知りたいことがあるだけ
「俺は強い奴が好きで、弱い奴が愛おしいんだ」
俺は攫ってきた冒険者達に話しかける。
場所は空き家の地下室。そこで冒険者達は椅子に縛り付けられ、猿轡を噛まされている。まぁ俺がやったんだけどね。ゼティはこういう仕事が苦手だから退席してもらっている。
「俺の感覚だとキミらは弱い奴らなんでね、だから愛おしいんだ」
俺は冒険者達が縛りつけられている円形に並べられた椅子の周りを回りながら勝手に喋る。
「愛おしいって言ってもキミらが想像するのとは違うかもしれない。俺がキミらに感じる愛おしさはペットとかに感じるものなんだろうって思うんだが、そこの所どう思う?」
俺は冒険者の一人の猿轡を外して訊ねる。
「貴様、何者だ!」
質問の答えじゃないね。テストだったら0点だ。
俺は喚く冒険者の頭を抑えつけ再び猿轡を噛ませる。
「俺が何者かなんて教えないよ。そのためにこんな格好をしてるんだからさ」
俺の格好はというと布を顔に巻き付けて顔を隠した感じだ。
こんな格好でいることに関して色々と察して欲しいんだけどね。
殺すつもりなら顔を知られても問題ないんだし、そうしてないってことは生かして返すつもりもあるって気づいてくれるかと思ったんだけど、そんな洞察力は無いようだ。
「さて、話を戻そう。俺はキミたちが愛おしいんだ。弱いのに必死に生きてる姿に感動するんだ。俺は生まれた時から強かったから、弱い奴らの気持ちは理解できないんだが、そんなに弱いのに頑張って生きてるとか尊敬に値するよな。無様で情けない姿に心打たれるぜ。だからか、俺はキミらを愛おしいと思うし、優しい態度を持って、キミらという個人を尊重して大事にしたいと思うんだ──」
俺は一旦言葉を区切って冒険者達を見る。
ビビッてはいないようだが、恐怖しないことが強さの証明じゃないんだよなぁ。
「──もっとも、それはキミらが従順であることが条件なんだがね。俺の聞きたいことについて答えてくれたら、俺はキミらに対して優しい態度でいられるんだが……さて、キミらの答えはどうなんだろうか?」
俺は別の冒険者の猿轡を外すが──
「くたばれ」
悪態をつかれると同時に唾を吐きかけられたので躱す。
「優しくして欲しくないってことかな?」
俺は猿轡を戻して、唾を吐きかけてきた冒険者から離れる。
反応からは洗脳されていないように見えるな。けれども、ゼティが洗脳されている人間の気配があると言っていたんで、間違いはないはずだ。
まぁ、あからさまに人格が変わったり、対人コミュニケーションに問題が生じるようなら、他の誰かが気付いて問題になっているだろうしな。
「俺はキミらがどうなったって構わねぇんだぜ? 愛することと壊すことは別に相反することじゃないからな。だから俺はキミらに愛おしさを感じてはいるけれど、それは俺がキミたちに対して酷いことをする際のブレーキにはならないよ」
大切に思ってる物でも平気でぶっ壊せるのが人間だからね。愛することと壊すことが相反するものだと思ってるなら、まだまだ人間として甘いぜ。まぁ、そんなことは俺はしないけどね。
「ちょっと席を外すから、少し考えると良い」
俺はそう言って地下室から出る。
部屋の外ではゼルティウスが待ち構えており、俺に対して冷めた視線を向けていたが、俺の一滴の血も浴びていない格好の俺を見て、拷問をしたのではないと気付いて、意外に感じたような顔をする。
拷問なんかするかよ。
そもそも情報を引き出すために拷問をするっていう考え方自体がナンセンスだぜ。
痛めつけて情報を吐かせたって、そんなもん苦しみから逃れるためにでまかせを言っているだけかもしれないんだから、そんな情報は信用できないだろ?
俺が人間時代にCIAとかに頼まれて仕事してた時も、情報を得るために拷問なんかしたことないぜ? 情報は自分の足を使って収集して、痛めつけて吐かせる時ってのは裏を取る時だけ。それだって、信用できないから、聞き流すことが殆どだった。
俺が拷問をする時は、拷問をされたってことを周囲に知らしめるためって目的でする。
痛めつけられた奴を見て、情報が漏れたんじゃないかって焦らせたり、拷問を受けた奴の惨状を見せて恐怖を感じさせたりするとか、情報収集以外の目的にしか使わねぇよ。
今回の場合は情報収集以外の目的はねぇんだし、拷問なんかしてもしょうがないだろ? だから、俺は冒険者を痛めつけるようなことはしないつもりだよ。
「どうやってアイツらから情報を得るつもりだ?」
ゼティは俺が何もしなかったのを見て疑問を抱く。
まぁ、その気持ちは分からなくもねぇな。だって、俺は肝心なことは何一つ言っていないわけだしさ。
「別にアイツらの口から聞く必要はねぇよ」
話してもらわなくても分かることはある。例えば体を調べるとかな。
俺は懐から試験管を取り出す。赤い液体が入った三本、それを見てゼティが訝しむ。
「それはなんだ?」
「アイツらの血だよ」
俺は試験管を手に持ったまま、隠れ家に使っている空き家の一室に向かう。
そこはゼティ経由でシステラの協力を得て用意した検査機械などが置かれた部屋だ。
この世界に精密機械はないだろうが、システラならそれを出すことができる。俺は嫌われているんで、システラから協力を得るのは難しいが、間にゼティを挟めばなんとでもなる。
「何を調べるつもりなんだ? というか、それで分かるのか?」
俺が機械を操作して冒険者から取った血液を調べようとしていると脇からゼティが口を挟んでくる。
「さぁな、分かることもあれば分からないことあるんじゃねぇかな」
とりあえず洗脳の有無とかは分かるかもしれないな。
心の病だって言われる鬱病だって血液検査で診断できるんだから、洗脳されているのだって血液検査で分かるかもしれないぜ? 鬱病の場合は血中の特定の物質の濃度が増減するって感じで分かるし、洗脳によって脳内物質の分泌が変化し、それが原因となって血中物質の増減があれば、それで分かる。
一般人との比較するためのサンプルも準備できてるし、とりあえず調べる環境は出来てるから、すぐに分かるだろう。
システラが『倉庫』から持ち出した検査機器は俺の使徒の内の誰がいつどこで手に入れた物なのか、手にした理由も分からないが、手に入れたは良いが使う機会がないということで死蔵されていたものだ。
システラの『倉庫』には、そうして使徒が手にいれたが不要になった品が山ほど収蔵されている。けれども、意外な所で使い道があるもんだよな。
システラが用意した検査機器は、どこの世界の物か分からないが、地球製の物と比べても高性能に感じる。なにせ、魔術的な物質まで調べられるんだからな。
ほどなくして検査の結果が出る。その結果を見て、俺は──
「とりあえず、この世界の標準的な人間の血液内には存在しない物質があるんだが。つーか、マトモな生物なら、血中にこんなもんが混入されるかよ」
検査結果を眺めていて目についたのは、血液内に混入されていた物質で、それは成分だけ言えば土そのものであった。そこから言えることは冒険者達の血液の中に泥が混ざっているということだ。
ワインで満たされた樽に一滴の泥水をこぼせば、それは樽一杯の泥水と同じだっていう言葉があるが、その理屈で言うと、泥が混ざった血液が流れている冒険者達は血液の代わりに泥が流れているって言っても良いんじゃないかって思うんだが──
「あいつらを人間と言って良いのか?」
ゼティが疑問を呈する。俺としては何とも言えないね。
人間の定義を俺にしろってか? それは中々難しいぜ。
まぁ、そんなことを言っているわけではねぇって分かってるけどさ。
「真っ当な人間では無さそうってことだけは確かだな」
分類上は魔物って感じになりそうだぜ。
その割にはコミュニケーションが取れるけど、まぁ話の通じる魔物は他の世界には大勢いるし、この世界の魔物にもそういう奴らは珍しくないのかもしれないな。
「もう少し詳しく調べたい所だな」
俺は冒険者たちの血液を顕微鏡を使って調べる。
そうして見てみると、血液の中に微生物を発見することができた。
まぁ、見つけた所で、それを詳しく調べる設備は無いわけなんで、これ以上はどうしようもないけどさ。
だが、俺の勘ではこの微生物が何か重要な意味を持つ気がするんだよな。例えば、冒険者たちの肉体を作り替えるような役割とかさ。
「微生物が血中に存在しているってことは体外から入れられたか、体内に微生物を生み出す何かがあるってことだと俺は思うんだが、どう思う?」
ゼティに聞いてみるがゼティは首を傾げるだけだ。
これだから何百年も生きてても、四則演算しかできない奴は困るぜ。
その点、俺は人間時代に無免許で医者をやれる程度には理系知識があるからな。ガンも脳腫瘍の手術したことあるぜ、無免許だけどな。
「開腹するか」
俺は冒険者の体内に何かがあると思うんだよね。体外からの場合だと、そんなに大量の微生物を入れられるかって疑問があるんだわ。
ちょっと血を抜いただけで、血中に存在を確認できるような微生物がいるとか、外からじゃなく体内でひたすら作られてるとしか思えないんだよね。
何となく腹の中に微生物の巣みたいなものがありそうな気がしたから開腹と言ったが、もしかしたら頭の中かもしれないし、開頭する方が良いのかもしれない。いや、もしかしたら胸にあるかもしれんし、開胸か?
レントゲンとかMRIがあれば、分かるんだろうけど、そんなもんは準備できないから総当たりでやるしかねぇかな。俺にもっと専門的な医学知識があればなぁ、いやぁ申し訳ないぜ。
「ちょうど三人いるしな、頭、胸、腹とそれぞれ開いてみたら分かるだろ」
これからやるべきことを決めて俺はゼティと一緒に地下室に降りる。
冒険者たちがいる部屋に入ると、椅子に縛り付けられた冒険者たちが俺に対して殺意を込めた眼差しを向けてきた。
まぁまぁ落ち着けよ、俺はキミらを助けてやろうと思ってるんだぜ? キミらが何に操られているのか、その原因を掴んでやろうとしてるんだ、もう少し歓迎してもらっても良いんじゃないかね。
まぁ、俺は人に歓迎されても、そんなに嬉しくない男なんで、憎しみの目で見られるのも構わないんだけどさ。
「とりあえず、腹を掻っ捌こうと思うんだ」
俺は冒険者の一人を選ぶと、そいつを部屋の隅に置いてあった机の上に投げ飛ばした。
拘束が解けて暴れ出そうとするそいつの顎先を顔を隠したゼティがすかさず剣の鞘で叩いて意識を奪う。
「まぁまぁ、暴れんなって大人しくしてればすぐ済むからよ」
俺は冒険者を机に拘束する。
麻酔はねぇが、まぁ大丈夫だろ。男の子なら耐えられるさ。
「消毒は?」
ゼティが疑問を口にする。
あぁ、消毒ね。案外しなくても大丈夫だぜ?
俺がガンや脳腫瘍の手術をしたのも埃が待っていた倉庫の中だったけど、案外なんとかなったしな。とりあえず抗生物質を大量に飲ませとけばなんとかなるだろって無免許で医療行為をした俺が判断するぜ。
「じゃあ、早速、腹を切っていこうか」
メスは用意してなかったので短剣で腹を掻っ捌き……あ!?
……まぁ、大丈夫だろう。しばらくぶりだから、ちょっと手元が狂ったぜ。
腹を開かれた冒険者の仲間が暴れるが、椅子に縛り付けられているので何もできない。腹を開いて中身を見るのは初めてかい? まぁ、それならビビるのも仕方ねぇよな。
死なないようには気をつけてるんだから心配しなくていいぜ。めあての物を見つけたらすぐ閉じるしさ。
さてと、それじゃあ腹の中を探して何か怪しい物を見つけねぇと──と探すまでも無く怪しげなものはすぐに見つかる。
なにせ、腹の中で綺麗な宝石が輝いているんだから、見つけるまでも無く目に入るぜ。
どう考えても怪しい腹の中の宝石を俺は取り除こうと手を伸ばす。しかし、そうしようとした瞬間、拘束されていた冒険者が暴れ出す。
「ゼティ」
大人しくさせろという意味で呼びかけたのだが、ゼティは応じない。何をしているんだと思ってゼティの方を見ると、そちらはそちらで手が離せない状況のようだった。
「悪いが無理だ」
それは見れば分かるよ。
ゼティは椅子に縛り付けられた冒険者の方を向いて警戒していた。
先ほどまで暴れていた冒険者たちは急に静かになったが、俺は嫌な予感を覚える。そして次の瞬間、冒険者たちの肌が崩れだした。
何が起きたと俺が思うより早く冒険者の肌が崩れると、その下から泥の体を持った人型の魔物が姿を現す。それはコルドールの地下迷宮で俺が戦った泥人間そのものであった。
「始末するぞ」
俺が殺せと言うより早くゼティが動き、抜き放った剣で二体の泥人間の首を落とす。
同じような冒険者の二人が魔物に変わったってことは、俺が腹を開いた冒険者も同じように変身するんだろう。俺は冒険者の腹の中に手を突っ込んで速やかにその原因と考えられる腹の中の宝石を体から引き抜いた。
「そいつはどうなんだ?」
「問題ねぇよ」
変身するのかという意味のゼティの問いに俺は平気だと答える。
宝石を引き抜くと同時に冒険者は大人しくなったしな。俺は宝石を確認する前に冒険者の腹を閉じておく。
「それはなんだ?」
俺が手にした宝石を見てゼティが言う。
さて、一体なんだろうね? 俺は手にした宝石を眺めて確認する。
宝石は手のひらに収まるサイズで綺麗な琥珀色をしている。
どこかで見たことがある色だ。
どこで見ただろうか? 俺は記憶を思い起こし、懐に手を入れて記憶にある色と同じ石を取り出す。
「今度は何だ?」
ゼティが俺の取り出したものを見て再び尋ねる。
「地命石とか言う石だよ」
答えながら俺は同じ色を持つ二つの石をゼティに見せる。
コルドールの迷宮で手に入れた石と、魔物になった人間が持っていた石。
さて、どうして二つは全く同じなんだろうね? ちょっと考えてみようか。