魔王ビル666階
魔王と秘書の性別は決めていません
「おはようございます魔王様、本日のご予定ですが。」
今日も隙一つ無い完璧な私の秘書は予定を読み上げる。
「それから、おそらく正午以降になると思われますが、ユーシャ様が到着予定です。」
「…そうか、遂に来たか。」
「はい。本日中には着くかと。」
………
「…で。ユーシャ殿はまだ着かないのか?」
「いえ。警備の者によると昼前には着いてはいるようです。」
「…もう日が暮れるな。」
「申し訳ございません。こちらの想像を遥かに超える事態でして、ただいま非常階段でこちらに向かわせております。」
「…今どの辺だ?」
「今205階を越えました。」
手元の画面に目を落とす秘書の眼鏡に、監視カメラの映像が映った。
「…まだ先は長いな…。」
………
眼下の街並みに明かりがともりだす、業務終了時間を過ぎると不思議と館内の静けさを感じる。
お茶を淹れて一息つく自分と秘書は、まだまだ帰れそうにない。
「…で、あいつは何で階段なんて使ってるんだ。」
「それにつきましては各部署からの報告を纏めましたので、経緯を報告させていただきます。」
視線で先を促す。
「まず、ユーシャ様は警備の目を掻い潜り侵入したようで、明確な到着時間は不明です。」
「…当然、受け付けにも寄ってないか。」
「はい。監視カメラに見切れたところを偶然見つけたのが昼前の事です。」
「…セキュリティの見直しが必要だな。」
「そうですね。ユーシャ様が常人ではない可能性もありますが、今後改善すべき所は見えました。」
ユーシャの来訪は社員全員に通達してあったようだが無駄だったか。
「その後、しばらく辺りをを散策した模様です。気配がして振り返っても誰もいなかった等いくつか報告されています。」
「…ちょとしたホラーだな。」
「ええ。私もユーシャという存在と、あちらの国を甘くみておりました。まさか一般人相手に抜剣するとは。」
「…はぁ!?」
「エレベーターから降りたところを突然威嚇されたと。これは私の想像ですが、急に壁が開いて人が出て来て驚いたのではと考えます。」
「…そうか…知らなければビックリするか…。」
ユーシャ殿の祖国とは文明や思想が異なるとは知っていたが、ここまでとは。
「…被害は無いんだな?」
「ありません。ただ、その者は魔王様はどこかと聞かれたそうで、エレベーターに乗せようとして逃げられたそうです。」
「…何故逃げる?」
「おそらくですが―――」
秘書の声を遮って、遠くからガンガンと扉を叩く音がした。
「あ、いらっしゃいましたね。鍵を開けてきます。」
「…待てまて、何で外階段なんだ。中にもあるだろ。」
「こちらの方が誰とも会う事無く、真っ直ぐ来て頂けるかと思いましたので。」
「…よく誘導出来たな。」
「館内放送を拝借しまして、あちらの国らしくユーシャ様に呼び掛けたんです。」
…らしく?
ユーシャ、聞こえますかユーシャよ。迷える者よ、汝の進む道を照らそう。闇を照らす芽吹きの光(非常口のライト)を探しなさい、その扉の先、天に向かい進むのです。私は貴方を見守っています。
…うぅん。多分こんな感じか?
まあ、こうして釣られてくれたのなら、良かったのだろ―――。
バァンッ!!
あ、扉が。
「…逝ったな。」
「そのようですね。魔王様はこちらで少々お待ち下さい。私がつれて参ります。」
………
扉を開けた秘書に入室を促されたユーシャと対面した。
ユーシャが大人しく着いてきた事については、わざわざ有能な秘書に聞く必要もないだろう。
「…よくぞ参られたユーシャ殿。今温かい茶を出そう。」
「ふん!騙されるものか!どうせ無限回廊で弱った所をその茶に仕込んだ毒で止めを指すつもりだろ!」
…無限回廊?あぁ、外の階段か。ということは誘導がバレたのか。
控える秘書は小さく頷いた。
「あっさり城に入られて動揺したか?だがまんまと姿を現すとは油断したな!俺は嵌められた振りをしただけだ!」
ユーシャの、城、という表現のせいで、後の言葉が頭に入ってこない。
…城。
最上階に自身の居住を置き、仕事場でもあるこの、全667階からなる天高くそびえ立つ金属の塊を。…城。
下層には眠らぬ商業施設が並び、中層には一般に貸し出しているエリアもある。それを城…。
「…ぶっ…ははははっ!」
「な、何がおかしい!」
「…くくっ、いや、すまないなユーシャ殿。貴殿には我が城のもてなしがお気に召さなんだか。」
「もてなしだと!?はっ、なめるな。数ばかり揃えて録に統率のとれていない兵は誰一人と俺の動きについてこれなかったぞ。」
…警備員、いや、商業エリアの客か?失礼な奴め、兵ではなくとも彼等の行列は見事なものだ。
「幻覚も粗末なものだったな。匂いは褒めてやるが、今の時期は採れぬ食材に直ぐ偽物だと気付いたぞ。」
…あー。冷凍庫あるからなぁ。
なんだか楽しくなってきた。
「…いやはや。ユーシャ殿には敵わないな、ならば何故、一度でも丸腰の相手に剣を抜いたか教えて貰えるかな?」
「あ、あれは貴様等が奇襲を仕掛けたからだろう!し、しかし!俺に怯えて足止めにもならなかったがな。ふはは!」
…やっぱり驚いたのか。
「おまけに録に策も練れぬ、あのように見え透いた罠に俺がかかるわけがない。」
「…うちの者がなにか失礼を働いたかな?」
「白々しいな。気持ちの悪い生き物が俺を丸飲みにしようとしただろう。魔王に会うには中に入れと奴は言ったが、大口を開けている中にむざむざ飛び込むやつがいるか。」
………………。おぉ!エレベーターか!!
中々乗ってくれなくて扉が開閉して、それが口に見えたんだろう。
僅かにハッとしたその表情を見逃さなかった秘書も頷いている。
そうか、そうきたか。恐るべしユーシャ。
「…なんというか、悪いことをしたな。まさかユーシャ殿がそこまでだとは思わなかったこちらの落ち度だ。」
「ふっ、俺の強さが理解出来たようだな、大人しく姫を返せば痛い目を見なくて済むぞ。」
…あ?あぁ、そうだった。ユーシャ殿は姫君を迎えに来た使者だったな。
「…その事だが、彼女、実は今うちで働いていてな、こちらとしては彼女の帰らないという意思を尊重してあげたいと思っている。」
「まさか姫様が奴隷に…!くそっ、なんと下劣な奴だ!」
おいユーシャ、奴隷とか言うな。うちは給与も休みも福利厚生もしっかりしている。
まったく、そもそもこの件はそちらの国の問題なのだ。
真法という不思議な力で成り立つ国で、その力を使うための真力が少ないと、虐げられていた王女が家出したのが始まりで、こっちは面接に来た彼女を雇ったにすぎない。
もっといえば、王女だけではない。年々かの国からこちらに移り住む者は増えているのだ。
真力と生まれで人生が決まる国から来た者は、あちらで使える真法がこちらへ来ると使えないにも関わらずやって来る。
なんでも、下手な真法より誰でも使える便利な物があってこちらの方が住みやすいらしい。
逆もしかりで、こちらで作られた製品は向こうで使うことは出来ない。
学者が研究しているが、その謎は未だ解けそうにない。
「拐われた姫様が帰りたくないなどと言うわけないだろう!姫は何処だ!その首落とされたくなけれっあばば!!!?」
ユーシャが剣に手をかけようとした時、背後にいた秘書の手元がパチッと光り、ユーシャは崩れ落ちた。
「ぐっ、な、貴様っ、何故真法が使える…!?」
違うぞユーシャよ、それはな。スタンガンだ。
「失礼いたしました。ユーシャ様、本日の就業時間は過ぎておりますので姫様にはお帰り頂いております。ご面会は明日以降にお願いいたします。」
…ユーシャを見下ろす秘書が怖い。何故スタンガンを持っているのかなどと突っ込む勇気は持ち合わせていない。
だいたいユーシャが普通に来ていれば最初に会えていたのだ、なんせ彼女は受け付けで働いているのだから。
「…すまないがユーシャ殿、今日は一旦退いてはくれないか。必ず明日時間を作ろう。…ときにユーシャ殿、宿は決まっているのか?あてがないのなら家に泊まっていくといい。この上だからな、明日またあの階段を登らずに済むぞ。」
とゆうか泊まっていけ。面倒くさい。
「なりません!魔王様!」
秘書の大声なんて珍しいな。
「…もうこんな時間だ、もう二人とも泊まっていけ。部屋は余っているからな、気にするな。」
「わわわ私もですか!?その、いえ、あの。」
そんなに嫌か。いや、しまった、セクハラだったか…!?
「ええい!ごちゃごちゃと煩い!俺は貴様と馴れ合う気はない!俺は…、俺の命に代えても姫様を助け出す!」
あ?…おまえ格好つけてるが、姫様が来たの3年前だぞ。今まで何やってたんだよ。
冒険とかいいからさっさと来いよ。
「こほん。このような事態に備え、姫様の連絡先は聞いております。」
あ、秘書が元に戻った。
手早く操作し耳にあてた機器から賑やかな音が漏れ聞こえる。
「お疲れ様です、夜分遅くに申し訳ありません。ええ、先程ユーシャ様が…、ええ…では画面に出しますので、よろしくお願いします。」
そしてユーシャへ画面を向けた。
「ん?…あっ!ひ、姫様!ご無事ですか!?なんだこれは!早く姫様をここから出せ!」
こうなるだろうと想像は出来たが、画面の裏とか見ても意味ないぞ。そこに閉じ込めてる訳じゃないからな。
あと姫に一瞬気付かなかったな、3年前とは随分印象が変わっているから無理もないが。
「落ち着いて下さい、私は無事です。」
「姫!姫!ユーシャです!お迎えに上がりました!」
「ごめんなさい、私は帰りません。お父様にもそう伝えて。」
「姫!俺にはわかります!魔王に言わされているのですね!安心して下さい!すぐに魔王を討ち取り解放しまっだあが!!」
ユーシャが言い終わる前に、すかさず秘書の真法が炸裂する。
ほいっと画面を覗き込めば、そこはどう見ても居酒屋だ。
「…こんな時間に悪いな、ずっとこんな調子で参っているんだ。」
「えっ魔王さま!?あっ、お疲れ様です!すいません、ご迷惑おかけして。」
「…いや、力になれなくてすまない。」
「そんな!私、感謝してるんです。国でお荷物だった私を魔王さまが救ってくれたから。今こんなにも幸せで。」
「…そうか、君はそう想ってくれるんだな。」
しんみりしていると、画面の端からひょっこり別の女性が顔を覗かせた。
「なになに〜なにしてんのぉ?あ、魔王様じゃない?お〜疲れ様で〜す。」
「ちょっと、さっちゃん!飲み過ぎだよ。」
「あれぇ〜、遂に元カレが迎えに来たのぉ?」
「だから、そーゆーのじゃ無いってば!」
「ふふ〜。姫にはもう愛しのあっくんがいるもんね〜。」
「さっちゃん、声が大きい!」
姫様の意識がそちらに向いてしまい、一方的に眺めるだけになっていると、新たな声が交じる。
「え!姫、アクマと付き合ってんの!?マジかよ〜。」
以外と画面の外に人が居るのか、隠していたらしい色恋の話に一際騒がしくなった。
「同期の飲み会ですね。」
秘書が補足してくれたお陰で状況が掴めてきた。
姫様は社内恋愛中で、秘密にしていた関係を酔った同期の女性、さっちゃんがばらした、と。
「え〜!姫ってマジで姫なの!?」
「そそ、マジの姫様。でね、今お迎えが来てるんだって!」
「すげ〜!アクマ!王になんのか!」
「どうかしらね〜?引き離されちゃうかもよぉ?」
泣きそうな姫の隣で、男とさっちゃんとやらは盛り上がりをみせる。
と、画面外からばんっとテーブルを叩く音が鳴ったと思えば、新たな男の一喝に騒ぎが収まった。
「やめろよ!!僕は彼女が姫だとか関係無い!」
…ふむ、彼がそのアクマか。
そのアクマがずんずんと姫様に詰め寄ってきた。
「別に王になりたい訳じゃない、もちろん、君といるためならどんな事でもする。でも、だからこそ僕は君のご両親に挨拶したい。」
「でも…。」
「僕は伝えたいんだ。君がこの3年間どんなに頑張ったかを、僕がどんなに君の笑顔に救われたかを、僕が君をどんなに大切で幸せにしたいと想っているかを…!」
「あっくん…!」
「反対されるかもしれない、酷いことを言われるかもしれない。…もしその時は…君を、…さらってもいいかな?」
「――!!…っ、はい!!」
…これはこれは。ご馳走さま。
わっと外野が湧くのを見つつ、胸を撫で下ろす。
おや?こちらを見るさっちゃなる女性と目があった。
その長い睫毛に縁取られた大きな眼を片方だけぱちんと閉じた瞬間、不自然に通信が切れて画面は暗くなっていた。
…そうか、酔ったふりしてわざと言ったな。あの娘、中々やりおる。
「…ふぅ。丸く収まったな。」
「そうですね。あちらは、ですが。」
その通りだ。
何故か突然通信を切った秘書は不機嫌な黒いオーラを放っているし、ユーシャは号泣している。
…さっちゃんよ、是非こちらも何とかしてほしいのだか。
「うおおお!俺にはわかる!あの男ならば姫様を任せられる!俺は決めたぞ!貴様等が止めようと俺は姫様とあの男責任をもって送り届ける!」
急にやる気を出したユーシャ。こいつの推眼はあてにならんが、同意はする。
「…ふむ、二人で行かせるより安全か。ユーシャ殿、よろしく頼んだぞ。」
「貴様に言われるまでもない!命に代えてもやり遂げる!」
…こいつ命にかえすぎ過ぎじゃないか?本当に任せて大丈夫かな。
「魔王様、話が纏まりましたね。それでは私はユーシャ様を宿へご案内致します。」
「え?いや、俺はここでいいぞ。」
「ふふ、ユーシャ様は痛いのがお好きですか?」
「ひっ…!わ、わかった!是非お願いします!」
…ユーシャがスタンガンに屈した。
二度もくらったもんな、凄い音してたし。
…………
あの後結局、我々はユーシャでは不安と判断した。
姫様達や暴れるユーシャと一緒に国の境まで空路で行き、向こうの国で研究している、知り合いの学者に引き渡したのだ。
後に聞いた話では、あちらの国は大騒ぎになったらしい。
怒り狂う王に、あわや命の危機となった時、以外にもユーシャが活躍したそうだ。
和解はならず逃げ帰る事になったが、こちらが正式に抗議と姫様の保護を通告した事で一先ず落ち着いたのだった。
………
「おはようございます魔王様。本日のご予定ですが。」
いつも通り、隙の無い完璧な秘書は予定を読み上げる。
「それから、セージョと名乗る方が魔王様に会いたいとの連絡を受けております。」
「…そうか!来たか!」
「魔王様、この方はもしや…。」
「…あちらの国出身で大人気の歌手を想像しているなら、まさしくその人だ。」
「お知り合いだったのですか?」
「…いや、直接ではなかったが。あの二人が親しい者だけで小さな挙式をあげると聞いてな、サプライズで歌ってほしいと友人に頼んだんだ。」
「芸能事務所社長のヴァン様ですか?」
「…うむ。それで話を聞いたセージョ殿が、二人のために曲を作りたいと申し出てくれてな。馴れ初めを詳しく聞きたいと言うことで、セージョ殿の都合がつくのを待っていたんだ。」
二人がセージョの大ファンなのは、さっちゃんことサキュバス君から確認済みだ。
「…姫様の同期のサキュバス君もそれとなく呼んでくれるか。二人の事は彼女に聞くのがいいだろうからな。」
「そう、ですね。……畏まりました、何か理由をつけて呼び出しましょう。」
…な、なんでそんな嫌そうなんだ。
「魔王様。何かありましたら必ず私を通して下さい。くれぐれもサキュバスさんとは二人きりで逢いませんようお願いします。」
「…あ、はい。」
…秘書よ。上司がそんなに信用ならんか。泣くぞ。
「魔王様。もう一点、ユーシャ様の事ですが…。」
不意に秘書が自分の後ろに視線をやったのにつられ、振り向いた。
「…ぅわ!?ゆ、ユーシャ?」
窓の外には、剣ではなく窓の掃除用具を手にしたユーシャがべったり張り付いていた。
…あ、ユーシャがベテランの職員に怒られている。
そのまま頭を下げる職員と共に下へとスルスル降りて消えて行った。
「御覧になられました通り、ユーシャさんは清掃員としてうちで働くことになりました。」
「…そ、そうか。」
「ユーシャさんは魔王に呪いをかけられたあげく、王に刃を向けたため。という理由で追放されたそうです。」
「…そんな事になっていたのか。」
「最近あちらの国では、国をあげて魔王様は邪教の祖と広めているそうです。」
「…なんだそりゃ。」
「さらに、こちらに流れた人を、魔王に堕ちた"魔族"と呼び、姫様をアクマに魂を売った裏切り者の"魔女"と呼んでいるようですよ。」
…自分達の体面を保つために嘘で固める…か。
「状況はこれまでとさほど変わらないかと見ておりますが、動かれますか?」
「………ほっとけ。」