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一人では届かない

 

「来いよ。俺をぶっ殺してぇんだろ?」

「言われずとも」


 しかし、そう言いながらサイスは構えを取るだけで動かず、俺の様子を伺っていた。

 ならば、俺も今のうちにサイスの様子を観察させてもらおうか?

 サイスの服装は以前と変わらず、手元が隠れるほどに長い袖のローブだが、そんな服装をしていても魔術師ではない。体型が見えない服だが、歩き方だけで相当に鍛えられた戦士であること見て取れる。

 いいね、楽しそうだ。


「ほら、来いよ。さっさとろうぜ?」


 再度の挑発。

 俺にかかって来いと煽られたサイスが、それを切っ掛けに動き出そうとしたのか、僅かに足の位置をずらす。

 俺はその瞬間、サイスに向けて一歩を踏み出した。


「来い」と言っても、先に「行く」のは俺だ。

 どんな時だって、先手を取るのは俺。そして主導権を握るのも俺だ!


「そう来ると思っていた」


 サイスの口から狙い通りという言葉が漏れると同時に、サイスは右腕を後ろに引いて構える。


「俺もそう来ると思ってたぜ」


 奇遇だねぇ、気持ちが通じ合ってるって奴か?

 そんな軽口を言おうとした瞬間、サイスの右腕が俺に向けて突き出される。

 向かってくる俺を迎撃するための攻撃だろう。

 俺とサイスの距離は数メートルあるが、サイスの攻撃はその程度の距離は物ともしないはずだ。


「こっちは一回見てるんだぜ!」


 ギルドに初めてきた時にその攻撃は食らってる。なんの工夫も加えてない、同じ攻撃が俺に聞くかよ。

 俺はサイスの方へと踏み込みながら左腕を振り上げて、防御する。

 直後、俺の左腕に何かがぶつかった感触がして、その何かが俺の腕で弾かれ跳ね上げられる。


「チッ」


 サイスの舌打ちが聞こえる。

 俺は防御しながらも足を止めていない。舌打ちが聞こえたということは、それが聞こえる距離まで近づいたということだ。

 サイスは近づく俺に対して、左腕を横なぎに振るう。

 最初にった時は躊躇して結局使わなかった左腕。俺にとっては初見だが──


「既にネタは割れてんだ」


 俺は走りながら、身を屈めて滑り込む。直後に頭の上を何かが通り過ぎた。

 通り過ぎたのはサイスの攻撃だ。ボーっと突っ立っていたら首が飛ぶ軌道だったことから、今回は本気で俺を殺すつもりだって分かる。

 それはつまり俺に本気で向かってきてるってことだ。いいね、最高じゃねぇか。楽しくなってきたぜ。


 俺は身を屈めた姿勢のまま、飛び込むようにしてサイスとの距離を詰めると、両手を地面につけた這うような体勢からサイスの胴体に蹴りを入れる。

 体勢のせいで威力は物足りないが、先手は取った。

 俺の蹴りを食らったサイスは僅かによろめくが即座に反撃に移る。


「死ね」


 サイスは腕を振り下ろして、地面に這いつくばるような姿勢で自分の至近距離に立っている俺に腕を振り下ろす。サイスの攻撃は腕の動きに連動している。どういう武器かは見えなくても、それだけは共通しているのでネタさえ分かれば、避けることは難しくない。


 俺は横に転がってサイスの攻撃を避けると、寝転んだ体勢で足払いを仕掛ける。

 足を払われたサイスが体勢を崩し、それに合わせて俺は体を起こすと、隙だらけのサイスの胴体に拳を叩き込む。

 防御のタイミングが外れて直撃を食らったサイスの体が吹っ飛び、近くにあった家の壁に激突し、壁を崩して家の中へと突っ込む。


「おいおい、修理代を請求されたらどうすんだよ。しっかり立っててもらわないと困るぜ」


 まぁ、そんなことは無いけどな。

 ギルドの周りには殆ど人が住んでねぇし、サイスが壁を抜けて突っ込んだ家にも誰も住んでないけどさ。

 さて、そんなことを考えている内に二十秒くらいたったけど、休憩は充分だろ?


「これで終わりじゃねぇだろ! さぁ、立ち上がってかかって来いよ!」


 俺が呼びかけるとサイスが崩れた壁の中から出てくる。

 見た所、無傷のようでそれを当然だと思いながらも、俺はそのことに嬉しくなってしまう。だからか、テンションのままに喋ってもしまうわけで。


「お前の攻撃が何かは分かってるぜ」


 種も仕掛けもバレてる手品ほどシラケる物はねぇよ。

 だからまぁ、もう無駄だと言って次の演目に移ってもらいたいわけ。


「お前の攻撃は見えない武器によるもの。そして、そういう武器を作るのがお前の能力か……お前の持つ魔具の能力だろ?」


 手足で普通に防御できることから、魔術的な要素があるにしても実体のあるもの。それと腕の動きと攻撃の軌道が一致していることから、武器による攻撃の可能性が高い。

 そういう推理をしたんだが、さてどうだろうか?


「後は俺の勘だけど、お前が武器にしてるのは風……いや空気か? 風か空気を集めて硬質化し、形状を変えて武器にしているとか、そんな所じゃないか?」


 見えないのは元が空気だから無色透明なためって感じだと俺は思うね。


「さぁな」


 サイスは俺の答えを無視してこちらに向かって、ゆっくり歩いてくる。

 別に答えを知りたいわけじゃねぇから、つれない返事が返ってきても俺は気にしない。


「お前が俺の何を知ろうが、俺のやることは変わらない」


 サイスは歩きながら上着を脱ぎ捨てる。どうやら、ここからが本気のようだ。

 手元が隠れるくらい長いローブを着ていたのは、手の動きを隠すためだったはずだ。手の動きが見えれば武器自体は見えなくても、武器を持っているって丸分かりだからな。

 手の内を隠すために着ていたのに、それを脱ぐってことのメリットはなんだろうか?


「俺はお前を殺すだけだ」


 ローブを脱いだことでサイスが身に着けていた装備が明らかになる。

 その結果、防具と言えるのは胸当てくらいしかないのと、武器らしきものを何一つ身に着けていないことが分かる。それ以外はそこら辺にいる冒険者が身に着けているのとたいして変わらないありふれたシャツとズボンにブーツの組み合わせで印象に残るような服は着ていない。ただ、その中でサイスが両腕に着けている腕輪が俺の目を引く。


「いくぞ」


 サイスが腕を振ると、サイスの手が何かを握るような形になる。

 目を凝らしてみれば、完全に透明というわけではなく、風の刃は僅かに歪んで透き通っていた。そうして観察してみるとサイスが手に持っているのは、片手剣のようだと分かる。


「ネタが割れてて大丈夫かい?」


 サイスは答えずに俺に向かって突っ込んでくる。

 もう武器のことを隠す気もないと、先程までとは打って変わって積極的な動きだった。

 一気に距離を詰めてくると、右手に握った剣を横なぎに振り抜いてくる。俺はその一撃を後ろに跳んで躱すが、そうして後ろに下がった俺に向けてサイスは左手を突き出す。

 直後、サイスの左腕に風で作られた槍が現れ、俺に向かって伸びる。

 俺がその槍を拳で弾くと槍は容易く砕け散るが、咄嗟の事で俺の足が僅かに止まる。そして、その隙を狙ったサイスが更に距離を詰めてくる。

 既に距離は剣も振れないような密着状態。その状態でサイスは右手に持っていた片手剣をナイフのサイズに変えて俺の腹に突き立てようとしていた。


 俺はサイスの右腕を左腕で掴み、サイスの攻撃を阻止する。その瞬間、サイスの左腕が俺の首筋に向けてボクシングで言うフックの軌道で振るわれる。その手には短剣サイズの風の刃が逆手に握られており、俺の喉を掻っ切るつもりなんだろう。

 俺は掴んでいたサイスの腕を離し、上体を後ろに反らして首を狙った刃を躱すとともに反動をつけてカウンターのハイキックを放つ。


 しかし、その蹴りをサイスはその場に倒れこむようにして避けると、さっき俺がやったのと同じように手の持つ風の刃を振って足払いを仕掛けてくる。

 だけど、そんなのは予測済みだ。俺は既に跳躍して、足払いを躱す動きを取っており、サイスの武器は空を斬るだけ。そして俺は跳躍と共に空中で前転し、地面のサイスに向けて踵を振り下ろす。


「──やるね」


 俺の踵落としを、転がって避けるとサイスは一息で立ち上がり、俺に向けて構えを取る。

 今度は剣ではなく槍の構えのようだ。ここまで見えている体で振る舞っているが、実を言うと、俺はサイスの武器を完全に目で捉えることはできていない。

 サイスの手の握りと腕の振りで何となく、剣か槍かなどと推測して避けているだけだ。それでもまぁ、何とかなってるのは俺が凄いからだけどね。


「そちらもな。強いとは思っていたが、俺の想像していたより遥かに上だ」


 お褒めに預かり光栄だぜ。

 こっちもまぁ、キミが想像していた通りの強さで嬉しいよ。


「──だが、負けるわけにはいかない」


「そこで『俺が勝つ』と言えないのが、キミの底だぜ?」


「負けない」と「勝つ」は違うもんだぜ。

 そんなちょっとした言葉でもそいつの精神状態は推し量れるもんなのさ。

 まぁ、テメェの底が知れようが勝つ奴は勝つし、負ける奴は負けるけどな。


 サイスが槍を振り回すような動きをしながら俺に接近する。

 これまでの戦闘でも槍は使ってきていたが、今のように振り回す動きは初めてだ。これまでは片腕で突き出す動作で魔術のような攻撃と錯覚させるためだけに槍を使っていたはずが、両手で握って使っている。


「長さが把握できねぇな……」


 止まっている時なら辛うじて武器の輪郭くらいは分かるが、振り回されていると全く見えない。

 リーチが分からない相手との戦闘はそれなりに厳しいんだよな。でもまぁ、なんとかなるか。

 俺が楽観的な思考をしようとした矢先、サイスが俺に向けて槍を振り抜いてきた。


 俺はサイスの動きから槍の軌道を予測し、左手で槍の柄を叩き落す。

 直後に、サイスの左腕が突き出されたので俺はそれも左手で叩き落とすが、そうした瞬間、俺の手から出血する。どうやら、槍だと錯覚していたが剣だったようで無警戒に風の刃を叩いてしまったようだ。


「ちょっと痛い」


 まぁ、かすり傷だから問題ないけどな。

 俺が叩き落とした槍も剣も簡単に砕けちる。武器としてみればサイスが作る風の刃は脆い部類だ。ただし、元が空気であるからか重さなどは殆どないため、どんな大きさの武器でも片手で使うのに困らない軽さのようだ。それが良いか悪いかは使い手の好み次第だろうが、サイスは好き嫌いは別にして極めていると言えるだろう。


「反撃するぜ?」


 俺は丸腰になったサイスに対して距離を詰めて殴りかかろうとする。

 対してサイスは風を集めて右手に短槍を作ると、槍を構えて俺に正面から向かってくる。

 いいね、真正面から向かってる来る奴は良い。そういう度胸のある奴は好きになっちまいそうだぜ。


 サイスが激しく突進する俺に向けて槍を突き出す。その槍を左腕で叩き落としながら、俺は滑るような動きで静かにサイスの懐に潜り込む。そして超至近距離で放つ左の掌底。

 サイスはそれをその場で身を翻して躱すと、槍の石突を使って近距離に入った俺に打撃を加えようとするが、俺はそれも左の拳で弾き上げて防ぎ、それによってサイスの持つ槍が跳ね上がる。


「まだだ!」


 それでもサイスは両腕を力任せに振り下ろそうとするが、それよりも早く俺の左拳がサイスの胸を突く。

 胸当て越しに胸骨が砕ける感触がするが、この程度で止まる奴じゃねぇよな。

 そう判断し、俺は後ろに飛び退くと一瞬前まで俺の頭があった場所にサイスの持つ風の刃が振り下ろされた。


 間合いが離れたことでサイスが風の刃を伸ばして俺を狙う。

 ここまで戦ってきて、一度も風の刃を飛ばすということをしていないってことからサイスの魔具は手元の風くらいしか操れないって推理できる。まぁ、俺にも遠距離攻撃の手段はないし、サイスが遠距離攻撃を出来ないからって俺がその弱点を突くってことは出来ないんだけどね。


 俺は伸びた風の刃を体を捻って躱し、もう一度距離を詰める。

 そこに横なぎに振るわれるサイスの左腕、下手に避けるのは危険と判断し、俺は伏せるようにして刃を掻い潜りサイスに迫るが、身を低くした俺に対して狙いすましたように槍の突きが放たれる。


「いいね」


 腰と膝を曲げて身を屈めた瞬間なので、咄嗟に方向を変えて動くことは出来ない。

 普通の奴なら、これで決まるだろう。だけど、俺は普通じゃないんでね。だから、俺は身をよじり、その場に転がってサイスの槍を躱すこともできる。


「バケモノめ」


 またまた、褒めていただきありがとうございますってな。

 俺はすぐさま立ち上がり、サイスに飛び掛かる。そんな俺に対して、サイスは両手に風の刃で作った剣を持ち、二刀流の構えで俺を迎撃する。


 振り下ろされる右の剣をサイスの右腕を押さえることで封じ、至近距離で突き出されようとする左の剣はそれが放たれるより先に相手の懐に飛び込むことで封じ、その際に体ごとぶつかり体当たりを仕掛ける。

 衝撃でたたらを踏むサイスだが、ひるまずに右の剣で俺の首を斬り払おうとする。俺はそれを頭を振って避ける、さらに続けて左の剣が俺の胴を斬り払おうとするのでバックステップで躱すと、直後に後ろに下がった俺に向けてハイキックを放つ。


 だが、俺はそれを掻い潜って躱し、サイスの懐に飛び込むと左の拳をサイスの鳩尾に叩き込む。

 そのダメージに苦悶の表情を浮かべ膝を突きそうになるサイスだが、必死にこらえる。

 そんなサイスに対して俺は顔面に蹴りを叩き込んでトドメを刺そうとするが──


 その瞬間、サイスの姿が俺の前から消え去り、俺の蹴りは空を切る。

 何が起きたなんて言うつもりはない。


 これもまぁ、予想通りだ。

 そう思って、俺は後ろを振り返ると、そこには膝を突くサイスと顔を隠すように黒いローブを身にまとう四人が立っていた。


「お仲間の危機を感じて駆けつけたってか? 素晴らしい絆だねぇ」


 黒いローブの四人はサイスを守るように陣形を組む。

 そうしている内にサイスも回復したのか立ち上がり、戦意を衰えさせる様子もなく再び俺に向けて戦闘の構えを取る。すると、他の四人もサイスに合わせて戦闘の構えを取る。

 その動きから全員の意志が統一されていることは明らかだってことが分かる。

 いいね、ちゃんと連携が取れるってことだろ? 楽しくなりそうだ。


「今度は一対五とか俺を飽きさせないサービス精神に頭が下がる思いだぜ」


 俺が軽口を叩いてもサイスを含めた五人から返ってくるのは殺意だけ。

 る気満々で何よりだ。俺の方はる気まんまん止まりなんだけどね。でもまぁ、そういう気持ちのすれ違いも悪くねぇよ。


「じゃあ、ろうぜ? サイスとそのお仲間さん──いや、伝説の冒険者パーティー『くろがねのグリフォン』のみなさん」


 俺の言葉のせいで、俺の前に立つ五人に少なからず動揺が走るが、バレていないとでも思っていたんだろうか?

 まぁ、それはともかく、フェルムのダンジョンを唯一、全制覇したっていうパーティの実力を俺に見せてくれよ?

 俺の予想通りにサイスを助けに来てくれたんだから、今度は予想外の強さってものを見せてくれると俺は嬉しいところだね。





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