4 おキツネ様の願い事
「……滅亡、か」
衝撃の事実を聞かされ、俺とアオイは唖然としていた。
先に口を開いたのはアオイだった。
「なにか出来る事はないんですか? また別の世界から真名を調達するとか」
「それは我々も考えていて、だいぶ前から探してはいるのだが中々それほど都合の良い世界がみつからなくてな。大抵の世界は人間はおろか意思疎通できる生き物もおらん。それにそのような生き物がいた時点で、コシンプイ信仰を教え込むのにも何十年と言う時間が掛かる……大よそ間に合わんよ」
無宗教大国である現代日本でおキツネ様信仰を復活させるのも実質不可能に近い。
「じゃあ、カナンの人たちを日本に連れてくるとか」
「ただでさえ君達の世界は人口が増えすぎているのだろ。これ以上そちらの世界に負担を掛ける訳にもいかない」
確かに。いきなり日本に大量の異世界人が現れてもカオスな事になるしな。
「でも、なんとかしないとみんな死んじゃうんですよね!」
焦りの籠ったアオイの言葉に、長老は冷静に頷く。
「ああ。きっとそれもまた定めなのだろう」
長老が手を振ると、二つの球体を繋ぐ線が切れる。
「我々としては二つの世界を切り離そうと考えている。そうすれば地球に被害は及ぶ事がないしな。申し訳ないがコシンプイは地球で貰ってやってくれ。彼女も君達の事が気に入っているようだし、何百年と彼女に負担を強いた我々が行えるせめてもの罪滅ぼしだ」
「でも、貴方たちは……」
「我々はこの世界と運命を共にするよ。命あるものはやがて滅びる。その摂理を覆そうとしていた我々が間違っていたのかもしれない」
さっきから何も言わずに聞いていたが、すっかり諦めきった長老の態度が耐えられず、俺は立ち上がった。
「定めってなんだよ。誰が定めたって言うんだよ。神様か? 俺が唯一知っている神様は目の前にいるコイツだけだ。そして確信を持っていえる。おキツネ様はカナンに滅んでほくなんかないって」
「リョウタ……」
長老は少しだけおキツネ様を見つめ、眼を逸らした。
「しかし――」
「俺にはさ、何もなかったんだよ。だけど、おキツネ様のおかげで……カナンのおかげで全部見つける事ができた。 エレンさんも、アリシアも、メアリーも、リリスも。カナンがあったから出会えた。アオイや田中さんだってカナンのおかげで仲良くなる事が出来た。俺のクソみたいな人生に生きる意味を与えてくれたこの場所を、絶対に見捨ててたまるか!」
自分が声を荒げてしまった事に気づき、俺は謝る。
「すいません、急に怒鳴っちゃって」
「……リョウタ」
長老は溜息を吐いた。
「いや、私こそ悲観的になってしまい申し訳ない。カナンの滅びを何としてでも食い止めたい気持ちは私も同じだよ」
「本当にもう何もできないんですか?」
すると長老は顎に手を当てる。
「他に考えられるものとしては、コシンプイの代わりを務められる者を見つける事だ」
「代わり?」
「例えばだ、地球で崇拝されている人間を日本とカナンを繋ぐ媒体にする。そうすれば再び地球から真名を供給できるだろう」
「崇拝されている人間……」
現代で崇拝されている人間と言えば、カルト宗教のリーダー……いや、限定的すぎるな。
「崇拝っていうのは宗教的なものでなくちゃいけないんですか? 例えば沢山の人から尊敬されてる人とかは……」
「それも崇拝の一種と言ってもよいだろう。可能なはずだ」
となるとスポーツ選手とか芸能人……駄目だ。俺にはそんなコネは無いし会えたところで話を信じてもらえるわけがない。
誰か、誰かいないのか……
その瞬間、俺はひらめいた。
いるじゃないか。ものすごく身近に。
今や大人気ネット小説の主人公となり累計何百万と言うPVを集めている人間が。
「――俺だ」
俺の言葉に長老とアオイは同時に不可解な表情をする。
「ちょっと、リョウタ。どういう事?」
「アオイが書いてるネット小説があるじゃないか! 俺が主人公の奴!」
「あ、そうか!」
俺の考えが理解できたのか、アオイはぽんっと手を叩く。
「すまんが、どういう事なんだ?」
まだ混乱を見せていた長老に、俺は全てを説明した。
「……なるほど」
長老は頷きながら言う。
「確かにそうすれば真名の供給は続けられるだろう。だが、君はそれでいいのか? 二つの世界を繋ぐ媒体……媒体となったものは時空の理から外れ、永遠に近い時を生き続ける。並の人間ではとてもだが精神が持たないだろう」
「あたりまえ――」
「駄目じゃ!」
俺が了承出来る前に、おキツネ様が飛び起きながら言った。
「さっきから話は聞いておった。そんな事をするのはワシが絶対に許さん。リョウタはわかっとらんのじゃ。一人で何百年とあの社に縛られる辛さと言うものを。幾多もの人間がワシの目の前で生まれ、死んでいった。それなのにワシはただ、世界の外側でそれを眺め続ける事しかできず……自分の名を知る者が一人一人いなくなっていく恐怖など、リョウタごときには到底わかるまい!」
いつのまにかおキツネ様の頬から涙が流れていた。
「ワシなんかの為にリョウタがそこまでする筋合いは……」
そうか。そうだよな。おキツネ様はずっと一人で耐えてきたんだ。カナンの為に。神様なんて名ばかりはいいけど、その寿命故に実際は誰よりも孤独なんだろう。
だからこそ――
「おキツネ様」
俺はおキツネ様の涙をゆっくりと指で拭き、彼女を見つめる。
「いいんだよ。おキツネ様はもう十分耐え抜いた。今度は俺が代わってやる。それが俺におキツネ様に対して出来るせめてものご奉仕だよ」
「リョウタ……」
そして俺は、おキツネ様を力強く抱きしめた。
「おキツネ様がいなきゃ俺はこんなに幸せになれなかった。だから、こうしたいんだ。もちろんカナンとカナンに住むみんなの為にもだけど。何よりもおキツネ様の為に」
「お主は……本当に……」
「それに、別に俺がおキツネ様の代わりになるからって何かが変わる訳じゃないさ。いつだってこうしてモフモフしてやるよ」
おキツネ様の尻尾を優しく握りながら俺は言う。
「今度は俺がお前の願いを叶えてやるよ。おキツネ様はなにが欲しい?」
「リョウタ……ワシは……」
小さな嗚咽を上げながら、おキツネ様は俺を見上げて小さな唇を開いた。
「ワシは――」




