[2-4]虫はいつかきのこを食いつぶす
前回までのあらすじ:エルシュの身体をさわさわして調べた。
私は依頼が貼られたピカピカの壁を眺めた。
酒場の営業は夜だが、依頼は朝に張り出される。アホ共の酔った頭では次の日には忘れているからだ。真面目な冒険者は朝から酒場にいる。そもそも二階が宿だからある程度の人はいつもいるのだが。
私は今日は冒険者用の薄汚い黒いローブ姿だ。エルシュはメイド服のままだが。
ゴンズは「なんでお前っていつも黒い服着てるの?」と言ってきたことがある。私は黒が好きなのだ。理由は奴には言うまい。
「ペリータ様。今日はメイドの仕事ではないのですか?」
「いつもあんな大金を貰えるわけではないからな。冒険者として冒険者の仕事はするさ」
とは言ってもろくに仕事の選択肢はない。危険なものは受けられない。街を動くようなものもまだ控えたい。まだエルシュと街でイチャイチャしたい。
「飼い犬捜索はどうでしょう?」
エルシュが依頼の一つに指をさした。
「飼い主に戻らない犬は凶暴凶悪か、主人がクソか、なんか事件に巻き込まれているわけだ。楽なものじゃない。楽に見つかるようなら誰かがすでに見つけている」
初心者冒険者が陥りやすい罠だ。簡単に見える依頼が長く残っているはずがないのだ。
「ではこちらの薬草摘みは」
「それは簡単だ。少なくとも私には」
しかしエルシュを連れて行くのは難しいだろう。指定された薬草は藪が生い茂る先にある。私は平気だが、エルシュのかわいい顔に傷が付くのは避けねばならない。すると藪を燃やし尽くす必要があるが、私には火の魔法は使えない。
「わたくしには難しい……ということですか……」
足手まといに感じたのか、エルシュがしょんぼり顔をした。そんな悲しませるつもりはなかったんだごめんよ。私が火魔法さえ使えていれば!
「農作物の水やり……? なんだこれ」
「しかも奴隷商館からの依頼ですね」
副館長が変な気を回して、仲介して私用の依頼を出したのだろうか。しかし報酬が銅貨3枚だと? 私は奇跡の水の使い手ペリータ様ぞ。小銀貨3枚もってこい。
「ひとまず資金は昨日の大銀貨がありますし、受けてみてはいかがでしょう」
「あれはもうない」
「えっ? ええ……」
借金返済にもう渡しちゃったし。
「そうだ、これは小遣い稼ぎになかなかいいぞ。きのこ狩りだ」
「きのこですか?」
常に募集されているので貼りっぱなしになっているやつだ。収穫すればするほど報酬が貰えるやつだ。
「どんなきのこなんですか?」
「食べると気持ちが良くなるやつ」
「えっ? ええ……」
「♪きのこのこのこ金のこの」
私達は山へきのこ狩りへ出かけた。エルシュはブーツを持っていたようで、メイド服にブーツ姿だ。
ふと思いつき、私は一つ提案をする。
「エルシュ、一つ頼みがある」
「なんでしょうかペリータ様」
「今から私の事をご主人様と呼び給え」
「かしこまりましたご主人様」
ふわあああああ!!! メイド美少女天使爆誕!
「どうかいたしましたかご主人様」
天使が首をかしげて私の顔を覗き見る。なぜ美少女は一挙一動がこんなに可愛いのだろうか。可愛すぎて直視できない! 黄金の輝きが眩しい! 腐った私のまなこが浄化される!
「なんでもない。先を急ごう」
ふぅ……ふぅ……と鼻息が荒くなっているのを慌てて隠す。
「あらー……」
山道が巨大な落石に阻まれていた。その大きさ、手を広げた私二つ分の道幅から少しはみ出るサイズ。ミッションフェイルド。
「戻るか」
「え? なぜですか?」
あれを見て疑問を出すエルシュ。いやまさか。
「もしかしてどうにかできる?」
「はい。あの程度でしたらすぐに」
そう言ってエルシュは岩へ近づきグローブを外した。
「んっ……」
エルシュの黄金の輝きが激しくなり、岩がずっずっと動き出す。
「まじかよ」
思わず口に出る。
押してるわけではなく、正面から岩を抱えて横にずらしているんだぜ? あの大きさを? オークレイジーボーイ……。
ものの30秒ほどで岩を谷底で落とした。
「ふぅ、山道を崩さないように力を加減したため時間がかかってしまいました」
「え? 今なんと?」
「万が一でもご主人様を危険な目に合わせるわけにはいきませんから!」
いやそうではなく。力を……加減した……? 今この美少女はそう言ったのかしら? 私の聞き間違い? ホワッツハップン?
もうアイツ一人でいいんじゃねえかな……。
「ねえ。その力って誰かに見せたの?」
「私の兄上は知っています。父上は私の足が速いことは知っていると思います。商館の方には見せる機会はありませんでした」
そうだよね。見せてたら一介の冒険者に金貨50枚で売らないもんね。一桁足りないもんね。
「エルシュ。君の価値は非常に高い。力を使う時は気をつけ給え」
とはいえ、この力を持つエルシュを誘拐などできるものはいないだろうが。
「申し訳ございませんご主人様。差し出がましいことをいたしました」
すすすっと後ろにエルシュは控えた。
私の中で人前でエルシュに力を使わせないという制約が一つ追加された。
「この崖に生えてるのがそのきのこだ」
断崖絶壁。そこに黒いものがもさもさっと生えている。
「どのように採るのですか?」
エルシュならふわ~と飛んで取れそうだな。天使だから。
「下から水魔法で採る」
きのこの根本に向かって水を飛ばし、崖から剥がす。そしてそれを水球に入れたままふわっと手元に引き寄せた。
「すっ……凄い……! ご主人様は何でもできるのですね!」
ふふっと得意げになりたいが、さっきのエルシュを見てしまうとドヤ顔しきれない。
「さっさと終わらせてしまおう。エルシュは袋に入れてくれたまえ」
「かしこまりました!」
採って袋に入れる。採って袋に入れる。繰り返す。
5分ほどで崖の半分ほどを採った。こんなに採ったことはないがきっと大丈夫だろう。
「あとは小さいものだからこのくらいにしておこう」
「はい!」
パンパンになった麻袋をエルシュはひょいと二つ抱えた。巨大な袋を抱えた美少女メイド。もはや帰りの山道の無事の方が不安だ。
街に戻り依頼主の家を訪ねた。
私だけが入ろうと思っていたが、私にはあれは持てぬ。しかたなくエルシュに中に運ばせる。
「いつものきのこだ。20倍くらいはある」
「そんなに」
目を丸くしてるのは初老の男だ。まずその量と、次に運んでいるのが美少女メイドなことにだ。
「彼女のことは人には話さないようにしてほしい」
すでに門兵や街の住民数人に見られているが、私が手を上げて、何か魔法を使ってる風を装った。はーい通りまーす。これは私の魔法の力で軽くしてまーす。メイドの力ではありませんよー。
「はぁ……それでこの量の買い取りは一度には無理なんですが……」
「それは出来たときに払えばいい」
「そうして頂けると助かります」
男は小さな金庫を開けて小銀貨10枚をカウンターに載せた。
「ひとまずこちらをお収めください。それとしばらく依頼の紙は外すように言ってください」
「わかった」
「あとこれはサービスです」
男がこそっと私に小瓶を渡した。
「ありがとう」
「お楽しみに」
男は手を振って私達を見送った。
「さすがご主人様! こんなに簡単に銀貨を10枚も手に入るだなんて凄いです!」
他の人だったら明らかに簡単な依頼ではなかったけどね。それにもっと貰えるぞ。いつもは銀貨3枚だったから全部で60枚ほど貰えるはずだ。
それはともかくエルシュがキラキラした目で見つめてくるのでドヤ顔しておく。
「ところで先程頂いた薬はなんですか?」
ドキッ。バレていた。
「スッと気持ちよくなる薬さ。まあ私には必要ないからゴンズにでもやるかね」
「ゴンズ……この前の虫の方ですか」
「誰が虫だ!」
ほら湧いてきた。やっぱり無視だ。
「ほらっやるよ」
「おう……こんな往来で渡すなよ」
「往来だからこそ足はつかないだろう?」
私はにこっと笑いかける。
「じゃあな。そちらのメイドちゃんも」
青い魔力のモヤの男はすっと足音なく路地へ消えた。
「お二人とも仲がよろしいのですね」
「仲は良くないな。できれば殺したい」
「えっ……ええ……」
「ところで、ご主人様呼びはもう良い」
「? わかりましたペリータ様」
街中でまでそう呼ばれ続けて理性を保つ自信は私にはない。
「エルシュは私の事をどう呼びたいと思っている?」
「わたくしは姫をお呼びしたいです!」
それは丁重にお断り願った。