4 遙かなるスローライフ
『もぐもぐ……魔法の発動にはイメージも重要じゃと話したじゃろ。イメージが無ければ真名に力も入らん』
いなり寿司を食う音がうるさいが……やはりそうか……。俺もそうなんじゃないかなと思っていた。
『アオイ。お茶をくれ』
……こっちも食事中にいきなり聞いちゃったんだし仕方ないか。
おキツネ様は日本に田中家という帰れる場所を作ってくれたんだ。感謝してもしきれない。
『もぐ……自分でもわかっとったか。なにを唱えようとしたんじゃ? まさかワシ以外の誰かに魔法でエッチなことを……』
違いますよ!
『すまん。整理整頓じゃったか。お前ちゃんと整理整頓できている部屋がイメージできているか?』
うう……。できん……。でもおキツネ様はなんでもできるようなこと言ってたじゃないか。
『できないこともあると教えんかったのはそれを教えるとできないことが増えるからじゃ。ワシも悪かったの』
あのゴルベールを魔神の鎧の内側から焼きつくせたのに倉庫の整理整頓はできないのかよ。
『お前は戦闘のほうが向いているってこともあるんじゃろうな。まあ何百回と唱えれば、イメージが上手くできて、魔法が発動することもあるかもな』
マジか!
『ただ、同じ詠唱じゃダメじゃ』
え? なんで?
『一回失敗した詠唱は失敗するというイメージが補完されてしまう。次も失敗しやすい。だから一回失敗したら、二回目は成功確率は低くなる。二回失敗したら、もう三回目は絶対に無理だろう』
なるほど……。
俺は指折り数えて5パターンぐらいの整理するための575の詠唱を唱えてみた。
「やっぱできない。自分でもイメージできている気がしないしな」
俺は途方に暮れる。リリスがそれを見ていたようだ。
「リョウタ様。ひょっとしたら、まだ魔物が来るかも。リョウタ様は街の見張りに行ってください。私、お掃除します!」
「え? でも……」
リリスは仮にも魔王だったんだから掃除とかやったこと無いんじゃないだろうか。
「大丈夫です! 私、こういうの得意ですから!」
「え? そ、そうなの?」
「アリシアさんとメアリーさんを助けてあげてくださいね」
「あ、ああ。わかったよ」
俺は魔王を物置、もとい物が積まれたログハウスに置いて村の入口に向かった。
入り口にはちょうどアリシアだけでなくメアリーもいた。
「あっリョウタくん」
「おいっす!」
「リリスちゃんもこの村にきたらしいね」
「そういえば、メアリーに引き合わすの忘れてたわ!」
「えーなにそれー!」
「ごめんごめん」
メアリーは人見知りだがなれてくるとスライムの時のような性格になるらしい。
もう俺には完全になれているらしい。
アリシアはリリスがどこかと聞いてきた。
「そういえばリリスちゃんは?」
「ああ、実はお前らも知ってると思うけど長老から物置になっている家があるだろ? あそこをあてがわれてさ。今、掃除してるよ」
メアリーが怒る。
「えーそうなの? 長老ひどい! 私たちにはちゃんとした家をくれたのに!」
メアリーとアリシアは魔物に襲われて持ち主がいなくなった家を一つずつもらったそうだ。
家と言っても基本的に開拓村はどの家もワンルームのログハウスだが。
「リリスちゃん可哀想だよ!」
「そうね~リリスちゃんだけあんな倉庫なんて」
アリシアもリリスが可哀想ということに同意しているが、俺は良いんだろうか? 俺もあそこに住めと言われているのに。まあいい。
「ところでモンスターは?」
「全然来なくなったよ~」
「うんうん。これなら明日からは見張りもいらないぐらいなんじゃないかな~?」
「おお! やったな!」
強い魔物のテリトリーには弱い魔物は入って来ない効果は絶大のようだ。
「じゃあ、やることもないし、俺はリリスを手伝ってこようかな」
「まあ待って」
「ん?」
俺がリリスを手伝ってこようとするとアリシアが止めた。
「ねえねえ。リリスちゃんは少なくともしばらく人間として自分で生きていこうとしているわけじゃない」
「うん。そうだな」
「そのためのお掃除は彼女にとって必要だし、嬉しいことかもしれない」
「なるほど」
そういうものかもしれない。
「だったら一人でやらせてあげようよ。自分が住むところなんだし」
ひょっとしてアリシアは魔王が一人で住むと思っているんだろうか……俺も住むんだけどなあ。
話したほうがいいのかなあ……うん、もちろん内緒にしよう!
ともかく掃除をすることがリリスにとって嬉しいかもしれないなら一人で任せてみることにする。
「じゃあ俺はなにしようかな? 一応、俺が見張りしているからアリシアとメアリーは休んでくるか?」
「うーん。私たちもリリスちゃんが来てからずっと休んでいるようなもんだしね」
メアリーが村の周りを三人で見まわることを提案する。
「三人でちょっと村の周りをお散歩したいなあ。魔物も減ったし近くなら大丈夫じゃないかな」
「いいわね。村を囲っている木の杭が脆くなっているところも探したほうが良いかもしれないし」
「そうするか」
二人とは魔王城を目指して暗い森を歩いていたことをあった。
今は牧歌的な開拓村の青空の下で散歩だ気分はいい。
もちろん魔物も出ない。
けれども今までの戦いは村を守る杭にも爪跡は残していた。
村を囲う杭がところどころ傷んでいる。
「大分、傷んでいるところが多いわねえ」
雑魚モンスターは杭を倒すなどということはできないが、それでも徐々にもろくすることはできたらしい。
ひょっとしたら俺の異世界転移があと少し遅れていたらこの村は滅んでいたかもしれない。
「場所を調べておいて、後で俺の魔法で直そう。村の計画に係るかもしれないから長老とも相談する必要があるかもしれないしな」
「そうね。そうしましょうか」
俺たちは日が落ちそうになる時まで、村の外周にある杭をチェックした。
電気による電灯のない異世界カナンでは誰もが日が落ちる前に家に帰る。
アリシアとメアリーと別れて俺も物置に帰らなければならない。
多分片付いてはいないだろう。
最低限、リリスを寝かすためにベッドの上だけでもなんとか片付けないといけない。気が滅入るなあと思いつつ倉庫に帰る。
「ただいまあ。あっ」
意外にも倉庫は家と呼べる状態になっていた。というかちょうどピッタリ半分が物置、半分が綺麗に掃除された居住スペースになっていた。
「おかえりなさい」
「すげぇ……どうみても片付かないと思った物置が半分はちゃんと家になってるよ」
そういえばアリシアとメアリーがまったくできなかった服の繕いをリリスがやったこともあったっけ?
「私、家事大好きなんです。リョウタ様たちが魔王城に家政婦と言ってやってきた時に対抗意識を燃やしちゃったぐらいでした」
「そうだったんだ……」
「はい!」
なるほど。ゴルベールに魔王業をやらせてもらえずに、幼いころから家事をやっていたのかもしれない。
「そうだ! エレンさんがリョウタ様と私の夕食を作ってくれるらしいので、私、手伝って来ますね。リョウタ様は休んでいてください!」
「あ、ああ……。うん」
なんか一昔前までネカフェ難民していたのに、異世界の開拓村で美少女(魔王)と新婚気分を楽しめるとは。
完璧だ。完璧なスローライフだ。楽しい妄想をしながらベッドに横になる。ところが……。
「リリスちゃん! おひさ!」
「どう? 少しは綺麗になった?」
げっアリシアとメアリーがやってきた。
「どうしてリョウタくんがリリスちゃんが住む物置になってた家で寝てるの?」
「……ん? というかリョウタはどこに住むの? まさか!」
どうやらアリシアに気がつかれた。スローでまったりとした田舎村ライフはまだ送れそうにないらしい。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
次回も明日の12時の予定です。




