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最悪な客

「こんばんは、マリィちゃん。サイス君いる?」


 俺は攫ってきた冒険者たちの件をゼティに任せると、その足でサイスの所へ向かった。

 なぜサイスかって? サイスが一番、事情を知ってるからって確信を抱いたからさ。

 サイスはフェルムの全てのダンジョンを制覇したっていう冒険者達のパーティーメンバーだった。ってことは地命石なんかの厄介なブツについても事情は承知だろうけど、その割にサイスなんかに洗脳されている気配はないってことも不思議だよな。


 そういうのもあって俺としてはサイスに色々と詳しい事情を聞きたいところなんだよね。

 実の所、サイスからはもっと早く事情を聞いておくべきだったと思っていたんだよ。でも、普通に話したところでしらばっくれるだろうし、色々と情報を手にしてから話すべきだと思ったりもするわけで時間がかかってしまったんだわ。

 でもまぁ、そういう情報収集も、もう充分。俺はサイスが無視できない程度には色々と分かったつもりなんで、こうして話に来たってわけ。


「えっと、サイスはお仕事に行っていて、留守です……」


「あ、そう。じゃあ、上がって待たせてもらうね」


 俺に対して怯えた表情を向けるマリィちゃん。

 この子としては俺にさっさと帰って欲しいんだろうけど、俺はマリィちゃんのお願いを聞く義理は無いし、勝手にさせてもらおう。

 人見知りな子だし、拒否するってこともできないだろうと思って俺は勝手に上がり込む。

 もっとも、サイスとマリィちゃんの家はギルドの建物と兼用なんで、何度か入ったこともあるんで、そんなに抵抗は無い。


「あ、待って」


 待ってと言われても待ちません。

 俺は家に上がり込むと居間にあったソファーに腰掛ける。

 図々しく見える? 見えるんじゃなくて俺は図々しいんでね。

 相手が子供でも関係ないぜ。


「お茶ちょうだいよ」


 俺はお客さんだぜ?

 急に言われたマリィちゃんは困った顔で、どうしていいか分からない様子だ。


「しょうがねぇなぁ」


 じゃあ、自分で用意するよ。

 俺はキッチンに向かい、他人の家の中を漁って茶を淹れる準備をする。マリィちゃんは泣きそうな顔で勝手なことをする俺を見ている。


 ──さて、こういうことをしているとサイスはどういう反応をするだろうか?

 別に俺としてはイジメてるつもりはなくて、仲良くなろうとしてるだけなんだけど、感じ方は人それぞれだからね。

 俺が何を言っても、俺の行動で嫌な気持ちになる奴がいたら、その場合は俺が悪いって話で決着がつく。

 さて、じゃあそういう場合、マリィちゃんが、とっても大切なサイス君はどういう反応をしてくれるだろうね。


「お菓子食べる?」


 俺は自分の分だけじゃなくてマリィちゃんの分のお茶も入れてテーブルの上に置き、尋ねる。

 しかし、マリィちゃんは俺のことを警戒しているようで、すぐには返事をしてくれない。


「欲しくないってことで良いのかな?」


 じゃあ、俺だけ食べてよう。

 ゼティが買い置きしてたクッキーだけどね。


「たいして美味しくねぇなぁ」


 まぁ、そんなに期待もしてなかったから良いけどさ。

 それでも甘味ってのは魅力的なようで、マリィちゃんは俺を羨ましそうに見てる。


「欲しい?」


 俺はクッキーを手に取るとヒラヒラとマリィちゃんの目の前を横切らせる。


「あげても良いけど、その代わり俺と仲良くしてくれる?」


 怯えられてるとやりづらいんだよね。

 だから、友好的な関係を築きたいんだけど、そんな俺の思いは通じたようで、マリィちゃんは俺の申し出に首を縦に振る。

 良い子だね。好きにはなれねぇけど、気に入ったよ。


 俺はマリィちゃんにクッキーの入った袋をあげる。するとマリィちゃんは菓子を食べ始め顔に笑みを浮かべ始める。


「これで俺とマリィちゃんは友達だ」


 良いよね?

 念を押すようにマリィちゃんを見ると、マリィちゃんは菓子を貰ったことで俺への警戒を緩めている。


「マリィちゃんに聞きたいことがあるんだけど、教えてくれるかな?」


「なぁに?」


「サイスの事なんだけど、教えてくれるかな? 友達だろ?」


 菓子だけでも買収できるから子供は好きだぜ。

 マリィちゃんは俺への警戒を薄れさせて、俺の質問に答えてくれる。


「サイスはね、お父さんがいなくなってから、ずっと私と一緒にいてくれるの」


 ふーん。


「でも、時々お仕事でいなくなっちゃうんだ」


「そういう時は一人で留守番してるのかい?」


「うん、サイスがお外に出ちゃダメって言うから、おうちにいるの」


 へぇ、そうなんだ。

 じゃあ、家にマリィちゃん以外の誰かがいるって気づいたら驚くだろうねぇ。


「本当はもっと一緒にいてほしいんだけど、お仕事だから我慢してるんだ」


「へぇ、偉いねぇ」


「サイスは恩返しってことばをよく言うんだけど、いつもお仕事をがんばってくれるサイスに私も恩返しをしたいなって思うんだ」


 へぇ、そうなんだ。じゃあ、すればいいんじゃないかな?

 マリィちゃんの話には役に立つところが、あんまり無いなぁ。


「いつも、ごはんを作ってくれたり、お勉強を教えてくれたりするのに、私は何もできてない」


「そう思うなら、今日からやってみたら良いじゃないか」


「今日から?」


「そう、今日から。サイスが帰ってくるまでにごはんでも作ってあげたら、きっと喜ぶぜ?」


 まぁ、分かんねぇけどね。

 世の中にはそういうことされても迷惑としか感じない親もいるみたいだし。


「私に出来るかな」


「俺が教えるから問題ないよ。俺はこう見えても料理屋さんで働いていたこともあるからね」


 俺は人間時代にフランスの三ツ星レストランでシェフをやってたこともあるからな。そんじょそこらの料理上手なんか目じゃねぇよ。家庭料理がちょっと上手くできるからってイキってる奴らとは一緒にしないで欲しいね。


 サイスが帰ってくるまでの暇つぶしもかねてマリィちゃんに料理を教えている。すると、ほどなくしてサイスが帰ってきた。


「ただいま」


 玄関から声が聞こえる。

 しかし、料理に熱中しているマリィちゃんの耳にサイスの声は届いていないようだ。普段はサイスが帰ってくるとマリィちゃんが出迎えるんだろう、今日はそれが無く不審に思ったサイスが僅かに慌てた気配を発しながらキッチンまでやってくる。


「やぁ、お邪魔してるよ」


 マリィちゃんが「おかえり」を言うより早く俺が言う。

 俺の姿が目に入ったサイスが一瞬、殺気を溢れさせるが、マリィちゃんがいるのですぐに表情を取り繕ってにこやかな笑みを俺に向けてくる。


「何やってるんスかぁ~、アッシュさ~ん」


 笑いながらサイスは俺に近づくと、俺とマリィちゃんとの距離を遠ざけようとする。そんなに心配しなくても、俺はマリィちゃんに危害を加えるつもりはないよ。


「あ、サイス。見てみて、わたし、お料理を教わってたの」


「えぇ、そうなんスか!? うわぁ、美味しそうっスねぇ! 夕食の時間が楽しみっス」


 だろう?

 ガチのフレンチを教えてやろうかと思ったけど、材料や調理器具が無いから普通に煮込み料理にしたけど、味は保証するぜ? 客観的に見ても一皿で二万円とか取れるレベルだぞ。 

 しかし、そんな渾身の一品に対してサイスは一瞥くれるだけで、言葉にしたほどには興味を示さずに俺を見る。


 怖いなぁ、そんな目で見るなよ。ビビりすぎて、おしっこ漏れちゃうよ。

 サイスはマリィから顔が見えない位置に立つと、俺に対して怒りを露わにした表情を向けていた。


「今日は一体どうしたんスか? もしかして依頼を達成したって報告をしにきたんスか? そのことだったら明日でも良いんスよ?」


 表情は怖いが口調はそのままだった。


「いやぁ、そのことなんだけど失敗しちゃってさぁ。どうしようかと思って、相談しに来たんだよ」


 悪夢の森を攻略して来いって話だったけど、途中でほっぽり出して来たことを俺は素直に伝える。


「そうっスかぁ。それは残念っスねぇ。でも失敗しちゃったものは仕方ないっス。挽回の機会をあげるんで、別のダンジョンに今すぐ・・・行ってきて欲しいっス」


 また厄介払いしようってのか?

 まいったなぁ、随分と嫌われてるみたいだぜ。

 俺がいると平和が乱されると思ってるんだろうか? 今だって仮初の平和だろうに。



「じゃあ、その依頼について詳しく話そうぜ?」


「今すぐっスか? もう夕方ですし、明日でも良いと思うんスけど」


「そう言わずにさぁ、他に大事な話もあるんだよ。例えば──」


 言葉の途中で俺は懐から取り出した物を背中を向けているマリィちゃんに緩い軌道投げつける。

 その瞬間サイスは目にも止まらぬ身のこなしでマリィちゃんを守る位置に立つと俺が投げつけた物をキャッチする。そして自分の手に収まった物を見て目を見開く。


「それについての話とかな」


 サイスが受け止めたのは地命石。俺はサイスの手に収まったそれを指さしながら、サイスに言う。


「ちょっと外へ出て話そうか。問題ないだろ?」


「あぁ、問題はない」


 表情も言葉を偽ることを忘れたサイスは俺を睨みつけながら、俺の申し出を受け入れる。


 さぁ、たっぷりお話をしようぜ、サイス君。

 夕食までには終わらせてやるからさ。



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