得意分野
誘拐ってのは俺が人間だった時からの得意分野だ。
殺すよりも行方不明ってことになった方が有効な場合も多いんで、色々な連中から人攫いなんかを頼まれたりもしていたんだよ。
一応、言い訳するなら犯罪組織に頼まれてじゃないぜ? CIAとかの組織に頼まれて、そういう仕事をしてたってだけ。CIAからは追われていたわけだけど、たまに仕事も頼まれたりって関係だったんだ。表立ってできない世間にバレるとヤバい仕事を俺が代わりにやるって感じ。そんで、その御礼にちょっと俺の逃亡を見逃してもらったりとかね。
まぁ、そういうことやってたから俺は誘拐なんてのは得意なのさ。自慢できることじゃねぇけどよ。
今回、俺が誘拐するのはピュレー商会の冒険者達。最近、ダンジョンを攻略したってことで調子づいているらしいけど、どうにも怪しい気配がするっていうんで、ちょっと調べてみようかと思って誘拐することにした。
直接、話を聞けば良いじゃないかって?
はは、面倒くせぇ。
話をしたところで、本当のことを話してくれるかも分からねぇし、当人は自覚も何もないかもしれないんだから、聞いたって答えが得られるとは限らないだろ?
それに俺は腹の探り合いとか、そこまで好きじゃねぇからさ。相手の言葉の裏とか読んで話すとか面倒くせぇだろ? そんなことしてるより、自分から話してくれるように懇切丁寧に体に聞いた方が楽で良いぜ。
普段だったら、会話遊びをしても良いかなって思うのかもしれんけど、生憎とそういう気分でもねぇしな。手っ取り早い解決をしたい気分なのさ。
人攫いの手筈は整えている。
つーか、正面から行って全員ボコボコにして連れていっても構わないんだけどね。でも、それをやると速攻で犯罪者扱いのうえ指名手配されそうだから、今はちょっと避けたいかな。まぁ、人間だった時も人生の大半を人に追われて生きてきたから平気といえば平気だけどさ。
けれども、まだフェルムでやることがありそうなうちは行動の制限につながることは避けるのが無難だろう。指名手配なんかされた日中は行動しづらくなるしな。
なので、目立たずにやろう。
そのためにはゼティの協力がいる。
「気が進まないが……」
そんなことを言いつつもゼティは俺の指示に従ってくれる。
そうして始まった誘拐の手順。
まずゼティが冒険者を呼び出す。
ゼティには暗殺者から身を守り、命を助けてやった恩もあるんで、簡単に断ることはしないだろう。そんな俺の予想通り、冒険者たちは素直にゼティの誘いに乗ってくれて、一緒に酒を酌み交わすという流れになった。
ちなみに全員ではなかったが、それもまぁ良い展開だ。多すぎると面倒だしな。
酒の席には俺も同席する。
俺の悪名は冒険者たちには知られていないようだったので、俺はゼティの友人で有名な冒険者に会いたがっていたミーハーの振りをする。
「噂で聞いていたけど凄い活躍ですね。話には聞いていたけど実際に会ってみると雰囲気が違いますね。歴戦の強者っていうか、選ばれた人達って感じです」
こんな感じで適当におだてて酒を勧める。
当然だけど、口で言ったことなんか毛ほども思ってねぇよ。
実際に会ってみたら、そこまで強そうではなかったしさ。
暇だったら、多少は遊んでやっても良い気分になるだろうけれど、今の所はそんな気分になれそうにないしな。
「ささ、もう一杯どうぞ」
こういう時、今の俺の姿は都合が良い。
見た目だけなら若造だからな。それなりに勘の鋭い奴なら俺の見た目と年齢が一致していないことは気配だけで気づくんだが、冒険者は気づかず俺を自分たちに憧れる単なる若造だと思ってくれてるから、俺が勧めた酒を警戒もせずに飲んでくれる。
「なんだか酔ってきた……」
俺が勧めた酒を飲んでいると、ほどなくして冒険者のうち一人が机に身体を預けるような姿勢になってくる。
他の冒険者はその姿を見て情けないと笑いつつ、自分の前に置かれたコップの酒を飲む。
そろそろ頃合いだろうとゼティと視線を交わす。
「ちょっと厠に……」
冒険者の一人が酔っ払った足取りで酒場の奥へと向かおうとする。
酒を飲んでればトイレに行きたくなることもあるだろう。
そうして冒険者がトイレに向かうが、残念ながらここのトイレは故障中なので、冒険者はトイレの前に立ち尽くすと、酒場の勝手口から路地裏へと出ていくのが俺達の席から見えた。
それは俺の目論見通りの動きであり、路地裏へと出ていったことを確認した俺はトイレに行く振りをして冒険者を追って路地裏に出る。
この状況を作るために俺とゼティはトイレを壊しておいた。
割と情けない感じもするが、たまにはこういう地味な作業も楽しいもんだぜ。
この世界に来て初めてトイレを見たわけだし良い経験になったぜ。俺もゼティも排泄とかしなくても大丈夫だからトイレを見る機会が無かったんで、今回初めて見たわけだが、この世界のトイレは凄いぜ。
想像を絶するオーバーテクノロジーで、まさかまさかって感じで俺もゼティも言葉を失った。21世紀の地球人の俺ですら「あ、これは地球より上だわ」って感じるくらいのトイレ。
マジで凄すぎて説明できないのが残念だぜ。
まぁ、トイレ談義は置いといて、それよりも今は冒険者についてだ。
冒険者は路地裏で立ち小便をしていた。この世界は立ち小便を禁止する法律も無いわけだし、それが悪いことだと言うつもりはないし、そもそもどうでもいい。
俺は用を足している最中の冒険者の後ろに立ち、チョークスリーパーを仕掛ける。冒険者は酔いが回っていること手が股間にあるせいで反応が遅れ、抵抗も間に合わずに俺に絞め落とされる。
「もう少し警戒をしようぜ?」
用を足している時って隙だらけだからな。気をつけないとマズいんだよ。それなのに警戒を怠った末路がこれだ。
俺は下半身丸出しで失神している冒険者を担ぎ上げると、酒場の裏手に止めてあった馬車の荷台に放り込み、そこで冒険者を縛り上げる。幌付きなので、外からは何をしているか分からないので、誰も俺のやっていることを咎めるようなことはしない。
俺は冒険者が身動きが取れなくなったのを確認すると、馬車に御者席に移り、馬車を酒場の前へと移動させる。
この馬車はゼティが自分の信用を生かして借りてきた馬車であり、車体にはピュレー商会の紋章が刻まれているため、見咎められることは無い。
俺は馬車を酒場の前に停めると、酒場の中に戻った。
俺が座っていた席では、先ほどまではテーブルに前のめりになる程度だった冒険者が今では完全に突っ伏して酔い潰れていた。
良い具合に薬が効いてやがるぜ。
酔い潰れているのは俺が薬を盛ったからだ。
薬ってのは睡眠薬で、それを混ぜた酒を勧めた結果、一人は完全に酔い潰れた。
睡眠薬と酒の組み合わせは本当に良くないぜ。死人が出るくらいだからな。まぁ、この世界の人間は地球人と代謝も違うだろうが平気だろうけどよ。駄目だったら、そん時はそん時だ。
「送っていきましょうか?」
完全に酔い潰れてしまった仲間のせいで困った表情を浮かべる冒険者の最後の一人。揺らして寝ている奴を起こそうとするが起きる気配は無い。
そりゃあそうだ。睡眠薬っていうけれど、アレって基本的には麻酔と同じようなもんだから、寝てるように見えるけど実際には俺達が一般的に認識してる睡眠とは違うんで、揺り動かした程度じゃ起きないことも珍しくない。
ついでに言うと、睡眠薬で重要なのは眠らさせることよりも、その後で無事に起きれるかってことだ。寝たまま起こさなくても良かったり、後遺症の有無を気にしなければ眠らせること自体はそこまで難しくないんだよな。
「すまない」
冒険者は申し訳なさそうに言ってきたので俺とゼティは気にするなと言って酔い潰れたように見える冒険者を運び出す。
「外に馬車を停めてあるんで、そこまで行きましょうか」
俺はそう言うと無事な冒険者と一緒に酔い潰れた冒険者を抱えて酒場の外に出る。
一人を残したのは周囲から見て最低でも一人は自分の意志で歩いていたっていう証拠を作りたいからだ。
全員酔い潰れてて、俺とゼティに運ばれて馬車に乗って行方不明とか怪しいことこの上ないだろ? だからまぁ、多少は偽装工作もするのさ。
「アイツは……」
もう一人が気になるようなので後で呼んでくる俺は言って、酔い潰れた冒険者を馬車の荷台に乗せる。
その時に無事だった冒険者も一緒に荷台に上がって酔い潰れた冒険者を乗せることになる。
そうなると当然、トイレに言っていた筈の冒険者が馬車の荷台に縛り上げられていること気づくことになる。
「おい、これは──」
最後の冒険者が声を上げるより素早く俺は顎先を拳で撃ち抜き、意識を刈り取る。幌のついた荷台の中であったので外からは俺のやったことは見えていない。
「済んだか?」
御者席のゼティが俺に尋ねてきたので、俺が済んだことを伝えるとゼティはすぐさま馬車を発進させる。
「それじゃあ予定の場所まで」
俺の指示に応えてゼティが向かった場所はフェルムの市内にある空き家だ。これもゼティがここ最近フェルムで獲得した信用を使って入手した物件であり、当座の俺達の隠れ家だ。
この空き家を選んだ理由は壁が厚く音が漏れにくいからってことと地下室があるからで、何かやっていても外にはバレにくいってのが一番の理由だ。
俺とゼティは人目につかないように周囲の気配を探りながら、家の中に冒険者を運び入れ、地下室に放り込む。
「さて、最後の詰めだ」
俺達は馬車に乗ると市内の適当な場所まで馬車を走らせ、そして最後の偽装工作に移る。
ゼティが馬車を借りたことは知られているし、ゼティが借りた馬車に乗った後で行方不明になったとなればゼティが疑われることになる。そういった状況になることを避けるために多少の偽装はしないといけない。
俺とゼティは馬車を横転させて、適当に傷をつける。
冒険者たちが乗っていた馬車は何者かに襲撃を受けたように見せるためだ。
暗殺者に狙われてたんだから襲撃を受けても何もおかしくないだろ? そんでもって襲われても死体が見つからないってことは珍しくない。
「やってくれ」
俺が言うと、ゼティが俺の右腕を斬り落とす。
雑な太刀筋のせいで切り口も雑だ。そのせいで傷口から血が噴き出て、横転した馬車の周囲に血が撒き散らされる。
クソ痛いが我慢できる範囲だ。
犯行現場に血の一滴もないのはおかしいだろ? だから、俺が血をぶちまけるってわけ。
俺の場合、腕が斬り落とされても生えてくるし、くっつくから困るのは痛いことだけで、それ以外の面倒は少ないから手っ取り早く犯行現場を偽装できる。
こうして筋書きは出来上がった。
冒険者たちは護衛をしてくれた命の恩人であるゼルティウスに誘われて酒場に行き、酔っぱらってしまったのでゼルティウスが用意してくれた馬車に乗って帰った。
一人は酔い潰れて前後不覚で一人は詳細不明。しかし一人は意識もハッキリしていて自分の足で酒場を出た。その後、仲間を馬車の荷台に乗せた状態でゼルティウスが御者席で馬車を発進させる。
その後はゼルティウスが御者をしていたのかは分からない。酒場を出ていった時点では一人は元気だったわけだから、そいつが御者を替わったかもしれない。ゼルティウスは街の外に住んでいるわけだから帰宅する際に御者を替わるのもおかしくないよな。
そして最終的には冒険者たちが乗った馬車は暗殺者に襲撃され、冒険者たちは行方不明って、そんな感じだ。
ゼティや俺に関しては冒険者たちと一緒に行方不明になったってことにしても良いし、襲撃される前に分かれたってことにしても良い。そこら辺は状況とか雰囲気しだいかな。
「手慣れ過ぎていて若干引くんだが」
「そりゃあ得意分野だからね。ゼティは見る機会が無かったから知らなかっただろうけどさ」
とりあえずこれで冒険者たちの身柄を確保することには成功した。
状況的にも暗殺者の仕業と思わせることも出来るだろうし、捜査の初動を間違わせることも出来るだろう。
別に長い時間、身柄を確保しておく必要があるわけでもないんで、最初の内だけ誤魔化せていればいい。
さて、それじゃあ冒険者たちからダンジョンとかについて、お話を聞かせてもらおうとしますかね。