[2-2]冒険者が冒険せずに金を得る。それは果たして冒険者か
前回までのあらすじ:美少女黄金天使メイド奴隷のエルシュを買った。
冒険者とは何か。まずはそれを教えようと思う。
「冒険者になるには資格はいらない。剣を一本持てばいい」
などと言われている。そしてそれは概ね間違いではない。冒険者と名乗ればその日から冒険者だ。
では冒険者が冒険者とたらしめているものは一体なんであろうか。
ある者はこう言った、人は生まれながらにして冒険者である、と。
「つまりどういうことなんですか、ペリータ様」
顔に?マークを沢山浮かべたエルシュは困惑しながらテーブルの向かいに座ったペリータに聞いた。
二人はメイド服の姿でカフェのテラス席にいた。
「冒険者っていうのは、まだ何も見つけていない者なんだよ」
「見つけてない者……?」
「何かを見つけた者は冒険者じゃなくなるんだ。ちなみにエルシュは冒険者かな?」
「え……? まだ違うのでは?」
「ではいつから冒険者になると思う?」
「それは……冒険してからではないでしょうか?」
「では冒険とは何か。遺跡を発見する事だろうか。ドラゴンを倒す事だろうか。古代の財宝を手に入れる事だろうか」
「それらは冒険だと思います」
「ここにカフェテラスでデートしていて、冒険してない冒険者は冒険者だろうか」
「ペリータ様は冒険者です!」
エルシュは鼻息を荒くした。彼女は私を偉大な冒険者と勘違いでもしているのだろうか。
「冒険は危険をすることで、冒険者は危険をする者たちだ。そして私達は危険を禁じられている」
「つっ……つまり……?」
「困ったことに気づいた。冒険者活動ができない」
もちろん危険じゃない依頼だってある。だがそれは比較的危険の少ない依頼ということだけだ。
世の中には危険は沢山あるが、冒険には偶然ではない危険がある。
「薬草摘みは……」
「薬草で月に金貨2枚は稼げない」
私は多額の借金の現実に気づいた。もちろんエルシュを購入したことには後悔していない。しかしこのままではすぐにさよならだ。
「そして私はエルシュを冒険者奴隷として買った。それ以外の仕事はできない」
「あれ? そうでしょうか……? わたくしは家事雑用で買われたと思いましたが……成約もそうなっていました」
「え? ほんと?」
「条件は【冒険者家業の死や危険を受け入れる家事と雑用ができる者】となっていました。」
小さな声で「あと性行為も……」と付け加えた。
「つまりエルシュは冒険者奴隷じゃないの?」
「おそらく……わたくしはそう思っておりました」
そういえば私が求めてたのは家事ができる人であって、冒険者で戦う人ではなかった。もっと言うならば癒やしだ。
前回も前々回もサポーターを私は買っていた。そして一緒に色々な仕事をやってきた。
なぜ今回だけ勘違いしていたのだろうか。
「エルシュは私のサポートということなら、仕事は何をしてもいい?」
「そういうことだと思います。あっもちろん冒険者でもいいですっ」
もしかして、エルシュは冒険者に憧れているのだろうか。
女冒険者になりたがるのなんて食い詰めたものか、犯罪者か、変わり者しかいないと思っていたが。
「そしてえっちなこともしていい?」
昼間から聞くようなことではないがエルシュは顔を赤くして頷いた。
そんな様子をじーっと見つめる。かわいいなぁ私の黄金の天使。
私の目からは、その魔力の輝きが眩しすぎるのが困るけど。
「なに昼間からセクハラしてるんだお前は」
突如後ろから汚い声が飛んできた。
「黒い虫とゴンズはどこでも湧くんだな」
ゴンズは黒髪短髪の男だ。
王都で仕事する際、世話になったりなられたりしている。
「虫と一緒にするな。ところで誰だいそこの可愛いメイドちゃんは」
エルシュはぺこりと頭を下げる。こんな虫に挨拶しなくていいんだぞ。
「私の天使だ」
「おめでとう。早く教会へ行くんだぞ。頭を治しに」
「この男はゴンズ。たまに一緒にやるような仲だ」
「一緒に……やる……」
もちろん仕事をやる、の意味だ。
「真っ昼間に話すような話題じゃねえ。ところで二人してメイド服を着てどうしたんだ。転職したのか?」
「うむ。メイドしようと思ってな」
「え? そうだったんですか」
「なるほどな」
冗談のつもりが本気に捉えられてしまった。
「だったら酒場を綺麗にしてくれよ。あのケチな親父が金を出すかは知らねえが」
「相場がわからん」
「綺麗にしたら小銀貨3枚くらいにはなるだろう」
「え? そんなに?」
もしかして本当に仕事としていいのか?
「メイドやるか」
「はい! がんばります!」
私達の最初の冒険……もとい仕事は掃除に決まった。
「はぁ?何言ってるんだお前」
酒場を掃除するから金をくれと言ったら頭を打たれた。
「だっ大丈夫ですか!?」
エルシュが慌てて駆け寄る。
「ん? なんだそいつは」
「私の天使だ!」
本日二度目のドヤ顔。
「お願いします。綺麗にしますから」
「頼むよマスター」
美少女二人での哀願攻撃だ。
「わかったわかった。でも掃除なんてできるのかお前」
「私を誰だと思っているお水のペリータだぞ。汚れなんて高圧放水であっという間に……」
「建物を壊す気か馬鹿!」
マスターが慌ててペリータの手を止めた。
「信じろよマスター私の腕を」
ペリータは構わず手に魔力を高めていく。シャアアと指先から水を放った。
アルコールと油でギトギトになっていた酒場の長テーブルが一瞬で綺麗な木目の輝きを取り戻す。
「これがペリータ様の魔法……! 凄いです!」
「凄いが……この水浸しはどうするんだ」
全てのテーブルと椅子にぶっかけ綺麗にしたが、今度は油の浮いた水が床に広がっている。
「大丈夫だ。液体なら操れる」
床の水がペリータの手のひらの宙に集まっていく。そして窓の外へぽいと捨てた。
「これならあっという間にピカピカになりますよ!」
「どうだいマスター。メイドに生まれ変わった私の力は」
「こりゃ大したもんだ……夜の営業までに終わらせたら報酬をやろう」
「任せとけ」
「私は何かお手伝いすることはありますかっ」
エルシュも両腕を腕まくりしてやる気まんまんだ。でもメイド服で腕まくりはしてほしくないな。
「テーブルを動かしてもらおうか。その魔力ならできるだろう」
「え? 魔力ですか? わたくしは魔法は使えませんよ」
エルシュは困ったような顔でペリータを見た。
「君は黄の魔力だからね。魔法らしい魔法は使えないだろう。そのかわりに身体能力は高いのではないか?」
「はい! 腕相撲も走るのも得意です!」
エルシュはむんとマッチョな男が取るようなポーズを取った。エルシュはどんなポーズをしてもかわいいなぁ。
「それ自体が君の魔法だ」
「これが……私の魔法だったのですか……!」
エルシュはじっと自分の手を見た。きっとずっと魔力がないものだと思っていたのだろう。
魔力がないから戦士になったという者は黄の魔力が多い。
「黄の魔力……そういうものがあったのですね……」
「それは私の特異能力による分類なのだが、そうだ。私には君の魔力が黄金に見える」
「なるほど……! ですからペリータ様は私を時々黄金と呼んでいたのですね!」
エルシュは大きな笑顔をペリータに見せた。
うお!まぶし!
「その通り、エルシュの魔力は素晴らしく綺麗だ。こんなに綺麗なものは今まで見たことがない」
「そんなに褒められると照れてしまいます」
いいんだぞ。もっとわしにはにかんだきらめく笑顔見せていいんだぞ。
「ペリータ様も、その、とても綺麗だと思います!」
そうだぞ。私も可憐な美少女だぞ。照れる。
「その通りだ。しかしみんな見る目が無くてな。でもそのおかげでエルシュに出会えた」
前の二人の奴隷も可愛かったが、ペット的な可愛さであった。
そして冒険者共は私を女として見ていない。
「私もペリータ様に買われて嬉しいです。えへへ……」
ペリータはエルシュの手を取った。もう掃除を無視してイチャイチャしよう。そうしよう。
やはり私達は出会ったときから相思相愛だったのだ。それは勘違いではなかった。そうでなければ初対面から数刻でこんなにすぐに幸せ空間になるはずがない。ご休憩しようか。
「あっそろそろ再開しましょう! テーブルを動かしますね。よっと」
エルシュはペリータから手を話し、テーブルを片手で軽く持ち上げた。荒くれの冒険者が乱暴に扱う酒場の厚みのある重い長テーブルをだ。
えっ、この子、想像以上に凄い。
「横倒しにそこに置いてくれるか。そう。せっかくだから裏も綺麗にしてやろう」
「わかりました」
エルシュは長テーブルをひょいと回転して、すっと床に置いた。
おわかりいただけただろうか。重い物を軽く音もなく置いたのだ。私なら下ろす前に腰が鳴って折れる。
「その……こんなことを聞くのもなんだが許してくれるだろうか」
「どうぞ遠慮なくペリータ様」
「エルシュはなぜ奴隷だったんだ?」
これほどの能力ならば職には困るまい。お買い得価格で金貨50枚も納得である。
「お恥ずかしながら実家が貧乏でして……」
地方の貴族で下の方に生まれたエルシュ。よくある話と同じように騎士を目指した。
しかし世の流れ、エルシュの一家も没落貴族となっていく。エルシュの家族、フニャシー家は手っ取り早く金となるエルシュを売ったのだ。
「それで良かったのかエルシュは」
「はい。父も母も兄も喜んで私を送り出してくださいました」
「……」
何か言いたい事もあるが言葉にならない。肯定も否定もできない。
話は不幸なはずなのだが、不幸な者は誰もいないからだ。
エルシュは私の天使になったという今があるからいいんだ。はぁかわいいなぁ。
「どうかいたしましたか?」
「エルシュはかわいいなぁと思って」
「あっありがとうございます……」
と照れながらエルシュは少し複雑そうな顔をした。
「あの……やはりかわいいですかわたくしは……」
「かわいいよ。エルシュかわいいよ」
私は背伸びをしてエルシュの頭を撫でた。プラチナブロンドがさらさらとしている。しかし私がそうするとエルシュはもっと困った顔をした。
「わたくしは本当はかっこよくなりたいのです。兄上やペリータ様のように」
なるほど騎士を目指していたのだったな。それに冒険者にも憧れていた?
黄の魔力で圧倒的な力を持つ。しかし見た目は麗しいかよわい美少女……。
なるほど……それでかわいいと言われて複雑な気持ちを抱いているのか。
「ならば私のようにかっこかわいくなればよい!」
両手を腰に当ててドヤッとする。胸を張ったが私に胸はない。例えば弓の弦が当たるからと肉を削いだわけではない。元からない。無念。
「なっなるほど! さすがペリータ様!」
エルシュが尊敬の眼差しでペリータを見た。これは気持ちよくて癖になりそうだ。
「エルシュもすでにかっこかわいいけどね」
エルシュの生き様も悩みもかっこいいとしか言いようがない。かわいいと言われて悩むなんて普通はないだろう。
女なんてかわいいと言われたら喜んで股を開くか、金をせびるかだ。ちなみに私は言われたことはない。なので開く相手はいない。
でもゴンズに言われたら殴りたくなるから、やっぱ違うな。
「ありがとうございます! ペリータ様を目指し精進いたします!」
「ふふふ頑張るのじゃぞ」
まるで弟子を取った気分だ。
掃除はサクサクと進んでいった。テーブル、壁、床と綺麗にしていく。
ついでに最後に天井も綺麗にしておいた。ここで妙技を一つ編み出した。
右手で高圧洗浄をし、左手でそれを受け止めるのだ。床を全く汚さず、左手の上の宙に汚れた水の球を作り上げた。こんなことができるメイドはペリータ様だけだろう。ははははは!
所要時間ざっと2時間。うち1時間ちょっとはエルシュとイチャイチャしていた。
こっそり髪の香りを嗅いだり、事故を装ってお尻を触ったりした。小ぶりでいいお尻だ。これならば穴につっかかったりしないだろう。
「おっおお……」
キラキラと輝くようになった酒場の様子を見てマスターは思わず感嘆を漏らした。
「これじゃあうちに来る奴らは落ち着かねえな」
しまった。綺麗にしすぎるとそんな恐れもあったか! 確かに、荒くれ共が集う酒場からオシャレなカフェのような雰囲気に様変わりした。
「報酬は大銀貨1枚でいいか?」
銀貨1枚かぁ……そうかぁ……そんなもんだよね……。ん?
「大銀貨!?」
私の小さな手のひらに、拳サイズほどの直径のずしりと重い銀貨が載せられた。
「どうしたんだよマスター……貰えるものは貰うけど。後で返せと言われても返さないからな」
「嬉しかったんだよ俺は」
そんな一室が綺麗になっただけで感動するような感情を持ってる人間だったのかマスターは。それを引き出した掃除の力凄い。つまり私凄い。
「お前、セリーナが死んでから二ヶ月くらい塞ぎ込んでただろう?」
「……」
「立ち直って良かったな、と。仲間が死んで心が折れる奴も多いからな。初めてだったんだろ親しい奴が死んだのはさ」
「やめてくれよマスター」
悲しみはエルシュという存在が吹き飛ばしてくれたが、私の心の中には穴はまだ残っている。
「私はまだ冒険者には戻れてないんだからさ……」