作戦通り
「大丈夫なのか……?」
ギルドの前に築かれた防衛線で待機する冒険者は誰ともなく不安を呟いた。
アッシュがサイス達に作戦を伝えてから、少しの時間が過ぎ、サイス達はアッシュの指示通りに防衛線を築いていた。
指示にあった通りギルドに向かっての両翼からの侵入は防ぐように強固に防壁を組み、正面から敵が流入するようにしている。
アッシュの見立てでは防御を固めても守り切るのは不可能であり、そうして防御を固めていた場合、一部が破られて、そこの対処をしている間に他の守りが破られて総崩れになるということもあり得る。なのでアッシュはあえて一部分だけ敵の侵入を許すことで、敵の攻勢の圧力を受け流すことを選んだのだった。
冒険者たちとフェルムの住人の協力によって防衛線は三重に構築されるに至っている。ギルドの目の前にある広場を最終防衛ラインとして、扇形に三重に築かれた防衛線は壊したギルドの周囲にある廃屋を取り壊して得た建材を積み上げただけのものが殆どだが、それでも魔物の侵入を阻む効果は充分にある。また、建物自体が壁になってもいて、入り組んだ町並みは所々を塞ぐだけで魔物の進むルートを誘導することが可能だった。
「来るぞ!」
見張りを任された冒険者が建物の上にから周囲の冒険者に向けて魔物の襲来を叫ぶ。
新市街に人間の姿を発見できなかった魔物は町はずれに人の気配を感じ、その場所までやってきていた。
既に魔物の数は数百に達していて正面から、ぶつかればフェルムの冒険者たちに勝ち目は無い。それを分かっているからこそアッシュは守備を重視して作戦を授けたのだ。
そして、その作戦は今の所アッシュの目論見通りに進んでいた。
「魔物が中央に集まってくるぞ」
町はずれに集まってきた魔物は最初こそ築かれた防壁を前にして突破を試みようとする。もしも、そのまま魔物が防壁を突破しようとしたら、長くは持ちこたえられなかっただろう。しかし、そうはならなかった。
築かれた防壁は中央だけが守りが薄く、魔物は簡単に突破を果たしたからだ。魔物たちは最初に防壁を抜けた魔物の後に続くため、目の前の防壁から中央へ向けて殺到する。
「作戦通りだな」
その光景をギルドの前に用意された司令部で確認したゲオルクが呟く。
アッシュからこの場の指揮を任されているのはゲオルクであり、作戦を提案したアッシュはこの状況を作った現況を倒すために動いていて、この場にはいない。
「予定通り、蓋をしろ」
ゲオルクはアッシュに言われた通りの命令を出す。
その命令に従い、冒険者の中で魔術に長けた者たちが、我先にと向かってくる魔物の先頭集団、その背後に集団で協力して魔術を放ち石の壁を築く。
先頭を止めるのではなく、先頭と後続を分断するための石の壁だ。魔術師たちはセレインの指揮に従って一糸乱れずに魔術を構築し、発動させていた。
「前衛突撃、分断された敵を掃討しろ」
先陣を切って進んでいた魔物たちが後続と分断され孤立する。
そこにスカーレッドを先頭に立たせた冒険者が襲い掛かる。接近戦に長けた前衛を務める冒険者たちだ。剣や斧、槍など、それぞれが自分の武器を構えて魔物たちに向かって突撃する。
「手強い奴は囲んで仕留めな!」
後続を断たれ、孤立した魔物達を冒険者は数を頼みに攻撃を仕掛ける。
個々の能力では敵わない魔物もいるが、そういった相手に対して冒険者達は連携することで優位に立つ。
「厄介な奴はアタシに任せるんだよ!」
強力な魔物に関してはスカーレッドが対処し、分断されて孤立した魔物はなすすべなく冒険者達の手によって掃討される。
「次に備えな!」
前衛を務める冒険者達を統率するスカーレッドが声をあげる。
先頭を進んでいた魔物は石の壁で分断したが、その後続が石の壁の向こう側にいる。
次はそちらを何とかしないといけないわけだが、だからといって単純に石壁を解除すればいいわけではない。
「壁の向こう側に攻撃を頼む」
ゲオルクの命令で次に動いたのはシステラだった。
アッシュからここで防衛に手を貸せと命令されたシステラはリィナの救出に向かいたい気持ちを堪えて、この場で冒険者達の火力支援の役目を任されている。
「了解」
システラはゲオルクに渡した通信機から聞こえてくる命令に従い銃を構える。システラがいる場所は防衛線の最も後ろ、ギルドの傍にある比較的高い建物の屋根の上だった。
そこでシステラは屋根の上に寝そべり、狙撃の姿勢を取る。
「火力支援を開始します」
アスラカーズの呪いが無ければ、システラも火力の高い兵器を用いて一瞬で魔物を制圧できるのだが、それは呪いが許さない。そのため、システラが使える兵器は銃に限定されているのだが、逆に言えば銃であればどんな物でも許されるということでもあった。だからシステラは可能な限り強力な物を選んだ。
システラが構えるのは全長2mを優に超える長大な銃。
それは、とある異世界で竜を殺すために使われていた銃であり、対竜ライフルと名付けられた代物だった。
銃と言っても大きさや口径から砲と錯覚するそれは見た目通りの威力を発揮する。
「照準固定──発射」
狙いすまし、システラが引き金を引くと同時に発射される弾丸。
科学と魔術が共存する世界で作られた銃から放たれた弾丸は、科学による電磁加速と魔術による加速によって発射された瞬間にターゲットに着弾する。
システラの狙いは石壁の向こうで壁の突破を図る後続の魔物。システラの放った弾丸が魔物の集団に着弾し、その瞬間、銃弾の威力と着弾の衝撃が炸裂し、魔物の集団が吹き飛ぶ。
「次弾装填──発射」
システラは自分の手のひらより大きな銃弾を掴むと、それを装填し引き金を引く。
銃弾が発射されるのと、ほぼ同時に着弾した銃弾が炸裂し魔物を吹き飛ばす。銃撃というより砲撃に近い威力は竜の鱗を貫くためのもの。それは竜以外の相手にも有効に作用する。
「次弾装填──発射」
再度の装填と発射。連続射撃は三発が限界。
過剰な威力は銃身に負荷を与えるため、銃身を冷却し休ませる必要がある。
その間、システラの支援はなくなるが、それでも問題は無い。
たった三発の射撃で石壁のそばにいた魔物は全滅し、その部分だけ空白になっていたからだ。
「壁をどけて敵を迎え入れろ」
ゲオルクの命令を受けてセレインが魔術師に石壁の解除を指示し、敵の侵攻を阻んでいた石壁が消える。
石壁が消えたことによって魔物達が前進を再開するが、石壁のすぐそばにいた魔物はシステラの支援によって全滅していたため、石壁が消えると同時に魔物が一斉に押し寄せると言うことはなく、魔物が目前まで迫るのに距離と猶予はある。
そして距離と猶予があるということは魔物の中でも足の速さの違いが現れてくる余地があるというわけで、足の速い魔物が集団を抜け出して冒険者達に迫る。だが、それこそがアッシュの作戦通りの展開であった。
「もう一度、蓋をしてくれ」
足の速い魔物が冒険者達に迫ると同時に再び後続と分断するように石の壁が現れる。
そして分断され、孤立された魔物の集団をスカーレッドが率いる冒険者達が掃討する。
「交代だ!」
スカーレッドの率いる冒険者達が後ろに下がり、入れ替わりにライドリックの率いる冒険者が役割を交代する。
その間に銃身の冷却を終了したシステラが銃撃による支援を行い、壁のそばの魔物を処理、そして再び壁を解除し、敵を誘い込み蓋をしてライドリックの率いる部隊が掃討。そしてシステラが再び銃撃で支援を……
「パターンは作ったが……」
ゲオルクは予想外に上手く事が進んでいることに舌を巻く思いだった。
まさかここまでアッシュの作戦が嵌まるとは思わなかったからだ。
アッシュは街中に出現した魔物にはマトモな知能がないから、状況に応じて決まった行動を繰り返すだけなので、簡単に嵌めることができるとゲオルク達に伝えていたのだが、ゲオルク達はそのことを信じ切れていなかったため、この状況には驚くしかなかった。
「これならば持ちこたえられるか?」
ゲオルクは前線を見つめながら呟く。
このまま上手く事が進めば守り切ることができるかもしれないと、希望を感じ始めるゲオルク。だが、そこにスカーレッドが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「サイスが何処に行ったか知らないかい!」
「どうした?」
ゲオルクはスカーレッドの様子に嫌な予感を感じつつも訊ねる。
「どうしたじゃないよ、アイツの姿が見えないんだ!」
スカーレッドは危機感を顔に出しながらゲオルクに向かって声をあげる。
「それはマズいぞ」
サイスもスカーレッドやライドリックと同じように前衛を務める冒険者達を率いて誘い込んだ魔物の掃討を担当することになっている。
「誰か他の奴に指揮を任せるしかないか」
誘い込んだ魔物に対して、サイス、スカーレッド、ライドリックの率いる三部隊を交代させて疲労を軽減させながら掃討するという手筈になっているので、サイスがいなくとも部隊は動かすしかない。
戦況は悪くない、サイスがいなくともこの状況が続くなら問題は無いはずだが──
ゲオルクはそう考えながらもサイスの不在に一抹の不安を覚えるのだった。