異世界生活の始まり
異世界へ来て初めての朝を迎えた。
まぁ、だからといって何か思うってこともなくいつも通りの朝って感じ。
朝はコーヒーが無いと気合いが入らねぇんだけど、異世界じゃ無理だよなぁってことを思いながら、俺は野宿した場所の近くにある岩の上に腰を下ろしてボーっとしている。
「何やってんの?」
そうして俺が朝をノンビリ過ごそうとしているとギド君がやって来て、俺に訊ねる。
何もやってないって見れば分かるだろうけど、親切な俺はわざわざ答えてやる。
「ボーっとしてんのさ。――それで、キミは俺に何か用かい?」
「あぁ、今日は休みの予定だから、ちょっと稽古でもつけて貰えねぇかなって思ってさ」
稽古ねぇ。俺に稽古をつけて欲しいって?
「いや、アンタ強いじゃん。やっぱり、強い奴と戦わねぇと腕が上がんない気がするしさ」
そういう考え方は良いと思うけどね。でもなぁ——
「俺は今日も賭け試合をやらないといけないから。そういうのは無理」
お金を払ってくれるなら戦ってやっても良いけどね。
今のギド君だと、お金を貰わなきゃ戦ってやろうって気分にならないんだよね。初物だったり、強い奴とならタダで戦っても良いけど、実力がある程度分かっているうえ、大して強くない奴とは戦っても面白くないしさ。
どうせ戦るならカイル君がいいなぁ。まだ一度も戦ってないしさ。
「賭け試合って今日もやる気かよ」
呆れた様子で俺を見るギド君。
おそらく非合法な行為なんだろうね。俺もなんかそんな気がしたけど、別に法律に従う気は無いから気にしたりはしないよ。
「アイツらは?」
ギド君が草原の方を指差すとそこには、真面目に働く男たちの姿があった。
そいつらは、俺が戦う試合会場を設営してくれていたり、俺と戦う奴が使う木剣を作っていたりして、俺のために働いてくれている。
—―で、そいつらは何者かと言うと、昨日の夜に俺を襲った盗賊共だ。目を覚ました時に、ちょっと働けば見逃してやると言ったら、殊勝な態度で働いてくれるようになったんだ。
「ボランティア」
俺が答えるとギド君は首を傾げる。
ボランティアって言葉が分かんないんだろうね。まぁ、仕方ないね。
分からなくても大丈夫、気にするなって感じの暖かい眼差しで俺はギド君を見る。しかし、そんな視線がギド君は気に入らなかったようだ。
「いや、そうじゃなくて……まぁいいや、そんなことより、俺を鍛えてくれんのか鍛えてくれねぇのか、ハッキリしてくれねぇか?」
「うーん、怪我をしても治療してくれる奴がいれば良いよ」
「本当だな? ちょっと待ってろ」
俺の答えを聞いたギド君はラザロスの町へと戻っていった。おそらくクロエちゃん辺りを連れてくるんだろうね。俺としても、それはありがたいことなんでギド君を止めたりはしない。
「えーと、いいっすか?」
ギド君が立ち去るのと入れ違いに俺が昨日の夜にぶちのめした野盗の一人が俺に話しかけてきた。
「頼まれたものが出来上がったんですけど」
そう言って野盗が俺に見せてきたのは一枚の看板。それは俺が頼んだものだ。俺はこの世界の文字が分かんねぇから、分かるっていう奴に頼んだんだよ。で、俺が看板に書いて欲しいと頼んだ文面はどんなものかというと——
『世界最強の男アッシュ・カラーズここにあり! 挑戦者求む!』
—―とまぁ、こんな感じだ。文字は読めないんで実際の文章は違うかもしれないけど、俺が世界最強って所と、挑戦者を求めるってことだけはちゃんと書くように念を押したから大丈夫だろう。ついでに矢印で場所も示してあるようだから問題はないはず。
「よし、それを街道から見えるところに置け」
俺の命令に従って野盗はすぐさま街道の方に走っていき、看板を立てると急いで俺の元に戻ってくる。それに合わせて、他の作業をしていた連中も自分の作業が終わったのか、俺のもとに戻ってくる。
「あのぉ、もう帰っても良いですか?」
俺のために働いたら見逃してやるとは言っているし、約束を破るのもどうかと思うから見逃すのは当然だわな。
「あぁ、もういいぞ。命は見逃してやるんだから、これからは心を入れ替えて真っ当に働けよ」
と、それっぽいことを言いつつも俺は思い出す。こいつらが真っ当な人間になってしまったら誰が『青蛇』のお頭という奴を連れてくるんだろうか? 俺は背を向けて帰ろうとする野盗どもを呼び止めて、最後のお願いをすることにした。
「お前らさぁ、『青蛇』とか言ってたじゃん? カタギに戻る前に、その『青蛇』って奴を連れてきて欲しいんだけど」
逃げようとする野盗の一人と肩を組みながら、俺は気さくな感じでお願いしてみた。
すると、野盗どもは露骨に嫌な顔をして、俺の腕を振り払って走り去る。俺と関わるのは御免だって雰囲気がするんで、無理にお願いするのも可哀想だから、そっちの方も見逃してやるか。
俺の方も少し忙しくなりそうだし、そっちの件は後で解決していこう。
「――すまない、世界最強の男がいるという向こうの看板を見たのだが……」
ほら、速攻でお客さんが来てくれたしさ。
看板が目に入って、看板の矢印に釣られて街道の横を見てみたら、俺が突っ立っていたから気になって声をかけてきたんだろう。
見た目はカイル達と同じ冒険者。おそらく世界最強ってのが本当か確かめに来たんだろうね。
「俺がその世界最強だ」
俺は自信をもって答え、そして——
「腕試しをしたいなら銀貨一枚。俺に勝ったら銀貨十枚をやろう」
金を貰えると聞いて目の色が変わる何も知らないお客さん。
きっと俺を口だけで大したことが無いと思っているんだろうけど、そう思うように俺が仕向けているわけでもあるから、そのことを馬鹿にするのは良くないよな。
「本当だな?」
お客さんが銀貨を投げ渡して来たので、俺は昨日の野盗どもが設営してくれたリングに案内する。
地面に円を描くように杭を打って、杭と杭をロープで結んだだけの簡易の闘技場だ。まぁ、重要なのはリングの中で戦う奴らなんで見てくれは重要じゃないから気にすることじゃない。
「じゃあどうぞ、掛かってきていいぜ」
リングの中で俺とお客さんが向かい合う。
こうして俺の異世界生活は本格的に始まっていくのだった。