アスラの領域
全体の状況は殆ど把握できていないが、俺の勘ではだいたい上手くいっているんだろう。
こうして俺が黄神と二人っきりの状況を作れてることがその証拠だ。
いやぁ、メレンディスはビビっただろうね。満を持して黄神が姿を現したと思ったら、速攻で隔離されちまったからな。「馬鹿な」とか叫んでいる姿が想像できて、楽しい気分になってきちまうぜ。
やっぱ、計画をぶっ壊すなら達成の直前だよな。願いが叶う瞬間を目の前で台無しにしてやるのはたまらねぇぜ。
「アンタもそう思うだろ?」
俺は警戒の構えを取る黄神に呼びかける。
まぁ、声は届いていないだろうけどね。だって大きさが違うしな。
向こうは見た感じ20メートルくらいあるから、俺なんか虫にしか見えねぇだろうし、声だって普通に話したら届かねぇよな。しっかし、マジで見た目怪物だなぁ。下半身は蛇で上半身は骸骨って、バケモンじゃないですか。
「Aaaaaaa──!」
まいったね、聞こえるかどうか以前に話が通じねぇや。見た目通りって感じだけどさ。
せっかく俺が大変な思いをして、ここまで連れ込んだってのによ。
まぁ、実際は言うほど大変な思いをしたわけじゃねぇけど。
「俺と二人っきりは嫌かい? これでも結構モテる方なんだがね」
俺と誰も見てない空間で二人っきりの状況とか立候補が殺到するぜ。
まぁ、大半は目撃者不在を良いことに俺をぶっ殺そうとする連中だけどさ。
「キミと二人っきりになるための俺が何をしてたか聞けば、キミも俺の事を見直してくれるかねぇ」
例えば、俺は最初からリィナちゃんの救出に向かってなかったとか。
サイスが勝手をしてメレンディスの所に行くってのも予想がついていたので、そっちは完全に任せたりとか。フェルムの外に白神教会の聖騎士とかいう連中がいるのが分かってたから、ゼティにそっちを任せたりもしたね。基本的にフェルムの状況の俺の手のひらの上。 なんかヤバくなってもゼティがいれば大抵の問題は解決できるし、全て思い通りって感じかね。
サイス達に話した計画だと黄神の復活を阻止するみたいな流れだった気がするが、俺は黄神と二人きりになりたかったから、黄神を復活させようとするメレンディスを放っておこうと思ったんだが、そうなるとメレンディスから妨害を受けそうだったから、サイスが勝手に動くように働きかけメレンディスの元に向かわせたことで、メレンディスは俺の気配を探る暇も無くなり、俺は自由に動けたわけ。
そうして俺はジョニーやガキの案内でフェルムの街中にちょっとした仕掛けを施した。
それは俺が術式を使うために必要な補助装置で、システラの収納領域から出してもらった瑜伽法の発動を助ける道具だ。
それは細長い杭の形をしていて、今はフェルムのあちこちに立っていて、それは杭で囲われた中と外を別の領域と認識させて俺の瑜伽法の発動を助ける。
「修羅闘獄陣。キミのために用意した決戦場なんだがお気に召していただけたでしょうか?」
俺が黄神に訊ねると黄神は喜びを叫びでもって表してくれる。
ま、喜んでるわけはねぇだろうけどね。そんくらいは言葉が通じなくても分かるぜ。
殺意と怒りを発しながら黄神は辺りを見回している。その動きが何処か出口を探しているように見えたので、俺は聞こえないと理解しながらも忠告する。
「脱出する方法はねぇよ。俺を倒す以外にはね。……ってことはつまり無理ってことだ。いやぁ、大変だ。俺は二人っきりで嬉しいがね」
業術は世界を呑み込み自分の色に塗り替える術。
瑜伽法は世界を切り取り、自分だけの世界を作る術。
こうして、脱出不可能な世界を作るのは瑜伽法の得意分野ってわけ。
「これは俺の瑜伽法の奥義──究竟だ。俺が定めたルール以外で脱出する方法はねぇよ」
瑜伽法の奥義──究竟。
俺はこの空間みたいに一つの世界を完全に作り上げて、その中に相手を引きずり込む形にしているわけだが、まぁ人によって形は様々。ゼティの究竟なんかも俺とは全く形式が異なっている。
「俺の闘獄陣はそれこそ一つの世界そのものだ。外界から切り離して、この領域だけで成立させている。修羅闘獄陣は複数の階層を有する階層世界、そしてこの場所は第66階層、禍津ヶ原大荒原。見ての通り何もない荒野。どこまで行っても同じ光景で数千光年先まで変わらない。上を見上げりゃ空も見えるが、悲しいことに空の果ても無い」
つまり、さっきも言ったように俺を倒す以外に脱出する術はないってわけ。
理解してくれたかね。まぁ、聞こえちゃいないだろうけどね。
「Aaaaaaaa──!」
聞こえちゃいないだろうし理解もしてないだろう。けれども、黄神は俺に殺意を向けてくる。
嫌だねぇ、正気を失った神ってのはさ。獣の相手をするのと変わらねぇぜ。
「その戦る気は何処から来てるんだろうね。怒りと憎しみから来てる? だとしたら、テメェはそもそも神としてゴミカス以下だね。人間ごときに在り方を揺さぶられるような神とか、源神以外は許されねぇよ」
俺の悪口が聞こえたかどうかは知らないが、黄神が眼球部分の空洞を俺の方に向けている。
俺の神としての気配に気づいたのか。それとも俺が人間に見えているから殺したいのか、さてどっちだろうか?
まぁ、どっちにしろ戦るだけだ。
「Ururuuruuuruu──!」
黄神が唸り声をあげながら下半身の蛇の尾を俺に向かって振り回してくる。
太さ数メートルの尾が弾丸もかくやという速さで振り抜かれ、荒野の地面を薙ぎ払った。
「いいね、凶暴で」
俺は跳躍して尾を避けると、そのまま空中で業術を発動する。
詠唱は既に済ませてある。後は発動を意識するだけ──
「駆動──星よ耀け、魂に火を点けて」
発動した瞬間、俺の中の魔力や闘気その他諸々の力──内力が膨れ上がり、増大を開始する。
そして俺は無限大に増え続ける自分の内力を拳に乗せ、跳躍した勢いのまま黄神の顔面を殴りつけた。
サイズ差は虫と人間。だが、俺の拳をマトモにくらった黄神はサイズ差など関係なしに吹っ飛んでいく。
パワーと大きさが比例するとは限らねぇからな。内力で強化すれば余裕でぶっ飛ばせるぜ。
吹っ飛んでいった黄神の巨体が荒野を転がるが、すぐさま体勢を立て直して起き上がる。
「ここを戦場に選んだ理由ってのはキミを閉じ込めるためってのもあるが、周りに被害を出さないためでもあるんだぜ?」
俺は起き上がった黄神に向かって、ゆっくりと歩いて近づきながら、ほぼひとり言の会話を続ける。
「ここなら誰もいねぇから、俺も周りを気にせずに戦えるってもんだ」
まぁ、そっちにとっては不幸な話かもしれないね。
ただ、闘獄陣の階層の殆どは相手に不利な条件を押し付けるような設定にはなっていないんで、そこんところは安心してくれて良いぜ。俺の領域だと言っても俺が一方的に有利にはならないようにもしてるしな。
そこら辺は公平公正に戦らねぇとな。
「Aaaaaaaaa──!」
良いね。戦る気満々じゃん。
俺も楽しく戦れそうだぜ。
そんじゃまぁ、第一ラウンド開始と行こうぜ!