14 帰還
人間と魔族の戦争が終結してから数日後、俺はいつものように開拓村でのんびりと過ごしていた。
村の危機を二度も救ったおかげで、これまで以上に英雄として祭り上げられてた。正直そこまでチヤホヤされるのが好きって訳じゃないが、悪い気分はしないしいいか。
「とは言え、久しぶりにご飯と味噌汁が食いたい……」
開拓村の食生活が嫌って訳ではないが、やはり俺は日本人。時には故郷の味も恋しくなる。
「なあ、リリス」
「はい?」
隣でベッドに横たわるリリスに俺は言う。
「久しぶりに日本に帰ろうと思うんだ」
「ええっ!」
そう言ったのは反対側で横になっていたメアリー。
昼寝してたかと思ってたんだが、いつのまにか起きてたのか。
「せっかく王都から帰ってきたばっかりなのにそれはないでしょ」
「そうだそうだ、リョウタ君の薄情者」
その隣にいたアリシアもそう言う。
何を隠そう、現在俺たち四人はみんな同じベッドで寝ているのだ。
順番で俺と暮らすと言うのはいつのまにか廃案になったらしく、最近は四人全員でこの狭い小屋で暮らしている。
「せっかく自分の家貰ってんだからそこで暮らせばいいのに……」
「私はリョウタと一緒がいいの」
メアリーは俺の腕を組みながら言う。
「あー、ずるい私も!」
そういい、アリシアも俺に飛びついた
「私もです!」
リリスまで……嬉しいけど少しばかり窮屈だ。
「とりあえず、ちょっとだけ日本に帰るよ」
えー、と三人がハモる。
「すぐ帰ってくるから。なっ」
「しかたないわねえ」
「残念です……」
「早く帰ってきてね! 約束だからね!」
その後、俺は三人に見送られて鳥居を潜り、日本へと帰った。
◆◆◆
「ただいま~」
お馴染みの古びた社に戻ってくると、おキツネ様が不機嫌そうな表情で座っていた。
「遅い」
「遅いって、帰る直前に連絡いれただろ」
「そう言う意味じゃない! ずっとワシをほったらかしにしおって……神様を何だと思っておる」
「いやー、カナンに平和を取り戻したりとか色々忙しくってさ」
「ふんっ」
おキツネ様はぷんすかと怒りながら俺にそっぽを向けた。
「勘弁してくれよ、今度いなりずし買ってあげるからさ」
「お主は無一文だろ」
確かに。カナンでは人間と魔族の間に平和をもたらした英雄かもしれないが、日本じゃ俺はただの中卒無職。
「大丈夫だって、なんとかするからさ」
「……もうリョウタの事など信じるものか。あと一生モフモフ禁止じゃ」
「いや、それはさすがに厳しすぎるって!」
あのフサフサな尻尾の感触を二度と味わえないなんて言われたら、俺は一体どうすれば……
「ふふふ、少しは反省したか」
「……はい」
と見せかけて――
「隙あり!」
俺はおキツネ様の尻尾に飛びついた。
「ぎゃっ、なっ、なにをしおる!」
「よいではないか、よいではないか」
「なに悪代官みたいな事言っとるんじゃ、この罰当たりが。離せ!」
おキツネ様の尻尾を全力でモフモフしていると、急に社の戸が開いた。
「……なにしてるの、リョウタ?」
そこにいたのは呆れた表情をしたアオイ。
「あ、いや、お久しぶり」
「本当にリョウタはエッチね。私と言う人がいながら……」
「いや、別にいやらしい事をしてた訳では」
すると今度は逆におキツネ様のほうから俺に飛びついてきた。
「リョウタはワシのものじゃ、わたさんぞ」
が、同時におキツネ様の腹の音が鳴る。
「とりあえず、夕食の用意はしてあるから行きましょ」
アオイの言葉に、おキツネ様しぶしぶと俺を手放して社を出て行った。
「神様がお腹を空かしておるのだぞ、二人とも早くせい」
そんなおキツネ様を見つめながら、アオイは少し笑う。
「ふふっ。リョウタもお腹減ってるでしょ、行こ」
「ああ」
久しぶりにアオイの料理が食べれるのは非常に楽しみだ。
俺たちは社を後にすると、近くに建つ田中家へと向かって行く。
「今日はリョウタが帰ってくるって聞いて奮発しちゃったんだ」
田中家に到着し、アオイに連れられて食卓に向かうとそこには様々な手作り料理が並べられていた。
「こりゃあすごいな……」
「でしょ。一日中料理してたんだから」
アオイの奮発っぷりに驚いていると、向かい側に座っていた田中さんが俺に言った。
「やあ、リョウタくんお久しぶり」
「あ、どうも」
「さあ、冷めないうちに早く食べて!」
「そうじゃ、ワシは腹が減っとる」
俺はアオイに背中を押されて着席する。
おキツネ様は俺の隣に座り、眼を輝かせながらテーブルに並べられた料理を見つめていた。
いたただきます、を合図に俺たちは夕食を食べ始めた。
あー、やっぱりこの味だ。王様の城で振る舞われたごちそうも悪くなかったが、毎日食べるなら日本の家庭料理に限る。
「すっげえおいっしいぞ、アオイ」
「よかった。リョウタの為ならいつでも作ってあげるからね」
すると田中さんがアオイに言った。
「そう言えばアオイ、お前の書いてる小説が出版されるかもしれないって話はリョウタにしたのか」
「あっ、ううん、それはまだ……」
「そんな話があるのか?」
アオイに尋ねると、彼女は気まずそうに言う。
「実はさ、ネットで書いてた例の小説なんだけど、出版社から書籍化しないかって話が来てて……」
「へえ、すごいじゃん」
「でも、実はちょっと迷ってるんだ。おキツネ様が教えてくれたリョウタの冒険を書き上げただけだし、私自身が考えたお話じゃないから……」
「そんな事気にするなって。アオイが頑張って書いたんだから、みんなに読んでもらうべきだ」
俺がそう言うと、アオイは笑顔を見せた。
「ありがとう」
「それにあの小説のリョウタはだいぶフィクションじゃしな。現実のリョウタはもっといやらしいぞ」
おキツネ様からの余計な一言にアオイは苦笑する。
「確かにその通りね」
それからしばらく賑やかな談笑を続けた後、アオイは俺に訪ねた。
「ところでさ、リョウタって将来はどう考えてるの」
「将来?」
「うん。日本に戻ってくるの? それともずっとカナンにいる感じ?」
「うーん、そうだな……なんて言うかどっちも捨てがたいし、できればずっとこうやって行き来してたいな」
「ふふっ、そう言うと思った。私としてはずっとこっちにいてもらいたいんだけどな~」
「……ずっと行き来、か」
すると、隣に座るおキツネ様がどこか暗そうな表情でそう呟いた。
「どうしたんだ、おキツネ様?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
おキツネ様はすぐに笑顔に戻り、再び元気よく会話に加わった。
一体あの表情はなんだったのだろうか。




