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[2-5]銅貨三枚を得て金貨三枚を失う

前回までのあらすじ:きのこ狩りをしたら黄金天使の力が半端なかった。

 その夜、私達は酒場の不味いごちそうを食べた。そしてたらふく飲んだのがいけなかった。早朝に尿意で起こされたのだ。


「ん……おしっこ……え?」


 起きると私はエルシュに抱きまくらにされていた。


「う……動けん……色んな意味で……」


 エルシュの腕が離れない。そもそも離れたくない。至福だ。天国だ。天国はここにあった。

 しかし尿意は待ってくれない。このままではエルシュにぶっかけてしまう。


「ちょっ……これは……」


 私はもはや力を入れることができない。さすれば爆発してしまう。しかしこのままではどうしようもない。エルシュが起きる事を祈るのみ。おお神よ。なぜあなたは我々に試練を与え賜るのですか。


「ふぅ……」


 いやまだ出ていない。冷静になれ。離れようとするから悪いんだ。下にするりの抜ければいいのだ。


「ぬ……んっ……」


 右腕の脇の下に左腕を入れられているため、下に抜けることはできない。さすれば上へと思ったが、今度は右腕が首に回されている。完全ロック状態だ。


「エルシュのまつ毛長いなぁ。かわいいなぁ……」


 現実逃避をしている場合ではない。私の膀胱はそろそろイノベーションを起こしそうだ。


「そうだ。目覚めさせるならキスだ」


 古今東西、物語でお姫様の起こすのは王子のキスだ。キスをすればきっと起きるだろう。


「いやダメだ。そうではない」


 それはただの私の願望だ。現実的ではない。刻一刻と限界が近づいている。

 私は耐えきれず腰を揺らす。もはや今からではどうにせよ間に合わない。おねしょ対処法と謝る方法を急いで考える方が先だ。


「待て、私を誰だと思っている。聖水姫のペリータだ」


 もはや聖水が別の意味になりそうだが、私は水魔法使いだ。水を操る事のスペシャリストである。ならばできるはずだ。


「水霊よ我が右手に集まれ」


 じょわわわわわわ……。

 やっちゃった。やっちゃっているがこれしかない。

 私は集中し、それを右掌に集める。気持ちいい。んああああああ。


 さて私は今まで濡れた衣類を乾かすのは熱魔法の赤の魔力が必要だと思っていた。

 しかし濡らしているものは水なのだ。つまり私はそれを可能としている。

 魔法とは望みを叶える力だ。私は新たな力を得た。


「証拠隠滅!」


 完璧なる水魔法だ。衣類やベッドの濡れから水分が抜け、私の掌に集まってくる。

 また私は強くなってしまったか……。


「ぽいっとな」


 そしてその水球は窓から投げ捨てた。こんな夜明け前の路地裏に人なんていないだろう。もし当たったとしても美少女の私のイノベーションストリームだ。そこは喜んで頂こう。


「もーエルシュったらぁ。ひどい目にあったんだぞっ」


 天使が天使の寝顔ですやすやとしている。ほっぺをつんつんとしてみた。


「うん……なんでございましょうかペリータ様」


「起きるんかい」


 腹いせに天使のほっぺをむにょむにょとした。






 二度寝して起きるとそこには天使が……いなかった。少し寂しい。

 目覚めた時に目の前に美少女がいる幸せこそ一日のエネルギーとなるのに。

 でもそれは先程済ませたけどね。


「おあおー」


「おはようございますペリータ様。朝食の準備はできております」


 あらぁ。よくできたメイドだわ。どこの子かしら。うちの子でしたわ。


「本日のご予定はどうなさいますか?」


「んあー」


 さくっと大金が入ったために、しばらくの生活は問題ない。次の支払いまで一ヶ月半あるし、その月の支払いは半分済ませてあり金貨1枚だけならしばらくだらっとしてもいいんじゃないかという気持ちになっていた。冒険者はあくせく働いてもいい事ないよ。


「しばらくやすむぅー」


「さすがペリータ様。もう支払いは余裕なんですね!」


 そんなことはない。現実に引き戻されビクンとする。

 常識的に考えて月に金貨2枚を稼ぐのがまず無視なのだ。ならば猶予があるうちにできるだけ先の支払いの分を稼ぐことが先決だ。


「よゆうはないぃー」


 しかし私はだらっとした。どうも寝起きは頭が動かない。夜明け前に一度起きてしまったのも悪い。

 なぜかエルシュがいつもより優しい顔をしている気がする。いかんいかんシャキッとしないと。


「ペリータ様は妹みたいですね」


「ぬー」


 ロリっ子で妹属性だなんてそんなあざといのはダメだ。

 荒らしを呼ぶ大魔法使いストームブリンカーことペリータ様に妹属性を付けるのは良くない。


「エルシュは末っ子ではなかったか」


「はい。でも従姉妹に下の子がおりました」


「でも末っ子は末っ子だ。だから妹はエルシュだ」


「えっはい。あはは……」


 むんっと私は両手を腰に当てる。威厳を出すポーズ。


 エルシュの食事は今日も美味しかった。

 内容はパンと卵を焼いたやつとソーセージとあと豆のスープ。どれも美味しかった。

 私には料理はわからん。だからこのくらいで勘弁してくれ。料理ができるなら自分でもやっている。


「金を稼ぐ……か。まるで商人だな」


 冒険者は金のためにあくせく働くものではない。宿と肉と酒があればいい、とみんなが言っていた。金のために働くのは商人だ、と。


「商人の護衛の任務があれば楽なんだが」


 あれは非常に美味しい。街道に現れる魔物なんかたかが知れている。あんなものの退治のために金を払うなんて商人はなんて金持ちなんだ。

 護衛の任務は街から街へ散歩をするだけだ。ぽくぽくと一週間ほど道を歩く。その間はろくに大したことはない。せいぜいはぐれ狼や魔物や盗賊が襲ってくるくらいだ。ちょちょいと魔法でどかーんだ。水魔法だから爆発はしないが。

 とはいえ、護衛なんかで冒険者を雇うのはちょっとやばい物を運んだりするようなものだから初心者にはオススメできない。商人は信用を第一にする。うかつに触ってはダメよ。


「後は荷降ろしか」


 しかしこれはエルシュに頼る案だ。絶大な金の代わりに私は暗殺者に狙われるだろう。エルシュの力を見たら確実に誰もが欲しがる。そして私は譲ることは決してない。その結果ゴンズとともに朝を迎えてしまうのだ。絶対に返り討ちにしてやるぞ。

 なのでこの案はダメだ。他にもエルシュが人前で力を見せるような依頼はダメだ。

 そもそもエルシュは私のサポートとして存在するのだから、私の力で稼がないといけないのだ。


「あの……これ……」


 エルシュが指さしたのは昨日も見た、奴隷商館が間に入った農作物の水散布の依頼だ。報酬は銅貨3枚。それはどうかな……。


「報酬が安すぎる」


 奴隷商館は激しくケチンボだ。金を稼ぐコツは使わないことだと商人が言っていたがその通りのようだ。


「そうなんです。報酬が安すぎると思ってよく見たら、追加報酬ありと書いてあります」


 なぬ。つまり、安すぎる報酬設定はブラフ……?


「行ってみませんか?」


 大きいものは小さいものへ流れる。師匠はそう言っていた。

 で、あればきっと金もそうだろう。大きく金を稼ぐには沢山持っている人から稼げばいいのだ。

 奴隷商館からぶんどってやるぜ。







「ようこそいらっしゃいましたペリータ様。奴隷は息災でありますでしょうか」


「ここにいる」


 エルシュはぺこりと頭を下げた。


「本日はどのようなご用件でございましょう」


「これを貼ったのは副店長だな?」


 依頼の板を見せた副店長はにこりと笑った。


「左様でございます。ペリータ様のお力を借りたいと思いまして」


「では追加報酬について話して貰おうか」


 私は商人ではない。面倒くさいことは抜きだ。


「はい。金貨2枚お支払いさせて頂く代わりに分割手数料に金貨2枚を頂きたく存じます。その手数料は最終支払月の後で結構でございます」


 何言ってるんだこいつ。


「ペリータ様、一か月分の支払いを先送りにするということだと思います。さらに金貨2枚を元手に増やす機会を与えるということだと思います。実質的に貸付ではないかと」


 さすがエルシュ賢い。ペリータよくわかんない。


「いかがでしょう?」


 タダ働きしたら金貨2枚を無利子で借金させてやるよということか。


「そんな商売許されるのか?」


「さあ? 知っているのは私達だけですので問題はないのではないですか?」


 今度は誰にもしゃべるなよという脅迫である。


「やってやろう。場所はどこだ?」


 小間使いに連れられた場所は思ったより広大だった。これで正当報酬は銅貨3枚かよ。

 手から水を撒いたら日が暮れそうなので、ここの一帯だけ雨雲を作ってしまう。

 見たかこれが農作業界の女神ことペリータ様の力だ!

 エルシュと小間使いが大魔法にキラキラした目で見ている。どうじゃすごかろうすごかろう。

 これでさくっと終わり。

 しかしこの辺りは軽い干ばつが起こっていたんだなぁ。私自身は水不足にならないから気づかなかった。


「結構酷いのか?」


 私は奴隷商館に戻り、副店長から金貨2枚と銅貨3枚を受け取り聞いてみた。


「銅貨3枚しか払えない程度には。この依頼も当店が販売した奴隷からの依頼です」


 副店長が足元を見ていたわけではなく、本当に困った農民からの依頼だったのね。それは良かった。


「なんでも、最近の戦争の気配もこの干ばつが原因だとか……」


「え? まじか」


 なんだよそれ。ただの雨不足で戦争? 雨なんて降らせればいいじゃん。


「ペリータ様は力になりませんか?」


「んー……依頼が来たら考えるよ。それと金貨2枚はそっちで預かってくれ。私が持っていても怖い」


「かしこまりました」


 そして奴隷商館を出たところでエルシュに話しかけられた。


「あの……ペリータ様なら戦争を止めることができるということですか?」


「雨を降らせるだけで止まるならそうなんじゃないか?」


「それは……」


 騎士を目指していたエルシュだ。言いたいことはわかる。


「依頼があればやるよ。私は冒険者だからな」


「はい……」


 干ばつの範囲がどの程度かわからないが、戦争を準備するほど追い込まれてるならすでに間に合わないんじゃないかと思う。

 あちこち助けるつもりはないが、故郷の様子だけは見ておこうか。ついでに久々に師匠にも会いにいこう。


「エルシュ、一度故郷の様子を見ようと思うのだが、着いてきてくれるか」


「もちろんですペリータ様」


「そうだな。それとエルシュの故郷にも行こうか。没落貴族の領地が干ばつになったらエルシュの家族は死んでしまうな」


「ありがとうございます!」


 天使の笑顔が戻ってくれて良かった。かわいいなぁ私の天使は。街中だけどぎゅってしちゃおう。ぎゅっ。


「わっどうなさいました」


「抱っこしてくれ」


「えっと……はい……」


 めっちゃ照れてる。当然お姫様抱っこだ。騎士にあこがれているエルシュだから当然だな。


「今だけは姫と呼んでよいぞ」


「かしこまりました姫!」


 エルシュもエキサイティンしているようだ。

 こう見えて私は長年村で農サーの姫をしていたからな。くるしゅうないぞ。 ※農サー:農作業の意味

 傍から見たらメイドが魔法使いを抱えている形だ。しかしこの美少女天使メイドは私を軽々と持っている。元から軽い私だから、空気を持っているものだろう。

 帰郷への道もこれでいこうかしら。


 そんな中、またいつものゴンズがやってきた。

 いつも邪魔するなこいつ。


「なあ、早朝に俺の頭に水魔法をかけたのはお前だろう? しかも臭かったぞあれ」


「なんのことかさっぱりわからん」








 次の日の早朝に私達は旅の支度をして出発した。と言っても大した荷物はない。旅で一番の問題となる水は私の魔法で創り出せるからだ。

 移動はお姫様抱っこの姫スタイルだ。これは凄く楽だ。身体がなまっていくのを感じる。

 二人分の荷物と私を抱えているエルシュに重くないかと聞いてみたが、軽くて不安ですと言われてしまった。やはり私は風船みたいな感触なのだろう。どうかうっかり放り投げないで欲しい。

 一目が無くなったところ、走ってみてくれと頼んでみた。もちろん私を落とさないように。

 もの凄い速さだった。まるで馬だ。少し怖くてヒッと声が出て首に抱きついた。するとエルシュは少し速度を抑えてくれた。全力疾走の馬から長距離移動で走る馬程度の変化だが。


「申し訳ございません。姫を怖がらせてしまいました」


 抱っこしている時は姫呼びを解禁させていた。この時ばかりは私もお姫様気分ですわ。


「よろしくってよ」


 ふふんと平然を装う。実は少しちびっちゃったのでこっそり水球にしてぽいと捨てた。


「まさか全力で走るとは思いませんでしたわ」


「いえ全力ではございません」


 あらー。


「少しジョギングした感じです」


 あらあらー。


「それにしても馬のような速さでしたわ」


「はい! 兄上の馬にも負けたことありません!」


 そりゃそうでございましょう。


「ちなみに全力で走るとどうなりますの?」


「えっと……全力は出したことがないのでわかりません。少し力を入れると靴が破けて道が壊れてしまいますので」


 聞いたことない現象が飛び出してきた。走ると裸足になる美少女天使チェンジアップ!


「ではのんびりと行ってまいりましょうか」


「かしこまりました」


 もしかしてエルシュからしたらこの世界はものすごく遅い世界なのではないだろうか。

 私と一緒に歩く時はカタツムリと歩いてる感覚かもしれない。

 エルシュのためにもできるだけ抱っこ移動をこれからはしていこう。


 それにしても暇である。黄金天使の顔を目の前で見続けるのはものすごい眼福ではあるが、私には少々眩しい。先程エルシュが走った辺りから目の前がきらめいてクラクラしている。うおまぶし!

 しかしどうなっているんだろうこの魔力。黄金で輝いているのだが、星がきらめく感じで輝いている。なのでエルシュの強力な魔力でも私には顔が見える。素晴らしい。素晴らしい機能だキラキラエフェクト。

 今度私にもできないか試してみよう。魔力を発光させるのではなく星を纏うのだ。


「ペリータ様、よろしいですか?」


「なんですの?」


「ペリータ様の冒険者の話しを聞きたいです」


 あらー、それ聞いちゃう?


「まあ暇だしよろしくってよ。でも面白い話しではありませんわ」


 こほんと姫口調を直して、冒険者になった頃から語りだした。

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