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聖騎士団

 

 フェルムの市内で戦いが繰り広げられていた頃、ゼルティウスは市外でフェルムへと進軍してきた白神教会の聖騎士団の前に立ちはだかっていた。


「状況は分からないが、穏やかじゃないな」


 システラを通してアッシュから厄介なことが起こっていると聞いたゼルティウスだが、市内には向かわずに市外で待機していた。何故、混乱の最中にある市内に向かわずに外で待機していたかと、それもアッシュの指示によるものだった。

 もっとも、アッシュは何も指示をしていない。だが、それこそがアッシュの指示だとゼルティウスは解釈している。本当に自分が必要ならばアッシュは自分を呼びつけるだろうし、それが無く勝手な判断で行動していいというのならば、それは状況が動いてから判断して、問題に対処しろということだと、ゼルティウスは数百年に及ぶ付き合いでアッシュの言葉の裏にある者を理解していた。

 その結果、市外で待機していたことでゼルティウスはフェルムへ向かい全てを焼き払うつもりだった聖騎士団の進軍をいち早く察知し市内に入る前に阻むことに成功するのだった。


「武装した連中が殺気立って街へ向かうのを黙って見過ごすわけにはいかないな。何か弁解があるならば聞くが、聞いたからといって素直に通すとは限らないがな」


 鞘に納めた長剣を地面に突き立て、立ちはだかるゼルティウスの前には300騎の聖騎士。

 その聖騎士達はゼルティウスを前にして一歩も前へと進めずにいた。彼らは白神教会が有する兵力の中から厳しい訓練期間を経て選抜された教会の精鋭であり、聖騎士という名は伊達ではない。しかし、そんな実力者たちであるからこそ、ゼルティウスを前にして一歩も進めずにいたのだった。


 近づけば斬られる──そんな確信が聖騎士達にはあった。

 目の前の男に少しでも近づけば、その瞬間に斬り捨てられる自分の姿が聖騎士達には想像できる。

 それ故に、聖騎士達はゼルティウスを前にして、その場に立ち止まる他なかった。


 対して、ゼルティウスの方もどう動けば良いかと悩んでいるため積極的には動けない。

 目の前の連中を斬り捨てて良いものかどうか判断がつかない。ゼルティウスが感じた気配は殺気立っているが、それだけで斬り捨てて良いとは限らないからだ。

 もしかすると、目の前の連中が罪も無い人々の命を奪っているかもしれないが、その場面をゼルティウスは見ていないのだから、それは想像に過ぎず、自分の想像だけで他者の命を奪うというのはゼルティウスには出来ないことだった。


 理由が無ければ命は奪わない。

 そう心に決めているゼルティウスにとって、目の前にいる騎士たちは命を奪う理由が見つからない以上、斬るべき相手ではない。だから、ゼルティウスも積極的に剣を向ける気にならず、その場に立ちはだかり、聖騎士達の行く手を遮る以上のことをするつもりにもならない。

 聖騎士達の方も目の前に立ちはだかる自分たちを遥かに上回る実力者の存在を警戒し、その場に立ち尽くす。そうして睨み合いの状況になり、時間だけが過ぎていく。


「…………」


 そんな中、聖騎士の一団の中にいた一人が無言で首を傾げる。

 それは白地に金の彫刻を施された聖騎士達の鎧の中でも特に豪奢な装飾が施された鎧を身に纏う騎士。

 一人だけ毛並みの違う上等な白馬に跨った、その聖騎士はキョロキョロと周りを見回し、再び首を傾げる。


「なぁ、何でみんな立ち止まっているんだ?」


 その聖騎士は全く状況が読めず隣にいる聖騎士に訊ねる。

 兜のフェイスガードを上げ、出てきたのは二十代半ばの年頃の精悍な顔立ちをした黒髪の青年だった

 表情を全く崩さず、真面目な顔で空気が読めない質問をする青年。

 質問をされた方の聖騎士は口調にウンザリした物を隠さずに青年に言う。


「頼むから口を開かないでくれって言ってますよね──」


 ぞんざいな敬語で青年に対して言葉を返すと、質問された聖騎士は懇願するように青年に言葉を続ける。


「お願いだから黙って大人しくしててください──隊長」


 続けられた言葉は意外なもので、質問された聖騎士は空気の読めない青年を隊長と呼ぶ。


「むむむ…………」


 隊長と呼ばれた青年は言われた通り黙る。だが、それも一瞬のことで、すぐに何か思いついたのか青年は黙れと言われたのも忘れて口を開く。


「なるほど分かったぞ、お前たちはアイツが怖くて立ち止まっているんだな」


 空気が読めずに青年は周りの聖騎士に聞こえるような声で言う。悪気は全く無かった。


「確かにアイツは強そうだな。多分、勝てないだろうし戦うのは止めた方が良いな」


 隣に立つ聖騎士が頭を抱えている。周りの聖騎士も溜息を隠さない。

 だが、その結果、聖騎士達の雰囲気が変わる。緊張感に包まれゼルティウスに警戒するあまり、前進が強張り一歩も動けなくなっていた聖騎士達の体から力が抜け、リラックスする。


「勝てそうもないんだが、どうするんだ? 帰って良いのか?」


 隊長と呼ばれた青年は隣の聖騎士に訊ねる。


「帰って良いわけないでしょうが! 自分の話を聞いてましたか? 聖騎士団ウチの密偵から連絡が無かったって報告したじゃないですか!」


 もう取り繕うことも諦め、隣の聖騎士は兜を脱ぎ捨て、青年を怒鳴りつける。

 年齢は隊長より僅かに上といった程度の繊細そうな顔立ちの男だったが、繊細そうな顔は興奮のせいか真っ赤に染まっている。


「おぉ、そうだったな。……で? 連絡が無いのと俺達があの街に向かうことに何か関係があるのか?」


「だぁからぁ! 前に会った聖騎士団八番隊の女の子からの定時連絡が無かったら、自分たちがフェルムに攻め込むっていう手筈になっていたでしょうが! これ何回も確認してますよね!」


「……良く分からないな。聖騎士団は七番隊までしかないはずだが?」


「それも前に説明しただろうが! 聖騎士団ウチには密偵を担当する極秘の部隊である八番隊があるんだよ!」


「副隊長、勘弁してください。それヒラの騎士団員が聞いて良い話じゃないです」


 隊長と呼ばれた青年と副隊長の周りにいた聖騎士達が慌てて聞こえてないふりをするが、もう遅い。というか、隊長と副隊長の似たような内容のやり取りを何度も聞いているため、既に極秘の情報は極秘ではなくなっていた。


「とにかく、自分達はあそこに見える街に行って、異端の連中を皆殺しにしなきゃならないんですよ。それは分かってますよね」


 副隊長は隊長に顔を近づけ念を押す。

 隊長の方はというと、最初から今まで真面目な表情を崩さず真剣な眼差しで副隊長の話を聞いていた。

 その様子に理解してくれたかと副隊長は胸を撫でおろすのだが──


「皆殺しは良くないぞ。良く分からんが、一般人に危害を加えるのは感心しない」


「全然分かってねぇじゃねか、テメェ!」


 副隊長は自分の頭をかきむしると、隊長の襟首を掴んで強い口調で叱責する。


聖騎士団ウチらの役割ってのは教会にとって都合の悪い連中を始末することだ。言われた通りに殺すべき連中を殺さなきゃならねぇんだよ! アンタがやってるように悪党や魔物を殺してたって上の連中の評価は上がらないって何度も言ってるよな! 俺達は出世したいんだよ! いつまでも辺境回りの七番隊なんて嫌なんだって言ってるよな!」


 聖騎士団は公には七つの隊があることが知られている。

 隊の番号と実力自体に関係はないが、原則として隊の番号が大きいほどクルセリアから遠い場所を任されている。一番隊は白神教会の総本山であるクルセリアの治安維持を担当し、七番隊はクルセリアから遠く離れたアウルム王国で活動するといったように。

 そういった事情から七番隊は聖騎士団の中でも最も格下であり、七番隊にいるということは教会の上層部から聖騎士として最低という評価を受けているも同然であった。当然、そうした部隊であるから待遇自体も悪く、七番隊から何とか抜け出したいというのが七番隊に属する聖騎士の本音である。

 そのためには少しでも自分たちの出世に関わる上司の心象を良くしておきたいのだが──


「俺は七番隊が好きだぞ」


 そう臆面もなく言う隊長によって全部台無しにされてきた。だが、それでも空中分解せず何とか七番隊がやっていけるのは、この隊長のおかげでもある。


「俺は皆殺しというのは嫌だが、お前らが困っているなら何とかしなくてはな。一応は隊長であるわけだし」


 副隊長以下、他の七番隊聖騎士300名の気持ちなど何一つ理解していないものの、隊長の青年は自分の部下が良く分からないが困っていると感じ取り、彼らのために力を尽くすことを心に決める。


「とりあえずアイツを倒してくればいいんだろう?」


 隊長はこともなげに言うと馬から降り、自分の収納結晶アイテムボックスから大剣を取り出す。

 脱いだ兜を副隊長に預け、取り出した大剣を肩に担ぐようにして持つと、先程まで身動きも取れなかった聖騎士達が隊長のために隊列を崩して左右に分かれて道を開け、聖騎士達に見守られながらゆっくりとゼルティウスに向けて歩みを進める。


「話は済んだのか?」


 ゼルティウスが訊ねると、聖騎士の隊長は一貫して続く真面目な表情を崩さずに頷く。


「一対一で良いのか?」


「たぶん良いと思う。ちゃんと計ったわけではないが、俺はあいつら百人分くらいの強さがあるんで大丈夫だろう」


「なるほどな」


 なるほどと言ってはみたもののゼルティウスは相手が何を言っているのか良く分からなかった。

 何が大丈夫なのか良く分からない。全員でかかってきた方が良いんじゃないかというつもりで聞いたのだが、返ってきたのは百人分くらいの強さがあるから大丈夫だという答え。

 後ろの騎士は300人いるんだから、計算上一人よりも300人でかかってきた方が良いような気がするとゼルティウスは思うのだった。


「ならば、もうこれ以上の言葉は不要か」


 考えるのが面倒になったゼルティウスはさっさと戦うことにした。

『賢そうに見えるけど、実はゼティはあまり頭を使うのが得意じゃないからな』

 どこからともなくアッシュの言葉が聞こえてくるような思考停止っぷりである。


「俺の名はゼルティウスだ。ゆえはないが、成り行きでお前ら道を阻む」


 言葉は不要と言いながらゼルティウスは名乗る。

 自分達の隊長を見守る聖騎士達の何人かがゼルティウスの言動に首を傾げる。

 だが、大半は場の空気に流されて気にも留めていなかった。

 そんな中、聖騎士達の隊長がゼルティウスの名乗りに答えるように自らも名乗る。


「白神教会聖騎士団七番隊長イグナス・せプテンズだ。良く分からんが、とりあえずお前を倒す」


 そうして名乗りを終えたゼルティウスとイグナスは剣を構え、お互いを見据える。

 市内での戦いと同様に市外でもまた戦いが始まろうとしていた──







聖騎士団全体の名誉のために言っておくと、こんなノリは七番隊だけ。

他の隊は殺伐としているという構想。

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