序
「急に寒くなりましたねぇ」
「落ち葉がいっぱいです」
わたしは境内を見回して、そうひとりごちました。
ここは象耳神社。セカンドシティの山の上に建つ、チャイブさまを祀っている神社です。象耳族中でも特に血の濃い、丸象耳族の神主さまと、わたしのふたりでお守りしています。
わたしの名前はうるる。象耳族の巫女です。巫女といっても、毎日お掃除するくらいしか仕事はなく、特別なことはなにもできません。
一応、神社では象耳教としてチャイブさまを祀っておりますが、チャイブさまはとても大らかな方で、すべてのものには神さまが宿っており、自分と同様に崇めなさいと説くお方です。わたしはそんなチャイブさまのお考えが好きなので、こうしてお仕えしております。
今日も鼻歌を歌いながら、落ち葉を集めていました。すっかり秋めいてきた木々、落ち葉は色とりどりで綺麗です。大きな黄色い葉っぱを見つけたので、お面にして後で神主さまを驚かせましょうなどと思ったりしました。
境内のお掃除が終わったので、次は社内のお掃除をしようと思いました。まずは入り口そばの小部屋から取りかかることにしました。神主さまに懺悔室と呼ばれているお部屋です。
畳一畳ほどの広さで、壁一面だけ襖で仕切られています。その前に小さな机と、座布団が敷いてありました。襖の向こうには同じ部屋があり、外から人が入れるようになっています。ここでは誰でもお顔を見せずに、神主さまとお話ができるようになっているのです。
突然、ガタガタと音がして驚きました。どなたか入ってきたみたいです。
神主さまを呼ばないと……と思いましたが、そういえば今はお出かけしてらしたのでした。ここを利用されるかたはめったにいませんので、わたし、初めての事で動揺しました。
「あの……誰かいらっしゃいますか」
問われて、はい、と応えてしまいました。あわてて口を押さえましたが遅かったみたいです。
「聞いてほしいことがあるんです」
壁の向こうのかたは、興奮気味で言いました。どうしましょう、わたしは悩みました。たしか神主さまは、ここでは話を聞くだけでいい、と仰ってました。ただ聞いているだけで、相手は満足するのだと。それならわたしにもできますよね、と思いました。
「はい、お聞きします」
「ほんとですか!?」
座布団に座って応えましたら、向こうのかたはは嬉しそうな声を上げました。
「あの、僕……このこと人に話すの初めてで……あの、上手く話せないかもしれないんですけど、その」
向こうのかたはおどおどとしていました。
「誰かにきいてほしくて」
切実な声でした。わたしはできるだけ安心してもらえるような声色で話しかけました。
「お聞きするだけしかできないかもしれませんが、いいですか?」
「それでもいいです!」
はっきりとした応えに、ほっと胸をなで下ろしました。
しばらく、静寂が流れました。どう話したものか、悩まれているようです。わたしは黙って待ちました。
「じゃあ、お話します……きいてください」
大きな深呼吸がきこえたあと、姿勢を正したのか、襖に映るシルエットが伸びました。わたしも姿勢を正します。わたしよりかなり身長の高い方だなと思いました。
「僕は陸と言います。あっ、これは本名じゃなくて愛称みたいなものなんですけど」
「いいんですよ、お名前は言っていただかなくても」
「はい、すみません、ありがとうございます……」
また深呼吸をして唾を飲む音が聞こえました。
「聞いていただきたいのは、僕の半生です」
少し、長いお話が始まりました。