真夜中に始まる
窓の外を見ると何時の間にか月が夜空の頂点にあった。
話したりしている内に深夜になってしまったようだ。さて、どうしたもんかね。
「大聖堂に行くんだろう? 俺達もついていくぞ」
体力が回復したサイス達も同行するようだ。
メレンディスに色々と聞きたいことがあるらしいが、実際の所は殺しに行くんだろう。
俺自身は殺しは好かないけれども、俺以外の誰かが誰かを殺したいというなら、俺はそれを止めようとは思わないし、とやかく言うつもりもない。
俺は俺の個人的な考えに基づいて殺しを避けているわけで、そんな俺の考えを押し付けるってのも好みじゃないんでね。
「私も行きます」
システラがサイス達に遅れを取らないように言うが、ちょっと待って欲しい。
「いや、お前にはゼティに声をかけてくるように言ったよね」
なんで速攻で自分の仕事を忘れるかな。
いや、忘れてるってわけじゃねぇか、そもそも俺の考えを真剣に聞いてなかったってだけか。まぁ、それはそれで問題だけどね。
「私もリィナさんを助けに行きたいです」
お友達だからかい? いいねぇ、無邪気で。
状況が分かってねぇから、そんなことが言えるんだろうね。つってもまぁ、それはサイス達にも言えることなんだけどね。
「助けに行くって言ってもなぁ、今すぐは無理だと思うぜ?」
俺はわざとらしく肩を竦めて見せてから家の玄関の扉を開けてみる。
そして、扉の外を見るようにシステラに促すと、システラは扉から出ていき、そして十数秒後に慌てて戻ってきて扉を閉める。さて、外には何がいたでしょうか?
「ゾンビ!」
いや、ゾンビじゃないと思うよ? 動く死体ではあるけど腐ってないしゾンビ感もないしさ。まぁ、なんて呼べばいいかわからないし、面倒くさいからゾンビで良いか。別に呼び方はどうでも良いしな。
問題はゾンビがいるということで、システラの様子を見てサイス達が窓の外を覗き込んでいる。
「どういうことだ?」
窓の外には十数体のゾンビの姿が見え、俺達がいるギルドの周りを取り囲んでいる。
ゾンビの動きには明確な意図が見えないんで人の気配に誘われて、人がいる建物に向かってきているってだけだろう。
「まぁ、予想通りかな」
サイスやシステラは驚いているけれど、俺からすれば特に驚くようなことでもない。
まぁ、こうなるだろうなって思った通りの展開だ。
「予想通りって……」
予想がつくことだろ?
メレンディスがシステラを逃がしたのは、逃がしたとしても問題が無いからだ。システラに逃げられて困るなら、リィナちゃんを捕まえるときにシステラのことも捕まえてるだろうさ。じゃあ、どうしてメレンディスは困らないのか?
それはもう決着をつけるからじゃねぇかなと俺は思ったってわけ。いつから準備をしてたのかは知らねぇが、メレンディスの計画は大詰めで、いまさら自分のことがバレても困ることはない。バレたとしても、ほどなく決着がつくからな。
そんでもって、メレンディスは計画を達成するための時間稼ぎにフェルムの街中にアンデッドをばらまいて、俺達の動きを止めようとか考えてんだろうよ。
「ゾンビはメレンディスの仕業だろうな。たぶん街中にいるぜ?」
「なぜ、そんなことを!」
なぜって言われてもなぁ。まぁ、想像はつくけどよ。
フェルムの地下に封印された存在として俺がその可能性を挙げた黄神は自分の存在を忘れて平穏な生活を送ってるフェルムの人間を恨み憎んでいるみたいだし、フェルムの人間を苦しめようと思ってメレンディスに力を与えたんじゃないんだろうか?
黄神は地の属性を持つみたいだし、死者を蘇らせるってこともできるじゃねぇかな?
死体ってのは土の中に埋める文化圏もあり、土の中に埋めるって所から地中ってのは死者の住む国であるという解釈をする地域もあって地の神が冥界の神を兼任してるってことも良くある。そういう解釈から地属性ってのは案外アンデッドの使役に適性がある属性だから、俺は黄神にアンデッドを生み出す能力があってもおかしくないと思うし、そういう能力があるなら、それを自分の僕に分け与えるってこともできるだろう。
そういえば、フェルムの周辺でアンデットが増えてるって噂も聞いたことがあるし、黄神の影響ってのは結構、前からあったのかもな。こういう話をしたらサイス達が更に怒りそうだぜ。
「こういうわけだから、すぐには大聖堂には行けないよねって話」
サイス達には特に効くよな、こういう感じにフェルム全体を人質にしたような、やり方はさ。
もっとも、メレンディスはサイス達が自分に対して殺意を抱いているとかは気付いていないだろうし、サイス達を狙った仕掛けではないだろうけど。
「それでサイス達はどうする?」
「決まってる。街中に奴らが現れたというなら、俺達が駆除するしかない」
だよな。でも、サイス達だけじゃ無理だろ?
そのことに気づいたシステラが声をあげる。
「もしかして、ゾンビの始末をゼルティウスさんにお願いするのですか?」
さぁ、そりゃどうだろうね。ゼティには別の仕事をお願いしたいし、そのためにシステラにはさっさとゼティの所に行ってもらいたいんだけどね。
「まぁ、何でも良いから、さっさとゼティの所に行ってきてくれ。その後の動きはゼティから指示を仰いでくれ」
納得したシステラがギルドの入り口から飛び出すように出て行き、ゼティがいるフェルムの市外へ向かって走っていった。
とりあえず、これで街の外のことは大丈夫だろう。システラはともかくゼティに任せときゃ頭を使うこと以外なら大抵のことは何とかなるからな。リィナちゃんが以前に言っていたことを考えれば、気にしないといけないことは街の中だけじゃねぇしな。
「俺達は街の人々を避難させてくる。お前はどうする?」
サイス達はクローネ大聖堂には向かわずにフェルムの方を優先することにしたようだ。
さて、そうなると俺はどうするべきかね。今すぐ大聖堂に向かってメレンディスを倒してリィナちゃんを助けて、この状況を解決させる?
……それも悪くねぇが何か違うな。順当な流れだと思うけど、何か違うんだよな。
メレンディスの目的は黄神の封印を解いて、復活させることだと思うし、その計画自体をぶっ壊すにはメレンディスをぶっ倒すのが一番簡単だが、簡単なのが最高かと言われると違う気がするんだよな。
やっぱアレだよな、他人の計画をぶっ壊す時は一番効くやり方の方が良い気がするぜ。実際、人間だった時から俺はずっとそうやって来たわけだしな。
「俺も手を貸してやるよ」
だからまぁ、今はサイス達を手助けしておこう。
メレンディスに計画があるように俺にも作戦があるし、そのために俺が今するべきことは大聖堂に向かうことじゃない。というわけで、俺はサイス達を手伝ってフェルムの住人を避難させることにした。
最終的に俺がやることは変わらねぇけど、今は遠回りさせてもらおうか。
捕まってるリィナちゃんには悪いけどね。