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魔物を狩るように

 

「それで、魔物を狩るように殺すって、どういう風にやるんだい?」


 俺はサイス達に向かって無防備を装って前に出る。

 両腕を大きく広げて、迎え入れるようにゆったりと歩くが、サイス達はそんな俺に対して警戒の態度を崩さない。

 いいね、ガードの固い奴らは嫌いじゃない──攻めてくる奴の方が好きだけどな!

 俺は踏み込んで一気に距離を詰めて、攻勢に出る。


「私が出る!」


 俺の動きに真っ先に対応するのはゲオルク。

 盾を構えて、俺に向かって突進してくる。


「いいね、真正面から殴り合いたいのかい?」


 ゲオルクは鎧を着ているせいで機敏な動きは難しいだろう。となれば、足を止めて鎧の防御力に頼って戦うはずだ。


「あぁ、そうだ!」


 上等だぜ!

 俺は踏み込んで左の拳で正拳突きを放つが、ゲオルクはそれを盾で完璧に防ぎ、そして、すぐさま剣を振るって反撃に出る。

 盾を構えたまま突き出される剣を、俺は引き戻した左手で叩き落とし、防御しながら、ゲオルクの盾に前蹴りを叩き込んで突き飛ばし、距離を稼ぐ。


 その一瞬の攻防の内に横に回り込んでいたサイスとスカーレッドが左右から俺に襲い掛かる。

 サイスは身を低くして俺の懐に飛び込もうとするのに対して、スカーレッドは跳躍し、俺の頭の上から短剣を振るい斬りかかろうとしてくる。


 左右そして上下の連携攻撃。

 いいね、俺を殺すために必死に考えてる感じがして凄くいい。

 その必死さを見るとキミらのことが好きになっちまいそうだぜ。


「でも、まだまだ」


 タイミングはほぼ(・・)完璧。だけど、ほぼ・・だ。

 微妙にサイスの方が早い。だからサイスを一瞬で片付ければ、スカーレッドには間に合う。そして、俺はそれができる。


 俺は向かってくるサイスに向けて左の拳を放ち迎撃する。だが──


「まだまだというのはそちらの方だったな」


 俺の拳を受けたのはサイスではなくゲオルクだった。

 いつの間に現れた? だが、そんなことを考えている暇はない。サイスとスカーレッドが俺に迫っている。

 俺は振り返りながらの回し蹴りで頭上から迫るスカーレッドを迎撃するが、俺の蹴りを食らったスカーレッドの体が炎となって散る。

 だったら、次はサイスだ。そう思って盾を構えたゲオルクの後ろから来るであろうサイスを待ち構えるが、サイスの姿はゲオルクの後ろにはいなかった。


「何処を見ている」


 サイスの声が聞こえて、俺は咄嗟にその場で宙返りをすると、風の刃が俺のいた場所を貫くのを感じた。そしてサイスの声が聞こえた場所を見ると、そこは俺が突き飛ばしたゲオルクが立っていた位置だった。


「なるほどね」


 なんとなくゲオルクの能力も分かった。能力っていうか、魔具か?

 こういう時、フィクションが発達している文明出身で良かったって思うぜ。

 漫画とかゲームのおかげで相手の能力について見当をつけられるだけの材料を持っているからな。ともあれ、今はそれは置いておこう。今は戦闘中だしな。


 宙返りしてサイスの攻撃を躱した俺が着地するなり、そこを狙ってスカーレッドが襲い掛かる。至近距離で逆手に持った短剣を俺の喉に目掛けて振るが、俺は半歩後ろに下がって、その短剣を避けると反撃の掌底をスカーレッドの顎先に叩き込むが、スカーレッドは体を炎に変えて散らして、俺の攻撃を無効化する。

 そして、散った炎が俺の背後で再び集まりスカーレッドの体が実体化する。だが、そういうパターンはもう見飽きたぜ。


 俺はそんなスカーレッドの動きを読み切り、背後へ振り向きざまに蹴りを放つ。しかし、背後にいたのはスカーレッドではなく、ゲオルク。


 だが、これも読み通りだ。

 俺は振り向きざまに放った蹴りを防いだゲオルクの盾にそのまま両足を乗せて跳躍し、ゲオルクの背後に回り込む。


「お前の魔具は味方の位置を入れ替えるって能力だな?」


 今まではタイミング良くやれていたが、今度はどうだい?

 俺がそう訊ねる間もなく、ゲオルクとサイスの位置が入れ替わり、俺に背中を向けていたゲオルクではなく準備万端のサイスが俺を正面に見据えて現れる。


「便利な能力だな」


 俺はゲオルクの頭を跳び越えた流れのまま、落下しながらサイスに蹴りを放つが、サイスは風の刃で作り上げた武器で防御する。

 刃で受けられたせいで、俺が履いているサンダルが切り裂かれるが、俺の皮膚まで刃は届かず、逆に衝撃でサイスの体が後ずさる。


 そんなサイスと入れ替わりにスカーレッドが向かってくる。

 同時に俺の視界の端でゲオルクが俺の後ろに回り込もうとする動きを見せる。

 また、二人に合わせて即座に体勢を立て直したサイスが長槍を作りだし、俺に向かって、それを突き出してくる。


「流石に1対3だと疲れるぜ」


 楽しいけどな。

 俺はまず一番先に俺に届くサイスの槍を捌こうと左腕を構えるが、その瞬間サイスは武器を消して唐突に俺から距離を取り、同時にゲオルクとスカーレッドも俺から距離を取った。


 乗せられたか?

 俺はセレインの方に顔を向ける。確か、あの女は魔術師だったはず。

 そう思ってセレインを見ると、セレインはいつの間にか魔術の発動準備を整えていた。

 サイス達に気を取られ過ぎたせいで気づくのが遅れた。だが、回避は間に合う。そう思った瞬間、俺の直感が危険を告げ、俺は横に跳んで転がる。


 すると次の瞬間、雷が迸った。

 俺が一瞬前までいた場所をライドリックが駆け抜けていた。

 忘れてたぜ。厄介な奴がいたことをよ。

 ライドリックは近接戦闘じゃそこまで怖くねぇが、超高速で突っ込んでくるアイツ自身が飛び道具みたいなもんだ。


「だけど一発撃ったら、次はねぇよな」


 ライドリックの超加速は一回使ったらチャージまで時間がかかり、それまではライドリックは多少強い程度の剣士だ。俺は加速を終えたライドリックに狙いを絞り、一気に距離を詰める。


「それをさせると思うか?」


 直後にゲオルクとライドリックの位置が入れ替わり、俺の攻撃をゲオルクが盾で受け止めた。


「中々良い組み合わせじゃねぇか」


 攻めに特化したサイス、スカーレッド、ライドリックにそれを守り攻撃のチャンスを作るゲオルク。セレインに関してはまだ手の内を見せてねぇが、俺の勘では魔術による火力支援とサポートが仕事だろう。


 ゲオルクが俺の拳を盾で押し返す。俺はその勢いに逆らわず、押し返されるまま後ろに跳ぶ。

 少し呼吸を整えたい気分。まぁ、それをさせないようにサイス達は動くけどな。


 俺の目の前でゲオルクとサイスの位置が入れ替わり、不可視の武器を手にしているサイスが腕を突き出す。

 間合いと手の動きから槍だと判断し、俺は着地と同時に足を踏みしめ突き出された武器を左手で弾くが──


「あれ?」


 弾いたと思ったのに手応えが無い。

 その時、俺の視界でサイスが不敵に笑う気配がして、俺は騙されたと気付く。

 見えない武器の利点を生かして、サイスは攻撃した振りをしただけだった。となれば、次はどうなるか? 

 防御のために足を止めた俺に対してスカーレッドが炎から実体へと変化し、短剣で背後から斬りかかってこようとした。

 俺は即座に振り向き迎撃をしようとするが、背後にいたスカーレッドの姿を見て咄嗟に拳を止めて飛び退く。

 俺が見たスカーレッドは炎の塊の状態のまま短剣を構えていて、俺はそれを不自然に思い攻撃を止めた。その直後、スカーレッドの体が爆発し直撃は避けたものの熱が俺を皮膚を焦がす。


「やったぁ! 私が最初ね!」


 セレインの喜ぶ声が聞こえてくる。俺に最初にダメージを与えたことを喜んでいるんだろう。

 どうやら、さっきのスカーレッドの姿に似せただけの炎の魔術だったようだ。

 魔術師も、そろそろ本格的に参戦ってことかな?


「いいね、クソ楽しくなってきた」


 口元に笑みが浮かんでくるのが止められねぇ。

 何のために戦っていたんだっけって脳味噌の冷静な部分が疑問を呈してくるが、戦いに臨む俺の魂の熱が冷静な部分をリアルタイムで炎上させていく。


 長く生きてると冷静になるかと思ったが、全然そんなことねぇよ。

 逆にどんどん長期的な視座を得にくくなってる気がするくらいだ。未来さきの事より、現在いまの衝動と熱狂に身を任せたくなる。


「気を付けろ。あの程度は負傷にもならない」

「えぇ? そうかしら? せっかく私が魔術を当てたのに、そういうこと言うの?」


 セレインが不満そうに唇を尖らせながら、俺を見る。

 その瞬間、俺は咄嗟に駆け出す。直後、俺に向けて降り注ぐ火炎弾。


「あら凄い、油断しないのね」


 お褒めに預かり光栄だぜ。

 詠唱だったり魔力の集中をしてる気配が無かったから、予め用意しておいた魔術を任意のタイミングで発動したとか、そんな感じだろう。

 セレインはここまでマトモに参加していないから準備をする時間はいくらでもあったろうし、ここからは魔術にも警戒しなきゃな。


「じゃあ、これはどう?」


 セレインが杖を俺に向けると、俺の足元が隆起し、地面から石の杭が無数に現れて俺を串刺しにしようとする。俺はすぐさま、跳躍し、その場を逃れると跳び上がった俺を狙ってスカーレッドが自分も跳んで追いかけてくる。


 空中での攻防。突き出されてきた短剣を俺は左手で受け流すと、その流れのままスカーレッドの襟元を掴んで投げ飛ばし地面に叩きつける。しかし、スカーレッドは地面に激突する瞬間、炎となって散る。

 着地すると同時に今度はサイスが俺を狙って突進してきた。メンバーの中ではサイスが近接戦闘で最も俺に追いすがってくる。可能な限り、俺から離れず休みなく攻撃してくるのがサイスで、スカーレッドがその合間にヒットアンドアウェイで、俺の邪魔をしてくる。

 でもって、二人に危険が生じた場合ゲオルクが割り込んで、サイスとスカーレッドを守ると共に俺の反撃のタイミングを奪ってくる。そして、中距離から虎視眈々と俺の隙を狙うライドリック。近接戦闘を捨てて、必殺の一撃を狙ってくるライドリックが控えているせいで絶妙にやりにくい。そのうえ、セレインが魔術で牽制してくる。


「このまま行くぞ!」


 ゲオルクの声に合わせてセレインが魔術で生み出した炎の矢を俺に無数に投げてきた。俺は走ってそれを避けようとするが、炎の矢は俺を追尾してくる。逃げるのは諦めて、俺は足を止めて迎撃の構えを取り、左手で殴って炎の矢を掻き消す。

 闘気や魔力を纏って拳を強化すれば素手でも魔術を叩き落とすことは問題ない。

 もっとも、俺がそんな動きをするってのは予測済みだったようで、俺が足を止めると同時にサイスが斬りこんできた。


「頑張るなぁ」


 さっきから動きっぱなしだろ、キミ?

 それでも一番、俺と接近戦をやれてるんだからな。スゲェよ、更に好きになって来たぜ。


「お前は殺す! 今ここで!」


 サイスは両手に風の刃で作った双剣を握り、俺に向かって刃を振るう。

 だが、今までの攻防で分かってるはずだ。真正面からの斬り合いで、俺を上回るのが難しいってことを。

 だけど、それでもやるってことは、何か策があるんだろ?


「だったら、根性を見せてみろや!」


「言われずとも──セレイン、やれ!」


 サイスが叫ぶと同時にサイスの体が魔力を帯びる。

 直後、サイスの動きが一気に加速し、サイスの剣が俺の頬を掠める。

 一瞬だが、俺はサイスの刃を見切れずに見失ってしまった。


「おぉぉぉぉぉ!」


 雄叫びを上げながらサイスは更に動きを加速させる。

 気合いだけで、こんな簡単に身体能力が上がるわけはない。


「身体能力の強化か。いいじゃねぇか、だけど──」


 セレインが魔術でサイスの身体能力を強化してるんだろう。

 悪くねぇが、ここまで温存したってことはそんなに便利なもんじゃねぇんだろ?

 そんでもって、何かしらのリスクの可能性がある割には──


「それじゃまだまだ、俺には届かねぇよ!」


 俺は躱すことをやめて、真っ向からサイスと打ち合う。

 闘気を纏った左の腕で、高速で振るわれるサイスの双剣を叩き落とし、弾き返し、受け流す。

 単純に技量が違うんだよ。俺が何年、殺し合いをしてると思ってんだ。


 俺はサイスの右手の刃を手刀で叩き落とし、次の瞬間、即座に叩き込まれてきた左の刃を指で摘まむと同時に、右足でサイスのを払う。

 それによって体勢を崩したサイスに向かって俺は腰を落とし、渾身の正拳付きを放とうとし──


「撃たねぇよ」


 俺は直前で止めると、既にサイスとゲオルクの位置が入れ替わっていた。

 そう来るのは読めていた。入れ替わったゲオルクはガッチリと盾を構えて俺の攻撃を待っているようだった。ゲオルクの方も魔術で強化されてるなら盾で拳を受け止められたら、多少は俺にもダメージがあるだろう。だから、俺は一旦、体勢を整えるのに後ろへ下がり──


「──って所を狙ってくるんだろ?」


 俺は後ろに下がると同時に振り向き、背後から飛来する炎の矢を迎撃する構えを取る。

 俺に後退して態勢を立て直させないためにセレインが魔術を撃ったんだろうが、それをしそうな気はしてたから、対応は出来る。

 俺は振り向きざまに蹴りを放って炎の矢を叩き落そうとするが──


「アタシを忘れてないかい?」


 俺が蹴りを放った瞬間、俺に迫っていた炎の矢がスカーレッドに変わる。

 セレインが魔術でスカーレッドの偽物を使ったの逆に、スカーレッドがセレインの魔術に成りすましたってことか?

 俺の放った蹴りは魔術を防ぐ軌道で放たれた蹴りは突如、姿を現したスカーレッドの動きを捉えることは出来ずに空を切る。そして、スカーレッドは俺の蹴りを飛び越えるような動きで宙を舞い、その勢いのまま蹴りを放つ。タイミング的にまだガードは出来る。だが、スカーレッドの動きに合わせてゲオルクが距離を詰めてきていた。


 一瞬ゲオルクに気を取られたことで、スカーレッドへの対応が間に合わなくなり、次の瞬間スカーレッドの蹴りが俺の側頭に叩き込まれて俺の体勢が崩れる。


 ……ただの人間からマトモに蹴りを食らったのは久しぶりだぜ。いいね。スゲーいい。

 グラついた俺に対してスカーレッドとゲオルクが距離を詰めてくる。いいね、もっと来い。

 そう思って迎え撃とうとした構えの俺に対して、ゲオルクとスカーレッドは寸前で俺から飛び退く。


 こういう動きの時は、同士討ちを避けて魔術が飛んでくる。

 俺は咄嗟にそう判断して、ゲオルク達と同じようにその場から飛び退く。

 だが、そうして飛び退いた先では──


「お前の動きが読めてきた」


 サイスが俺が地面に足を着けると同時に斬りこんでくる。

 俺は即座にサイスを払いのけるように左の裏拳を放つが、その瞬間には既に──


「残念、アタシだよ」


 何故かゲオルクではなくスカーレッドがサイスとの位置を入れ替えていた。

 その瞬間、俺は色々と察したが、もう拳は放っていて引き戻すことは出来ない。

 直後、俺の周囲に火炎弾が降り注ぎ、俺はその直撃を受けて吹っ飛ばされる。


「まだ生きてるよ!」


 吹っ飛ばされる最中、スカーレッドの声が聞こえる。

 そりゃそうだ。アイツは実体を消せるから魔術を食らって同士討ちになることはない。

 囮としては最適だよな。


「いいじゃねぇか! 頭を使って戦ってやがるな!」


 俺は受け身を取り、すぐさま起き上がって叫ぶ。

 やべぇな、スゲェ楽しくなってきた。

 蹴りを食らって脳味噌が揺れてるし、魔術を食らって火傷も負った。

 傷は既に治り始めてるが、それでも痛いものは痛い。きっと打撲もあるだろうしな。


 それで次はどうするんだい?

 俺がそう思って敵を見据えようとすると、サイスが距離を詰めている。

 だけど遅い。既に俺は反撃の準備が出来てるぜ?


 俺は腰を落として渾身の打撃を放つ構えを取る。

 殺しちまうかもとか、もうなんかそういうのもどうでも良くなってきたぜ。

 今はこの熱狂に身を任せる。


 そうして俺が突き出した左拳はサイスの反応速度を超えて、胸を撃ち抜き。サイスを吹き飛ばした。

 直後、サイスの背後にチラリと見える影。


「そっちが本命か──」


 俺が拳を撃ち終わったその瞬間を狙って、ライドリックが動いた。

 雷が迸りライドリックの姿が掻き消える。

 攻撃の終わりを狙った最高に近いタイミングでの奇襲だった。だけどな──


「最高に近い・・ってだけだ!」


 喋る暇があったら、俺はそんなことを言っていただろうが、そんな暇はなく俺はカウンターを狙う。

 ライドリックの超加速は一直線にしか進まない。なら、そのルートに拳を置いておけば、それだけでカウンターになる。そしてそれは撃ち切った拳を少しずらすだけで出来ることだ。


 雷が迸り何かがこちらに近づく気配がある。眼で見て捉えるのは不可能だから、拳を置きにいき、自滅を狙う。しかし、そんな俺の考えに対し、ライドリック……いや、サイス達は──


「──これが最高のタイミングだ」


 突如としてライドリックが迫るルート上に現れる俺が吹っ飛ばしたはずのサイス。

 ライドリックの進行を妨害? いや、サイスはライドリックの加速した慣性に従って俺に突っ込んできていた。まるでサイスとライドリックの位置関係が変わったかのようにと、一瞬の間に思考が駆け巡り、そして俺は一人の名前を呟く。


「ゲオルクか」


 奴の魔具をちょっと勘違いしていた。

 ゲオルクの魔具はゲオルクと他の奴の位置を入れ替えるんじゃなく、制限なく味方の位置を入れ替えるって能力だ。ここまで温存していたのは俺に勘違いさせるためで、ここぞって時に真の能力を見せたってわけだ。


「うぉぉぉぉぉ!」


 ライドリックと入れ替わったサイスには直前までのライドリックの運動エネルギーが乗っている。速度こそライドリックには及ばないが、俺の対応が遅れるくらいの速さで、そしてその軌道は俺が想定したライドリックの物とは異なるルートを辿っている。


「やるじゃねぇか」


 俺はダメもとでサイスを叩き落とそうと足を振り上げようとするが、ライドリックの速度の助けを借り、サイスは自分の持つ身のこなしを生かして俺に突っ込んでくる。


 間に合わないか?

 しかし、そう思いながらも俺の肉体はギリギリで反応し、胴体を腕で庇う。そして直後に感じる熱。

 サイスが手に持つ風の刃が俺の腕を貫き、そのまま体ごと俺にぶつかると、刃を俺の心臓へと突き立てようとする。


「さっさと死ね!」


 そりゃ無理だ。一発で決められてないんだからな。

 反応は間に合わなかったんで無様だが腕を盾にして防ぐことができた。

 だから、死んでないし、死んでないなら、俺は反撃が出来る。


 俺は密着状態のサイスに膝蹴りを叩き込む。

 マトモに蹴りを食らったサイスの体がくの字に曲がり、刃を手から離す。

 俺は腕に刺さった刃を抜くと、サイスの頭に蹴りを叩き込み、サイスの体をゲオルクの方に吹っ飛ばす。

 ゲオルクのそばにはスカーレッドとライドリック、セレインが立っている。


「いいね、スゲェ良いよ、キミら」


 頭も使ってるし、技術も体力もあって、装備も良い。

 ただの人間だと最高ランクだと思うぜ? まぁ、もっと人間自体のスペックが高い世界もあるから、絶対的に強いとは言い難いけれど、かなり良いよ。

 全力で俺に挑み、工夫と才覚で俺に渡り合うキミらは素敵だ。まぁ、つまり何が言いたいかというと──


「好きになっちまったぜ」


 だから、優しくするのは無しでいいかい?

 ペットを愛でるのとは違う対等な存在としてぶつかっていっていいかい?

 いいだろ? いいよな? いいに決まってるさ。 


「楽しくやろうぜ? ぶっ壊れるまでさ」


 ぶっ刺された腕が痛む、魔術で負った火傷が痛む、蹴られた頭が痛む。

 それが楽しくてたまらねぇんだ。だから、もっとやろうぜ?


「痛くなきゃ楽しくねぇ、苦しくなきゃ面白くねぇ。そう思わねぇか? 少なくとも俺はそう思う」


 やべぇなぁ、興奮してきちゃったぜ。

 あぁ、クソ、良くねぇ、良くねぇよ。良くねぇのがスゲェ良い。

 俺を見るサイス達の眼に俺は興奮を抑えきれなくなり、興奮のあまり脳味噌の奥がビリビリと痺れてくる。


 さぁ、俺の気持ちに本気で応えてくれ?

 そうしなきゃ大切な物は守れなくなっちまうぜ?



悪役ムーブでしか輝けない主人公はどうなんだろうと思う今日この頃


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