エピローグ
それから、数日が過ぎました。
今日も、朝早くからお庭をお掃除していました。
早朝の風は新鮮で、とても気持ちがいい。
またおもしろい葉っぱがないでしょうか、と足元を見ながら手を動かしていたところ、前方に人影があることに気が付いて顔をあげました。
青い髪をした、長耳族の、背の高い男の人でした。
わたしのほうをじっと見つめておられましたので、目が合ってしまってぱっと顔を赤くされました。
「どちらさまでしょう?」
わたしは、声をかけました。お客様は、なにかもごもご言っておられるようでしたが、よく聞こえません。
「神主さまにご用事ですか? すいません、あいにくでかけておられまして」
「ち、ちがうんです」
お客様は、首をぶんぶん振りますと、なにかわたしに差し出してくださいました。
「これ、その、お返しするの忘れてて」
淡い水色のハンカチでした。
「ちゃんと洗濯しました」
えへへと笑う、その声には聞き覚えがありました。
「もしかして、陸さんですか?」
「は、はい、そうです」
陸さんは、真っ赤になってうつむきました。
「先日はどうも、ありがとうございました」
深々とお辞儀をされたので、わたしも倣ってお辞儀をしました。
「あれから、いろいろ考えて」
ふたりで階段に腰掛けると、陸さんは空を見ながら話し始めました。
「実家に戻ったんです。家族に久しぶりに会って、暖かく接してもらって、とても嬉しかった」
「それはよかったです」
「はい、ありがとうございます」
陸さんは一瞬笑顔を向けてくれましたが、ふっと寂しげな表情に戻りました。
「でも、やっぱり、本名で呼ばれるのは落ち着かなくて。また出てきちゃいました」
「そうですか……」
「あ、でも、すぐに戻りますよ」
わたしも寂しげな表情になったのを気づいて、陸さんはあわてて笑顔に戻りました。
「あなたが、僕の幸せを祈ってくれるって言ってくださってとても嬉しかった。
僕は自分の幸せと真面目に向き合って見ようと思ったんです。
『ふりっく』としての幸せと」
そこまで言うと、陸さんは、あ、と声を上げました。
「本名、言っちゃた~」
頭を抱える陸さんが可愛らしくて、思わず笑ってしまいました。
「僕のことは陸って呼んでくださいね。まだ僕は陸でいたいんです」
「わかりました」
わたしがそういうと、陸さんは嬉しそうに笑いました。
「あ、そうだ。これ、よかったらどうぞ」
陸さんは、腕にぶら下げていた小ぶりのかごをわたしに差し出しました。
カバーを開くと、まっかなりんごがみっつ、入っていました。
「実家で取れたりんごです」
「わあ、ありがとうございます!」
とてもつやつやしてておいしそうで、わたしは見惚れてしまいました。
そんなわたしの様子に、陸さんは満足げなお顔をされました。
こんな暖かい表情でりんごを育てている陸さんの姿が浮かんできました。
きっとりんご農家は陸さんの天職なんだろうなと思いました。
「お仕事中に、すみませんでした」
陸さんは立ち上がりました。わたしも続けて立ち上がります。
「いいえ、お話できて嬉しかったです」
「僕もです」
二人してくすくす笑いました。
「……あの、またお話に来てもいいですか?」
陸さんは、うつむいてそう仰いました。わたしは驚きましたが、すぐにお返事いたしました。
「もちろんです! 是非おこしください」
「ありがとう」
陸さんは、今までで一番素敵な笑顔を見せてくださいました。
こんな笑顔を見せる陸さんに、不幸なんて似合わないと思いました。
それから、陸くんとわたしはお友達になりました。