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防衛線

 

 魔物が溢れたフェルムの街を俺は走り回り、住民と戦力になりそうな奴らを町外れに集める。

 そこはサイス達の冒険者ギルドがある場所で今は住民が殆どいない廃屋の立ち並ぶ区画だ。フェルムの新市街は平民が住む区画で、そこに住んでいる連中は俺が声をかけたこともあって、かなりの数が避難できた。


「なんでこんなことに……」

「もうおしまいだ……」


 魔物から逃げてきた連中が地面に座り込んでいる。

 フェルムの街中から戻って来たばかりの俺はそいつらを横目にギルドの中に入る。

 ギルドの中ではマリィちゃんに鬼気迫る様子で住民が詰め寄っていた。


「おい、何が起こってるんだ!」

「本当にここは安全なのか!」

「ちゃんと説明しろ!」


 血走った眼の大人に囲まれたマリィちゃんが泣きそうになっている。


「ガキに聞いたって分かるわけねぇだろ」


 子供相手にヒステリーを起こしてんじゃねぇよ。みっともねぇぜ。


「なんだ、おまえは!」


 俺がマリィちゃんとの間に割って入ると、今度は俺に食って掛かって来た。


「ここの責任者だよ。ちょっと、外に出て話そうぜ?」


 血走った眼で睨みつけられても俺は怖くもなんともない。

 俺は力ずくで大人たちをギルドの外に追い出す。


「横暴だ!」


 知るかよ。俺はマリィちゃんに食って掛かっていた連中を蹴飛ばしてギルドの前の地面に転がす。この場所に逃げてきた連中にその様を見せつけるためにだ。

 目の前で暴力が振るわれたことで周囲の人々の間で俺に対する恐れが生じるが、それは別に良い。むしろ、そっちの方が助かる。だって、怖がられた方が言うこと聞かせやすくなるしね。


「手の空いてる奴はバリケードを築け」


 俺が命令を出すと、俺に対して恐怖心を抱いている冒険者連中が率先して動き出す。

 俺を敵に回すとヤバいってわかってる連中が多いのは助かるぜ。そいつらは言うことを聞いてくれるし、冒険者っていう荒事を得意とする連中が素直に従ってるのを見れば、一般人は俺をヤバい奴だと認識してくれて、俺の言葉に逆らわなくなるからな。


「どうせ誰も住んでねぇ家だ。必要な分だけ壊してバリケードにしろ」


 俺の言葉に従って、この場にいる中で元気な連中がギルドの周囲の道を塞いでいく。とりあえず、これでギルドの周りの防備は固められるだろう。

 俺はバリケードが完成するまでの間に元気ではない連中の様子を見に行く。


「どうだい?」


 ギルドのすぐそばの建物の中は野戦病院という感じになっていた。

 指示を出してねぇのに、きっちりと場を整えてくれるってことは分かってる奴がいるんだろうな。


「アッシュ殿か」


 野戦病院じみた場所にやってきた俺に声をかけてきたのはカイル君の親父だった。

 カイルを悪夢の森に連れて行く際、カイルの家に寄った時に一緒にメシを食ったこともあるんで俺の顔と名前は覚えてくれていたようだ。


「まったく大変なことになったな」


 カイルパパは宿屋の主人だというが、見た目は熟練の騎士という感じだ。

 一見すると細そうにも見えるが、近づくと分かるその体つきは一部の隙もないほど鍛えられている。

 今も腰に剣を帯びており、ここに来るまでに何体も魔物を切ったことが伺える。


「ここの指揮は貴殿が執られているのか」


 宿屋の主人がこんな言葉遣いする? しねぇよな。

 なんだか面倒臭そうな過去がありそうなのは間違いないけど、今はそれは置いておこう。

 このカイルパパに関して髪色以外、カイル君と似ている点が何一つないことも今は気にしないでおこう。


「別に俺に指揮権があるわけじゃねぇけどな」


 なんならカイルパパに任せても良いんだぜ。

 素性は知らねぇけど、雰囲気から見て、そこら辺の冒険者連中に任せておくよりかは遥かにマシだ。


「そうか。しかし、現状では貴殿が適任だろう」


 そう言うとカイルパパは指で部屋の奥を示す。

 そこにいたのはカイルの母親で、カイルママは怪我人を集めて治癒術で治療を施していた。


「私は妻とこの場所にいる人々を守らなければならない」


 まぁ、それは構わねぇよ。


「じゃあ、ここを避難所にしていいか?」


 カイルパパにキッチリ統制を取ってもらえるなら俺としては言うことなしなんでね。


「問題ない。たが、そう長くは持たないぞ?」


 物資も何も無いし、それに籠城戦みたいな状況だから精神的にもきついだろうしな。でも問題ねぇよ。どんなに長引いても二日か三日だ。その間だけ、死なないように守ってくれれば、それでいい。


「構わねぇよ。すぐに片をつけるからさ」


 分かっているなら言うことは無いとカイルパパは俺に向かって頷くと、自分の奥さんの方へと向かっていった。しかし、カイルママって宿屋の女将なんだけど、そんな人が回復の魔術とか使えるのっておかしいような気もするよな。

 やっぱりカイル君の家は何か色々と事情がありそうだぜ。今は追及して暇はないんで放っておくしかないけどさ。


「おい、アッシュ! スカーレッドの姐御が戻ってきたぞ!」


 スカーレッドの手下の冒険者が俺を呼びに来たんで、とりあえずこの場はカイルパパに任せて俺はスカーレッドの方に向かうことにする。スカーレッドがいるってことはサイスもいるだろうしな。


 スカーレッドたちのいるところに案内された俺はギルドの中に入り、臨時の会議室となった応接間へ向かう。部屋の中に入ると、そこには俺の予想通りスカーレッドだけでなくサイスや他のメンバーがいた。


「よう、どうだい調子は?」


 深刻そうな顔をしているサイス達に俺は陽気に声をかける。

 場違いな感じの俺の言葉に対して苦々しい表情を向けてくるサイス達。

 そんな顔をしても状況は何も変わらないんだけどね。ヤバい状況で深刻な顔をしてるのが仕事じゃねぇだろ?


「最悪だ」


 口を開いたのはゲオルク。このメンバーの中では一番落ち着いているようだ。


「新市街は大半を魔物に制圧されている。旧市街の方はギュネス商会とピュレー商会の冒険者が防衛に回っているがいつまで持ちこたえられるかは分からない」


 とはいえ、一日二日でどうにかなる感じじゃないだろ?

 旧市街は金持ちや貴族が住んでるからデカくて頑丈な家も多いだろうしな。


「住民の避難させてくれたと聞いた。フェルムの住人を代表して礼を言わせてもらう」


 ゲオルクは俺のやったことに対して感謝の意を示して俺に向かって頭を下げてきた。

 他のメンバーもサイス以外、ゲオルクに倣って俺に頭を下げる。


「それで、この後はどうするべきだ?」


 頭を上げたゲオルクが今度は訊ねてきた。


「俺に聞くのかい?」


 俺は余所者だし、基本的には部外者なんだけどね。

 でも、俺を頼るってことはよっぽど切羽詰まってるんだろう。それならまぁ、手を貸すのもやぶさかじゃない。


「人間性はともかくとして、この状況に置いて誰よりも冷静なのはお前だからな。この場にいる誰よりも、こういう状況に慣れてると思ったので指示をあおぎたい」


 随分と買い被られたもんだぜ。まぁ、慣れてるのは間違いないけどさ。

 少なくともこの街の冒険者よりは慣れてるって自信はあるぜ。この街の冒険者は軍属ってわけじゃないから籠城戦に近い今の状況みたいなのは経験したことないだろうしな。

 知識や経験と判断に関してはこの場では俺が一番だろうから、俺に指示を仰ぐのも無理からぬことだと思うね。


「とりあえず防衛線を築くしかねぇな」


 敵の攻めてくる方向を限定して、迎撃する戦力をその方向に集中する。

 町外れを選んだのは背後に城壁があるから、前から来る敵だけに注意を向ければ済むからだ。

 その上で、防壁バリケードを築いて更に敵の侵攻方向を限定する。


「全面に防壁を築くと敵は均等に攻めてくるだろうから、敢えて守りを薄くして敵が侵攻しやすいルートを作る」


 相手は魔物なんで、そんなに頭は良くないだろうから、何も考えずに突破しやすい所に集まってくるだろう。けれど、集まったところで魔物全てが通れるような道はこの辺りには無いから敵は大渋滞を起こして攻めてくる速度は遅くなる。ついでに、こっちは一度に戦う敵の数をコントロールすることができる。


「ただ、そのためには後ろで蓋をする奴が必要だけどな」


 一度に戦う敵を少なくするためには、後続の敵を時々に応じて寸断する役目が必要だ。

 そのためには、それなり以上に腕の立つ奴らが必要なわけだが──


「すいません、ちょっと良いですか」


 唐突に割り込んできた声はシステラの物だった。

 声の方を見るとゼティの所に行ったシステラが申し訳なさそうな顔で突っ立っていた。


「ちょっと待ってて」


 システラの申し訳なさそうな顔の理由はゼティの所に行ったら、俺の所に帰れって言われたからだろう。

 流石ゼティだぜ。付き合いが長いだけあって、俺の考えてることを察してくれたみたいだ。システラにちょうど仕事を頼みたかったんだよね。


「街の人を守るのはアタシも賛成だけどね。でも、それだけじゃどうにもなんないだろ?」


 スカーレッドが俺に具体的な解決策を求めてくる。


「魔物に関してはメレンディスを仕留めたら解決する」


 俺は確信があるように解決策を断言する。

 サイス以外のメンバーが俺の発言に疑いの視線を向けてくるので、俺は推測を口にして疑ってる奴らを納得させることにした。


「魔物を召喚してるのはメレンディスだ」


「確証はあんのかい?」


「魔物の出現位置を見てたら分かるさ」


 避難を呼びかけている最中、俺は高い建物に上って、上から街の様子を観察し魔物の出現位置を把握してたんだわ。

 そうして観察してみると、魔物の出現位置はランダムってわけじゃなく、何かしらの意図が感じられるような出現位置だったってわけ。

 その出現位置は基本的には街の人間を可能な限り多く殺そうっていう意図が見えるもんだったわけだけど、その割には素人臭さが抜けなくてな。考えてるのは分かるんだけど、先まで読めてない魔物の配置で、かなりの数を殺せずに取りこぼしてるんだよ。

 将棋やチェスの下手糞な指し手みたいな感じで人間臭さを感じるから俺はメレンディスが魔物を召喚してコントロールしてるんだと思ったわけ。アイツは聖職者で戦闘は本職じゃないし兵の動かし方も戦術も理解が無いだろうしな。

 まぁ、メレンディスを倒したからって魔物が召喚されなくなるかどうかは自信ないけどな。

 確信があるみたいな感じ言ったけど、メレンディスを倒しても今度は黄神が直接召喚する可能性もあるし。

 でもまぁ、そっちの方は心配しなくていいかな。だって黄神は俺が倒すし。


「納得は?」


 イマイチって顔だけども俺は気にせずに言葉を続ける。


「とりあえず、やることはシンプルに行こうぜ。第一はこの場所を守ること。第二にメレンディスを倒すこと。第三に元凶を倒す」


 旧市街の事は今は置いておこう。そっちに問題が生じる前に決着をつける。この場所だって、長く持ちこたえられるわけじゃねぇし、重視すべきなのは速度だ。同時進行で速やか終わらせなきゃならねぇ。


「というわけ、この三つを達成するための作戦をお前らに授けようと思うんだが、聞く気はあるかい?」


 俺の提案に対し、サイス以外のメンバーが同時に頷き、僅かに遅れてサイスが頷く。

 良い感じじゃねぇか。じゃあ、俺の作戦を聞かせてやろうかね。


「俺の作戦はだな──」


 心配すんな。すべて織り込み済みだぜ。

 俺に任せておけって、全部キッチリ解決してやるからさ。


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