5 一緒
「いやその……リリスの様子を見に来たら留守番を頼まれたからここで寝てたんだよ」
「あっそうなんだ」
こんな言い訳でメアリーは信用したらしい。素直だ。
でもまあ嘘は言っていないよな。
様子を見に来たのは本当だし、留守番を頼まれたのも本当だし。
いやいやいや。やっぱり限りなく嘘に近い。
文脈上、嘘は言っていないというだけで、少なくとも他人が聞いたことをはぐらかしている。本当に聞きたかったことを答えていない。つまり誤魔化しだ。
すいません神様。俺、リョウタは大切な友人に偽ってしまいました。
神様? 俺のイメージの中の神様が後ろ姿で現れた。
きつね色の髪の上に三角形のケモミミがある。神様はそれをピクピクとさせてからクルッとこちらに振り向いた。
なんじゃ? という顔をしながらニコニコと平和そうに笑っている。口の周りにはいなり寿司だろう米がついていた。
……この神様なら大丈夫かな? なんか許してくれそう。
鈴はポケットの中である。
「で、リョウタはどこに住むのよ?」
やはりメアリーよりもアリシアのほうが鋭い。
この質問を事実を曲げずに誤魔化すのは難しそうだ。もう正直に全て話してしまおうか。
「リョウタ様。ご飯ができましたよ。一緒にエレンさんのところで食べましょうって。あれアリシアさん……メアリーさん!」
「リリスちゃーん。お久しぶりー!」
どうやら事実を捻じ曲げなくても誤魔化さなくても済んだようだ。
◆◆◆
「美味しかったですね~」
「エレンは料理が美味しいよね。でもリリスが作ってくれた料理も美味しかったよ」
「それに青空のお風呂もよかったですね」
異世界カナン人は悲しいかな。毎日お風呂には入っていない。
でもリリスはお風呂が大好きだ。そして俺は日本人。
村には一軒、客をもてなすための家、兼、宿がある。俺も魔王討伐に行く前に一度使わせてもらった宿だ。
そこに木の浴槽があった。
宿を勝手に使うわけにはいかないので村はずれの誰もこなそうなところに浴槽をだけを転移させた。
そこに水を転移させて魔法でお湯にしたのだ。
「星空が見えていいだろ? 露天風呂って言うんだよ。本当は天然温泉でするんだけどな」
「天然温泉?」
「ああ、日本にあるんだ」
もちろん一緒には入っているわけではない。
リリスは湯船。俺はちょっと遠くから後ろ向きに話しかけている。
風呂は先にはいった。リリスに先にはいってもらおうとしたのだがどーしてもというので先に入った。
その前に一緒に入りましょう。いやそれは無理というやり取りがあったのは言うまでもない。
「へっくしゅ!」
少し冷えたかもしれない。そういえば魔王城でも服を着たままお湯に落ちて冷えてくしゃみをしたことを思い出す。
「リョウタ様、寒いんじゃないんですか? やっぱり一緒に入りましょうよ」
「あ、いやいや。ホント大丈夫だから!」
「そ、そうですか……」
リリスは一緒に入ろうという意見は取り下げたが、すぐにお風呂から出てきた。大好きなお風呂を邪魔しちゃったかもしれない。
リリスは物置兼寝床への帰路、俺の腕を組んだ。
これは拒否するわけにも行かない。
物置兼寝床についたらやることは寝るだけだ。
「じゃ、じゃあ寝ようか。リリスはベッドで寝ていいよ。俺は床で寝るから」
「え? なんでですか……一緒に寝ましょうよ?」
「いやそういうわけにも……」
「どうしてですか……?」
「くしゅん」
また、くしゃみが出てそれが返事になってしまった。
ちょっと本当に体が熱い気もする。
早く寝たほうがいいかもしれない。
「魔族の私と一緒に寝るのは気持ち悪いですよね」
「い、いやいやいや……そうじゃないよ!」
リリスが目の端を濡らしている。
ひょっとしたら帰るときに腕組も俺は引き気味の態度だったかもしれない。単純に恥ずかしいだけだったんだけど。
「それなら私は床で寝ますからリョウタ様がベッドで寝てください。風邪をひいたら大変ですし」
「わかった。わかりました。すいません。一緒にベッドで寝ましょう。本当は一緒に寝たいんです……」
「いいんです……私……床で寝ますから」
誤解されている。ひょっとしたらもう村人から魔族の批判を聞いたのかもしれない。
えーい! リリスを傷つけるよりマシだ!
「え? ええ?」
俺は強引にリリスを抱きしめてベッドに倒れ込んだ。
「気持ち悪いと思ったことなんて無いよ」
「……嘘……お風呂も入ってくれなかったし……リョウタ様は優しいからそう言ってくれるんでしょ!」
えええ。風呂も一緒に入らないと信じてくれないのか?
リリスは両腕で俺を押し離そうとした。
最初は悲しさだったけど今は怒って意地になっている感もある。
ひょっとしたらお風呂も寝るのも〝一緒〟を断っている俺に対して無意識下で怒っているのかもしれない。
「い、いや……本当にくしゅんっ!」
「!」
「お前のことが気持ち悪いなんて……くしゅん! あるわけないだろっ……くっしゅんっ!!!」
「リョ、リョウタ様」
リリスは俺を手で押し離そうとする体勢から、俺を抱きしめる体勢になった。
体温が感じられてとても温かい。
「ご、ごめんなさい。私、気持ち悪くてもリョウタ様に風邪をひいてほしくないから」
「俺がリ……そんなこと思ってるわけ無いだろう。信じてよ」
「はい……信じます」
目の前の赤い瞳を見ながら信じろと言ってみた。
もしリリスの名前を呼びかけて信じろといえばリリスは心から俺を信じるのかもしれない。
上級魔族は自らが望んで相手に名前を教えた場合、使役されるらしいが、俺はそれをしたくはなかった。
それでもリリスは信じてくれたようだ。
もう少し強く、けれど優しく抱きしめれた。俺もそれに呼応する。
可愛い女の子と一緒に寝れるなら、風邪気味になるのも悪くはない。
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