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忘却姉さん  作者: 白沼俊
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第三章「探し人との出会い」2話

 きみどり色の木漏れ日がふりそそぐ。踏まれた木の枝がパキリと爆ぜた。


「ここよ。けっこうオシャレでしょ?」


 オシャレすぎて帰りたいくらいだ。


 常緑樹にかこまれたログハウスはいかにも涼しげで、真冬に訪れるのがどうにももったいない。


 しかしさて、中はどうだか。壁中に怪異が張り付いているなんてことがあってもおかしくはない。なにせ怪異の専門家が経営している店なのだ。


「ほら、はいってはいって」


 マナさんに手を引かれてなかへ入ると、軽く目を見張った。


 小ぢんまりとした店内は木の温もりが心地いい、爽やかな内装だった。大きな窓から取り入れられた木漏れ日と、隅に置かれた暖炉の熱がありがたい。


 ここが――マナさんの働くカフェ。


 今は四人の客がいて、それぞれ紅茶やランチをゆったりと楽しんでいた。


「いらっしゃいませ」


 ぼそりと、全く歓迎する気のなさそうな声がした。幼い感じのする、ぶっきらぼうな声だ。


 中身がよく分からない色とりどりのビンが並べられたカウンターで、背の低い、小動物然とした女の子が皿を拭いていた。


 猫っぽい目と小さな鼻が特徴的な、強気なうさぎを思わせる顔立ちだ。


 小学生が働いてるのか? 眉をひそめてから、おれは気づく。


 ショートカットの丸みを帯びた頭に、警戒心剥き出しの上目遣い――。


 一昨日チンピラどもに絡まれていた女の子だ。


 すっかり忘れていたけれど、マナさんはナンパされたこの子から白い影の噂を聞き、学校へやってきたのだった。


 昨日マナさんは、この子を「知っている子」と言っていたけれど、彼女のほうはマナさんを覚えていないはず。そんな状況で、どうやって一緒に働いているのだろう。


「先日はどうも」


 むすっとした声に先手を打たれる。


「そちらの方、マナさんですよね。忘却の呪いの」


 おれは目を見張った。マナさんは小さく頷く。


「店長に会いにきたの」


「そうですか。奥へどうぞ」


 言われた通りにカウンターの裏へ回り、開きっぱなしのドアを抜ける。


 と、そこでおれは足を止めた。小さな少女へ向きなおる。


「あんた、名前は?」


「……田原京子です」




 気を取りなおして奥へ。


 キッチンのある空間には料理をつくる初老の男性がいたけれど、「狭いんだから早く行った行った」と追い払われてしまった。


 その先に廊下が続いていて、いくつかドアがあった。


「あの田原ってやつ、機嫌悪いのか」


「どうして?」


「声暗いし、目つき悪いし」


「北村くん、人のこと言えない」


「……」


 さて。


 どうやらこのログハウス、店だけでなく店長の家としての役割も担っているようだ。廊下の一番奥。大きめのドアから続くその部屋に店長はいるらしい。


 頬を引き締め咳払いする。いよいよ専門家との対面だ。


 店内同様木の温もりを感じるドアを開けると、予想外の光景が待ち受けていた。


 もう一つ壁があった。


 天井まで届く高さの本棚が、部屋の、ほとんど端から端までをふさいでいた。よく見ると歩ける程度の隙間はあるようだが。


「お。客かい?」


 棚の向こうから、肝がすわった感じの太い声が尋ねる。


 マナさんに背中を押されて隙間を通りぬける。その奥にも本棚があり、その奥、さらに奥と続いていた。壁に添う形でも並べられていて、その全てに本がぎっしり詰め込まれている。


 本棚の列をぬけると、窓ぎわに酒瓶やらつまみの袋やらが雑然ところがったスペースがあった。そこにちゃぶ台がひとつ。


「店長! マナです!」


 マナさんが元気よくこたえると、その人はどっかりとあぐらを掻いた。


 ちゃぶ台のうえに置かれた皿にはたっぷりのにぼしが盛られていた。白い手が差しこまれる。


「そうかいそうかい、嬢ちゃんが」


 待ち受けていたのは、金髪碧眼の、すらりと背の高い女性だった。


「……なっ!」


 おれは声を上げ、慌てて顔を背ける。


 彼女の恰好が常軌を逸するものだったから。


 たまらずにおれは叫んだ。


「ふっ、服を着ろ! 露出狂!」




 彼女があまりにも堂々としていたので、気づくのが遅れた。


「軽く寝ぼけていたもんでな。すまんすまん」


 寝ぐせだらけのボサボサ頭をかき、彼女は豪快に笑う。


「こっちこそ、失礼なことを言ってしまって」


「北村くん、どうしてそんなに顔赤いの?」


 どうしてじゃないだろ!


 金髪の彼女は法被を羽織りビール缶をあおっていた。賊を思わせる豪快な動きで、大量のにぼしを口に放りこむ。


 これが店長――怪異の専門家か。まさか外国人だったとは。初対面で裸体を晒されるほどの衝撃ではなかったけれど。


 しかし、胸が大きい。


「で、坊主。テメエは」


 淡く光る青色の眼差しにつばを飲む。その瞳は透きとおるようでいて、にぶく濁っていた。


 見れば見るほどだらしないが、どうにも油断ならない。ふしぎなほど生気に欠ける瞳が警戒心を掻き立てた。


「北村秀一――マナさんの、友だちです」


「ずいぶんと大人しいな。そこは恋人です、くらい言っちまいな」


「こっ、恋……?」


 声を上擦らせるおれに、店長は遠慮なく吹きだす。


「なんだおい、見かけよりかわいい坊やじゃないか」


 店長は座ったまま手を伸ばし、握手を求める。


「ネル・ミッチェルだ。怪異の専門家をやらせてもらってる」


「……どうも」


 手は差し出さなかった。


「ハッハッハ、まあそう固くなんな。で、マナちゃんよ。今日はいったい何の用だい、そんな坊主まで引き連れて」


 聞かれて、マナさんはおれの腕をつかんだ。


「北村くんをここのお店で…」


「待った。その話は後で」


「あら、いいの?」


 無言の肯定で答える。マナさんは頷き、改めてネルさんのほうへ体を向けた。


「じつは、忘却の呪いのことで相談があるんです」




 かくかくしかじか。マナさんが、昨日おれと出会ってからのことを説明する。


 おれと出会い、白い影を回収したこと、怪異と忘却の呪いについて話したこと、それからもちろん、これからしようとしていることも。


「なるほどねえ、忘却の呪いを解きたいと」


「おれもやれることは何でもするつもりです」


 あぐらを掻いたままにぼしを齧り、ネルさんは難しい顔をした。


「今までその話が出てなかったことが驚きだが……」


「何か、呪いを解く方法はありますか」


 つい勢い込んで身を乗り出したおれを、ネルさんは手で制す。


「変に期待させるのも酷だ、はっきり言わせてもらう。怪異からかけられた呪いが解けたなんて話は、これまで聞いたことがない」


「ない? ひとつもですか」


「ああ。たったのひとつもだ」


 出鼻をくじかれ、おれはマナさんのほうを見ることができなかった。


 マナさんは何も言わず、何の反応も示さず、ネルさんの言葉を聞いていた。


「まあそう気を落とすな。絶対に解けないと決まったわけじゃない。それにアタシが知らなくとも、他に知ってるやつがいないとも限らないだろう? そうだ、ちょうどいい。ひとつ頼まれごとを引き受けちゃくれないかい」


「頼み、ですか」


「呪いに詳しそうなやつを探し出そうって話さ」


 ちゃぶ台の上のにぼしをつまみ、また十匹ほどを齧る。


「坊主たちは昨日、白い影を見たんだったな。学校中で噂になっていたことも知っていると」


「まあ。それが?」


「あの件だがどうにも怪しい。裏で誰かが悪さをしたように思えてならない」


 タチのわるい化け物が自発的に暴れていたようにしか見えなかったが。


「ああいう現象――怪異ってのは本来、そうそう人の目にとまるものじゃないのさ。


 環境や目撃者の心理状況、複雑な要因が絡み合って初めて、互いに目を合わせられる。学校中の噂になるなんて普通は有り得ない。


 それにやつらはひとつの場所に留まることを嫌う。となりゃ何者かが悪意をもって影に力をあたえ、学校に縛りつけたとしか思えないんだよ」


「その、何者か……って」


「十中八九、人間さ」


 ……馬鹿な。


 人間に、そんなことができるのか?


 そんな疑問が浮かんだけれど、マナさんは昨日、奇妙なスーパーボールで白い影を捕まえた。不可能ではないのだろう。


「けど、なんのためにそんなことを」


「アタシが知るか。犯人に聞け」


 ごもっとも。


「もちろん、よほど呪いに詳しくなけりゃそんなことはできない。ってことは、犯人は呪いに関する色々な話を聞きかじっていてもおかしくないってことになる。


 そいつから話を聞き出せればあるいは――忘却の呪いを解く方法が分かるかもしれないって寸法さ」


「なるほど……」


 あまり確実な方法とも思えないけれど、藁にもすがりたい今の状況では、彼女の提案を引き受ける他に道はなさそうだ。


「話は分かりました。ただ、探すにしてもどうすればいいのか」


「心配するな。心当たりはある」


 ネルさんは形のいい唇をわずかに歪めた。スウェットのポケットから折れ曲がった厚紙を抜きだし、すっとちゃぶ台にすべらせる。……畳に落ちた。


 それは写真だった。拾い上げるとマナさんが無言で覗きこんでくる。


 そこには学ランすがたの少年が写りこんでいた。中性的で繊細そうな顔立ちをした、いかにも女子にモテそうな高校生。軽くかかったパーマが似合う。


 なぜ高校生と分かるかといえば、単なる印象ではなく、学ランに見覚えがあったから。


「うちの高校のやつ……ですよね」


「そいつとはちょいと昔に、呪いに関わることで一悶着あってな」


「何があったか聞いてもいいですか」


「……店にちっこいのがいただろう。愛玩動物みたいな」


「田原京子ですか」


「京子は一年くらい前に、タチの悪い呪いをかけられた。それで専門家であるアタシに相談を持ちかけてきたのさ」


 おれは顔をあげた。あの少女も呪いにかかっていたのか。


 その呪いと佐野が関係しているのだとすると。


「まさか」


「そうとも。京子に呪いをかけたのは怪異じゃない。ただの人間――その、佐野っつうクソガキだ」




 人が人を呪う。ありがちな話だけれど、呪いが本当に利くとなるとまた事情が変わってくる。


 改めて写真に目を落とす。


 人に呪いをかけ、怪異を学校に閉じこめた少年。


 大丈夫なのか? そんなやつと接触して。


 おれは拳を握りしめる。びびってる場合じゃない。マナさんを救うチャンスかもしれないのだ。


「といっても、まだ今回の犯人と決まったわけじゃない」


 短めの金髪をぼりぼりと掻き、ネルさんは言った。


「ここからが頼みごとなんだが……佐野が犯人かを確かめるために、見てきて欲しいものがある。影を学校に縛りつけていたんなら、必ず痕跡が残ってるはずだ。それをカメラで撮ってきてほしい」


「撮ってくるだけでいいんですか」


「十分だ。アタシなら、そいつを見れば佐野の仕業かすぐに分かる。


 もし佐野が犯人なら、坊主たちだけで近づくのはやめておきな。そのときは私が、とっちめるついでに呪いの話を聞き出してやる。


 どうだ、安い話だろう。引き受けてくれるかい?」


「やるわ!」


 おれが答えるより先にマナさんが言った。


「いいでしょ? 北村くん」


「もちろん」


「じゃ、さっそく行きましょ!」


 おれの手を握り部屋を飛び出そうとして、マナさんは店長を振り返る。


「行ってきます!」


「おう、頼んだ! ……そうだ、坊主」


 去り際、本棚の向こうから声がかかる。


「ひとつ言っとくが、一度怪異に出会うと、どういうわけかまた出くわしやすくなる。日頃から用心しておきな」


 それはまた、困った話だ。


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