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地に潜む

 

 時は僅かに遡り、アッシュとサイス達が戦っていたその頃、リィナとシステラはクローネ大聖堂を訪れていた。もっとも、訪れたといっても、真っ当な目的があったわけではないので、忍び込んだと言った方が正しかったが。


「いいんでしょうか、勝手なことをして」


 リィナの後ろを歩きながらシステラが不安を口にする。

 システラはリィナに寝床やら何やら世話になっているので、その恩返しというつもりもあるので、リィナのすることに文句をつけずにここまでついてきているが、それでも心配なことはあった。


「勝手な事って何?」


 リィナは足を止めてシステラの方を振り向く。

 大聖堂の中は夕方ということもあって、人の気配は少なく会話をしていても誰かに見咎められる可能性は少ないので、リィナは気にせずに会話する。


「別に私はアッシュの仲間ってこともないんだし、私が何をしようが私の自由なんだし勝手も何もないでしょ?」


 仲間であったりすれば、何も言わずに行動しているのは『勝手なこと』と言っても良いのだろうが、アッシュとリィナは味方と言えるほどの関係でもないのだから、リィナは自分が自由に動くことに何の問題も無いと思っていた。


「そんなことより、シシーも周囲を警戒してよ。礼拝に来る人はいなくても、修道士は多少は残っているんだしね」


 リィナはシステラを愛称で呼び警戒を促すと再び歩き出し、クローネ大聖堂の奥へと進んでいく。


「何を探そうとしているんですか?」


 システラはリィナに言われた通り周囲を警戒しながら、疑問に思ったことを訊ねる。

 リィナに頼まれてこの場についてきているだけなのでシステラはリィナが何を目的にこの場所に忍び込んだのか詳しい話は知らない。知っていることと言えば、リィナが何処かの組織の諜報員でフェルムの街の白神教会について調べていることくらいだ。


「……特にこれが狙いという物はないわ。とりあえず、この街の白神教について怪しい噂が出回っているから、それを調査しているだけ。噂が真実なら、その証拠を見つけて持ち変える。噂が噂のままなら、そのまま私は帰る」


「噂というのは?」


「フェルムの白神教会が邪教の儀式をしているとか、教会への寄進をクルセリアに届け出ずに懐に納めているとか、本来の白神教の教えと違ったことを信徒に伝えているとか。まぁ色々とね」


 リィナの話を聞いてシステラはなるほどと頷く。あまり理解はしていなが、とりあえずこの教会が悪事を働いている可能性があるので、その証拠を集めればいいのだとシステラは納得し、そのために大聖堂へと忍び込んでいるのだとも分かった。


「でも、何を探せば良いか分からないのって大変じゃないですか?」


 人の気配を感じたのでシステラは声のトーンを下げながら疑問を口にする。

 先を歩いていたリィナが壁に張り付き、曲がり角の先を気配を殺して覗き込むと、巡回の修道士がいたが、その修道士はリィナ達に気付くことも無く遠ざかっていった。


「大丈夫、手掛かりはあるわ」


 自信を隠さずに言いながらリィナは再びシステラを先導して進みだす。

 そうして向かう先はクローネ大聖堂内にある修練場。以前リィナがアッシュと共に大聖堂の呪いを解決する際に訪れた場所だった。


「どう考えてもこの地下が怪しいわ。何かを隠すなら、こういう場所だと思うんだけど……」


 リィナはそう思い、この場所を調査をしようと思っていたのだが、それをしようとした矢先にアッシュによってリィナが密偵であると言いふらされてしまい、調査が出来なくなってしまった。

 またリィナはそのために教会に修道女として潜入し、調査をしていたのだが、それも密偵であることを言いふらしたアッシュのせいで台無しになり、今に至るまで、この場所を調べる機会を失うことにもなっていた。


「アイツが余計なことをしなければ、もっと早く調べられてたってのに」


 苛立ちを顔に出しているリィナを見てシステラはアッシュが何かしたのだと察し、何処にいても碌なことをしない男だとシステラの中でアッシュの評価が更に下がる。


「この地下に何かあるんですか?」


 修練場の床を持ち上げて地下へ向かう階段を出すと、システラは階段を覗き込みながらリィナに訊ねる。

 リィナはその質問に対し、確実に何かあるとは言えなかったので、肩を竦めるだけにとどめて、先に階段を下りて行った。

 その様子に若干の不安を覚えながらもシステラはリィナの後をついていく。寝床と食事の世話を受けた恩だけでここまでする必要はあるのだろうかとシステラ自身、思わないでもなかったが、かといってここまできてリィナを見捨てるわけにもいかないという責任感でシステラは薄暗い地下へと足を踏み入れていった。


「ここはどういう場所なんですか?」


 地の底まで続くような階段をおりている最中、システラはこの場所についてリィナに聞くことにした。

 その理由は純粋な疑問もあるが、薄暗く怪しい場所を歩く不安を紛らわそうとしていたためでもあった。


「アイツは、異端審問という名の拷問部屋だとか言っていたわね。または死体置き場?」


「随分と物騒な場所なんですね」


 システラはリィナの言葉を聞いて自分のスカートの裾を見る。

 システラの服装は相変わらずメイド服だった。潜入だとかは関係なく、これが勝負服というノリで着てきたわけだが、リィナの話を聞いてこの場所の衛生状態に不安を覚えたシステラは自分のスカートの裾が汚れないかどうかの方が気になってしまっていた。


「前はアンデッドが出たんだけど──」


 リィナは周囲の気配を確認しながら言うが、近くに魔物がいるような気配はない。

 システラも気配から魔物の類はいないと判断するが、念のために武器を収納領域ストレージから武器を取り出す。

 システラが取り出したのは刃渡り50cm程度の刃と柄が一体成型された銀色の剣だった。もっとも、システラは剣に自信が無いので、外見こそ剣の形をしているが、その機能は剣というよりは銃器で切っ先からレーザーが出るという代物である。

 システラは現地人に銃を見せるわけにはいかないという配慮からその武器を選んだのだった


「そんなに警戒することもないと思うけど──」


 リィナはシステラの準備が過剰にも見えたが、自分も念のために収納結晶アイテムボックスから剣を取り出す。リィナが取り出した剣は刃に白い輝きを帯びた長剣であった。


 そうして二人が武器を手にしてほどなく、二人は階段の終点に辿り着く。

 その場所はリィナが以前に訪れた時とほぼ変わらない様子であったが、一つだけ違う点があった。


「新しい灯りがある?」


 階段を下りた先にあった部屋の壁には見るからに新しい燭台が飾られており、真新しい蝋燭の灯りが地下の暗闇を照らして明るさを保っていた。


「誰かが来たってことですか?」


 システラの問いかけにリィナは頷き、慎重に歩みを進めて奥の部屋へと向かう。

 以前は碌に調査できなかったが、リィナの直感がリッチと戦った部屋の中に何かあると告げていた。

 リィナは慎重な足取りで背後をシステラに警戒させながら自分は奥の部屋の扉を開け、その扉の中を見ると、そこには──


「おや、お客人ですかな」


 薄暗い部屋の真ん中に立っていたのは白いローブを身にまとった老人だった。

 その老人の顔を見るなり何者か気づいたリィナが、老人の名を呟く。


「メレンディス教区長……」


 クローネ大聖堂の地下の一室。

 そこにいたのはフェルムの白神教会を取り仕切るメレンディスであった。

 メレンディスは目を閉じた顔を部屋の中に踏み込んだリィナ達に向けている。


「ふむ、アッシュ殿はおられないようですな。でしたら何も問題は無し」


 何をしている──リィナはそう言おうとしたが口を開くより先に危険を察知し横に跳び、その背後にいたシステラはその場から動かず、服の内に隠しているバリア発生器を起動させ、バリアを発生させる。

 次の瞬間システラが張ったバリアに人の頭ほどの大きさの石弾が直撃し、バリアに激突した衝撃で砕け散る。


「何をする!」


 体勢を立て直したリィナが長剣を構えメレンディスを睨みつける。

 リィナが知る限りではメレンディスは人格者であり、すぐさま暴力的な手段に訴え出る人間ではないはずだったが──


「何をすると言われましても、私としては家に忍び込んだ賊を撃退しようとしているだけのつもりですが」


 メレンディスの言い分はもっともでリィナ達はクローネ大聖堂の侵入者であるのだから、攻撃されてもおかしくはない。だが、だからといって、いきなり殺しにかかるというのはどうにもおかしい。


「探られて困ることでもあるかのようだけど?」


「それはまぁ、ありますとも。組織を長を務めるのであれば綺麗ごとだけでは済まないこともありますので」


 メレンディスは穏やかな笑みを浮かべる。

 表情だけなら好々爺といった感じだが、リィナもシステラもメレンディスから嫌な気配を感じていた。

 リィナはシステラに目配せし、いつでも攻撃に移れるようにシステラに準備させる。


「だとしても、こんな地下にいる必要なんて無いでしょう? いかにも怪しい振舞いね。一体何を企んでいるの?」


 リィナは剣の切っ先をメレンディスに向けながら問う。

 メレンディスは目を閉じたまま、自分に向けられた切っ先を避けるように僅かに立ち位置をずらす。その動きはまるで目で見ているかのようだったが、リィナとシステラはそのことにまで意識が向かない。


「何か企んでいるとは、どうやら誤解があるようだ。私にはそのような大それたことはできませんよ」


 困ったような表情になるが、リィナはそれを表情を作っているだけだと見抜き、切っ先をメレンディスに向けたまま、更に問いかける。


「あなたは何者なの」


「私は神に仕える者ですよ。それ以上でもそれ以下でもない」


 メレンディスは穏やかな口調で語りかけるが、その言葉と同時にシステラが動き、手に持っていた剣の切っ先を上方に向けて切っ先から光弾を放つ。

 放たれた光弾は頭上からリィナに向かって放たれていた石弾に直撃し、石弾を粉砕しリィナを守る。


「なかなかどうして隙が無いようで、これは手強いお嬢さんたちだ」


 不意打ちを続けて防がれてもメレンディスは余裕の態度を崩さず、目を閉じたまま一定の距離を取って、リィナを中心にして円周の軌道で歩く。

 そんなメレンディスの動きに対してリィナは剣を構え臨戦態勢を取る。二度も不意打ちを仕掛けてきた以上、メレンディスは敵以外の何者でもなく、敵対することに対してリィナに躊躇は無い。

 だが、警戒だけは怠ってはならない。リィナが知る限りではメレンディスはただの聖職者だ。戦闘経験があるなどという話は聞いたこともないし、リィナ自身の調査でも戦いに関して素人の筈である。それなのに底の知れない気配があることがリィナに危険を感じさせていた。


「神に仕える者の割には随分と乱暴な手段を取るのね」


 自分の周りをゆったりと歩くメレンディスを見据えながらリィナは話しかける。

 少しでも隙を作れればと思って声をかけたのだが──


「貴女と同じですよ。神に仕える身ではありますが、私も貴女と同じように必要とあれば手段を選ばないだけです」


「同じ? 残念、私は修道女を辞めたもので聖職者でも何でもないし、神に仕える身でもないわ」


 リィナが言い返している間にシステラがメレンディスに対して不意を撃てる位置取りに移動している。そのための時間稼ぎとして会話をしているのだが──


「ふむ、それはおかしな話です。私は役職に見合う程度には教会の上層部とも伝手がありましてね。貴女のことも調べさせていただきました」


 穏やかな口調で語るメレンディスに対して、リィナは息を呑み、まさかという思いを隠せずにリィナの顔に焦りの表情が浮かびだす。


「白神教会聖騎士団八番隊の所属、聖騎士マルスリーナ・アトレイユ。それが貴女の本当の名でしょう?」


「……どこでそのことを?」


「先ほども言ったように、これでも教会の上層部に伝手はあるんです。聖騎士団の中でも秘匿されている隠密部隊の八番隊の隊員のことを知ることも、そこまで難しいことではありませんよ」


 リィナの眼に殺気が宿り、メレンディスを睨みつける。

 メレンディスが言ったことは真実である。リィナは白神教会の聖騎士であり、聖騎士として同じ白神教会のことについて調べていた。しかし、リィナの所属する隊のことは極秘情報であり、その活動を知る者は獄わずかの筈だ。


「知られたからには生かしておくわけにはいかないわ」


 リィナは殺気を込めた言葉をメレンディスにぶつけるが、メレンディスは動じず穏やかな表情を崩さない。


「同じ神に仕える者として、貴方の怪しい行動を見逃すわけにはいかない」


 リィナは剣を構えて動き出し、メレンディスに向かって駆け出す。その動きに合わせてシステラは背後からメレンディスに攻撃を仕掛ける。そんな二人に対してメレンディスはというと大きく息を吐くと──


「一つ誤解があるようですので言っておきましょう──」


 そしてリィナに向けて手をかざし──


「──私が仕える神は貴女の神とは違いますよ」


 次の瞬間、リィナとシステラの二人が同時に吹き飛ばされた。




 ────そして時間は今に戻り、街外れのギルドの中。

 システラは椅子に座ってアッシュに事の顛末を語り終えた。


「その後、私とリィナさんは頑張って戦ったのですが、結局、何が何だか分からないままメレンディスにリィナさんが倒されて私は何とか脱出して助けを呼びに来たという次第です」


 そんな話を聞かされたアッシュの反応はというと──


「全然、俺の考えが伝わってねぇなぁ」


 苦笑するしかないといった反応だった。

 メレンディスに関して嫌な予感がしたから、教会に近づけないようにリィナの活動の邪魔をしたというのに、自分の考えが全く伝わっていないことにアッシュは呆れるしかなかった。もっとも、そういった自分の詳しい考えを伝えないアッシュに問題があるのだが、その辺りは棚に上げるのがアッシュという男だった。


「まぁ、リィナちゃんがいてもいなくても俺のやることは変わらねぇわけだし、ついでに助けに行ってやるかね」


 やるべきことは変わらない。

 ついでの用事が増えただけだ。クローネ大聖堂の地下に眠っている化物を倒すついでに怪しい動きを見せるメレンディスを倒して、リィナも助けるというそれだけだ。何も問題は無い──


「どういうことだ? なぜメレンディスが?」


 もっとも、それはアッシュだけで近くで話を聞いていたサイス達には全く状況が掴めておらず問題しかなかったので困惑するばかりだった。その様子を見たアッシュは僅かに考え、提案する。


「まぁ、良い機会だ。ここでちょっと状況を整理すると共に俺の考えたことを聞いてもらおうかね」


 きっとその方がサイス達のためになるだろう。

 そう思ってアッシュは語り始めたのだった。







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