エピローグ「繰り返す」
西日の眩しさで目が覚めた。
見慣れない白い天井。暖かい空気。
病院だ。
おれは――気を失ってしまったのか。
どんなに間違ったやり方でも、絶対に引き下がらないと決めたはずなのに。
結局おれは、やり遂げられなかったわけだ。
身を起こすと呻き声がもれた。体の至る所に激痛が走る。
マナさんが寝ている。真っ白なかけ布団に頬をつけた寝顔は、なんだかとても幼げで、つい頭を撫でそうになる。
だがそうしようにも、おれの両手は包帯でぐるぐる巻きに――。
「――あれ」
されていない。左手はうでを固定されしっかり指まで巻かれているのに、右の拳は、ずたずたにされた皮膚が目に毒なほど露わになっている。
笑みがこぼれた。
気を失ってしまって半ば諦めていたけれど、どうやらおれはやり遂げたらしい。
いくらかの指が折られ血まみれになった右の拳には、黄ばんだ紙が――『誓いの札』が強く握られていた。
「んん……」
マナさんがまぶたをこすって顔をあげたのは、それから十分ほどしてからだった。
おれはベッドに腰かけて吊られた左腕を見おろしていた。
「北村くん! 起きたのね!」
ぱっと輝いた顔が、すぐさま怒りの色に変わる。
「どうしてあんなことになったの! なんかわたしも捕まえられちゃうし。ちゃんと説明して!」
「それは――これを見れば、大体分かってもらえると思う」
視線をベッドの上、ちょうどマナさんの前辺りにやる。
そこには『誓いの札』が置かれ、ひどく乱れた文字が書いてあった。
おれを呪いへと変貌させる、たった一行の誓いが。
「何よ、それ……」
白いベッドにぽたぽたとうすい染みができる。
「こんなこと望んでない。こんなの……こんなの最低よ……。こんな、呪いなんかで」
涙のにじむ声を、目を閉じて受けいれる。やっぱり、泣かせることになってしまった。
「これでおれは、あんたなしには生きられなくなった。言葉のとおりにな」
おれの立てた誓いはこうだ。
『これから一生、一日も欠かさずマナと出会う』
おれは呪いになった。
命を落とす瞬間までマナさんを縛り続ける、生きた呪いに成り果てた。
けれど同時に、マナさんがおれの未来を案じて姿を消す必要もなくなったはずだ。
その見返りさえあれば、おれには十分だった。
マナさんは涙を拭う。
彼女の髪の間から、蜂蜜色の西日がこぼれた。
「北村くんにだけいい格好なんてさせないから」
マナさんはペンをとる。
誓いの札に新たな言葉が書き込まれる――『北村秀一を死なせない』と。
おれの頬を両手で挟み、マナさんは深いキスをした。
互いに刻まれた呪いを、より深く染みこませるように。
名残惜しむようにゆっくりと、重ねた唇が離れる。
「これでわたしたち、最期までいっしょよ」
それでおれは、ようやく笑うことができた。
愛する少女の泣き顔が、穏やかな笑みに満ちていたから。