倒すべき敵は
とりあえず俺はギルドの中でサイス達とシステラを休ませることにした話を始めるのは、その後で良いし、リィナちゃんを助けに行くのもその後で問題ない。リィナちゃんもすぐさま危害を加えられるってことは無いだろうしね。
休憩している最中、マリィちゃんがご飯が出来たと言ったんで、それを口に入れてサイス達も体力の回復を図る。マリィちゃんの手料理にサイスが感動してたって話は……まぁ、どうでもいいよな。
ちなみに俺はマリィちゃんの料理は食いませんでした。だって、そんなに美味しそうじゃなかったしね。ついでに元々、食事をしなくても平気な体質ではあるし、食わない方が調子が良いことも多いんだよ。
サイス達が食事を終えて一息ついた頃、俺はサイス達とシステラを集めて話を始めることにした。
「何から話し始めるべきだろうな」
「話し始めるより先にリィナさんを助けに行くべきだと思います。ここで無駄な時間を過ごしている間にリィナさんは酷い目に遭っていると考えられるので速やかに行動に移るべきだと私は考えます」
真っ当なご意見どうもありがとうございます、システラさん。
テメェが負けて帰ってこなけりゃ何も問題なかったんだってことに気付いてから口を開こうな?
まぁ、負けて帰ってきた子にそんなことを言うのは可哀想だから、俺は何も言わないけどさ。
「それは俺達にも関係ある話か?」
食事をして僅かに体力を回復したサイスが気だるげに俺に質問する。他のメンバーはというと、気力・体力・魔力の限界でダウンしているようで、この場にはいない。
サイスからすればリィナは顔見知りでもなんでもないので、関係ない話題だから興味もなく、どこか他所で話してくれないかと言わんばかりだった。
「まぁ、聞けよ。キミらにも関係のある話になると思うからさ」
俺がなだめるように言うとサイスは釈然としない感じを隠そうともしないものの、とりあえずは聞く気になってくれた。
「さて、では話をしよう。といってもまぁ俺の推理なんだけどな」
聞いているのはシステラとサイスだけ。
そのシステラとサイスも面識が無いので微妙に気まずい雰囲気を放っている。
まぁ、俺はどっちとも知り合いなんで何とも思わないし、気まずい思いをしてるわけじゃないから、放っておくけどね。
「俺はなんとなくだが、俺の敵が分かった気がする」
敵というのは今回の敵な。
俺に舐めた真似をして喧嘩を売ってきた奴で、サイス達の人生を縛った張本人。
俺をこの世界に閉じ込めてる敵は分からねぇけど、そっちは今は良いや。
「いや、そんな話よりもリィナさんを……」
「……続けてくれ」
俺が気持ちよく話をしようとしているところに水を差そうとするシステラに対し、サイスは俺に続きを促す。そりゃそうだよな。これまで何年もそいつの影におびえてきたのに正体の見当もつかなかったんだから気になるよな。
俺はシステラではなくサイスの方の気持ちを尊重して話を続けることにした。
「では、まず何から話すべきか……まぁ、結論から言ってしまうと、俺の──俺達の敵は神だ」
急に何を言っているんだって顔になるシステラと無表情で俺の話を聞くサイス。
ギャラリーが素晴らしくて涙が出るね。思わず俺も熱弁を振るいたくなるぜ。
「何を言っているんだと思うかもしれないが、順を追って説明していこうか」
サイスはともかくシステラも驚いてるのはおかしくねぇかと思ったり。お前は俺が神だって知ってるんだから、いまさら神だとか言われて驚くのはおかしいだろ。
「色々と考えるべきヒントはあった」
時系列で考えていく場合、最初はクローネ大聖堂の地下の拷問部屋だ。
そこで俺はその場所を異端審問が行われた痕跡と判断し、別の宗教の弾圧がされていたと考えた。
その際リィナちゃんは、この地はずっと白神教会が教区だったといっていたけれど、あえてその考えは無視して考え、この地には白神教会とは異なる何らかの宗教が根付いていたのだと仮定しよう。
「となるとダンジョンはどうなるか」
俺はコルドールの地下迷宮ででいくつかの壁画を見たし、女神の像も見た。
この地に白神教会とは違う信仰が根付いていたとしたら、壁画も女神もその信仰に由来するものではないか考えられる。地下迷宮と同じように悪夢の森にも女神像はあったわけだし、ダンジョン関係において、女神像とそのモチーフになった存在は大きな意味を持つということも考えられる。
ダンジョンの意匠として、とりあえず用意されただけって切って捨てるべきではない事柄だと俺は思う。
では、その意味とは?
とりあえずコルドールの地下迷宮と悪夢の森の共通点から推理してみよう。
あの二つのダンジョンには女神像や過去にこの地に存在した信仰に関する壁画が存在していた。それは既に俺の中で整理されている共通点だ。他に似た部分があるとしたら何だろうか?
それは、あの二つのダンジョンは最初から迷宮として生み出された物でなく、人の居た跡地──遺跡がダンジョンになったってことじゃないだろうか?
どちらも遺跡であるからこそ女神像など過去の遺物が残っているわけで、そうなるとこの地に女神を崇める信仰が存在した証拠にもなるだろう。
そして、そういった信仰の形がダンジョンになった遺跡にそのまま残っているという点から、ダンジョンを管理している奴が、過去のこの地の信仰に関係する者だという可能性も考えられる。そして、ダンジョンを管理する力を持っている時点で並の存在でないだろうし、この地において忘れられた女神っていう可能性だって考えられる。
「──という妄想を考えたんだが、どう思う?」
俺は説明を一旦区切って、システラとサイスに意見を求める。
二人はと言うと、俺が何を言っているか分かっていないようで首を傾げるのみ。
まぁ、脈絡なく俺が見聞きした情報から推理できることを適当に語ってただけだから、話が通じなくても仕方ないんだけどな。
「とりあえずダンジョンには女神像とかいっぱいあったから、その女神が何か関係あるんだろうと俺は思っている」
「その女神ってのが良く分からないです」
キミもダンジョンに行ったんだから分かるでしょうよシステラちゃん。
まぁ、そういうのを気にしてる場合じゃなかったのかもしれないんで、そのことをとやかく言うつもりは無いけども。
「説明が下手だな」
うるせぇなぁ、思いついたことを適当に喋ってるだけだから仕方ねぇだろ。
学会や研究発表会じゃねぇんだし、そこまで完璧に説明できるかよ。重要なのは俺が分かってるかどうかってことだから、本来はテメェらに話す必要もねぇんだよ。
──って感じでキレそうなるのを俺は我慢する。
「仮に女神がいるとして、どうして女神は人間に敵対するんですか?」
システラが分からないなりに頑張って質問をしてきたので、俺はそういう姿勢を評価して質問に答える。
「それは封印を解くためじゃねぇかな」
サイスが言っていたように地下に封印されているのが女神だったとしたら、ダンジョンを経由して人間に自分の封印を解く鍵を与えていたってことになる。
サイスは言っていたが、フェルム周辺のダンジョンを攻略した際に得られる宝は全て集めれば、フェルムの地下の封印を解けると言っていたし、そのためにダンジョンの管理者である女神が自分の封印を解くために地命石のようなダンジョン攻略の証となる宝を作っていたって考えられるだろう。
その場合、ダンジョン攻略者に限らずダンジョンを訪れた奴ら全員にバラまけば良いような気もするが、それが出来ないのは封印されていて力が制限されているからだって推測することもできるだろう。
「封印を解くためだとしても、人間に害を与える理由が分からない。仮に女神であるならば、人間に寛容であっても良いはずだ。いや、そもそもお前の言う通り、今までこの地で暗躍していたのが神だとして、なぜ、そいつは封印されることになった?」
サイスはイマイチ信じきれてないようだが、俺の推測が真実だと仮定して俺に疑問を投げかけてくる。
ここで俺は衝撃の事実を明かさないといけないんだが、実の所、俺がここまで語ったことには何一つ証拠が無いんだよね。
だからまぁ、これから先の話も俺が見聞きした物から空想を働かせて、推測してるだけなんだが、俺はこれが正解って体で話す。
「害を与える理由と、封印される理由。どっちから先に話す方が良いだろうかね。順番によって受ける印象が変わることではあるんだよな。とりあえず、聞かれた通りの順番で言うなら人間に害を与える理由は人間が憎いから、となると封印される理由は邪悪な神だったからって考えそうになるが、俺はそうじゃないと思うね」
理由は地下迷宮にあった壁画だな。あの壁画では、女神はそれなりに信仰を集めていたように見えるし、信者も農民とか一般人が多かったような印象だし、邪教って感じではなかった。
「先に考えるべきは封印される理由の方だ。そっちに関しては俺は白神教会との宗教的な対立があったと見るね。壁画には戦いの様子もあったし、宗教的な対立があったとしたら、クローネ大聖堂にあった異端審問の跡も不思議じゃなくなるしな」
「待て、俺はそんな話があったなどと聞いたことは無いぞ」
フェルムに長く住むサイスが俺の考えに対して疑問を呈する。
「そりゃあ、ここ数十年の話じゃないだろうしな」
サイスだって二十代前半だしな。俺の読みじゃ、数百年は昔のことじゃねぇかなって思うし、その時の事なんて知ってる奴はいないだろ。
宗教戦争は怖いからなぁ。
仮にこの地に女神を信仰する宗教があったとしても徹底的に弾圧して、存在した痕跡も残さないようにするだろう。それでもダンジョンには残っていたみたいだし、それくらいしか抵抗の手段が無かったってのも想像できるぜ。
「だとしても、この地に女神が存在するとして、白神教会がどうして女神を封印するということになるんだ?」
「そりゃあ宗教だし、当然だろ?」
宗教ってのは自分たちの信仰する神以外に偉大な存在があると困る場合が多いからね。
白神教会については詳しく知らねぇけど、名前からして一神教だろうし、白神教会にとっては白神以外の神様にデカい顔をされたら困るんで封印しに来たんだろうよ。でもって、女神は邪悪な神ってことにして、その女神を信仰する連中も邪教徒扱いで弾圧してたんだろうさ。
似たようなことは地球にもあるし、珍しいことじゃねぇ。自分たちの宗教の正当性を主張するために、敵対する宗教の神様を悪魔扱いして貶めることなんて良くあることだからな。
そんでもって文明や文化なんてもんは、その気になりゃあ数十年で跡形も無くすることができるしな。世代交代も挟めば伝承も途絶えるし、歴史として遺さなければ誰もが忘れ去るだろうよ。
「完全には理解していないんですが、マスターの話からすると、封印された怒りから女神は人間に害をなしているということですか?」
「封印されたことに対する怒りかは分からねぇけどな。もしかすると自分を忘れ去ってることに対して怒っているのかもしれないしさ」
どっちにしろ怒りは抱いているってことは分かるけどさ。
さて、ここまでで何か質問はあるだろうか? というか、納得してくれたかい?
「俄かには信じがたい話だな。神々が、この地に存在するっていう話をすぐに信じろという方が無理があるだろう」
まぁ、それはそうだよな。
俺なんかは自分が邪神だから、そういう結論に達することは簡単なんだが、サイスは普通に人間として生きてきたわけだし、急に言われても理解が及ばないことだってのは分かるぜ。
「一つ質問しても良いですか?」
システラの方はとりあえず納得してくれたようだが、何か気になることがあるようだね。
「私とリィナさんが出会ったメレンディスという人物は別の神に仕えていると言っていましたが、その神というのがマスターの言う女神なんですか?」
「それに関しては間違いないと思うね」
「いや、それはおかしいだろう。メレンディスの家は聖職者の家系でフェルムの白神教において重要な役職を務めてきた家だぞ? 奴がそんなに簡単に別の神を信仰するようになるとは思えない」
「代々って言っても、いつから白神教に帰依してるかは分かんねぇだろ? 俺の勘じゃアイツの家系ってのは女神を信仰していたんだと思うぜ? だけど、異端扱いで邪教とされた際に表向きは宗旨替えしたとかってこともありえると思うがね」
そうなると呪いの方も説明がつく。
クローネ大聖堂の呪いの件は地下のアンデッドが放つ瘴気のせいだったわけだが、その時に俺は間違いなく呪われてる奴がいるってリィナちゃんに言った気がする。いや、言ってなくて思ってだけか?
まぁ、どっちにしても瘴気とは関係なく確実に呪われている奴がいて、それがメレンディスだった。
改宗したことを女神に恨まれて奴の一族は呪いをかけられてたって考えると呪いの件は納得しやすい。その呪いを解くために奴は……いやメレンディスの家系は代々、白神教会の聖職者の振りをしてたんじゃねぇかな。
システラから聞いた話だとリィナちゃんは、白神教会の正当な教えとは異なる教えをメレンディスが広めているってことフェルムの教会を調べてたんだろ? その異端の教えってのがメレンディスの一族に伝わる女神の信仰に関する教えなんじゃないだろうか?
……まぁ、全部が全部、俺の想像だけどな。
「……お前の言うことが全て本当だったとしたら、メレンディスは全て知っていたということになるな」
何時の間にかサイスの目が据わっている。っていうか、そうなるように俺が話していたんだけどさ。
全て俺の言ったとおりだとすればサイスにとってメレンディスは仇にも思えるはずだ。ダンジョンの事も、ダンジョンを攻略したらどうなるかも知っていて止めなかった。
そして、サイス達が意気揚々とダンジョンを攻略した証を持って女神の封印を解きに行き、そしてその結末がどうなるかも知っていながら何も言わなかったってことは間接的に殺そうとしたと同じようなことだもんな。
フェルムを取り巻く今の状況の原因は女神にあるかもしれないが、サイスからすればその走狗として全てを知っていながら黙っていたメレンディスも同罪だろうし、許せる相手じゃないよな。
「……俺もメレンディスと話をしなければならないな」
だから言ったろ? サイス達にも関わりのある話だってさ。
これでクローネ大聖堂にはサイス達も行くことになったな。人手は多い方が良いし、悪くない流れだぜ。
「ところで、もう一つ質問なんですが、女神と言っていますけれど結局どういう女神なんですか?」
さぁ? 分かんねぇ──ってことはねぇよ。何となく想像はつくぜ。
女神が管理しているダンジョンにいた魔物とか思い出せば分かるだろ?
「ダンジョンの魔物の傾向を見るに土の系統だったからな。この世界で土を司る神っているか?」
泥人間なんかのことを思い出しながら俺はサイスに聞く。
俺の問いに対してサイスは考え込む様子もなく当たり前のことのように答える。
「土を司るといえば黄神だが……」
「知らないのか?」と、この世界の人間なら誰でも知っていることを聞く俺に訝しむような視線をサイスは俺に向けてくる。サイス達にとっては当然でも俺はこの世界の住人じゃねぇから分かんないんだよね。
まぁ、サイスはそのことに関して追及してこないから俺も何も言わずに流すけど。
「黄神ね。そいつが俺らの敵ってことだ」
この世界を治める六色の神の一柱。以前にカイル君から説明を受けた話だ。
俺の予定ではこの世界を治める神をぶちのめして、俺をこの世界に閉じ込めた奴を探すはずだったが、図らずもその予定が達成されそうだぜ。
偶然立ち寄ったはずの街で巻き込まれた事件が俺の目的に繋がる。
運が良かったで片づけて良い問題か? あまりにも俺に都合の良い展開だよなぁ。
まるで俺のためだけに作られた世界のようだ。
話が出来すぎで、何かしらの作為を感じるが、でもまぁ、だからこそ乗るべきでもある。
あまりにも俺に都合よく進む展開が罠だとしても、罠に嵌まってこそ分かることもあるしな。
「まぁ、どっちにしろ、ぶっ倒さなきゃいけない相手だ」
全部が罠だとしても無視するって選択肢はねぇよな。
でもまぁ、そう簡単に倒せる状況にはならねぇと思うけど。だって考えてみろよ?
メレンディスがどうしてシステラを逃がした? バレて困るならリィナちゃんと一緒にシステラも捕まえておくだろ?
それなのに逃がしたってことは、システラが逃げてメレンディスのことを誰かにバラしてもメレンディスは困らないってことだ。
どうして困らないか? その理由はすぐに分かるだろうさ。俺は何となく想像がつくけどな。
「さぁて、これから忙しくなるぜ。サイスは寝てる連中を起こせ、システラはゼティを声を掛けろ」
覚悟は良いか?
さぁ、神殺しの前哨戦が始まるぜ。