1 狭間の住人
カナンに平和を取り戻して数か月後、俺は日本とカナンを行ったり来たりしながら楽しく生活してた。
二つの世界は時間の流れが似ているので、平日はカナンの開拓村で過ごし、休日は田中家にお世話になると言うパターンが出来上がり、不幸続きの人生で初めて充実した生活を送れている気がする。
そして開拓村で過ごした五日目、俺はカナンの人たちにしばしの別れを告げ、日本に戻る為に鳥居を潜った。
普段ならそのまますぐあの古びた社に出てくるはずだが、今日はどうも何かがおかしい。
鳥居を潜った先は、モヤモヤした異質な空間だったのだ。
「どうなってんだこりゃ」
俺はとりあえず来た道を戻ろうとするが、開拓村の鳥居はどこにもなかった。
しかたないのでモヤモヤを奥へ奥へと進んでいくが、社に繋がる気配はどこにもない。
それ以上に景色が全く変わらないのでそもそも進んでいるのかすらわからない。足は前に進めているつもりなんだが。
「……どうしたもんだか」
さすがにこれじゃあ埒が明かないので俺は575を唱えてみる事にした。
『いい加減 モヤモヤ飽きた 出してくれ』
すると、モヤモヤの中に小さな穴が出来る。やっとどっかに繋がったのか。
その穴を潜ってみると、確かにどこかにはたどり着いた。
問題はそのどこかが日本でもカナンでもないと言う事だ。
「どこだここ」
廃退した街のようだが、不思議な事に上下左右あちこちに建物が立っていた。そして宙には様々なガラクタが浮かんでいる。
遠くに太陽と思わしきものはあったが、真っ黒であり、妖しげな紫色の光を放っていた。
何がなんだかわからず途方に暮れていると、足音が聞こえてきた。
「だれかいるのか?」
振り向くと、そこには一人の男性がいた。
「……まさかここに客人が来るとはな」
男は僅かに嬉しそうな表情で言う。
「ここは一体?」
「さあ、私もわからんよ。しいて言うなら世界と世界の狭間、か」
「はあ……」
いまいち理解のできない言葉に困惑し、俺は男に尋ねる。
「あの、ここから出る方法は……」
「ここからの脱出は遠い昔に諦めたよ」
男は近くにある瓦礫の上に座り、黒い太陽を見上げた。
「遠い昔、二つの世界が繋がったばかりのころ、私は仲間と共に自分たちの世界を捨ててもう一つの世界へ向かおうとした。仲間たちが無事辿りつけたのかはわからないが……私はこの有様だ」
「……」
「君もそうなんだろう。二つの世界を移動しようとして、誤ってここに来てしまった」
「まあ、そんな感じですね」
俺以外に日本とカナンを行き来してた人たちがいたのか?
まあ、それは後でおキツネ様に聞けばいい事か……それより今はここから出る方法を。
あっ、そうか。それこそおキツネ様に聞けば済む話。
俺はポケットの鈴を握り、おキツネ様との通信を試みる。
おキツネ様、聞こえるか?
『……タ……に……じゃ』
雑音のようなものが酷くてうまく聞き取れない。
おキツネ様!
『……ウタ……のか?』
強く念じると、返事が少しクリアになってくる。
『リョウタ、とこにおるんじゃ?!』
いや、俺もよくわからなくて……カナンから日本に行こうとしたら何だかよくわからん場所に。
『狭間の空間……世界の繋がりが不安定になっているのか』
その狭間の空間ってのはなんなんだ。
『あとで説明する。とりあえずなんとか道を開いてみるからちょっと待っとれ』
すると、空間に小さな歪みのようなものが現れた。
『……んんっ、今のワシの力ではこれが限界のようじゃ。あとどのくらい持つかわからん。早く通ってくれ』
わかった。
俺はおキツネ様が開いてくれた歪に足を入れようとするが、ふと思う事があり振り返った。
「えっと、出口開けたんで一緒に来ませんか?」
瓦礫に腰掛けていた男性は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに首を振った。
「ありがたいが、今更あの世界に行けた所でもう家族も友人も生きてはいないだろう」
「そんなに長くここにいたんですか」
男は彼が座っている向かい側の壁を指さす。
そこには数えきれないほどの線が入っていた。
「寝て起きる度にあそこに一本線を入れてきた。だいぶ前に飽きて数えるのを辞めたが、その時点で少なくとも300年は経っていたはずだ」
300年って、そんな無茶苦茶な。
「それなのに私は一秒たりとも老いていない。不思議なものだろ」
日本やカナンとここじゃ時間の流れが違うのか?
「この世界に慣れてしまったと言うのもあるしな。今更老いと死の存在する世界で生きていける気もしないよ」
「わかりました。じゃあ、短い間でしたがありがとうございます」
『リョウタ、何をしておる! 早くこい!』
おキツネ様の声が頭の中で響く。
「わかったわかった。今行く」
俺は男に別れを告げると時空の歪を潜った。
最終章です。ブクマや評価をしてくれると大変嬉しいです。
感想にもできるだけ対応したいと思っているので少々お待ち下さいm( )m




