[3-5]少女の瞳に天使は映る
前回までのあらすじ:ジョバーニが酷い目に遭ったおかげで無事に橋の砦を突破した。
私達は砦を通り、近くの町まで案内された。
その際に栗毛の馬を一頭借り与えられ、私は黄金の天使に抱えられるように乗っている。
ジョバーニは馬の手綱を引き徒歩で歩く。
誘導する若い兵士が青毛の馬に乗り私達の先をゆく。
この兵士、板金の胸当てをしているが、先程ジョバーニの顔に火の魔法を打ち込んだ魔法使いだ。
おそらく魔法騎士なのだろう。朱色の魔力の色をしている。
エリートと思われる魔法騎士が付いているのは、監視の意味も含めているのだろう。
そして茶髪でくせっ毛のこの男、中々の色男だ。
私の黄金の天使に色目を使わせないように気をつけなくては。
町までの道では畑が広がっていた。
作物は育っており、干ばつの影響は少ないようだ。
その様子を見てエルシュはホッとしたようだ。
顔を見上げたら、にこにことしていた。
エルシュの輝く顔を堪能して、胸に頭を預けた。
私の嫁のおっぱいは固いのが玉に瑕だ。
先導の騎士が近くにいるため、うかつに会話ができず少し暇だ。
今の私、ペリエッタは黄金の天使の奴隷だ。
余計な事を喋らないように無口な子設定でいろと言われたため、からかうこともできない。
それにしても、エルシュは馬に乗るのも上手だなぁ。
元貴族なのだから乗馬くらいは当然できるのだろうけど、馬より速く走れるエルシュに必要とは思えない。
私は落ちないようにぎゅっと支えられている。
しかしこれはまたお姫様スタイルだな。エルシュはさぞ喜んでいるだろう。
ふと思ったけども、奴隷という設定なのに一緒に馬に乗っていていいのだろうか?
まあいいか。
のんびりとした道中は何もなく、町へは一時間ほどで着いた。
一目で町とわかるのは壁があるからだ。
村と町の違いは壁の差だ。
村にはせいぜい堀や柵が一部分に備えられているだけだ。
町には壁があり門がある。
門を通るには金を払う必要がある。これも税ってやつだ。
しかしここでは求められなかった。
先導してるエリート魔法騎士のおかげだろうか。検査もなくフリーパスだ。凄いぞ。
馬に乗ったままカッポカッポと町の中を進んでいく。
先導してる魔法騎士、異国の怪しい男、ちびメイド奴隷、フードを被った謎の美少女という謎の組み合わせのせいか、あちこちから注目を浴びている。
できればもう少しお忍びでいたかったが、幻術魔法禁止なのでしょうがない。
何か隠していたら裏があると思われるのは確実だからね。
街中を進み、私達が案内されたのは宿屋ではなく屋敷だった。
先導している魔法騎士が門番に一言二言話し、馬に乗ったまますっと入っていく。
着いていっていいのだろうか。いいんだよね?
ジョバーニは「へへへ」とへこへこしながら私達の馬を引いていく。
エルシュはにこにこと堂々としており、私はキョロキョロと辺りを見回す。
綺麗に彩られた庭園だ。金がある家だな。
私達は中庭で待たされ、魔法騎士は屋敷へ進んでいった。
なんとなく手持ち無沙汰となる。
屋敷の兵が一人着いているが、この状況なら話しても平気だろう。
「黄金の天使さま、凄いお屋敷ですね」
と、奴隷少女メイドの演技をしたままエルシュに話しかけた。
エルシュはにこにこしたままこくりと頷いた。
「ここはフニャシー領の玄関口。人も物資も流通が多いから町がでっけえべ」
と、ジョバーニが両手を広げて語る。
「しがし帝国の属国となった今、戦争となったらここが最前線の町だべ。綺麗な町も要塞となんべな」
王国は戦争の準備をしていた。それは今も変わらない。
本来はフニャシー領と帝国の境界が前線だった。
フニャシー領は今や帝国の属州となったため、ここが王国と帝国の前線である。
戦争となったら最初の拠点となり、押されたら最初に襲われる町だ。
「戦争……こわいです……ぷるぷる」
「ブフッ!」
私のぶりっ子にジョバーニが耐えきれず吹き出した。
気が緩みすぎだぞゴンズめ。
エルシュは私の頭を良い子良い子と撫でている。
エルシュの演技を見習いたまえ。……いやただ素なだけかもしれない。
ほどなくして魔法騎士が戻ってきた。
そういえばこの魔法騎士の名前を知らないなと気づいた。
私がぼーっとしていたのでなければこの男、名乗っていないはずだ。不自然ではないか?
「騎士さま、お名前はなんと言いましたですの?」
と無知な少女のふりをして堂々と尋ねてみた。
「これはこれはお恥ずかしい。申し遅れました、私はゾルトと言います、黄金の天使さま」
ゾルトは甘いハスキーボイスでそう答え、胸に手を当てた。
朱色の魔力のモヤがぐにゃりと揺れた。
このゆらぎは、彼は嘘を付いている。
私は魔力の動きで若干の感情を読み取る事ができる。
ゆらぎからして彼は意図的に嘘を付いたのだろう。
騙すつもりか、または騙されないためか。
ここで私達を騙す理由もないので、私は後者ではないかと考える。
おそらくジョバーニが水魔法使いということはバレている。
ジョバーニは火魔法を撃たれた時に、ダメージを抑えるために水魔法で若干防いでいたからだ。
水魔法は幻術の魔法も扱えることは常識的だ。
それには名前由来で仕掛ける魔法もある。
怪しい奴が水魔法を使うならば、名前を名乗らないのは当然だ。
と、すると逆に私達は彼を怪しむ必要がないと言える。
彼は嘘つくべく常識的に当然のように名前に嘘を付いたのだ。
この怪しい一行を怪しいと思いつつ屋敷に連れてくる方が安心できる。
もし私達を騙すつもりならば、本名を言い信頼してる風を装って、別に罠を仕掛ける方が良い。
ゆえに彼が、私達、特にジョバーニを信用してないのは自然な事だ。
「へへっゾルトさま。それでオラ達は屋敷に招待されたので?」
ジョバーニは手をすりすりとこすり合わせている。怪しい男は怪しい男として演技を続けた。
「ああ。黄金の天使様にはこの町を治めているガライ・メハイ様に会って頂く」
「わたしもおやしきに入りたいです!」
私はビッと手を上げた。
ゾルトは私の首に付いている奴隷の首輪を見て顔をしかめた。
「わたしは黄金の天使さまの侍女ですから!」
「わかった。従者の男は外で馬番をしていろ」
「へい、ゾルトさま」
ジョバーニは頭をがりがりとかきながらヘコヘコと頭を下げた。
ここからはジョバーニ抜きで私の少女演技にかかっている。
エルシュも屋敷の中ではフードを脱ぐ必要があるからドキドキだ。
私達は応接室に通され、ソファに座った。
私は馬上の時と同じように、エルシュに抱っこされている。
ただの奴隷ではなく、黄金の天使の大切な人物というアピールだ。
私達の前に銀のコップに紫の飲み物が運ばれてきた。
赤髪セミロングのメイドが私を見てにこりと微笑んだ。
ごくごく……んむ、ブドウジュースだ。
しばし待つとまずは魔法騎士の男、ゾルトが部屋に入った。
次いで屋敷の主人がその後ろから現れた。裕福層な小太りの男だ。
その後ろには隠れるようにして娘と思わしき少女が立っていた。
少女はライトブラウンの前髪を長く伸ばし、顔を隠していた。
「はじめまして黄金の天使様。私はここの主人ガライ・メハイです」
そして隠れている少女を前に出した。
「そしてこの子は私の娘ガライ・マリシアです。黄金の天使様にお願いしたいことがございます」
メハイの娘は顔の右側に事故で油を被り、酷いやけどと右目の視力を失ったと言う。
彼はそのやけどを黄金の天使に治してもらいたいようだ。
私は少女のやけどの様子を見た。
薄い緑の魔力のモヤが揺らいでいる。不安を感じているようだ。
やけどの状態から、確かに古いものであり、偽りのものではないと私は確認した。
「黄金の天使さまの慎重に長く使えばやけどの痕も目の傷も治るかもしれません」
私はとててっと黄金の天使の元へ戻った。
「治る!? 本当に治るのか!?」
「はい。しかし代償があります。黄金の天使さまの力は完璧ではありません。この子の目を治すとしばらく力が使えなくなるかもしれません」
私はそのように答えた。もちろん嘘である。
「それだけ……それだけか?」
「はい旦那さま。しかし力が使えなくなると、その間は助けられる人を助けられなくなる可能性があります」
あなたはそれと娘の視力のどちらを優先しますか? と、問う。
「そうか……なるほどそうか。いやしかし……私は娘を治したい」
メハイははっきりを意志を伝えた。
黄金の天使はこくりと頷き、少女の顔に手を当てた。
慎重に時間をかけて魔力に集中している。
時間をかけるように言ったのは、黄金の天使の力は万能ではないと見せるためだ。
本当ならこの傷も一瞬だろう。
しかしそれでは力が強すぎる事がバレてしまう。
黄金の天使が顔に手を当ててから10分ほど時間が経った。
酷く爛れていた顔が綺麗に治っている。
黄金の天使は寝かせていた少女の隣から立ち上がり、後ろへ下がった。
「終わったようです旦那さま。」
メハイは娘に駆け寄った。
「マリシア! おおマリシア! やけどが本当に綺麗になっておる! ほら見てみなさい!」
メハイはメイドから銀板の鏡を受け取り、マリシアの前に掲げた。
「お父様、こわいです」
「大丈夫だマリシア、目を開けてご覧、ゆっくりと」
マリシアは自分の目を開け、右目が見える事に驚き、さらに綺麗になった自分の顔に驚いた。
「見えます……お父様……私の目で……私の顔が……」
マリシアは父に抱きついて泣いた。
旦那も目をうるうるとさせながら娘の頭を撫でた。
「ありがとう……本当にありがとう黄金の天使様」
メハイは胸に手を置き、少女はドレスの裾を持ち上げ改めて礼をした。
黄金の天使はその光景をにこにこと見つめていた。
※途中人名をミスってたので弄りました。
「ノルベルト様に会って頂く」→「ガライ・メハイ」
改正前に読んでくださった方、『誰だよノルベルト?』とさせてしまい申し訳ありません。




