殺したいほどムカつく奴
俺とサイスは一緒に家を出る。
マリィちゃんにはちょっと待っててと言ったので、とりあえずは大丈夫だろう。
まぁ、長引く可能性も無きにしも非ずだけど。
「それで、どこまで知っているんだ?」
サイスは普段のふざけた言葉遣いはやめて真剣な眼差しで俺を見ている。
参るね、そんな熱のこもった眼で見られると勘違いしちゃいそうだぜ。
「別にぃ、たいしたことは知りませんよぉ。ただ、ダンジョンを攻略すると報酬で人間を魔物に変えるような物が出てくるってことくらい? でもって、それを知っているはずのダンジョンを攻略者のキミらがどういうわけか、そのことを隠してるってことくらいかね?」
俺が答えるとサイスは露骨に舌打ちをして、俺を睨みつける。
嫌だねぇ、誤魔化す気ゼロじゃねぇか。これは口封じされちゃう流れかな?
怖いねぇ、思わず俺はビビッて、とんでもないことを口走ってしまうよ。
「あぁ、それとキミが冒険者を殺して回ってるってことも知ってるぜ?」
証拠はないけど、間違いないと俺は思うね。
だって、ダンジョンを攻略した冒険者を始末しとかないとヤバいってことを知ってるのは、サイスとそのパーティーメンバーくらいだろ?
ダンジョンを制覇して、その後も人間のまま普通に生きてるんだ。ダンジョンを攻略した際に手に入る報酬やら何やらもサイス達は全部把握してるんじゃないか?
「どうして、俺がそんなことをしなければならない? 優れた冒険者が誕生することはフェルムにとって良いことだ。一応、俺は冒険者ギルドの代表代行として、フェルムの冒険者の成功を望んでいる立場なんだが?」
「まぁ、確かにそうかもな。だけど、ダンジョンを攻略する度にフェルムに悪影響が振りまかれるとなれば、冒険者は始末しなきゃならないだろ? それに、その事実も隠さなきゃならない」
だって、そうだろ?
「地命石の一件が知れたら、冒険者は誰もダンジョンを奥まで探索しなくなるし、フェルムに住む奴らは冒険者にダンジョンの攻略をさせないだろう。そして、そうなったら冒険者の活躍で経済を回してるフェルムの街は終わりだ」
フェルムを守るためには真実を隠蔽しなければならない。だから、ダンジョンを攻略した冒険者は殺す。
きっと、地命石以外にもダンジョンを攻略した際に手に入る物はヤバい物ばかりなんだろう。だから、ダンジョンを制覇した冒険者は始末しなければならない。
「フェルムを冒険者の街として成立させるためには不都合な真実は誰にも知られてはならないとか、そんな所だろ? キミらが冒険者を殺す理由はさ」
そこまで俺の言葉を黙って聞いていたサイスは不意に大きく息を吐き、肩を落とす。
「……全部、あの馬鹿どもが、こちらの忠告も聞かずに勝手なことをしただけだ。ギュネス商会もピュレー商会にも俺達は和を乱すなと伝えてきた。なのにアイツらは俺達の言葉を無視した」
そりゃそうだろ。
この街の古参のアンタらはともかく、その二つの商会は詳しい事情を知らねぇからな。でもまぁ、詳しい事情を説明も出来なかったってこともあるだろうけどさ。余所者に余計なことを話せば、そこから隠していた真実が明らかになる可能性もある。
フェルムの人々が今の生活を続けていくためには、ダンジョンの真実は知られたくなかったとか、そんな所だろうよ。ダンジョンから取れるもので経済が成り立っているらしいフェルムでダンジョンに潜れなくなるとか、死活問題だもんな。
それにダンジョンの真実が知られたらフェルムにいる冒険者はこの地を去るだろう。そうなったら、もう終わりだもんな。活気は消えてフェルムって街は死んでいくだけだ。
「俺達は今の生活を守りたいだけなんだ。フェルムに暮らす人々の平穏な生活を、この地で生きていく冒険者達の生活を、ただ守りたいってだけなんだ」
全部、嘘っぱちだけどな。でもまぁ、それも良いんじゃない?
俺は嘘にまみれた薄っぺらい社会ってのもそれはそれで素敵だと思うぜ。
いつぶっ壊れるか分からないギリギリ感がたまらねぇしな。
サイスは思いつめた表情を浮かべると、懐に手を入れて何かを取り出すと俺の前にそれを投げつけてきた。
「金をやるから、どこかに消えてくれ。そして、この街で知ったことは黙っていてくれないか?」
俺の前に投げつけられたのは金の入った袋だった。
買収ってか? 分かりやすくて良いね。そういう割り切り嫌いじゃねぇぜ、好きでもねぇけどな。
そうじゃねぇだろ? 秘密を知ってる奴に金を渡して黙らせる? スマートだねぇ。でも、金を渡しただけで黙る奴とは限らねぇんだからさぁ、それじゃ駄目だろ?
キミがやるべきことは口封じじゃないかい? 俺が二度と口を開けないようにするとか、そういうことをするべきだと思うんだよね。金を渡したからって俺が黙っているとは限らないしさ。
「金の問題じゃないんだよなぁ。そもそも話したいことは、そんなことじゃないんだ」
でもって、サイスは勘違いをしてる。
俺は金をせびりに来たわけじゃなくて話を聞きに来ただけだぜ?
「じゃあ、俺に何の用だ」
サイスは俺を睨みつけたまま訊ねてくる。
そんなに警戒するなよ。別にたいした話じゃないんだ。
「地命石とかを作った奴が誰か知りたいだけだよ。きっと悪夢の森で訪れた奴に試練と称して過去を見せてるのも同じ奴だろ? 俺はそいつのことを知りたいんだ」
そいつは俺の思い出に無遠慮に踏み込んできた奴だ。
そいつは、そんな舐めた真似をして俺を怒らせたから思い知らせてやらなきゃいけない。
どんな奴の心にだって触れてはいけない部分がある。それを侵害する奴には相応の報いを与えなければいけないんだ。
「知ってどうする?」
「会いに行って、ぶち殺す」
もしかしたら、もうこの世に存在していないって可能性もあるだろうけど、その可能性は低いと俺は思うね。地命石の一件も悪夢の森での一件も、死んだ奴が残した罠というよりは現在進行形で糸を引いているような気がするんだよ、俺はね。
俺の言葉を聞いたサイスは一瞬、呆然とするが次の瞬間にはこらえきれずに笑いを漏らす。
どうやら馬鹿にされてるようだね。
「会いに行って、ぶち殺す? お前には無理だよ。会ったところで何もできないさ」
サイスの俺への評価はともかくサイスの言葉からダンジョンに仕掛けを用意し奴が今も存在していることは分かった。
「どこにいるか知っているなら教えてくれると嬉しいんだが?」
「それはできないな」
取り付く島もないね。
「アレの前に誰かが立つってことはフェルムが滅びるのと同義だ。地命石? それも確かに問題だが、俺達が本当に問題にしてるのは、そっちだよ」
「そっちってどっち?」
何の話をしてるか分からねぇな。
サイスは俺の様子を見て顔に余裕を取り戻したようだ。
「どうやら、そこまでは掴んでいないってことか」
どうやら、俺はサイス達が本当に隠したい真実までは辿り着いていないようだ。それを知ってサイスは安心したのか顔に余裕が戻っている。
「ダンジョンを制覇した冒険者はいずれアレに辿り着く。いや、アレが冒険者を誘い、そして自分を解き放つように仕向けている。俺達はそれをさせないために、冒険者を始末しているんだ」
サイスは俺が先ほどマリィちゃんに向かって投げた地命石を取り出すと俺に見せつけながら握り潰した。
「地命石? 確かに厄介だが、こんなものはなんとでもなる」
「じゃあ、そのなんとでもならないものを俺に教えて欲しいね」
俺の狙いはそっちなんで、そっちを教えてくれると嬉しいね。
「教えるわけにはいかない。アレに会いにいくということはアレを解き放つってことだからな。フェルムを守るためにはそれはできない」
だから、アレっていったい何なんだよ。
魔物か何かか? 何かヒントはあるか? ダンジョンに関することだから、ダンジョンが鍵だろう。だが何があった? 分からねぇな、時間をかければ思いつきそうだが、今は気分が戦闘モードだから頭が推理方面には働いてくれないぜ。
「どうせ、会ったところで何もできない。金を持ってさっさと消えてくれ」
「おいおい、俺をどんだけ甘く見てんだよ。口ぶりから察するにキミらが隠してるそいつが全ての現況なんだろ?そいつの居場所教えてくれれば、俺がぶっ殺しにいってやるって言ってるじゃねぇか。だから、さっさと教えろって」
そもそも交渉できる立場じゃないって分かってるか?
「キミが教えてくれないって言うなら、俺は俺が知っている限りの真実をフェルムに暮らす奴ら全員にばらす。ついでに、この国の王女であるラスティーナとも俺は面識があるからな。王族に話を通してフェルム周辺のダンジョンを閉鎖してもらっても良いんだぜ?」
そうされたくないなら、さっさとお前が隠してる奴の居場所を教えろって言ってんだよ。
サイスは俺の脅しを聞くと、再び肩を落として溜息を吐く。見たところ諦めたというよりはウンザリしたという様子だ。
「教えれば黙っていてくれるのか? 俺達が隠してきた真実を」
「……それはそれで別かな。教えてもらっても俺は多分、真実を暴露するだろうね」
だって、俺にとっては隠しておくことじゃないしね。
秘密ってのはバラす瞬間が楽しいって理由や、俺が突き止めたっていう成果を世間にしらしめたいって欲求も有ったり無かったり。
「人々の平穏な生活を守るべきだとは思わないのか?」
「思わねぇな。平穏と言っても嘘の上に成り立ってるものじゃん」
そんなもん、いつかは破綻するんだから、さっさとぶち壊しちまった方がいいんだよ。
いつか破綻した時には取り返しがつかない状況になってることが多いんだから、まだリカバリーが効くうちに全部の問題点を明らかにした方が俺はいいと思うね。
「……なるほどな。穏便に解決するのは無理ってことか」
俺の言葉に対してサイスは諦めたような口調で呟くと、戦いの構えを取る。
そうそう、それが正解だ。俺を黙らせて、お前が言う平穏を守るにはそれしかないぜ。
でもって、俺にとってもそっちの方が都合が良い。
「これが望みなんだろう?」
「わかってるじゃねぇか」
話し合いは無駄。
話したところで、お互いの考えに折り合いはつけられないんだから、しょうがねぇ。だけど、お互い譲れないんだから最後は力づくしかねぇよな。
そっちは俺をぶっ殺して黙らせる。俺はそっちをぶちのめして、俺の知りたいことを吐かせる。シンプルで最高の展開だろう?
「話を聞きたいなどと言っておいて、本当は俺と殺し合いたいだけだろう?」
おいおい、そんなことはねぇ……ってこともねぇけどな。
「まぁ、そういう気持ちもなくはねぇけどさ」
だって、ちょっと煽ったら戦れそうな相手がいたら、戦りたくなっても仕方ないじゃないか?
女の子を口説くのと同じだぜ。
本命として狙ってる女の子がいても、今すぐヤれそうな可愛い子がいたら、ちょっと粉をかけたくもなるだろう? 俺にとってはそれと一緒。
本命で戦りたい奴がいるけれど、それはそれとして、ちょっとちょっかいかけたら戦れそうな強い奴がいたら、戦りたくなっても仕方ないだろ?
「知りたいことがあるってのは事実だけど、そのついでにちょっと戦るのも悪くねぇんじゃないかと思ってね」
だからまぁ、ちょっと挑発もしたりなんかしちゃってさ。
その甲斐もあってか乗ってくれたんで俺的には嬉しいぜ。
キミ的にはどうだかは知らねぇけどさ。
「俺もまぁ、この状況は悪くないと思ってるよ」
「お、両想いだったかな? もしかして」
「あぁ、そうだね。俺もテメェのことはぶっ殺したくて仕方なかったから、この状況は何よりだ!」
サイスは俺に真っ直ぐ殺意をぶつけてくる。
ちょっと煽りすぎた? そうでもないと、フラストレーションを溜めさせちゃったかな?
俺はサイスにとっては平穏をぶっ壊す厄介者なわけだし、殺したいほどムカついてもしょうがねぇよな。
いいぜ、気に入らねぇなら殺しに来いよ。俺は殺さねぇように気を付けるけどさ。
ま、楽しく戦ろうぜ、サイス君。
本気を出して、かかって来いよ。