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攻勢逆転

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、ほんとに死ぬ」


 戦いが最終局面を迎えようとしていた頃、フェルムの市内でカイルは戦いの中で折れた剣を必死に振り回し、押し寄せる魔物を斬り伏せていた。


「おかしいって絶対、あんな大きい魔物が街中に出るっておかしいよ。それにアッシュの声が聞こえたと思ったら、魔物は消えたし、絶対あの人が何かやってるって」


 アッシュに命令されてフェルムの街中で魔物の駆除をさせられていたカイル達のパーティーであるが、順調に魔物を仕留められたのも最初だけで、途中からは逃げ遅れた市民の保護などをすることになり、その結果、市内の一角にある大きな屋敷に保護した市民たちと一緒に逃げ込んでいた。

 しかし、その屋敷も邸宅こそ無事だが、敷地内に魔物が入り込んできており、カイル達はその駆除に奔走している。


「あのでっかいのって邪神なのかしら? アッシュの声が聞こえたってことはアッシュはあの邪神と戦ってるってことで、アッシュは良い邪神?」


 パーティーの魔術師であるクロエは興奮した様子で杖を振り回して魔物を撃退していた。魔力が枯渇寸前で魔術の発動を控えなければいけない現状ではクロエも接近戦をするしかなかった。


「いや、多分どっちも悪い神様だと思う」


 カイルはクロエの発言にげんなりしながらも折れた剣を襲ってきた魔物に突き立てる。

 そもそも片方はただの魔物なんじゃないだろうか? そんなことを思いつつも、神と神の戦いという神話的な状況に感動しているクロエの夢を壊すのも忍びないと思いカイルは何も言わなかった。


「なんだか分かんねぇけど、すごかったな。やべぇぜ」


 ギドは斧を振り回して近くの魔物を薙ぎ払いながら、先程の状況に対する感想を述べる。

 カイルからすれば何一つ感想になっていないと思ったが、語彙力は人それぞれなので、何も言わないことにする。


「ちょっと戦ってみたい魔物だったよな!」


 それはどう考えても無理だろう。大きさが違いすぎて戦いにならない。

 カイルはギドの言葉を否定したかったが、近づいてくる魔物の相手をするのに精いっぱいでどうにもならない。

 どうして君たちはそんなに元気なんだとギドとクロエに聞きたかったが、そんなことを聞く暇などは当然だが無い。

 巨大な魔物が消えてから魔物の攻勢は激しさを増し、屋敷の敷地内に入り込んだ魔物を駆除するのが間に合わず、カイル達は魔物の集団に邸宅の方まで押し込まれる。


「コリス、援護!」


 カイルは背後にある邸宅の方を振り向き、保護した市民たちといるコリスに呼びかける。


「無理、矢が無い」


 邸宅の二回の窓から顔を出したコリスが首を横に振る。

 返ってきた言葉は予想していたものなので改めて絶望する気は起らなかった。


「ははは、これは死んだ」


 ジリジリと魔物の攻撃を受けながら後退するカイル達、ほどなくして邸宅の玄関先まで押し込まれ、カイル達は周囲を魔物に取り囲まれる。


「全部アッシュのせいだよな?」


 仲間達に訊ねるが、ギドもクロエも首を傾げる。


「よし分かった、マトモな判断ができるのは僕だけなんだな!」


 こんな訳の分からない状況で死ぬなんて思わなかった。

 カイルは冒険者になった以上、自分がベッドの上で死ねるとは思っていなかったが、こういう状況で死ぬとも思ってなかった。


「生き残れたら、もう絶対にアッシュには関わらないし言うことも聞かない。僕は神に誓うぞ」


 残念ながらカイルは自身のあずかり知らぬところで既にアスラカーズの信徒になっているので、誓う神はアスラカーズに他ならないことをカイルは知らない。


「だけどよ、そもそも生き残れ無さそうだよな」


 ギドが現実を突きつけるような言葉をカイルに言う。カイルもそれは重々承知なので反論するようなことはしない。

 周りを大量に魔物に囲まれ、こちらは満身創痍。勝ち目がないのは明らかで、生き残れる可能性も極めて低い。だが、自分達の後ろの邸宅にいるフェルムの人々を思えば諦めるということは出来ない。

 カイル達は覚悟を決めて魔物に立ち向かおうとする。だが、その時だった──


「撃てぇっ!」


 号令が聞こえ、直後に魔力を帯びた投げ槍がカイル達を取り囲む魔物に降り注ぐ。

 投げ槍は魔物に突き刺さると同時に炸裂し魔物を消し飛ばす。

 そうして、一瞬でカイル達を取り囲む魔物は消え去り、魔物が消え去った後に現れたのは白い鎧の騎士達。


「まさか聖騎士?」


 カイルが直感を口にすると白い鎧の騎士達の先頭を騎乗して進む騎士が露骨に嫌な顔を浮かべる。

 その人物は聖騎士団七番隊の副隊長だった。


「聖騎士とか言うんじゃない。自分たちは通りすがりの騎士だ」


 通りすがりの騎士がそんな立派な装備はしていないんじゃないだろうかと、カイルは副隊長の下から上までを眺める。騎乗している馬も鎧も極めて上等な物で、そんな物を用意できるのは聖騎士くらいのような──


「痛っ!?」


 考えるカイルの頭を副隊長が持っていた槍の柄で小突く。


「詮索するんじゃない。自分達が聖騎士だってバレると面倒臭いことになるんだ。それくらい察しろ」


 苛立たし気な口調で副隊長は言うと、続けてウンザリした様子で呟いた。


「こんなことをしたところで何の点数稼ぎにもならないというのに全くアイツのせいで……」


 困惑するカイルに対し副隊長は見下ろしながら言う。


「自分たちは教会の命令で動いているわけではない。それだけ言えば分かるな」


 あぁ、そういうことかとカイルは理解した様子で頷く。

 聖騎士というのは基本的に命令が無ければ、こういった状況には介入しないという話をカイルは聞いたことがある。それを思えば、この聖騎士達にとって今の状況が知られるのは立場上、非常にまずいということも分かる。


「物分かりが良くて助かるな」


 副隊長はそう言うと、手綱を操り馬に後ろを向かせる。

 釣られてカイルも馬の向いた方を見ると、その方向には大量の魔物の姿があり──


「自分達のことは通りすがりの騎士だと思え。とりあえず、この場だけは味方でいてやる」


 そう言って副隊長は聖騎士達を率いて魔物の群れへと突撃していった。

 その背を見送り、カイルは自分が命拾いしたことを確信したのだった。



 ────カイル達が聖騎士達に危機を救われた頃、地下から黄神が出現したことで崩壊したクローネ大聖堂にほど近い建物の屋上では、サイスとリィナ、メレンディスが激闘を繰り広げていた。


「はぁぁぁぁぁっ!」


 白く輝く聖剣を手にし、瞳を紅に輝かせたリィナが矢のような速度で駆け抜ける。

 メレンディスはリィナの動きに合わせて神器を操り、石の弾丸を飛ばすが、リィナの速度は弾丸よりも速く、一瞬でメレンディスとの距離を詰めると躊躇いなく聖剣を振り下ろす。


「くっ」


 メレンディスは辛うじて神器で生み出した砂を叩きつけてリィナを吹き飛ばし、自身の身を守るが、直後に背後からサイスが迫るのを感じて、メレンディスは自分の周囲に神器の泥を張り巡らせる。

 迂闊に近づいてきたところで、足元から圧力をかけて貫通力を与えた泥の槍で串刺しにしようと試みる。そして、メレンディスの思惑通りにサイスは泥に足を踏み入れる。


「そこです」


 直後にメレンディスが泥の槍を放つ。しかし、サイスはそれを反射神経だけで躱して何事も無かったかのようにメレンディスとの距離を詰めると風の刃で作り上げた不可視の槍を突き出す。

 その槍を石の壁で防ぐメレンディス。同時に逆方向からリィナが迫っているのを察知し、砂の壁でリィナの攻撃を防ぐ。


 サイスとリィナは攻撃が防がれたとみるや即座に飛び退きメレンディスから距離を取る。

 メレンディスはそんな二人に対して、人間サイズの石弾を高速で撃ち出しながら、泥と砂で作った腕を神器の宝珠から大量に伸ばして逃げ道を塞ぐ。

 しかし、逃げ道など塞ぐ必要も無く、二人は正面からメレンディスの攻撃を受け止めることを選んだ。


 巨大な石弾をリィナが聖剣で弾き返し、サイスが大量の砂と泥の手を不可視の武具を振るい掻き消す。

 そうして防いでいる最中にもメレンディスは神器の泥をサイスとリィナの足元にまで伸ばしていた。しかし、二人は攻撃を防ぎながらも、それに気づいており、砂と泥の手を掻き消したサイスが魔具を使って風を生み出し、泥を弾き飛ばす。

 サイスの魔具は風の武器を生み出す魔具であり、魔具で風を生み出して攻撃するような効果は本来は有していない。本来の用途と違う使用に魔具が耐えきれず、サイスの右腕の腕輪が砕け散る。


 勝機──メレンディスは一瞬そう判断しそうになるが、直感がそれを危険と告げる。

 実際その通りでサイスは同じ魔具を両腕に身に着けているので、まだ左腕の分がある。ただ、同時に使うことで二つの武器を使うなどしていたため、サイスの戦闘力が落ちたことに間違いはなかった。


「……これは手強い」


 今の状況にメレンディスは困惑を隠せない。

 先程までは手も足も出なかった二人が、どうして急に自分に対抗できるようになったのかメレンディスには分からなかった。


「なにかしら、最高に気分が良いわね」


 リィナが紅の眼をウットリとさせながら笑みを浮かべ、その隣に立つサイスも陶酔してるように見える。

 メレンディスの閉じた目では視覚的には状況を把握できないが、二人が尋常な状態でないことは気配で分かる。


「何かの加護……?」


 メレンディスは僅かな気配から二人に何か特別な力が働いていることを感じ取った。

 それはメレンディスには知る由もない神の加護によるものであり、メレンディスの呟きは正解であった。

 サイスとリィナの二人には邪神アスラカーズの呪いという名の加護、加護という名の呪いがかけられている。


「どうやら貴方がたも私と同じ──」


 メレンディスが口を開くと同時にサイスとリィナが動き出す。

 メレンディスはサイスもリィナも自分と同じ異端の神の信徒であり、異端の神の加護を受けているのだと推測する。だが、その推測は間違いである。

 アスラカーズは自分が気に入りさえすれば加護などは平気で与えるし、呪いに関してはアスラカーズに出会った瞬間にウィルスのように感染し、すぐに表面化するということはないが残り続ける。

 だからサイスもリィナも自分が加護を受けているということは知らないし、いま自分たちが普段以上の力を出せていることも分からない。

 普段以上の力を出せているのはアスラカーズ──つまりアッシュが加護を発動させているからということも当然リィナ達は知らなかった。


「何を対価にそれだけの力を……」


 メレンディスの問いに対しての答えは、二人は何も対価にはしていない。アスラカーズは対価無しにでも人に加護を与える。ただ、加護が強くなると言うことは呪いによる悪影響も大きくなるので、それは対価とも言えるのかもしれない。


「ぶっ殺してやる」


 リィナは加速しメレンディスに斬りかかる。

 アスラカーズの加護は身体能力の強化など戦闘に特化している。

 加護によって強化されたリィナの身体能力はメレンディスの想像を遥かに超える動きを生み出し、メレンディスは神器による防御に徹する他なくなる。そうして身を守るメレンディスをリィナは苛烈な攻めを続ける。

 闘争本能の強化もまたアスラカーズの加護によるものであり、強化された闘争本能は弱い心を飲み込み、加護を受けたものを戦いの喜びに酔わせる。

 それは加護ではなく呪いと言っても言うべきなのかもしれないが、この場この時において、それは間違いなく加護と言えるものだった。


「どうだっていい。お前が何を言おうが知ったことか、俺はお前を殺したいんだ。殺してスッキリしたい、お前を殺して過去を清算し、新しい一歩を踏み出したいんだ」


 サイスはリィナの攻撃を受けるメレンディスに向けて言う。

 アスラカーズの加護がサイスの心をシンプルなものに変え、そしてシンプルな思考がサイスを闘争に誘う。

 魔具は一つ失った。単純に戦闘能力は半減しているが今のサイスにはそんなことは関係ない、武器が無くともサイスはメレンディスを殺す。メレンディスが何を言おうと、何をしようとサイスはメレンディスを殺す。

 その意志が自らの内にあることを再確認するサイス。すると、その瞬間サイスは自らの体の内に新たな力が芽生えてくるのを感じた。


 それもまたアスラカーズの加護によるもの。

 サイスは自らの内に芽生えた新たな力の語り掛けてくる声に従い言葉を紡ぐ。


顕現せよアライズ──我がカルマ


 その力は業術カルマ・マギア

 アスラカーズの加護はそれを使う力を与え、視覚ある者は業術に目覚める。


「殺してやるぞ、メレンディス」


 サイスは強烈な殺意をメレンディスに向け、新たな力を解き放った──






もう少し先まで入れる予定だったけど予定よりも長くなったので、ここで切って次回に

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