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忘却姉さん  作者: 白沼俊
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第一章「少女との出会い」1話

 俺のような人間にはなるな。


 それが、泥酔した親父の口癖だった。


 小学生の頃、おれの母は急病で息を引きとった。


 親父のせいだ。


 父は酒びたりの生活を送っていた。働くことすらままならないほどに。


 そのために母は働き詰めの毎日を余儀なくされ、それが原因で体を壊し、最期には病にかかって亡くなった。


 挙句父は、母を失ったショックから一層酒に溺れるようになり、その末に車に轢かれて死んだ。酔っぱらって夜道に寝転がったのだという。


 運転手はまだ二十にもならない若い男だ。明るい未来のあるはずだった彼は、罪の意識に耐えきれず自ら命を絶った。どう考えても悪いのは父なのに。


 ――俺のような人間にはなるな。


 言われなくとも分かっている。おれは、他人の幸せをぶち壊すような人間には絶対にならない。


 誰にも迷惑をかけず、誰の力も借りず、たった一人、地に足つけて生きていく。そんな立派な男になってやる。おれがそう胸に誓ったのは、小学五年生になった春のことだった。


 両親を失ったおれはその後、母の親友であった夢路というおばさんの家に預けられることとなる。母方の祖父母は生きていたけれど、何年も入退院を繰り返していて、おれの面倒を見るのは難しかった。


 親戚の人たちもおれを拒んだ。あんなろくでなしの息子なのだから当然だろう。


 だから、おれに選択肢はなかった。


「北村秀一……です。お世話になります」


 四角いテーブルに並べられた食事を前に、おれは軽く頭を下げる。


「北村、くん?」


 夢路家の一人娘はおれと同い年らしかった。にいなというその子は、とつぜん増えた家族にちょっとだけ不安の色をのぞかせていた。


 にいなは全体におっとりとした雰囲気の、子犬のようにつぶらな瞳をした少女だった。栗色のふわふわした髪がよく似合う。


「下の名前で呼びなさい。家族なんだから」


 年ごろの娘に対しまったくの配慮もなしに、その家の主人はいう。


「えっと、じゃあ、秀一」


 娘は娘ですんなり受け入れ、おれにほほえみかけた。


「よろしくね~」


「お……おう」


 陽だまりのような笑顔だった。部屋中がぽかぽかと温まるような。


「さ、ごはんにしましょ。お母さんお腹すいちゃった」


「秀一はわたしのとなりね~。えへへ、座って座って~」


 こんな感じで、夢路家の人たちはおれを歓迎してくれた。


 最悪の気分だった。


 居心地が悪いわけじゃない。彼らのこともきっとすぐ大好きになれる。おれがひたすら苦悩したのは、他人に頼ることでしか生きられない己の無力さにだった。これではまるで、あいつと――。


 だれにも迷惑をかけず、だれの力を借りることもなく生きていく。そう決めたばかりなのに。




 そんな生活ももう終わる。まだ完璧にはほど遠いけれど、ようやく一歩を踏みだせる。おれが誇れるおれになるための第一歩を。


「本当に行っちゃうの?」


 中学を卒業し、長めの春休みを迎えたある日。


 身支度を済ませたおれを、にいなが消え入りそうな声で呼びとめた。


 春だというのにマフラー手袋ダッフルコートの重装備。どうやら駅まで見送ってくれるつもりらしい。義理の両親はそれぞれの用事で外に出ていた。


「これ以上、おじさんやおばさんに迷惑かけるわけにはいかない」


「迷惑だなんて思うはずないよ。家族なのに」


 今日からおれはひとり暮らしをはじめる。引っ越しはすでに完了し、きのう最後の食卓を囲んだ。四月からのアルバイトも決まっていて、新生活の準備はばっちりだ。


 にいなやおじさんおばさんのことは本当の家族だと思ってる。だからこそ、頼ってばかりいては駄目なんだ。


「そんな顔するなよ。ひとり暮らしなんていっても、いまとそう変わらないだろ。高校は同じわけだし、アパートもそんな遠くないし」


「そう……だよね。うん、変わらないよね」


 ようやくにいなは笑ってくれた。昨夜からずっと笑顔を見られていなかっただけに、安心して泣きそうになる。


「あのね、秀一」


 にいなは何か意を決したようにおれを見据え、はっきりといった。


「えっと、ね。その…………の、ことが…………」


 が、みるみるうちに声がしぼんでいき、後半はほとんど聞き取れない。


「悪い、なんだって?」


「えっ? う、ううんっ、やっぱりなんでもない!」


 なんだか、妙に顔が赤いような。


「――じゃあおれ、行くよ」


「うん。わたしも、駅までいっしょに」


 にいなと笑い合い、荷物を背負う。


 俺のような人間にはなるな。


 耳にこびりついたその言葉を奥歯に噛みしめ、おれは夢路家をあとにした。


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