5 誤解からはじまる英雄譚
エレンのログハウスは小さく、部屋も一つだった。
家具もテーブルと小さなベッドがあるだけだ。一人で住んでいるのだろうか?
テーブルにはイスが二つあるから二人で住んでいるのかもしれない。
異世界の地は夏なのか気温が高くてエレンはログハウスのドアを開けっ放しにした。警戒をされているわけではないことを願う。
開け放ったドアからはやはり村人がこちらをジロジロ見ていた。
警戒されているのか、あるいは東洋人が珍しいと思われているのか?
エレンは金色の髪を紐で結んでポニーテールになった。料理をはじめるようだ。おそらく土を焼き固めて作っただろうカマドにワラのような草を入れた。
「ヒヨツケテ」
ん? と思っているとカマドのワラに火がついた。多分、魔法だ。
ヒヨツケテって言ったのか? ひょっとして今のは日本語だったのでは。
ちょっと変な日本語だったけどそうだった気がする。
おキツネ様はこの異世界では日本語は真名で、すなわち魔法言語と言っていた。
やっぱりさっきのは日本語なんだろうか。おキツネ様に聞きたくなってくるけどポケットに入れたばかりだ。
エレンはカマドのワラの火で鍋の料理を温めていた。
スープだろうか? とても良い匂いが漂ってくる。
いなり寿司二個で走ったり、歩いたりしたから、空腹が限界に近かった。
ひょっとしたら魔法を使った影響もあるのかもしれない。
ついに料理が供された。
肉と野菜が入ったスープにパンとチーズだ。
エレンも一緒に食べてくれるらしい。
ネカフェ難民をしていた俺には涙モノだ。
「いただきます」
つい日本語で言ってしまう。エレンはちょっと驚いた顔をする。
「イタダキマス」
今度は俺も驚いた。エレンもいただきますと確かに言った。
何度か思ったことだが異世界カナンと日本はやはり密接な関係があるのかもしれない。
そんなことを考えながらスープを口に運ぶ。
……う、美味い。腹が減ってるからだろうか。とにかく美味しい。すぐに無くなってしまう。
空になったお皿をつい眺めていたら、エレンが笑ってオカワリを注いでくれた。
物欲しそうに見えたのだろうか。しかもガッツイて三杯も食べてしまった。
少し下品だったかと反省したが、エレンは木のコップで水を飲みながら笑ってくれている。ちょっとお姉さんに見えるその仕草はとても可愛らしかった。
エレンは少し休んだ後に何かを思い出したように手を叩く。ベッドの横にあった棚から地図を取り出した。
テーブルに広げる。そして彼女は俺を遠慮勝ちに指さしたり、場所を指さしたりしていた。
最初、俺は意味がわからなかったが、段々とわかってきた。
つまり俺はどこから来たのかと聞かれているようだ。
この鳥居みたいのがこの異世界に転移したところで、この絵が村か……。村の近くに線が引いてある。別の国か領土の国境なのだろうか?
エレンは目を輝かせて俺を見ている。
ど、どうする。おキツネ様に土地の情報を聞くか?
しかし、先ほどおキツネ様を強制シャットアウトしているので少し気まずい。
お! この村の向こうに城の絵がある!
ここでいいんじゃないだろうか。ここにしよう!
俺は自分を指で示してから堂々と城を指差した。
するとエレンは目を見開いて立ち上がる。
え? なんか間違ったかな? 出身地を聞かれたと思ったから城を指差したんだけど……。
エレンは俺の手を取って頭を下げた。しかも涙目になっている。
え? え? え? 何事?
エレンはその後、家を出てしまった。
しばらくすると村人がぞろぞろと集まって来て、一人一人が俺に挨拶をした。
なぜか女の人や子供が多かった。
エレンのように手を取ってなにか訴えるものもいれば、土下座をせんばかりに跪こうとする若い女性もいた。俺は慌てて立たせようとする。訳がわからない。
その後、酒を出されて、未成年だと断って何度か繰り返した後、湯浴みを案内されて、村では一番大きな家の個室のベッドに寝かされた。
エレンがなんでもやってくれて凄く快適だった。快適だったが……。
「ありがたいけど……訳がわからねえ……村人のこの好待遇はなんだろうか? いや最初からエレンは優しかったけど、村中がこの態度ってちょっと変だぞ?」
大変な事態が起きているかもしれない。……さしあたって解決の糸口は一つしか無い。
俺はポケットから鈴を取り出して握りしめた。
「おキツネ様」
『……なに? なにか用?』
「……あのスネているんですか?」
『別に全然』
どうやらおキツネ様はスネると現代語風になるようだ。
『スネてないもん!』
「そ、そうですか」
今は一刻を争う。あまりここを突くのはやめよう。
『一刻を争う? なにかあったのか!?』
心配をしてくれているようだ。おキツネ様はなんだかんだ優しい。
『えーい。いいから早く言うんじゃ!』
俺は村人の好待遇を思い出す。
『確かに不自然じゃの。好待遇の前になにがあった?』
飯を食わせてもらっただけなんだが……あ、そういえば自分の出身地を教えたんだった。
『出身地を教えた? どこを出身地と言ったんだ』
えっと、この村の隣の国にあった城ですね。ちょっと高貴っぽいでしょ。俺はおキツネ様にちょっと誇らしげに語った。
『お前、そこは魔王城じゃぞ……』
へえ。魔王さんのお城ですか。って魔王城?
「な、ななななんでこの村の近くに国境があってその国に魔王城があるんですか? ありえない……というか危険じゃないですか!」
『危険か……その通りじゃ。ここは開拓村なんじゃよ』
開拓村か。それは俺も思ったが。
『ただの開拓村ではない。貧しいものが入植する開拓村だ』
意味がわからない。
『魔族の軍と人間との戦いは熾烈を極めておる。というか人間がずっと押されていての。戦争はとにかくカネがかかる。そうすると真っ先に割を食うのが貧しいものたちだ』
なるほど。
『貧しいものから暮らせなくなっていく。そのために国がおこなった政策が魔族の国に近い地域の有効活用だ……』
つまり魔族の国の近くの入植か。ひどい話だな。
『代わりに税金は安いんじゃ。国家も税金を取りたくてとっているわけではない。魔族との長い戦争でそのような事態になっておる。ワシは王を知っているのだが、民を思う気持ちは厚い』
なるほど……。でもなんで俺の出身地が魔王城だと好待遇になるんだ。むしろ逆じゃないか。
『出身地を聞かれたんじゃなかったんじゃろう』
「はあ? じゃあなにを聞かれたんですか?」
『きっと出身地の逆じゃ。目的地じゃよ』
「ああ、なるほど。地図で場所を聞いてきたのだから有り得そうな話ですね。魔王城が目的地か。ん?」
魔王城が目的地? ま、魔王城を目的地なんかにしてどうするんだよ? ってか魔王城を目的地だと思われるってひょっとして……。
『単身、敵城に乗り込む理由など他にあるまい。つまり魔王を討つものじゃ。頑張れ!』
や、やっぱりか……どうすりゃいいんだよ。村人たちの目を思い出す。涙を浮かべているものもいた。
完全に期待されてるぞ。
しばらく毎日投稿します。