闘獄のアスラ
外の詳しい状況は分からないが、恐らくメレンディスは死んだんだろう。
黄神の体から闘獄陣の外に流れ出ていた力の経路が一つが消えていくのが感じ取れた。
殺ったのはゼティだろう。サイスはメレンディスに恨みを持っていただろうが実力的には敵わないだろうし、ゼティ以外にメレンディスを殺れそうな奴はいない。
なるべくならメレンディスは生かしておいて欲しかったんだが、まぁ死んじまったものは仕方ない。
敵ってのは、放っておけば湧いて出てくるもんでねぇし、殺してたら最後には戦う相手がいなくなっちまうから止めて欲しいんだが、ゼティは敵は殺す主義だから困るぜ。
敵を生かしておいて後でしっぺ返しを食らうのが嫌? 俺はそうやって復讐しに来る奴と戦るのが好きなんだけどね。でもって、色んな工夫して俺に何かしらのダメージを与えようとしてくるのが、寝ても覚めても俺の事を想っているみたいでスゲー好きなのよ。
だから、メレンディスを生かしておいて、俺に復讐しに来てくれると楽しそうだと思ったんだが──
「まぁ、いいさ。その分こっちは楽しくなりそうだ」
「Aaaaaaaaa!」
骨の翼を時折、羽ばたかせながら黄神は空中に浮かび、俺を見下ろして叫ぶ。
俺のことを敵として認識してくれているようだ。
いいね、俺の事を気にしてくれてるとか、恋が始まりそうだぜ。
「メレンディスに与えていた力も、自分の力として振るえるんだから、さっきまでより強くなってんだろ。見せてくれよ、第二ラウンドは始まってるんだぜ?」
空中に浮かぶ黄神が口を開く。
それはさっき見たぜ。
口からビームを吐くんだろ?
俺の推理は当たりのようで、黄神の開いた口に眩い光が集まり、次の瞬間には口から光線が放たれた。
髑髏頭の骨格しかない口から放たれた光線は地面に立つ俺に向かって一直線に進む。
「一回見てんだ。二回目は通じないと思った方が良いぜ?」
飛来する光線を俺は高熱を帯びた内力の壁で受け止めると互いの熱がぶつかり相殺される。
受け止めた感じから光線が魔術的なもんじゃないことは知ることができた。発生過程には魔術的な物はあるんだろうが理屈で説明できる攻撃だ。
「やっぱりビームじゃねぇか」
金属粒子を加速させて飛ばしてるんだろう。
黄神は地の性質を持っているようだから金属を生み出すのも能力の範疇だろうしな。
粒子を加速させて撃ち出す方法は分からねぇけど、とにかくロボットアニメに出てくるようなビームを撃ってくるってのは間違いないだろう。
「楽しくなってきたぜ」
攻撃の引き出しが多い奴とは戦ってて楽しいんだよ。何をしてくるのか分からねぇってワクワク感が良いんだ。
そんな俺の気持ちを表すかのように俺の体から溢れる内力も更に熱を帯び、俺の足元も熱で溶け出していく。
「Aaaaaaa──!」
再び口を開けて放たれるビーム。
魔術的な物じゃなく、科学的な説明もできる物理的な攻撃だ。
俺は横に跳ぶ、空中から地上の俺に目掛けて放たれるビームを避ける。
「撃ってるだけじゃつまらねぇぜ? 殴り合いもしようじゃねぇか」
俺はドロドロに溶けた地面を蹴って、空に浮かぶ黄神に向かって跳躍する。
そんな俺に対して、黄神は何もない空中に大量の岩石を生み出し、それを俺に向かって高速で発射する。
発射された岩石は数が多すぎて俺の目の間に壁のように広がっている。
逃げ場はどう考えても無い。だが、俺は逃げる必要がない。なにせ、最高に暖まってきてるからな!
飛来する岩石は俺に触れる寸前で溶けて液状になり、勢いを失って地面に落ちていく。
半端な攻撃は通らねぇよ。俺は散弾のような岩石の中を突っ切り、黄神との距離を詰める。
だが、そうして接近した瞬間、横合いから衝撃を受けて俺は吹っ飛ばされた。隙間もないくらい大量に放った岩石で俺の視界を奪い、死角から俺の事をぶん殴ったんだろう。
吹き飛ばされた俺は瑜伽法の『根』の術法で空中に自分の存在を固定して、何もない空中を足場に受け身を取る。根を張るように自分という存在の立ち位置を固定する『根』の術はどんな場所でも、そこを自分本来の足場であるようにする。
そうして俺は空中に地面に立つように立ち、黄神の方を見る。
「Aaaaaaaaa!」
黄神の傍らには高層ビル並みの大きさの真っ黒い石柱が浮かんでいた。
それで俺をぶん殴ったのは間違いないだろう。金属か石かは分からねぇが、俺の熱に耐えるような物体を黄神は瞬時に生み出したようだ。
「いいね。ビルで殴られるのは久しぶりだ」
正確には高層ビルサイズの石柱だけどな。
黄神から見たら、俺なんかは虫サイズの筈で、そんな黄神も傍らに浮かぶ石柱からしたら虫以下のサイズだ。つまり、そうなると俺のサイズは石柱から見たら埃くらいのサイズか?
「Aaaaaaaaa!」
絶叫と共に石柱が俺目掛けて振り下ろされる。
大きさに対して、その振りは極めて速い。棒切れを振り回すように高層ビルを振り回してる感じだ。
防御するべきか回避するべきかで反応が僅かに遅れると、それだけで防御も回避も間に合わなくなる速さで、遅れた俺は石柱に殴られてぶっ飛ばされる。
「ちょっと集中できてねぇな」
油断しすぎか? それも悪くねぇとは思うが、殴られっぱなしは趣味じゃねぇな。
吹っ飛ばされた俺は再び、空中に足場を作って受け身を取ると、そこに再び石柱が迫ってくる。
黄神は振り回すんじゃなくて投げつけてきたようだ。高速で飛来する高層ビルサイズの石柱。
戦場がフェルムじゃなくて良かったね。フェルムで戦ってたら、今頃、街は跡形も無くなっていたぜ。
やっぱ闘獄陣で戦ることにして、正解だったぜ。俺も色々と気にしなくて済むからな。
「楽しくなってきたぜ」
業術の効果で俺の内力が更に増え、俺はそれを全て肉体の力に変える。
ワンパンで地球だってぶっ壊せるぜ──ってのは今の段階だと無理だが、それくらいの気持ちになるくらい俺の体に力は満ち溢れ、そんな溢れる力を拳に込めて俺は迫ってくる石柱をぶん殴った。
傍目から見れば、埃みたいな存在が表面に触れただけだが、それでも俺の拳に宿る力は正しく炸裂し、石柱を弾き飛ばす。だが──
「Ruuuuuuuuu」
そうして弾き飛ばした石柱の後ろからは、それよりも更に巨大な岩塊が俺に迫っていた。
直径100mとか、そんなくらいの大きさだ。それが砲弾もかくやという速度で迫る。ほんと、外で戦らなくて良かったぜ。直径100mの岩塊が直撃した際の破壊力を俺は正確に計算は出来ないが、まぁフェルムは全滅だろうな。
石柱で注意を引き、本命をその後ろから放つとか、正気を失っている割には賢い攻めをするじゃねぇか。
良いね、好きになっちまったぜ。見た目が骸骨じゃ無ければ、|I LOVE YOU(愛してる)って叫びたいくらいだぜ。
まぁ、本当はそこまでじゃねぇけどね。
「──で、それが必殺かい?」
俺は迫りくる巨大な岩塊に向かって構えを取る。拳を腰だめにした構えだ。
テンションは最高、最高、絶好調。俺の昂ぶりに応えるように内力が膨れ上がり、俺はその内力を全て右拳に集める。
「なら、俺も必殺だ」
右拳の莫大な量の内力が無理矢理に収束され、俺の業術によって熱を帯びたことで変質を始める。
圧縮され変質した内力は紅へと染まり、それが生み出す膨大な熱量が大気を歪めながら俺の右拳に集う。
そして、俺は紅に染まった内力が収束された拳を全力で突き出し、必殺を叫ぶ。
「プロミネンス・ペネトレイト!」
要は内力を乗せた拳で放つ右ストレートだ。だが、乗せている内力の量も質も違う。つまりは威力段違いってことだ。
拳が放たれると同時に右拳に宿る紅の内力が放出され、俺に迫る岩塊へと一直線に突き進む。
俺が拳に乗せて放った紅の内力は超高熱を帯び、岩塊に触れた瞬間、触れた部分を一瞬で蒸発させ、紅の内力は容易く岩塊を貫くとその後ろにいた黄神の胴体に直撃し、そして一瞬の抵抗も無く胴体を蒸発させることで貫通し、風穴を開ける。
「第二ラウンドは俺の勝ちだ」
胴体──といっても体も骨なので胸骨と背骨をぶち抜いただけだが、それでも平然と飛んでいられるダメージじゃない。
背中から生えていた骨の翼と背骨にくっついて頭が千切れた黄神が落下していき、地面に激突して土煙をあげる。
「これで終わりじゃねぇだろ? まだまだ戦れるだろ、本気でかかってこいよ」
一回くらい、ぶち殺した程度じゃ死なねぇはずだ。
俺はそう思って挑発する。声は届いていないと思うが、俺が舐めてる気配は伝わるはずだ。
そんな俺の推測は当たっていて、土煙の中から無傷の姿の黄神が荒ぶりながら躍り出る。
「Aaaaaaa「アァァァァァァァァ!」
黄神が叫ぶのに合わせて俺も叫ぶ。
黄神から見たら虫みたいなサイズの俺の叫び声に黄神の叫びが掻き消される。
「叫び声はもう結構、声を出すより先に攻撃しようぜ」
俺はパン、パンと手を叩き注意をする。
戦いに気持ちが入るのは良いが、入りすぎると萎えるんだよね。まぁポジティブな気持ちなら良いが、ネガティブな気持ちだと戦ってても面白くねぇんだよ。
「Aaaaaaa!」
宙に浮かぶ俺の周囲に数百にも及ぶ長大な金属の槍が生み出される。
長さは50mくらいか? それが数百とか……俺には物足りねぇなぁ!
「プロミネンス・スイープ!」
足に紅の内力を纏わせ、回し蹴りを放つ。技名を叫ぶのはその方が俺の場合、明らかに威力が上がるからだ。
蹴りの軌道に合わせ、周囲に超高熱を帯びた紅のエネルギーを周囲に拡散させ、それに触れた金属の槍が瞬く間に融解していく。だが、そうして周囲の槍を防いだ直後、空へと飛びあっていた黄神が俺に突進しており、俺が技を放った直後の隙を狙って蛇の下半身で俺を打ち据える。
蛇の尾を叩きつけられた俺だが、さほどダメージも無く、空中に瑜伽法の『根』で足場を作って受け身を取る。
「効かねぇなぁ!」
効かねぇけど、攻撃を食らったことに楽しくなって内力の量が更に増す。
ゴミみてぇな神だと思ったけど、俺と戦れる程度には戦闘に関して勘が働くとか思いもがけず楽しい出会いだ。
マズいなぁ、好きになっちまうぜ。
「Aaaaaaa!」
黄神が口を開く。またビームか?
そう思い、攻撃に備える俺に対して更新が口から吐き出したの膨大な量の土煙だった。
それが俺の周囲どころか辺り一面を覆いつくして俺の視界を奪う。
「工夫があって良いね」
霧状の微細な土というか砂か?
それが俺の周囲に漂いだした瞬間、俺の首をその土煙が絞め付けだした。
黄神は土を操作できるんだから、土煙だって自由に操作できるだろうし、その土煙の中はアイツの腸の中も同然で、全てが思いのままだろう。
「でも、小細工は好きじゃねぇよ」
俺は首を絞められた状態のまま、左の掌に内力を集める。
集められた内力は球形を作り、そして俺は球形に形作った内力を胸の前に浮かべ、左右の拳で挟み込むようにして敵を殴る時と同じくらいの力を込めて全力で殴り潰す。
「アルヴェン・インパルス」
殴り潰した瞬間に生まれる強烈な衝撃波と熱。それが土煙を吹き飛ばし、それだけに留まらず黄神の体表を焦がす。
俺は土煙を消し飛ばすと同時に、黄神めがけて飛翔し、一瞬で距離を詰めてその顔面を殴り飛ばす。骸骨の頭部に亀裂が入るのが見えたが、次の瞬間に巨大な掌で叩き落とされる。
「もっと、もっと来い!」
興奮する俺の気持ちに応えるように俺の内臓も鳴動し、そして次の瞬間、俺の腹から内臓が飛び出た。腸やら胃やら外気に触れてコンニチワだ。
何が起きたかは分かる。さっき、土煙を無意識に吸ってたからな。それが黄神の操作によって俺の体の中で悪さをしたんだろう。
「良いね」
口からこぼれる血を手で拭い、俺は腹から出てる腸やら胃やらを引きちぎって放り捨て、傷口に手を突っ込んで内力で腹の中を消毒する。
「やっぱ、痛くなけりゃ楽しくねぇ、苦しくなけりゃ面白くない」
発狂するほど痛いけど、今が最高に楽しいよ。
死にたくなるほど苦しいが、これが最高に面白い。
腹の中で引きちぎられた内臓が再生し、傷が閉じる。
こんなんで俺を滅ぼせるとは思ってないだろ? まだまだ余力があるんだろ?
「さぁ、最初に言ったように楽しくやろうぜ? どっちかが滅びるまでな」