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荒野の邪神

 

 ━━荒野に立つ俺に向けて誰かが叫ぶ。


「邪神アスラカーズ!」


 声の方を見ると、そこには四人組が立っていた。

 記憶をさかのぼる必要もなく思い出せる四人組――救世の勇者たちのパーティーだ。

 どうやら俺を探して、世界の果てのこの荒野までやってきたらしい、全くご苦労なことだ。


「世界に秩序を取り戻すため、邪神よ、貴様を倒す!」


 勇者が俺に聖剣を突きつけながら宣言する。


 邪神――そう何を隠そう俺は邪神。

 邪神アスラカーズ。それが俺の名だ。

 元は人間だったので、人間だった時の名前もあるが、今はアスラカーズとなっている。まぁ、偽名を使うことも多いけどな。


「貴様がこの世界に現れてから世界は混沌に満ち、多くの人々が苦しんでいる。僕らを守護する女神は言った。貴様がいなくなれば世界は再び平穏になると」


「だから俺を倒すと? 威勢は良いが、できるとは思えないな」


 俺は腰に帯びた鞘から刀を抜き放つ。

 それを切っ掛けに勇者たちは動き出し、勇者たちの言う世界を救うための戦いが始まり——


 —―そして始まってから数十秒後、勇者たちは俺の前で膝をついていた。

 勇者の持つ聖剣は俺の刀に叩きおられ、戦士は俺が撫でるように触れただけで吹き飛び、魔法使いの魔法は俺が息を吹きかけるだけで消え去り、僧侶は傷を負った仲間たちを回復させるために魔力を使い果たした。


「結果ほど弱いわけではないし、頑張ってるとは思うが、それでも俺に挑むには実力不足だな」


 あと何年か鍛錬すれば、もう少し良い勝負ができると思うんで、こいつらは生かしておいてやろう。

 こいつらがどう思っているかは知らないが、俺にとってこいつらは敵でもないし、邪魔な存在でもない。

 もっと強くなって、俺が楽しくれるような相手になるなら、そっちの方が良い。


「まだだ、僕らはまだ——」


 勇者が折れた聖剣を杖にして必死に立ち上がろうとする。

 別に殺すつもりは無いんだから無理しなくても良いのにな。まぁ、殺すつもりは無いって言わない俺にも問題はあるけど、変な誤解をされると嫌だから何も言いたくないんだよね。


『邪神は自分たちを嬲って楽しんでいる』とか思われるなら良いけど『邪神は自分たちを殺すつもりがないようだし、もしかしたら良い存在なのか?』とか思われると鬱陶しいしな。


「貴様を倒すためなら、この身がどうなろうと構いはしない!」


 そういうのはやめてくれ。

 別に俺はお前らの世界を滅ぼしたいわけでもないんだから、そんなに必死にならなくて良いんだ。

 俺はただちょっとだけ、お前らの世界の仕組みを俺の都合の良い物にしたいだけで——


『その意気です、勇者よ。貴方が世界のために力を尽くすというなら、私は貴方に力を授けましょう』


 勇者が身を犠牲にしようとしている中、荒野に光が降り注ぎ、光輝く女神が空より降臨してくる。


「女神様!」


 勇者たちの顔に希望が浮かぶ。けど、それは間違いだと思うぞ。

 そのクソ女はお前らより力があるのに、自分は戦わずにお前らを戦わせてきたってことを分かってるか?

 まぁ、勇者たちに気づけってのは無理かもしれないけどさ。神様の事情なんて人間が知る由もないから、神様の言い分を鵜呑みにするしかないしな。


『邪神アスラカーズ。貴方の野望はここにいる勇気ある者たちの力で絶たれ、そして世界は平穏を取り戻すでしょう』


 良く言うぜ、クソ女神。

 平穏な世界? そりゃ平穏だろうよ。全部テメェが運命を決めて、全ての人間を思い通りに動かしてるんだからな。この世界に生きる人間の幸せも不幸もすべてテメェの思い通りになる世界はテメェにとっては平穏だし、楽しいだろうよ。

 俺を邪神と言うがテメェも邪神さ。それが全く分かってねぇ時点でテメェもおぞましい存在だぜ?


「そいつらに俺を倒せると思っているのか?」


 でもまぁ、神々の事情を人間に聞かせても仕方ないので、俺は女神に話を合わせてやる。


 余計なことを聞いて勇者たちが悩んだりするのも可哀想だしな。

 頑張って俺に挑んできたんだから、多少は気を遣って良いとは思える程度に情は湧いているんで、知らない方が幸せなことは伝えないでおいてやろうと思う。

 お前たちが慕う女神はお前たちを駒としか思ってないなんて知っても良いことは無いだろう。


「倒す! 僕の命を使い果たしても!」


 勇者が俺を見据えて言い放つ。

 良い眼だった。運命を切り開く意志に満ちた眼だ。


 分かってんのかな、クソ女神は?

 この世界に平穏なんて、もう訪れないことを。

 この世界の人間は運命に抗うことを学んだ。この世界の人間は、もう女神が運命を決めてもそれには従わず、自分の力で未来を切り開くだろう。

 知ってるか?

 神が全ての運命を決める世界があるって聞いて、俺はそんな退屈な世界をぶっ壊すために来たんだぜ?


 こうなった以上、どう転んでも俺の勝ちだ。

 女神が理想とする世界は崩れ去り、俺の望んだ世界になった。だから俺の勝ちだ。

 俺が勝利を確信しているのを知ってから知らずか、女神は威厳のこもった声で勇者に言う。


「貴方の覚悟は分かりました。ならば、私は貴方に力を授けましょう。世界を救うための、邪悪な神を滅する力を」


 言い終えると同時に勇者の体が光に包まれる。

 それを見て勇者の仲間は神々しさを感じているようだが、俺は舌打ちを漏らさずにはいられない。


 女神が与えたのはどう見ても自爆する類の力だ。

 勇者を自爆させて俺を吹っ飛ばそうとか考えているだろう。


「そんなもので俺がやられるとでも?」


 絶対にやられないって確信がある。だけど、やられておくべきな気もする。

 このまま放っておいたら女神から過剰なエネルギーを注ぎこまれた勇者は自滅するだけなんで、俺が勇者の攻撃を食らうことで、そのエネルギー受け止めつつ、吸い上げて勇者の体から余分な力を抜き取る。

 もっと楽になんとかする手段もあるが、それをすると俺は健在な状態で残るんで、戦いの落としどころが無くなり、女神が勇者たちに無茶なことをするのが想像できるんで、そっちは無しだ。


 俺は勇者の攻撃を食らって消滅したかのように見せかけ、勇者は無事に生き残らせる。

 女神はめでたしめでたしで片付けようとするだろうが、既にこの世界の人間は神に従わず自分の運命を自分の力で切り開くという精神性を獲得しつつあるので、今後は女神の思い通りにはならない。

 俺の勝利はクソ女神を悔しがらせることなので俺の勝利条件は達成できる見込みがある。


 そんなことを考えながら俺は女神の力を授けられた勇者の放つ力に飲み込まれる。

 俺が攻撃を食らうと同時に勇者の体も消滅しかけるが、それを元に戻しつつ俺は世界から消え去り——



 —―そして、気付くと世界の外にいた。

 上手いこといったようだ。後は適当に200年くらい経った頃に戻って様子を見ればいい。その時にどうするかは決めてないが、勇者たちの眼差しを見る限り、いい感じにはなってくれているだろう。


 俺は一息つくと歩きだす。

 俺にとっての世界の外はどこまでも続く闇の中。まぁ、本当は宇宙空間みたいな場所なんだけどな。足場も見えないのに歩いて進める不思議な空間だ。

 見上げると星が輝き、見下ろしても星が輝いている。辺りを見回すと人の頭ほどの大きさのガラス玉が無数に浮いている。そのガラス玉が様々な世界であり、後ろを振り返れば先ほどまでいた世界が中に入っているガラス玉が浮いている。

 こういう世界の外は神々の認識によって変わるようで、話を聞く限りでは、場所は城の中、俺のガラス玉に当たる物が扉であったりする奴もいる。城の中を歩いて扉を開ければ別の世界とか、そういう方がスマートで良いよな。それと比較すると俺は何というか微妙だ、壮大で羨ましいとか言う神もいるけどな。


 どこか面白い世界は無いかとガラス玉の中を覗き込みながら俺は世界の外を歩く。

 できれば神々が調子に乗っている世界が良いね。そんな神に喧嘩を売って叩き潰して、身の程を教えてやるのが楽しいんだ。

 そんなことを考えながら探し歩いていると面白いを物を見つけた。


「やった、私があのアスラカーズを倒したんだ! これで私も——」


 先ほどまでいた世界の女神が小躍りするほど喜んでいる場面に遭遇した。

 基本的にこの場所は一人一人に与えられているため、誰かに遭遇することは無いんだが、たまに同じ世界から出てきた神と出くわすこともある。

 そういう時、世界の外の見え方は個人のそれに依存するんで、俺はクソ女神が俺の空間にいるように見えるが、クソ女神からは俺が自分だけの場所に現れたように見えるだろう。


「よう、元気か」


 俺は女神に声をかける。神になってから日が浅いせいか、世界の外で他の神と鉢合わせするとは欠片も思っていなかったんだろう、俺の姿を見た瞬間、女神は驚きのあまり体を硬直させていた。


「俺を倒すと何かあるのか?」


 まぁ、あるだろうな。

 俺を恨んでいる神々は百や二百じゃ済まねぇし、そいつらから御礼でも貰えるんだろう。

 俺は俺が気に入らない世界に乗り込んでいって、その世界のルールをぶっ壊して回ってるからな。どの世界にも、その世界を治める神様はいるもんで、俺がやってるのはそいつらの統治を台無ししてるわけだから、恨まれても当然だわな。



「あ——」


 女神は声を出そうとするが、それより早く俺の刀が女神の体を貫いた。

 まともな喧嘩をしたことのない神様ってのは戦いやすくて良い。俺の動きを全く追えていないのは明らかで、俺が一瞬で距離を詰めたのも分からず、いつの間にか刺されたとしか思えないだろう。


「人間相手だったら手加減をするし、負けを演出するのも嫌じゃないが、神が相手なら別だ」


 つっても手加減はしてるんだけどな。

 俺は弱すぎる相手には全力が出せないように自分を縛っているんで、どうしても手加減した状態になる。なにせ俺より強いとハッキリ言える奴なんて、ほとんどいなしな。


「どうして、私が——」


 みんな、そんなセリフが言えて羨ましいよ。

 俺なんか恨みを買い過ぎて自分が殺されるのは当然だって分かるから『どうして』なんて言えないぜ。


「強いて言うなら、俺と戦うのを選んだからか」


 女神の体から刀を引き抜くと女神は膝から崩れ落ちる。

 これで致命傷なら弱すぎるが——


「――許さない、絶対に許さない」


 どうやら続きがあるようだ。ちょっと楽しくなってきたぞ。

 良い気分になりながら俺は女神の反撃を待つ。流石に何も出来ずにやられたとなったら相手も恥ずかしいだろうと思って俺は攻撃を受け止める構えを取る。だが女神は——


「こうなれば、お前も道連れだ!」


 諦めるのが早すぎやしないか?

 ちょっと頑張ろうぜ。一発食らっただけなんだし、自爆は早すぎるだろう。もう少し粘ってみるのも——

 そう思って改めて女神を見るが、その体は既に崩れ始めていた。どうやら、不意打ちの一発が致命傷だったようで、俺の想像していた以上にこの女神は弱かったようだ。


「こりゃあ俺のミスだな」


 俺と女神のいる真下に穴が開く。

 それは完全な闇に包まれた漆黒の空間で俺と女神はなすすべもなくその穴を落ちていく。


「お前は落ちる! この空間に底は無く、お前は落ち続けるんだ! 私も落ちるが、いずれ消滅し復活する。それに対して、お前はそれも出来ずに永遠にこの空間に留まるしかないんだ」


 女神は俺が与えた傷が原因で既に存在が崩れ始めていた。

 ほどなくして消滅するだろうし、そうなれば何百年か経てば、どこか別の場所で復活するだろう。それが神ってもんなんだし、俺が文句を言っても仕方ない。


「最強の邪神アスラカーズが頂点から落ちる。どうだ悔しいだろう!」


 悔しい? 馬鹿を言うなよ。

 こちとら人生、転落しっぱなしなもんで落ちるのには慣れてるんだよ。

 そう言い返そうと思ったが女神は既に崩れて消えていた。


 俺は一人で闇の中を落ちていく。


 自由落下を人間だった時の感覚で一時間ほど。

 最初は楽しいかとも思ったが、よくよく考えてみると楽しくも無いので、脱出することにした。

 あの女神は脱出不可能のようなことを言っていたが、そんなことは無く、俺は普通に落下を止めてその場に浮く。後は昇っていけば、落ちた場所から戻れるわけだが——


『――けて』


 不意に闇の奥底から聞こえてきた声に俺は足を止める。


『――すけて』


 たぶん人の声だ。

 人の声が闇の底から聞こえてきたように思い、俺は底に目をやると、僅かに光が漏れているのが見えた。

 その光はガラス玉から発せられるものであり、俺が認識する世界の形を表すものが、穴の底にあるのが見えた。


『――たすけて!』


 助けを求める声が聞こえて、俺は穴の底へと飛び込んだ。


 どう考えても罠だよなぁ。

 だって、何も無い筈の闇の中に急に現れたんだぜ? 罠以外の何物でもないじゃん。

 でもまぁ、だからって何もしないわけにもいかない。


「邪神たる者、助けを求める声には応えなきゃな」


 俺は穴の中を再び落ちていき、そして底に輝くガラス玉へと手を伸ばして触れた瞬間、俺の存在は異世界へと転移したのだった。




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