としてはもう少しっても良かったんだけどね。だけど、それももう無理だ。

 体が崩れ落ち、黄神は地面に這いつくばる。それでも俺のことを憎しみのこもった眼差しで見つめてくる。

 そういう心意気は好きだが、滅びる間際なんだ。もう少し安らかに消えて行っても良いと思うがね。


「……お前のせいだ──」


 憎しみのこもった眼差しを向ける黄神の口から言葉が漏れる。


「アスラカーズ! アスラカーズ! 全てお前のせいだ! 全てお前が悪い!」


 口から出てくるのは俺への八つ当たりじみた言葉。

 滅びる直前で、それは自分の株を下げるからやめた方が良いと思うぜ?

 かっこよく俺を睨みつけたまま消えていったほうが見栄えが良いと思うがね。


「俺のせい? 違うだろ。全部、キミのせいだよ」


 自分の復活のために色んな人間の運命を狂わせ、それだけに留まらず俺に喧嘩を売ってきたんだぜ?

 キミが無様に這いつくばっている原因は全てキミにあるよ。

 最初にキミが封印されたことに始まり、自分の無能が原因なのに、それを棚に上げて自分の事を忘れて信仰心を失った人間を恨む情けなさ。色んな人間の人生を台無しにしても復活しようとする浅ましさ。

 ……まぁ、俺も他人に偉そうなことを言えるほど立派な人生を歩んできているわけでもねぇし、そもそも自分の目的のために自分以外の誰かを踏みつけにすること自体、そいつ自身の生き方スタンスなんだから、口を出すのもおかしんだけどね。ただまぁ──


「色んな人間を踏みつけにする生き方が悪いとは断言できないが、ただそれは失敗しなければの話だよな。失敗して地面に這いつくばるような無能がそういう生き方を選ぶのは俺は駄目だと思うね。這いつくばって責任転嫁をするような奴は尚更だ。他人を踏みつけにして自分の目的を達成しようとした奴は、それが失敗したときには誰も手を差し伸べてくれないし逆に踏みつけられる。そういう覚悟は無かったのかい?」


 俺の言葉が耳に入っているのか、いないのか。黄神は俺に憎悪の視線を向けたままだ。

 話が通じない? 最初から話しをする気がない? まぁ、どっちでも良いけどね。


「昔はもっとマトモな神だったんだろ? その時の記憶があるなら、もっと穏やかな解決方法だってあったろう。それ以前に、自分を崇めた人間たちの子孫をどうしてそんな簡単に殺そうなんて思えるんだろうね。優しさってものが無いのかい? 昔の自分を思い出してみろよ、大地の女神として人に崇められていた時のことをさ」


 俺は自分が優しいとは思わないけど、どんな人間でもなるべく生かしておいた方が良いと思うんで、皆殺しにしようって考えになるのは理解できるけど、共感は出来ないんだよね。

 ただ、どうしても殺したいっていう理由がある奴に対して絶対に殺すなとも言えないんだけどね。それもまぁ、人それぞれの考え方だし、俺の理屈だけで人の考えを否定するのは好きじゃないしね。まぁ、俺がどう思うかは今は置いておこう。


 黄神だってダンジョンで見かけた壁画を見る限りでは昔は好かれていたみたいじゃないか。

 それなのに、その時の事を全て無かったことにして、人間は皆殺しってのは良くないと思うぜ?

 少し冷静になって考えてみるべきだったんだよ。そうすりゃ、こんな末路にもならなかっただろうに。その場合、俺は楽しくなかったかもしれないけどさ。


「昔を思い出しながら安らかに逝けよ。その方が救いがあるぜ」


 良かった時代の思い出に縋りながら滅びるのだって悪くはねぇよ。クソみてぇな今に絶望しながら消えていくより、幸せだった過去に浸って消える方がキミには救いがあるだろ?

 そう思って、俺は黄神に提案したわけだが──


「思い出せ? 思い出せだと?」


 黄神は俺の言葉に反応し、崩れる体を引きずり、俺に少しでも近づこうとする。

 その眼差しには今まで以上の怒りと憎悪が溢れており、俺に対する膨大な負の感情に満ちていた。


 そして、それを感じ取った俺の中に疑問が生まれる。

 正気に近い状態に戻った黄神が俺に向ける憎しみは、正気でなかった時とは比べ物にならないほど強い。

 自分の計画を邪魔されただけではない。それだけでここまで俺を憎めるだろうか?

 黄神が俺に向ける憎しみや怒りはもっと根源的なもので、昨日今日に生まれた程度のものではないように俺は感じる。


「そんな記憶など私には最初から・・・・無い! 私は──」


 記憶が無い? 何の記憶だ? 神だった頃の記憶か?

 記憶喪失? いや『最初から』と黄神は言った。

 この意味は──


「私は! この世界は! お前を滅ぼすためだけに創られた!」


 創られた神だっていうのは確信を持っていたから驚かない。そもそも大半の神は創られた存在だ。

 気になるのは俺を滅ぼすためだけにという点で──


「アスラカーズ! アスラカーズ! アスラカーズ! 全てお前のせいだ! お前さえいなければ私は! この世界も! 呪われろ! 滅びろ! 貴様の存在全てがこの世界を苦しめる!」


 黄神は自分の体が崩れ落ちていくのも気にも留めず叫ぶ。 

 憎しみに染まった瞳は血走り、俺を睨みつけている。

 黄神の言うことは気になるが、それでも──


「もういいよ」


 俺は熱を帯びた内力ないりきを放って、黄神を焼き払った。

 消え去る瞬間まで憎しみながらってのも、どうにも哀れでならなかった。

 穏やかな気持ちで静かに逝くことが出来ず、最後まで怒りや憎しみに囚われて救い無く滅び去ることになるなら、さっさと楽にしてやる方が良い。


「気になることは言っていたが……」


 それだって、そのうち分かることだ。

 無理に延命させてまで聞き出すようなことじゃねぇよ。

 俺は燃え尽きた黄神の灰を眺めながら思う。

 黄神が最後に言っていたことの中に少しでも真実があるとしたら──


「次は良い世界に転生させてやるよ」


 喧嘩は売られたが、来世までどうこうしようと思うほどの憎しみは無い。

 事情は分からねぇが、碌な世界では無かったようだからな。次の世界ではもっと楽しく幸せに生きて欲しいもんだ。

 どんなクソみてぇな奴でも来世の幸福まで否定されべきじゃないってのが俺の考えなんでね。


 灰が風に吹かれて散っていく。

 程なくして俺の前から黄神だった物も完全に消え去り、代わりに俺の中に力が宿る。


「悪いね。貰ってくぜ」


 手に入れた力で俺は手の中に砂を生み出す。

 試しに使ったのは黄神が有する地の属性の力。

 俺は黄神を倒したことで、その権能を手にした。


「まぁ、とりあえず、これで一歩前進か」


 この世界の神々を倒して、その力を奪い、この世界を脱出するための手掛かりを得る。まずはその第一歩だ。

 色々と気になることはあるが、そういう色々を気にするのは後で良い。今はとりあえず──


「あぁ、楽しかったぁ!」


 今は存分に戦いの余韻に浸らせてもらおうじゃないか。

 思いもがけず強い相手、必殺技まで出せて俺は満足。良い気分だぜ。

 余計なことは考えず、この良い気分に浸っていたいぜ。色々とあったとしても今はどうでもいい。

 重要なのは俺が勝ったってこと、それだけ。それだけでも俺は充分なのさ。


 戦いの余韻に浸るために腰を下ろして一休みしたくなるが、人が近づいてくる気配がする。

 誰かに賞賛されるのも悪くはねぇが、今は面倒臭いだけだ。俺は一人で浸りたいんでね。

 後始末は他の連中にお任せ。後は勝手にやってくれって話さ。

 俺は黄神と戦って勝った。その事実だけで充分なんでね。


 そうして、俺はこちらに近づいてくる気配から逃げるようにその場を後にしたのだった。





今年中にもう一話くらいいけるかな

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