わたしの居場所
『私に居場所なんて存在しない。』
それに気付いたのは、中学に入ってから。
小学生の頃は両親や友達がいることで、自分の世界は此処なんだって思えていた。この世界は、自分が必要なのだと感じていた。
でも、私が中学生になった頃から世界は変わり始めた。
大きな転機は、父が死んだこと。大事な歯車が一つ抜け落ちたように、そこから全ては狂い始めた。
父が死んでから、母は生活費を稼ぐために仕事を始めた。何の仕事かは知らないが、いつも夜遅くまで働いていた。
夜中に帰ってきた母は、眠る私を起こす。そして、自分の苦しみを私にぶつけた。仕事や子育て、それらに関する事を全て、言葉と力で私に振るった。毎日毎日、それは続いた。女の力なんて強くはない。なのに、私には激痛が走る。
心も体も、痛みを受ける。
母は壊れた。
私も壊れ始めた。
痛みも悲しみも、喜びも涙も枯れ果てた。
学校でも、いじめられた。理由は多分、暗いから。痛みを知らない人達が、私をさらに傷付けた。
何度死にたいと考えただろうか。
母から受ける虐待は次第に酷くなり、遂には刃物が向けられるようになる。
私は恐怖し、死にたくないと何度も何度も感じた。
そして中学一年の夏休みに……死んだ。
私ではなく、母が。
あの日、いつもと変わらず刃先が私に向けられた。
ただ違うのは、最終的には母が刺されて終わったこと。逃げる私を追う途中に、躓き、自分自身を刺し貫いてしまったこと。
私は、悲しくなんかなかった。それどころか、壊れた私は喜びを感じてさえいた………。
母が死んで直ぐ、私は祖父母に引き取られた。
学校が変わり、また一から全てを始めようとした。
けれど、祖父母は私を直ぐに手放し元の家に帰した。私みたいな暗い子は怖いと突き放した。
私は、また居場所をなくして一人になった。
残りの中学生活は、何も変わらなかった。
高校に入学して、何か変わるか期待していたが、それもほとんど無駄だった。周りが変わっても、私が同じなら意味がないのだ。
しかし、一つだけは変化が訪れた。唯一、私に優しくしてくれる人が現れた。彼は、私に居場所をくれた。たった一人の大切な人。
できれば、いつまでも二人きりでいたい。誰にも渡したくない。三年ぶりに私は、居場所があると感じた。
学校の屋上に二人きり。落下防止のフェンスに背を預け、並んで座っている。
「よかった。誰もいなくて」
「あ、あの……」
「どうかした?」
彼が不思議そうに尋ねてくる。
「え、えと……その、あの」
教室を出た時から、ずっとこんな調子だ。そろそろ普通に返事をしないと………。
「ら、蘭月…君?で………い、いいのかな?」
「それでいいよ。えっと、蘭月夜白です。よろしくね」
「ひ、姫百合、燐火……です」
自分の顔が赤くなっているのがわかる。人と話すなんて久しぶりすぎて、少し恥ずかしいのだ。
「姫百合さん」
「は、はいっ!?」
「とりあえず、食べ始める?」
蘭月君が持ってきていた弁当箱を出しながら言う。
「そ、そうですね」
弁当箱を開けてから、彼がこちら見て何かに気づいたようだ。そして、私に一つの問いかけをした。
「食べる?」
お弁当を食べないか?とそう聞いてきた。
「いいんですか?」
そう聞くと、彼は微笑みながら「当然、当然」と答えてくれた。だから、その言葉に最大限甘えることにした。
「何か欲しいものある?」
「えっと……じゃあ卵焼きを」
「わかった。――――はい、口開けて」
彼は弁当箱の中から卵焼きを箸ですくうと、私の口元に差し出した。
「……え、ええっ!?………そそそ、それって………」
「はい」
「あの、えと……………あ、あむ」
箸先で掴まれた卵焼きを口を開け、彼に食べさせてもらう形で食べる。やっぱり恥ずかしい……。でも、とても嬉しく感じる。
「美味しい、です………」
その味はとても美味しくて、温かくて……懐かしく感じる。
「そっか、よかった」
こんな日々がいつまでも続けばいいのにと、私は思う。そう思えるほどに、彼と過ごす毎日は優しく、温かく、楽しく……。
彼の側が今の私の唯一の居場所なのだと強く感じる。
だからこれだけは、彼との関係だけは、誰にも壊させない、触れさせない………。絶対に絶対に。