表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/379

代官の依頼

 

 ギースレインという名前の騎士に連れられて俺はラザロスの町の代官の屋敷に向かう。

 代官の屋敷は町の中にあるため、俺は図らずもラザロスの町の中に入ることができたことになる。

 じゃあ、今まで金を稼いでいたのは何だったのってなるけど、あれはあれで俺の楽しみの一つだから、無駄な時間じゃなかったよ。


 ラザロスの町は中に入ってみると、思っていたよりも平和だった。

 レンガを建材にした街並みはこれといった特色は無く、そのぶん奇抜さも無いんで落ち着いた雰囲気だ。けれども、通りを多くの人が行き交っているので活気がないわけじゃない。

 活気があり、人が多いのにも関わらず町の中は清潔で雑然とした感じはない。

 それに暮らしている人も生活が苦しそうな感じはなく、ギースレインに連れられている時に脇道を覗いてみたけれど浮浪者がいる気配もない。

 ついでに街中を歩く人を観察してみると、女性だけや子供だけで歩いている割合も多く、女子供が安心して出歩ける程度には治安も良いようだ。


「良い街じゃないか」


 町の様子を見る限り代官の統治が上手くいっているんだろう。

 そう思って、ギースレインに声をかけると、ギースレインは俺の方を振り向き、曖昧な笑みを浮かべる。感情を読み取らせないつもりなんだろうが、隠しきれてはいない。

 どうにも、この町に対してギースレインは思う所があるようで、ラザロスの町が上手くいっていることが面白くないみたいだ。その理由は分からんけどね。


「こちらになります」


 そう言って案内されたの町の中心部にある、それなりに大きな屋敷だった。

 それなりの大きさでもラザロスの町では一番大きいんだろう。代官の屋敷に来る途中に見かけた家は綺麗だったものの大きくはない家ばかりだったんで、町全体で見ると、そんなに金持ちはいないんだろうね。


「代官殿は中でお待ちです」


 ギースレインに案内されて屋敷の中に案内される。

 屋敷の中は明らかに高価と分かる物はないが、質が良く気品の感じられる調度品で調和のとれた内装になっていた。


「何か?」

「いや、良いセンスしてるなぁと思ってさ」


 屋敷の中が無駄に派手じゃないのが良いね。落ち着いた色合いの物を好んで置いているけど、その品も良く見ればかなり良い物だ。こういう目利きができる奴は信用できるぜ。

 そんな俺の代官に対する高評価が面白くなかったらしく、ギースレインは無表情になり、無言になってしまった。

 そうして、何も言わなくなったギースレインに連れられて俺が辿り着いたの屋敷の奥にある代官の執務室。


「お求めの人をお連れしました」


 ギースレインが扉をノックすると中から野太い声が返ってくる。


「入れ!」


 普通の人間の怒鳴り声に近いくらいの音量だったが、声の調子から怒っているわけでもなく、それが普通なんだろう。


「失礼します」


 ギースレインが扉を開けて中に入るので、俺もそれに続く。

 そうして、代官の執務室に入ってみると、そこにいたのは熊……いや、熊みたいな人間か。熊みたいな人間が椅子に座り、執務机に向かって書類仕事をしている。


「よし! 下がっていいぞ!」


 熊の言葉にギースレインは頭を下げて、その場から退出する。

 パシリをやらせて、それはあんまりな気もするけど、ギースレインの代官に対する感情を見るにそっちの方が良いのかもしれんね。

 ギースレインがいなくなると同時に熊は俺を見ると笑顔を浮かべて俺の方を見る。


「ラザロスの町の代官ドレガン・ドミナスだ!」


 豪快な笑顔を浮かべながら名を名乗る熊。

 ドレガンって呼んでいいのかな?


「アッシュ・カラーズだ」


 代官相手だからって緊張したりはしねぇよ。

 人間だった時に大統領とかに会ったこともあるんだから、権力者程度でビビったりはしないかな。


「そうか、アッシュというのか! 俺の所の騎士が手も足も出ずに敗れたというから、どんな奴かと思えば、想像より遥かに若いな!」


 まぁ、実際にはキミより長く生きているけどね。つっても、長く生きているだけで歳を重ねたって実感はないけどさ。


「それで? 俺に何の用があって呼びつけたんだい? まさか、自分の所の騎士が負けたからって仕返しってわけじゃねぇだろ?」


 俺は部屋に置いてあった椅子に勝手に座る。

 俺の振るまいに関してドレガンは何も言わない。

 こういう時に無礼だなんだ言う相手は俺にとって扱いやすいから好きなんだけど、ドレガンは何も言わないから面倒そうなタイプだと予測できる。

 こういうタイプは身分とかを気にしない奴の場合もあれば、相手をハナから人間として見ずに使い捨ての道具として見てたりもするんだよな。道具相手に礼儀を説く必要は無いって感じでさ。


「随分と単刀直入な奴め! だが、俺もそちらの方が良い! なにせ、俺は忙しい身だからな!」


 ドレガンはそう言いながら、机の上に置いてある書類の束を叩く。

 熊みたいな見た目の割にちゃんと代官の仕事をしているようで、そのために書類やら何やらが増えるんだろうね。まぁ、その成果もあってラザロスの町は住みよい場所になってるみたいだけどさ。


「お前を呼びつけた理由はただ一つ! 俺はお前に頼みたいことがあるのだ!」


 なんだろうか?

 昨日今日、この町に来た余所者に頼むようなことなんてロクなことじゃないだろうし、それなら俺には願ってもないことだぜ。


「余所者じゃないと駄目なことなのかい?」


「その通りだ! ラザロスの町に住む者や、イクサス領で暮らす人々や冒険者には頼めんことだ!」


 キナ臭くてたまらねぇぜ。

 殺しの依頼は気分が乗らねぇから受けられねぇけど、それ以外なら構わねぇって気分になってきたぜ。

 俺はドレガンに本題を話すように促すと、ドレガンは表情が真剣な物に変わる。


「お前に頼みたいことは人探しだ」


 それなら他の奴でも良いんじゃないか?

 でも、わざわざ腕が立つって噂を聞いたってだけの俺を呼びつけなきゃならんってことは結構ヤバめな話か?


「言っておくが、ただの人探しではない。お前に探してもらいたいのは、イクサス伯の御子息だ」


「わぉ、全く状況が掴めねぇ話になってきたな」


「順を追って説明するから黙って聞け」


 そいつは失礼。じゃあ、お口にチャックでもしてますよ。

 俺が聞く姿勢になるとドレガンは静かな声でイクサス伯爵領の現状について語りだした。


「余所者のお前でも知っているとは思うが、イクサス伯は病で臥せっておられ、伯爵領の政治は伯爵の第二子であるシウス殿が取り仕切っている」


 子供はいるじゃん。それなのに伯爵の子供を探せってことは第一子つまりは長男の方ってことか?

 封建社会っぽい世界で、領主一族なのに長男を差し置いて次男が家督を継いでいるとか怪しい気配しかしねぇんだけど。


「だが、このシウス殿がどうにもならん御方でな。奸臣の言いなりになって悪政を敷いているのだ」


「具体的には?」


「民に重税を課しながら、自分は遊興に耽る。苦しむ民に手を差し伸べることも無く、それどころか逆に民を害する始末だ。御父上は立派な方だったのがな」


 立派な親父が病気で寝込んでいて、ボンクラ息子が取って代わったとか筋書きが分かりやす過ぎるんじゃない?

 そんでもって、圧制を敷いているイクサス領内にあって、ラザロスの町だけは平穏無事っていうのもね。どうやらドレガンはシウスって奴に叛意を抱いて、勝手なことをしてるんだろう。

 それなら、ギースレインが面白くないのも当然だわな。アイツは伯爵に仕えている騎士みたいだけど、実際にはシウスって奴に仕えているんだろう。それなら自分の主に従わないドレガンの事が気に食わなくても仕方ない。


「ボンクラ次男の代わりに長男を代わりに領主の座に据えようとか、そんなことでも考えてんのか?」


 ギースレインの事はともかく、とりあえず気にするべきことはドレガンの思惑の方だ。

 町の様子を見る限りではドレガンは民の事を気にする奴のようだけども、だからって全てを信用するわけにもいかねぇな。人間ってのは嘘を吐く生き物だし、権力者なら尚更その傾向が強い。

 そもそも、圧制を敷いているって情報だって、俺はこの目で見たわけじゃないから信用するべきじゃない。


「その通り。俺はシウス殿を廃して、行方不明の伯爵の長男に家督を与えたいのだ」

「マジの謀反じゃねぇか」


 たまらねぇな、おい。

 政権転覆は俺の得意技だ。人間だった頃にアフリカとか南米で何回もやったことあるし、ドレガンはついてるな最高の味方がここにいるぜ? でもまぁ、味方するとは限らねぇけどさ。


「謀反ではない、義挙だ!」

「物は言いようだなぁ」


 ドレガンは俺を睨みつけるが、すぐに言っても仕方ないという態度で視線を和らげる。

 ここまで知ってしまった以上は分かるだろう?って気配を出し、俺に対して圧力をかけている。

 こんな話を聞いた以上、頼みを引き受けるしかなく余計なことを言えば、命は無いって言いたいんだろう。そんなことはわざわざ口に出すまでもなく察せるんで、俺もわざわざ聞いたりはしない。

 ただまぁ、気になることはあったりするんで質問はするけどね。


「ところでさぁ、そもそも何で伯爵の長男が行方不明なんだ?」


 領政の実権を巡っての権力闘争で負けただけなら行方不明ってのは考えづらい。その場合なら、どっかに潜伏してるだろうし、シウスの敵対の意思を持ってるドレガンが匿うだろうしな。


「それは御子息殿の出生に問題があってだな——」


 ドレガンはそう言いかけて俺を見る。

 どういう意図で俺を見ているのか想像がつくんで、望んだ答えを返してやることにした。


「分かってるさ。アンタの依頼は受けるから、話してくれよ」


 別に人探しくらい構わないし、それが仮にヤバい出来事に繋がってるなら、むしろ俺の方からお願いしたいくらいだぜ。

 要は伯爵家のお家騒動ってやつだ。そんなワクワクするような事件に首を突っ込まないわけにはいかないよなぁ。外野で見物していても面白いんだから、当事者になればもっと面白いだろうし、当事者になんか喜んでなってやるぜ。


「……御子息殿は伯爵の妾の子だ」


 ドレガンは俺に対して僅かに疑いの視線を向けつつも、出生の秘密について語り始める。


「妾の子にも関わらず、正室の子であるシウス殿より先に生まれたために伯爵家の嫡男として爵位を継ぐという話が出てな。後々シウス殿との家督争いに発展すれば、家に混乱が生じると考えたイクサス伯によって幼い頃にどこかの家に預けられたのだ」


 妾の子なのに長男ってのは問題が起きそうだよなぁ。

 伯爵がハッキリと正妻の子に家督を譲るって宣言すれば済んだかっていうとそういう問題でも無い。妾の子でも担ぎ上げて正妻の子と家督争いをさせようとする連中もいるだろうしね。

 それを防ぐためにどっかに隠すってのも、そこまで悪くはないと思うけども、そう言えたのは全部が上手くいっている場合で残った次男がボンクラだった場合はちょっと事情が変わってくる。


「どこに預けられたのか分からないため、我々は御子息殿の行方を知らんし、どのような姿をしているのか、そもそも名前すらも分からん。だから、人探しを頼んでいるのだ」


 顔も名前も分からない奴を探すって結構大変だぜ?

 まぁ、やったことが無いわけじゃないけどさ。


「結構、重要そうな話だが、そんな重要なことを俺のような何処の馬の骨とも知れない余所者に頼んでいいのか?」


「むしろ、余所者でないと駄目だ。信頼のおける者を動かせば、シウス殿に仕える派閥の者たちが勘づく。現にギースレインが俺のお目付け役としてこの町に派遣されている以上、俺を疑っていることは確実だ」


「その点、余所者なら大丈夫だって?」


「あぁ、お前のような輩が、俺に謀反の疑いがあると密告したところで俺はシラを切ることは容易く、それにお前が捕まった場合でも、簡単に切り捨てられるからな」


 使い捨て前提かよ。

 良いねぇ、そういうの。久しぶりだぜ、俺を言いように使い捨て用って奴はさ。

 別に文句は無いぜ? みんな、それぞれに事情やら思惑があるんだから、人を良いように使うのだって有りさ。俺だって、面白くなりそうだって理由で首を突っ込むんだしな。


「この話を聞いても俺の依頼を受ける気はあるか?」


 無いって言ったら始末する気だろ?

 ドレガンはラザロスの町を平和的に統治してるようだけど、だからって人間性まで平和的とは限らない。

 俺みたいな得体の知れない余所者を使おうってくらい手段を選ばない奴なんだから、何をしてもおかしくねぇわな。


「もちろん受けるぜ。ただし、やり方は俺に任せて貰うし、金も欲しいね」

「構わねぇ、俺の要望通りに仕事を成し遂げてくれるならな」


 仕事を成し遂げた後で、俺がどんな目に遭わされれるか気になるけどな。

 伯爵の長男の出生の秘密を知ってる俺をコイツが生かしておくかな? 案外、見逃してくれそうな気もするが、さてどうなることやら。


「それじゃあ、契約成立だ」


 俺はドレガンに手を差し出し、契約成立の証として握手を求める。


「あぁ、頼んだぞ」


 ドレガンは応じて俺の手を握る。

 傍目から見ると友好的だけど、まぁ色々と思惑はあるんだろう。

 でもまぁ、俺には関係ないことだね。


 俺は俺で楽しく人探しをしていこうじゃないか。

 せっかくお家騒動っていう厄介事に首を突っ込ませて貰えるんだから、イベントとして楽しませてもらわなきゃな。

 まぁ、他にやることもあるから、他の件と同時並行的に片付けなきゃいけないんだけどさ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ