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ずっとこうして生きてきた

 

『なにやってんだ、小僧? 親はどうした?』


 初めて会った日のことは今でも覚えている。


『サイスっていうのか。行くところがねぇんだったら、俺についてくるか?』


 それがサイスとグラウドの出会い。

 その時の光景が今サイスの目の前に広がっていて、サイス自身はそれを外から見ている。

 その状況だけでサイスはそれが夢だと気付く。既にグラウドはおらず、自分も変わってしまった。あの時は二度と帰ってこない。

 そのことに気づいた瞬間、サイスは夢から覚める。


 嫌な夢だったかと聞かれると、そうじゃない。

 グラウドとの日々は自分にとって全てだったとサイスは過去を懐かしむ。

 それは光り輝くような日々。望んでいた全てが自分の手の中にあった。

 もっとも、そのことに気づいたのは大切な物を失ってからだったが──


『すまねぇな……あの子を頼む』


 夢から覚めたサイスは寝床を出て、身支度を整えマリィベルを起こしに行く。

 グラウドの忘れ形見、彼の娘のマリィベルの保護者としてサイスは一緒に暮らしている。

 死に際の頼みだからというわけではなく、貧民街で野垂れ死ぬ運命しかなかった孤児の自分を救ってくれたグラウドへの恩、そしてマリィベル自身に対する親代わりとしての愛情、そういった様々な想いからサイスはマリィベルに対して甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


「お嬢、朝ですよ」


 サイスはマリィベルに声をかけて起こすと、自分は朝食の支度に取り掛かる。

 母親も生まれた時に無くし、父親も失ったマリィベルにとっては自分以外に頼れる人間はいないという思いから、サイスは親代わりとして振る舞う。


『腹減ってんだろ? メシくらい出してやる』


 昔、孤児だったサイスにそう言ってグラウドが出したのは味の無い粥だった。

 今、サイスがマリィベルに出すのはパンとスープ、オムレツと焼いたベーコン。


『今はこんなもんしか食えねぇが、いずれは好きなもんを好きなだけ食えるようになるぜ、俺もお前もな』


 グラウドの言っていた通りではないが、食べ物には困らなくなった。

 自分たちはそれで満足するべきだったのかもしれないとサイスはマリィベルが食事する姿を眺めながら思う。


「お嬢、今日は自分は仕事で出かけるんで、留守番をしていてください」


 食事をしているマリィベルにサイスが言うと、マリィベルは口に食べ物を含んだまま頷く。

 すると、その口元に食べかすがついていることに気づいたのでサイスはハンカチでマリィベルの顔を拭う。


「いつも通り、知らない人が来たらドアを開けないようにしてくださいね」


 一人で置いていくことは不安だ。しかし、日々の糧を得るには、マリィベルに留守を預けて自分が稼ぎに出かけるしかない。サイスは冒険者の資格を持っているが、冒険者としては働いていない。

 冒険者は自由な稼業だと思われがちだが、その実、依頼や契約に制約が大きく、仕事に自由があるかと言われれば、そうでもない。

 それを気付かずに冒険者達が自由にやれているのはギルドの職員が全ての面倒ごとを肩代わりしているからだ。そうした面倒ごとを代わりにすることでギルドは利益を得ている。

 冒険者として働く場合、ギルドの仲介がなければ法的に問題になるのだが、非合法の何でも屋として働くのならば何も問題はない。


『見てろよ、俺はとんでもねぇ冒険をして一流の冒険者になってやるぜ』


 グラウドは冒険者としての仕事以外をしなかった。

 よく金持ちの用心棒にならないかと頼まれることもあったし、国から騎士にならないかとも誘われたこともあった。そして、汚い仕事に手を染めることなどは一度も無かった。


「それでは、いってきます」


 サイスは身支度を整え、玄関に向かうとマリィベルは出かけようとするサイスの見送りに立っていた。


「……いってらっしゃい」


 か細い声で見送りの言葉を言うマリィベルにサイスは優し気な眼差しを向ける。


『俺についていきたいって? ガキにゃあ、まだ早いぜ。テメェは家の掃除でもしてな』


 体が小さいうちはグラウドはそう言ってサイスに留守番を任せていた。

 それがやがて、グラウドについていくのが当然になっていった。

 成長すれば色々なことが変わっていくのは当然だろうが、それでも変わっていく日々がかけがえのない物だった。


『見ろよ、今日からここが俺達の家だ!』


 玄関を出たサイスは住居兼ギルドを振り返る。

 冒険者として活躍しだしてから、グラウドと一緒に金を出し合って買った家。

 サイスはその頃、冒険者として多少稼げるようになっていたが、子供に金を出させるわけにはいかないとグラウドは言ってサイスの金を受け取ろうとはしなかったが、そこは無理を言ってサイスは受け取ってもらった。

 少しずつでも恩を返したかったからだ。孤児の自分を拾い、育てて一人前にまでしてくれたグラウドに対して、サイスは自分の出来る限りのこと全てで報いようとした。


『聞けよサイス! 俺の活躍ぶりを聞いた大陸冒険者協会が、フェルムに支部を作りたいってよ! そんでもって俺を支部長にしたいとか言いやがったぜ!』


 そして家がギルドの建物になったんだ。

 グラウドが認められたことがサイスは我が事のように嬉しかった。


『俺はフェルムで一番の冒険者ギルドを作るぜ! お前たちとな!』


 そう言った時には仲間たちが、この場にいた。

 スカーレッド、ゲオルク、ライドリック、セレイン。

 そしてグラウドと自分。サイスはそれが自分の人生で最も輝いていた瞬間だったことを覚えている。


『俺達の絆は永遠だ。俺達が組めば、何だって出来るぜ!』


 そう言ってグラウドが集めた仲間たち。誰もがグラウドを慕って集まった者たちだ。

 グラウドが言った通り、自分たちは何でも出来たと、その仲間たちの中で最年少だったサイスは思い出す。

 そうだ、全てが順調だった。誇張ではなく何もかもが順調だったんだ。


『サイス、普段は恥ずかしくて言えねぇが、俺はお前のことを大切な弟だと思っている。だから、真っ先に報告するんだが、実は俺は結婚する。相手は酒場のメアリーちゃんだ!』


 ギルドの周辺は人気ひとけの無い街外れだ。

 昔から、こうだったわけじゃないと、数年前まで酒場だった建物の脇を過ぎながらサイスは思いだす。

 いつからだろうか全てが変わってしまったのは。


『俺はフェルムに住んでいる全員を家族だと思っている! 家族は必ず守ると俺は誓う!』


 ふと気配を感じたサイスは廃屋の中に入る。

 すると、そこにいたのはその家の元の住民のアンデッドだった。

 いつからか街の中でも簡単にアンデッドが発生するようになり、その影響が特に強かったサイスのギルドがある街外れは今は生きている人間など数えるほどしかいない。

 だが、それを知る者はフェルムには殆どいない。無用な混乱を招かないように徹底的な情報統制がされているからだ。しかし、そのことを隠した所で現物アンデッドが存在しては意味がない。だから、サイスのような事情を知る者がフェルムの街中に現れるアンデッドを秘密裏に始末している。


「お久しぶりです」


 サイスが見つけたアンデッドは所謂ゾンビであった。

 これがスケルトンなどであれば判断がつかなかったかもしれないが、なまじ人の顔が残っているせいで、サイスはそのゾンビが誰か判別がついた。

 子供の頃にグラウドと一緒に出世払いという名目でタダで食事を貰っていた食堂の店主だ。


「恩を仇で返すようなまねをして申し訳ありません」


 サイスは謝罪すると、ゾンビに向かって軽く腕を振る。

 その動作だけで触れもせずにゾンビの首が飛んだ。

 床に落ちた首をサイスは無表情で一瞥すると振り返り、建物から出る。


 この辺りのアンデッドは全て始末したはずなのに生き残りがいた。

 もう一度、この周辺の建物を調べなおさなければならないとサイスは強く思う。


『俺達はこの街に恩を返さなきゃならねぇ。俺達を見守り、育ててくれたこの街と街の人に俺達は恩を返さなきゃならねぇんだ』


 余計な道草を食ったがサイスの本来の仕事はアンデッド退治ではない。

 サイスは早足では駆け出し、街の外へ出るとフェルムの近くの森へ向かう。


『フェルムは冒険者の街だ。俺はここに暮らす全ての冒険者達に夢と希望を持たせてやりてぇんだ。諦めと絶望を抱いたまま野垂れ死んで欲しくねぇんだよ』


 サイスは森の中に危険な魔物がいるという噂を聞いていた。フェルム周辺の森は比較的未熟な冒険者の狩場だ。その魔物を生かしておけば冒険者達に危険が生じる。だから始末する必要性がある。

 その噂の魔物はすぐにサイスの前に姿を現す。

 現れたのは何処からやってきたのか翼を持たない地竜と呼ばれる魔物の一種だった。

 ランドドラゴン。サイスは魔物の種類にあたりをつける。もっとも、魔物の種類を知ろうが知るまいが、サイスのやることは変わらない。


 サイスはドラゴンと対峙するなり、即座に手を前に突き出した。

 その直後、ドラゴンの片目が抉られる。

 突然のダメージに困惑したドラゴンは、思わずブレスを放とうと口を開けるが、それに合わせてサイスが腕を振ると、次の瞬間にはドラゴンの口内がズタズタに引き裂かれ、血が噴き出る。

 対峙してから数瞬で軽くない傷を負ったドラゴンはサイスを危険な敵と認識し、全力を持って排除しようと動き出すが──


「舐めすぎだ」


 サイスは最初から全力だった。手加減など一切、考えていない。

 様子見などして無駄な傷を負い、それからようやく本気を出すドラゴンなどサイスからすれば愚か極まりない。サイスが腕を振り下ろす動作を見せる。ただそれだけで、次の瞬間、ドラゴンは真っ二つに斬り裂かれていた。


『俺達は魔物を殺さなきゃならねぇ。だけどな、魔物にだって生きる理由ってのはあるんだぜ? 俺達が魔物を殺すのは仕方ねぇことだが、他の生き物の命を奪ってるってことに無頓着になっちゃいけねぇぜ』


 サイスは始末したドラゴンの死体を切り分け、金になりそうな部位だけを収納結晶アイテムボックスの中にしまう。

 ドラゴンの素材を売れば、またしばらく生活に困ることは無いだろう。

 冒険者達の身を守るという目的もあるが、これもサイスの仕事だ。密かに強力な魔物を狩り、その素材を秘密裏に欲しがる者に売りさばく。

 本来、ドラゴンの素材などはギルドが厳重に管理するものなので、真っ当な方法を用いた場合、そう簡単には手に入らないのだが、それ故に欲しがる者はいくらでも存在するし、そういった人々は欲しいものを手に入れるためなら金を惜しまない。

 そういった連中との付き合いは唾棄すべきものであると昔のサイスなら思っていたが、マリィベルの今後を考えれば金はいくらあっても足りない。


『俺に何かあったら、マリィを頼む』


 そう言ったグラウドはもういない。だから、言われた通りにサイスはマリィベルのために力を尽くす。それが自分が死んでしまったグラウドに対して自分が出来る唯一の恩返しだと思っているからだ。

 だから、サイスは金を稼がなければならない。自分に何かあった時のためにマリィベルが困らないようにするために、そしてマリィベルの将来のためにサイスは金を稼ぐ。いずれはフェルムを出ても一人で生きていくのに困らないだけの金は用意しておきたい。


『ほら見ろサイス、俺の娘だ! これでお前も叔父さんだな!』


 兄弟なんだから、おかしいことは言っていないだろ?

 グラウドはマリィベルが生まれた時にそう言っていた。

 あぁそうだ、自分にとってはマリィベルは家族であるのだから守らなければならない。

 何に変えても平穏な日々だけは絶対に守らなければならない。


 街の外での仕事を終えてフェルムに戻る頃には日が傾き始めていた。

 沈む太陽に照らされるフェルムを見てサイスが思い出すのは、やはりグラウドの言葉だった。


『俺達はフェルムを守らなきゃならない。この街に暮らす人々の穏やかな生活を守るために俺達のような冒険者はいるんだ』


 それは分かっている。その言葉を守るためにサイスは戦っている。

 だが、サイスにはグラウドが思い描いていた未来が分からない。グラウドは常により良い未来を夢を見て、そのために力を尽くしていた。きっとフェルムを良くしていくための道筋なども思い描いていただろうとサイスは思う。けれども、グラウドの思いを継ごうとしながら自分には何も思いつかない。

 サイスは未来など思い描けない。だから今を維持し平穏な日々を守ることだけに全てを捧げてきた。


『後のことは頼む』


 グラウドはそう言い残して、この世を去った。

 その言葉がサイスを縛り付ける。だが、サイスは自分を縛り付ける言葉こそが自分が生きていくための原動力であると信じている。


「俺はフェルムを守らなければならない」


 夕食の準備をしているのだろう、フェルムの家々の煙突から煙が立ち上っている。

 平穏な日常の一コマ。それを見るたびにサイスは思いを強くする。


「俺はこの平穏を維持しなければいけないんだ」


 グラウドのため、マリィベルのため、フェルムに生きる人々のため。

 真実を隠し、自分の手を汚したとしても、今を維持する。それがサイスの願いであり、意志であった。




 ──そうしてサイスが自分の意志を確かめていた頃、街外れの冒険者ギルドの扉を叩く者がいた。


「すいませーん、サイス君いますかぁ?」


 聞き覚えのある声を耳にしたマリィベルは恐る恐る扉を開ける。

 聞こえてきた声は知らない人ではないので、サイスの言いつけを破ることには当たらないと、マリィベルが扉を開けた先にいたのは──


「こんばんは、マリィちゃん。サイス君いる?」


 アッシュ・カラーズというギルドの新入り。

 その新入りが口元に薄笑いを浮かべて、扉の前に立っていた──




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