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追う者

 夜の街を駆ける人影が四つ。

 先頭を走り逃げるのは祝賀会の最中に襲撃をかけてきた暗殺者。

 その後ろにゼルティウスとサイスとライドリックが続く。

 四人が駆けるのはフェルムの街中の路地裏の一画。


「得物がいるな」


 ゼルティウスは走りながらテーブルナイフを放り捨てると、通り過ぎていく壁に立てかけてあった箒を走りながら手に取り、そして手に取った箒の柄を半ばからへし折り、打撃用の棒にする。

 武器の持ち込みを許可されていれば、こんなことをしなくても済んだし、そもそも会場の時点で暗殺者を仕留めることができていた。

 もっとも、今更そんなことを言っても仕方ないことは理解しているのでゼルティウスは何も言わないが。


 暗殺者の背中を追いかけながら、ゼルティウスは箒の柄を腰だめに構え、抜き撃ちの姿勢を取る。

 見る者によっては居合い抜きの構えだと理解する構えを取ったゼルティウスは自分が追いかけている暗殺者の背中に狙いを定めると、箒の柄を抜き放ち、振り抜く。

 その軌跡に合わせて、闘気の刃が生じ、それは暗殺者の背中に向かって飛翔する。


 ゼルティウスにとっては名づけるほどのこともない闘気を雑に飛ばすだけの遠隔斬撃の技術だ。しかしながら、ゼルティウスの後ろを走っていたライドリックとサイスの二人からすれば片手間に出せるような技ではないため、二人は驚愕していた。


「外したな」


 二人の驚愕をよそにゼルティウスは憮然とした表情で呟く。

 放った瞬間に自分の攻撃が外れたことを理解したからだ。

 その予測通り、暗殺者はゼルティウスの攻撃が当たる直前で急に脇道に入り込み、放った闘気の刃は暗殺者の背中には当たることは無く空を切っていった。


 そこに脇道があるのを知っていたような動きであるので暗殺者はフェルムの地理に明るい人物であると察しがつく。そして、そうなると逃走経路も計画されているということも想像がつく。


 ゼルティウスも暗殺者を追いかけ脇道に入るが、そうして体を滑り込ませた瞬間、ゼルティウスの前を走っていたはずの暗殺者がゼルティウスの方を振り向き、短剣を投げつけてくる。

 入り込んだ脇道は道の両側を高い建物に挟まれており、横に飛んで避けるのは難しい。しかしゼルティウスは飛んできた短剣を苦も無く叩き落として身を守る。

 そして、暗殺者を追いかけようとするが、暗殺者はゼルティウスの目の前で壁を駆け上がっていった。


「お前らは回り込め」


 後ろを走っているライドリックとサイスに有無を言わせない調子で指示を出すとゼルティウスは暗殺者を追って、自分も壁を駆けあがる。

 ゼルティウスはフェルムの街に関して土地勘が無いので待ち伏せや先回りなどすることは難しいため、そういった仕事に関しては土地勘のあるライドリックとサイスに任せ、自分はとにかく追いかけることだけに集中するべきだと判断した上での行動だ。


 ゼルティウスは暗殺者は屋根を伝って逃げているだろうと考えていたのだが、その予想に反してゼルティウスが壁を駆けあがって屋根に上ると、暗殺者は逃げる様子も無くゼルティウスを待ち構えていた。


「追いかけっこは終わりか?」


 ゼルティウスが問いかけるが黒いローブを身にまとう暗殺者は答えず、代わりに戦闘の構えを取って自分の意思を示す。

 先ほど短剣を投げつけてきたので、暗殺者は丸腰のように見えるが、まさか本当に丸腰ということは無いだろうと、ゼルティウスは箒の柄を折って作った木の棒を油断なく構える。


「一応、言っておくが、俺は人を斬るのは好きじゃない。人を斬ると太刀筋が濁るし、人を斬ることだけ考えた剣は卑しくもなるんでな」


 暗殺者はゼルティウスの言葉を無視し、戦闘の構えを維持する。

 黒いローブとフードで顔も体型も隠しているので、相手が何者であるかを判断が着かない。かろうじて背の高さから男であると推理できるくらいだろうか。


「そちらが諦めて投降してくれるなら俺も人を斬らずに済んで嬉しいんだが、どうする?」


 黒いローブのフードの奥で暗殺者がゼルティウスの申し出を嘲笑うかのように攻撃を持ってゼルティウスの言葉に応える。

 暗殺者が身にまとう黒いローブは袖が長く、それによって手元を隠すことで攻撃手段を悟らせないようにしているのだろう。

 ゼルティウスと暗殺者の間合いは数メートルの距離。その状況で丸腰に見える暗殺者が腕を突き出す。


 何らかの攻撃━━

 一瞬の間で、脳がそう判断するより速くゼルティウスの体はその動きに対して、反射的に木の棒を跳ね上げる動作を取らせた。

 直後、木の棒が見えない何かを弾く。

 暗殺者が放ったのは不可視の何か。手元が隠れているため、どんな武器かは分からず、動作からも判断できないそれをゼルティウスは初見で防いだのだった。


 どのような攻撃かはゼルティウスにも察しがつかない。

 もしかしたら、過去に似たような攻撃を見たことがあるかもしれないが、アスラカーズの呪いのせいで、今は過去の戦いを思い出せなくさせられているため、記憶から暗殺者の攻撃手段について見当をつけるのは不可能だった。

 しかし、ゼルティウスは直感だけで苦もなく防ぐ。


「俺は人を斬るのは好きではないが━━」


 ゼルティウスは木の棒を正眼に構えたまま、スッと前へと踏み出す。

 不可視の攻撃を弾かれたことで、僅かに体勢を崩していることから、魔術的な攻撃でないと推理し、それならば防ぐ手だてはあるとゼルティウスは前へ出たのだった。


 自分の攻撃を容易く防がれたことで戸惑いを隠せない気配を放っている暗殺者だが、近づいてくるゼルティウスを迎え撃つために再び腕を突き出す。しかし、そうして放たれた不可視の攻撃をゼルティウスは木の棒を振りおろすことで叩き落として防ぐ。


 相変わらず攻撃の正体は掴めてはいないが、ゼルティウスは二度防いで分かったことがある。

 それは攻撃が何らかの武器によるものであることと、それは腕の動きに合わせて直線の軌道で放たれること。しかし飛び道具の気配はなく、弾くと暗殺者の体勢が崩れることから、手持ちの武器である可能性が高い。攻撃自体にも体重が乗っていることから、それは間違いなく、そして防いだ際に突きを防いだのと同じ感覚。そうした情報からゼルティウスは武器の正体は槍に近い何かだと見当をつける


 もっとも槍だろうが何だろうが、ゼルティウスの攻め方は変わらない。

 ゼルティウスは暗殺者が放った二度の攻撃を防ぐと同時に一気に距離を詰める。

 暗殺者がもう一度、腕を突き出して攻撃を行うが、三度目の正直などは無い。二度も防がれているのに三度目が当たるようなことはあり得ない。

 攻撃は変わらず肉眼では捉えられないが、ゼルティウスは見えない武器に対して木の棒で受ける。軌道は変わらず突きの軌道、そんな攻撃に対してゼルティウスは巻きつけるようにして木の棒を振るい、攻撃を受け流し、見えない武器を跳ね上げる。

 武器が跳ね上がった反動で暗殺者の体勢が大きく崩れるとゼルティウスはその隙を見逃さず一気に距離を詰めるが──


「甘い」


 そう呟いたのは自分の顔の側面に向けて放たれた攻撃を受け止めるゼルティウスだった。

 暗殺者は体勢を崩したと見せかけ、空いている方の手を横なぎに振るい、接近してくるゼルティウスに不意打ちを仕掛けようとしていたのだが、それをゼルティウスは容易く防いでいた。

 今までは直線の軌道しか見せず、相手が一気に仕掛けてきた時に横なぎの攻撃で反撃をするという計画だったのだろうが、ゼルティウスには届かなかった。


「俺は人を斬るのは好きではないが──」


 奥の手も防がれた暗殺者は後退しようとするが、既に間合いに入っていたゼルティウスがすれ違いざまに暗殺者の胴を斬り払う。


「人を斬ることが出来ないわけではない」


 ゼルティウスが振るったのは箒の柄を追っただけの只の木の棒だった。

 しかし、そんなものでもゼルティウスが使えば、鉄の鎧も断ち切る程度の威力を出すことは出来る。

 とてもではないが軽装の暗殺者が食らって無事で済むわけがなかった。

 胴を斬り払われた暗殺者は脇腹のあたりから夥しい量の血を流し、膝をつく。


「俺を殺しを厭う輩だと嗤ったようだが、お前のような奴を殺すことに躊躇いなど持つと思うか? 俺の申し出を受けておくべきだったな」


 暗殺者など、どんな理由があろうと悪党だ。

 人を殺して物事を解決しようなどと考えるのはクズのすることであり、どんな綺麗なお題目を掲げようが、殺しが正当化されるわけじゃないとゼルティウスは思う。

 もっとも、その理屈で言えば、悪党ならば殺しても良いと考えている自分もクズで悪党になるのだが、それも理解したうえでゼルティウスは言っている。


「誰の依頼なのか、目的はなんなのか聞くためには生かしておいた方が良いんだろうが……」


 膝をついた暗殺者の姿勢が崩れて倒れ伏すと暗殺者は屋根の上を転がり、地面に落ちていく。

 ゼルティウスは屋根の下に落ちた暗殺者の死体を確認するために、屋根の端から身を乗り出して地面を見下ろすが──


 ゼルティウスが見下ろした先には暗殺者の死体は無かった。

 とてもではないが動ける傷ではないので走って逃げた可能性は低いし、仮に動けたとしても一瞬で見えなくなるほど遠くに逃げるのは不可能だ。そう思って辺りを確認しようとすると──


「あっちへ逃げたぞ!」


 暗殺者が落ちた場所へとやって来たライドリックが屋根の上のゼルティウスに向けて叫びながら、遠くの屋根を指し示す。

 ゼルティウスがライドリックの指の先を見ると、そこでは血の流れる脇腹を押さえた暗殺者が屋根の上を這いずっていた。


「転移術か何かか?」


 逃げた手段を考えながらゼルティウスは暗殺者を追いかけるために、屋根を飛び移りながら暗殺者のいる場所まで行こうとするが、その最中のゼルティウスの視界の中で暗殺者は屋根の上から転げ落ちる。


「ちっ」


 屋根から落ちた暗殺者の姿を見失ったゼルティウスは暗殺者が落ちた場所へと急いで駆けつけるが、やはりというか、そこにも暗殺者の姿は無かった。


「あっちにいたっス!」


 慌てた様子で、その場にやってきたサイスがゼルティウスに呼びかけながら再び屋根の上を指差すと、そこには傷が癒えた様子で屋根を駆け回り、遠ざかっていく暗殺者の姿があった。

 ゼルティウスとの距離はかなりあり、とてもではないが追いつくことができるとは思えない。つまり、追跡は失敗というわけだ。

 周囲の被害と呪いが与える罰を無視すれば、逃げていく暗殺者を仕留めることも出来なくはないが、しかしゼルティウスは周囲の被害を無視するということは出来ず、手にしていた木の棒を放り捨てた。


「逃げられたみたいっスね」


 サイスが溜息を吐いて呟く。すると、そこにライドリックも遅れてやって来る。

 肩を落とすサイスの様子を見て、状況を察したライドリックは苛立ちを隠さずにサイスに詰め寄る。


「追跡はテメェの得意分野だろうが! 何をやってやがる!」


 怒鳴りながらサイスを突き飛ばすライドリック。

 サイスは予想外のことによろめいて転び、尻餅をつく。

 そんなことをされてサイスの方も黙ってはいられなかった。


「アンタが足を引っ張らなければ問題なかったんスけどね。ノロマと一緒じゃ追跡もままならないっスよ」


 そうしてサイスとライドリックの言い争いが始まり、ゼルティウスはウンザリとした様子で肩を竦めると、二人をその場に捨て置き、自分は祝賀会の会場に戻ることにした。暗殺者を取り逃がしたことを依頼人には伝えないといけないと思ったからだ。

 そうしてゼルティウス言い争う声を背中に受けながら、その場を後にする。


 それから数時間後、ゼルティウスはキャンプに戻っていた。

 結果として暗殺者を取り逃がしたことについて責任を追及されるということは無かった。

 冒険者達を守っただけで充分すぎる働きであり、それ以上のことまで当然のように求めるのは厚かましいというのが依頼人の考えであったため、ゼルティウスが責めを負うということは無く、感謝の言葉とともに金貨の入った袋を貰えたのだった。


 金貨の入った袋を手にキャンプに戻る頃には日付は変わり、もう少しすれば朝日が昇るような時間になっていた。

 朝の稽古に子供たちが来るまでは数時間はあるので仮眠を取るのも良いかとゼルティウスは考える。寝なくても問題が無く、放っておくだけで疲労が消える体であるか睡眠に意味がないわけでもない。寝ると気分が

 良くなることもあるからだ。仕事に失敗した日など特にそうだ。

 充分な仕事をしたと依頼人は言っており、その報酬もくれたがゼルティウスは暗殺者を逃がしたのを失敗だと気にしていたのだった。

 その結果、若干であるが気持ちが落ち込んでおり、それを自覚しているからかゼルティウスはさっさと寝て忘れてしまおうと思っていたのだが──


「遅かったじゃないか」


 気落ちしていたこともあって全くの無警戒だったゼルティウスはキャンプに人がいることに気付くのが遅れ、声をかけられることで、ようやく人の存在に気付くが、気付いても別にゼルティウスは驚かない。

 聞こえてきた声は良く知る人物の物で、ゼルティウスが声の方を見ると、そこにはアッシュが明かりも用意せず暗闇の中、椅子に腰かけてゼルティウスの方を見ていた。


「仕事だったんだ」


 答えながらゼルティウスは灯りを用意する。

 月明りはあるが、薄く雲がかかっているせいでゼルティウスはアッシュの表情がハッキリとは分からない。

 それがどういうわけか不気味であったから、近くに置いてあったランプに火を灯してアッシュの方に向けることにしたが、しかし、そうしたことでゼルティウスは戦慄することになる。


 ランプで照らされたアッシュは口元に薄っすらと笑みを浮かべた穏やかな表情をゼルティウスに向けていた。その表情を見てゼルティウスが思うことはただ一つ。


 どこの馬鹿がアスラカーズを怒らせたんだという、ただそれだけだった──





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