[2-14]思考に足りない欠片はどこへ
前回までのあらすじ:賊の土魔法使いに苦戦しそうなペリータだったが、エルシュが黄の魔力の怪力で賊をミンチにしたのでなんともなかった。
「エルシュの領土はどこからなんだ?」
今日もペリータはエルシュの腕の中で揺られている。エルシュ運送だ。
一つ町を飛ばして橋まできた。
「すでにフニャシー家の領土に入っております。分かりやすく言うならば、あそこの橋はフニャシー家のものです」
橋は砦が併設された形になっている。あそこを通るには身を検め税を収める必要がある。
「兵が多くないか?」
「え? そうでしょうか」
心なしか門兵が多い気がする。門を守る者、身を検める者、税を数える者、記録する者、多くても4人も入れば十分なはずだ。
遠目で観ても10人近くいる気がする
「戦争が近いせいでしょうか? フニャシー領は帝国領に最も近いので、物資が先に集められているはずです。人の出入りが多くなってるせいかもしれません」
果たしてそうだろうかとペリータは考える。
不正に入らぬように見張る川べりの兵も多いように感じる。
これはまるで重犯罪者の密入を防ぐためかのように見える。
ペリータはエルシュをじっと見た。
探している者、それはエルシュかもしれない。
フニャシー家のエルシュがフニャシー領に入るのを防ぐのはおかしい気がする。
ただ、ペリータの、予言の力も持つ青の魔力の予感が警戒を発していた。
「エルシュがこのまま入るのは不味いかもしれないな」
「な、なぜでしょう」
エルシュはフニャシー家当主の息子だ。本来ならパレードをして歓迎されるはずの者だ。エルシュが疑問に思うのも当然である。
ペリータはそうだとしたらの可能性を考える。
一つ、エルシュは奴隷の身分である。
奴隷となった息子を領に入れないと、奴隷になった時に契約された可能性。
一つ、この地で戦争が起きようとしている。
間違いなく戦地となる場所へ息子を入れない可能性。
一つ、そもそも領に人を入れたくない。
そもそも紛れ込む者を警戒している可能性。
一つずつ可能性を考える。一つ、あるいは複数の可能性もある。
フニャシー家現当主のエルシュの父親を知らないが想像する。
仮にこれが彼の命令で彼の仕業としたら、彼はどのような人物か。
知っている情報は現当主は没落貴族と呼ばれるほど領を貧しくした。
どのような能力を持っているだろうか。
性格は臆病だろうか。
なぜエルシュを売ったのか。
情報が少ない。
「エルシュ、質問をいいか」
「はい。ペリータ様」
「もしかしたら、答えたくない、嫌な質問もあるかもしれない、その時は黙秘していい」
「ペリータ様への質問は全てお答えいたします」
難しい顔で考えていたペリータにキラキラした目で笑いかけた。
「エルシュは父に愛されていたか?」
いきなりストレートに質問をぶつけた。
「はい! 父上はわたくしを大事にしてくださいました。沢山の教養、武術など、騎士になるべく教育を与えてくださりました」
「それは過剰ではなかったか?」
「過剰ではあったかはわたくしの主観からはわかりかねます。兄もわたくしと同等であり、兄もわたくしを鍛えてくださりました」
「兄とエルシュの違いは?」
「兄は継承第一位です。兄は賢く武術も素晴らしい腕前です。腕力はわたくしの方が上でした」
エルシュ以上の者などそうそういるわけがない。
「他には」
「他……あっ……なぜかわたくしは女性の服を着ていました。理由はわかりかねますが……」
「エルシュが美少女だからだろう。美少女で天使だからに間違いない」
「それは……はい……」
エルシュは服掴んでもじもじして照れた。
なるほど。エルシュは美少女で天使。かわいい服を着せて溺愛されていた。
「おかしいな……」
「おかしいですか……?」
エルシュは少しショックを受けた顔をした。
「おかしい……」
なぜだろう。最後の理由の一歩が思い浮かばない。
「うーん……?」
「ペリータ様、わたくしにもペリータ様のお考えをお聞かせください。何か答えられるかもしれません」
「うーんでもな……」
「なんでもお答えいたします!」
エルシュはぐっと握りこぶしを作った。
「なんでエルシュは売られたんだ?」
「それは……お金が……」
「それは理由ではない」
ペリータは断言した。
「私がエルシュを買った金額は金貨50枚。一般人にとっては大金だが、領主からしたらはした金だ。奴隷商館が買い取った金額はそれより下のはずがないから、エルシュは格安で売られた事になる」
「それだけお金に困っていたからではないでしょうか?」
「それはな……い……いやまてそうか……」
ペリータはうん、うん、と言いながら首を傾げた。
「わっわたくしにもわかるようにお教えくださいませ!」
エルシュは該当者であるから、本来しないような催促を思わず主人にしていまう。
ペリータはそんなエルシュにぎゅっと抱きつく。
「とりあえず今できることがある」
「はい」
「一つ前の街に戻ってイチャイチャしよう」
「はい?」
街に戻ってからは険しい顔をしていたペリータは笑顔でエルシュと手をつなぎ、いつも通りの光景だ。
エルシュはわけがわからないままそれに付き合う。
街中で買い物をして、レストランで食事を取って、昼の酒場で冒険者依頼をあれこれ見て結局受けず、宿を取った。
エルシュは業を煮やし、尋ねてみる。
「ペリータ様、あの話しは……」
「そうだな。さっきのあの依頼はまだ早いよな。それにここでは難しいと思うぞ」
なんて言ってはぐらかせてします。
はぐらかしたのかと思いきや、真剣な表情でエルシュを見ていた。
エルシュにはペリータが何を考えているかわからなかったので、適当に相槌を打つ。
「そうですね。確かにあの依頼は報酬はいいですけど、ちょっと場所が遠いです」
ペリータが言っているのは、先程見た依頼の中の西のオーク領の依頼の事だろう。
オーク領にはオークと呼ばれる魔物が発生する。それは汚らしい豚のような顔の人の魔物だ。
正確にはオーク領の人間は元から見にくい顔をしており、その土地特有の濃い魔力によって魔物化する者が出るようだ。
人間に害をなすため、定期的に間引きをするためにこんな遠い地にまで依頼が貼られているのだ。
「そうだなここは難しいな」
ペリータは木の板がはめられているだけの外の見えない小窓の方を見て言った。
エルシュはうん? と言葉の違和感を感じた。
エルシュは「ペリータ様は時々おかしなことをおっしゃる」とは思っていたが、今のは明らかに意図があるように感じた。
「(監視……されている……?)」
外の見えない小窓を見る意味なんて普通ならあるわけがない。
ここまで念を押されればエルシュもさすがに気づいた。「ここでは“会話”が難しい、と」
エルシュは緊張の面持ちでキョロキョロと辺りを見回す。
ペリータはその光景を見てニコニコしている。
エルシュは一瞬からかわれたのかなと考えた。でもそれも違うようだ。
ペリータは自分の両頬に指を当てて、笑顔を作っている。笑えというジェスチャーだ。
それを見てエルシュは不器用ににこっとした。ペリータはそれを見て思わず吹き出す。
「はぁ……私の黄金の天使はかわいいなぁ……」
などと言ってぎゅっとエルシュに抱きついた。
エルシュはやはりからかわれたのかなと思ってしまう。
「私の天使はかわいいんだ。わかったね」
「はっはい……」
エルシュは思わず頷いてしまう。
そしてペリータはまたぷふっと笑ってしまう。
「じゃあ私達は寝てしまおうか。また明日」
「はっはい……」
エルシュはペリータに手を引っ張られ、二人でベッドへごろんと転がった。
「やあひさしぶり。元気にしてたかい?」
ペリータとエルシュは朝食を食べていると、そんな感じで男がエルシュに話しかけてきた。
金髪で少し長めの髪の貴族風の男だった。
「あの……申し訳ございません……どちらの方でしたでしょうか」
「ああこいつはハナホジリヌスだ」
「はっハナホジリヌスさん……?」
エルシュにはそんな名前に聞き覚えがなかった。あったとしたら忘れられないような名前のはずだ。
「はぁ……そうだ。ハナホジリヌスだ。今度は覚えていて欲しいな素敵なメイドさん」
ハナホジリヌスはキラッと整った白い歯を見せた。
「はい……覚えておきます……」
エルシュは馴れ馴れしい男に忌避感も思いつつもペリータ様のお知り合いのようだから、と頷いた。
「早速だがお嬢さん、僕とデートしてくれないかい?」
金髪をわざとらしくかき上げ、男は手を差し出した。
「食事中だ後にしろ」
と、ペリータは男を一蹴する。
エルシュは作り笑いのまま食事の手を止め、その様子を見ている。
主人に何かしようとしたら、知り合いらしき人物でも直ちに取り押さえるつもりだ。
「これは失礼。ではいつお誘いいたしましょう?」
「しつこいな。西のオークにでも行け」
ペリータは依頼の貼られている壁を指さした。
「ははこれは手厳しい……ではまた後ほど」
「もう来るなよ。昼寝でもしていろ」
ハナホジリヌスはつかつかと宿を出ていった。
「な、なんだったのでしょうか先程の方は……」
「忘れろ。そうだ天使。暇つぶしに薬草摘みでもしよう。冒険者の基本だがまだやっていなかったな。簡単な依頼のものがあったし」
そう言ってペリータはにこにこして木のスプーンを掲げた。
「はい!」
何か色々忘れられてるような気がするが、ペリータ様が楽しそうならいいかなと思うエルシュであった。
次の町に行ったここのパートはあまり話が進みませんが、一気に書いたら30KBにもなったので3分割しました。




