3 狐の村
俺はおキツネ様とアオイを連れてカナンへと繋がる鳥居を潜った。
一瞬、またあの妙な世界に飛ばされるのではないかと心配したが、どうやら二つの世界はきちんとつながったようであり、俺たちは開拓村無事到着した。
「へえー、これがカナンなんだ」
興味深々に辺りを見回すアオイ。
「なんかこんな世界観なのに神社があるって面白いね」
「確かにな」
とりあえずすぐにでも狐の村って場所にいかないと。
『三人で 狐の村に 転送だ』
そう唱えると、俺たちはたちまち何十メートルもの高さの大樹が並ぶ森へと転送した。
よく見ると、大樹の枝には小さな小屋がいくつもあり、吊り橋同士で繋がっていた。
なるほど、ここが狐の村なのか。
突如、狐耳の女性たちが木の枝から降りてきて俺たちを囲み、槍を突き付ける。
おキツネ様と同じ種族の人たちなのか? 神様に種族があるとは思わなかったが。
「なんだ、貴様らは!」
「いや、あの――」
「我々の里の存在は人間どもには知られていないはず、一体どうやってここを!」
「待つんじゃ。彼らは怪しいものではない」
弱々しい声でそう言ったのは、おキツネ様だった。
「コシンプイ様?」
狐耳の女性の一人が驚きながらそう言う。
「今すぐ長老に会わせてもらえんか。二つの世界の均衡が……破られようとしている」
すると彼女らは一斉に槍を降ろした。
「ご無礼をお許しください。ただいまご案内致します」
そして俺たちは狐耳の女性たちに案内されて大樹の上へと続く階段を上っていく。
吊り橋を伝ってその奥にあるさらに大きな木に移動すると、木の中に作られたほこらのようなものへと入っていく。
そこには一人の女性おり、座禅を組んで瞑想をしていた。
「長老、コシンプイ様がお越しになられました」
長老とは呼ばれているものの、その女性は若く見えた。せいぜい二十代後半ぐらいだろう。他の女性たち同様狐耳と尻尾が生えていた。
「ほう、珍しい客人だな」
長老は驚く様子も無く目を開き、笑顔を見せる。
するとおキツネ様が口を開いた。
「……久しぶりじゃな。急に現れてすまん」
「なに、そろそろ来る事は予想していたよ。真名の力が弱まりつつあるのはだいぶ前から感知していた」
俺たちに座るようジェスチャーする長老。
「あまり畏まらなくても構わんよ」
「すいません」
おキツネ様を背中降ろして寝かせると、彼女は再び眠りについた。
俺とアオイは長老の向かい側に座る。
「まずは手荒な歓迎をしてしまった事を詫びたい。ここの村に住む者達の殆どが人間を見た事がなくてな」
「こちらこそ急に現れちゃってすみません。それで、おキツネ様は一体――」
俺の問いに、長老は頷く。
「君たちはカナンと日本、この二つの世界が繋がった経緯を知ってるか?」
「いえ」
「ならばそこから話さなければならないな」
長老が手を翳すと、二つの球体のようなものが目の前に現れる。右の球体は左のものよりもだいぶ大きかった。
「これが地球とカナン。遠い昔、二つの世界には何の繋がりもなかった」
「はい」
「我々は遠い昔からカナンの守護者としてこの世界を護り続けていたのだが、数千年前、カナンは真名の力が枯渇してしまい、危機的状況にあった。真名は言わば生命の力。これが無くして命は存在できないからな」
すると、二つの球体が一本の線でつながった。
「そこで我々は考えた。別の世界からどうにかして真名を供給できないものかと」
「だから地球とカナンを繋げた、って事ですか?」
「その通り。地球はカナンよりはるかに大きく、いくつもの文明が栄え膨大な真名が存在していた。だから分けてもらおうと考えたのだ」
「なるほど」
「しかし、繋げたは良いものの、真名を伝達する媒体がなければ意味はない。そこで彼女が神となったのだ」
おキツネ様を指さしながら長老は言う。
「まず、我々はカナンの人間を日本へと送り、そこでコシンプイの名を広めさせた。やがて日本にコシンプイ信仰が生まれた。真名は人の言葉や意思にも含まれている故、コシンプイは信仰によって真名を得て、それをカナンへと伝達し続けたわけだ。こうして信仰の言葉、すなわち日本語はカナンで真名となった。もちろん真名を奪うだけでは悪いと思い、微量だがカナンでの信仰を真名として日本にも返しているがな」
「あれ、でも何で日本だったんですか?」
「二つの世界を繋げた時、偶然そこに出口が出来ただけだ」
日本でおキツネ様が信仰される事によってカナンは生きながらえてきたのか。
つまり、今の状況は――
「じゃあ、二つの世界の均衡が崩れようとしてるって言うのは日本でおキツネ様を信仰する人がいなくなったからなんですか?」
「その通り。信仰がなければコシンプイも真名を得る事はできない。ここしばらくは何百年もかけて蓄えた真名を少しずつ供給していたのだが、ついにそれすら尽きようとしている」
「ちなみにカナンから真名が無くなってしまったら……」
「そう遠くないうちにカナンは滅びるだろうな」
そりゃヤバいな。




