3 魔王と物置に住むことになる
今、俺は長老にリリスを紹介している。
もちろん村に住ませて欲しいと頼むためでもある。。
「また、キミは女性を連れてきたのか……」
やはり、長老は男手が欲しいらしい。
「いやその……可哀想な異民族の娘さんなんですよ」
言いながら気がついた。リリスの体を575の詠唱で完全に人間の姿にはしたものの、服装が黒革ハイレグであるということに。
俺もアリシアもメアリーも、これがリリスの普通だったので服装の不自然さに気づかなかったのだ。
「まあリョウタくんが奴隷のその子を気に入って連れて来てしまったのなら仕方なかろう」
完全に誤解されている。しかし村に迎えてくれるという話になっているのだからそれを違うと主張することもできない。
リリスが村に慣れて来たら言い訳するとしよう。良い理由は思いつかないけど。
「ちなみにわざわざ連れてきたってことは、そのリリスさんと一緒に住むということで良いんだよね」
575の詠唱で翻訳魔法がかかっていても、奴隷など人間の話している内容がイマイチわからなかったリリスもここで初めて笑う。
「私、リョウタ様と一緒に住むんでいいんですか?」
「え? え? ちょっと長老、どうしてそうなるんですか?」
長老はさも当然という顔をして答えた。
「だってキミも村に住むんだろ」
「あ、はい。お願いします」
「なら……一緒に住むつもりでその子を買ってきたんじゃないか。まさか可哀想だからと奴隷商から買っておいて、後はこの村で勝手にしろって言うつもりじゃあるまい?」
誤解ではあるが「事情がある女性を連れてきたなら責任を取ろうよ」という長老の意見はもっともだった。
「そ、そうします」
リリスは満面の笑みを浮かべた。俺は鈴を意識する。直接、触れないポケットのなかに入っていた。
「ワシはキミとエレンがのう。くっついてもらえるもんじゃと思っとった」
「へ? どうしてって?」
リリスが俺の腕にヒシッとくっつく。つい腕から伝わるポヨンとした感触を楽しんでしまう。
「どうしてって……エレンはあの年で一緒に開拓村に来た旦那が死んで未亡人になってしまったからな」
やはりそうなのか。そんな形跡はあった。
「エレンもキミに助けられたことを嬉しそうに村で語っていたもんじゃ」
「ただ単に命が助かったことが嬉しかっただけでは?」
リリスがさらに俺にくっついた。上目遣いでこちらを見ている。長老は俺を無視して続ける。
「それなのにキミはアリシアやメアリーや今度は可哀想な奴隷の子まで次々と連れて来て」
上目遣いで俺を見ているリリスがやや責める目をしている気がする。
「空き家になっている家がある。来なさい」
長老が案内してくれるようだ。その家は小さくて中は倉庫になっていた。
ベッドの上にも物が積み重なっていた。
「本当はもっといい家を用意してやりたかったのだが、アリシアとメアリーもこの村に住むことになったからな」
「文句も言えないか」
つい口を滑らす。
「エレンと一緒に住んでもらってもよかったんじゃがな!」
長老の口調は責めるものだった。俺の腕を掴むリリスの爪がやや立っている気がした。
「とりあえず物を整理して過ごせるようにしてくれるか。しばらくしたら村人に頼んで誰かの家に物を少しづつ移すから」
「す、すいません」
「ただリョウタくんはキンググリズリーを瞬殺するぐらい強いんだから村の入り口の見張りも頼むぞ」
長老は魔物が来なくなるだろうことをまだ知らない。
「じゃあ二人で仲良くな」
「はい!」
俺のどんよりした気分とは逆にリリスの快活な返事が聞こえた。
長老が去った後に倉庫を見る。いや家だったな。
「こりゃなんとか少しでも使えるほどまで整理するのは大変そうだぞ」
リリスは魔王だから掃除や整理なんかしたことはないだろう。俺も得意ではない。
おキツネ様の神社を掃除したのはあくまでも埃や落書きを拭いただけだ。
「こうなりゃ575の詠唱で綺麗にしてみるか」
「え、そうしますか。私、頑張ろうかと」
なんとなくインチキな気がするがやってみる。
「物積まれ 足場もない家 整理され」
これですぐに倉庫は快適に過ごせるように整理されるはずだ。
ところが……。
「なにも起こらねえ」
「575の詠唱をすればどんなことも自由に起こせるんですよね?」
「そのハズなんだけど」
何度も575詠唱をしたが、何も起こらなかった。
「やっぱり魔法は発動されないな……」
俺にはなんとなくその理由がわかる。
それでも一応、彼女に理由を聞いてみることにした。
おキツネ様、おキツネ様~。鈴を握って心のなかで呼びかける。
『なんじゃ~今、アオイのいなり寿司を食べていたところだったのに』
アオイのいなり寿司……俺も食いたい。そんなことは置いといて、575の詠唱の魔法が発動しないことを話した。
『ん~美味いの~アオイのいなりは~。ん? わかったわかった』
おお! 魔法が発動しない理由がわかったのだろうか? さすがおキツネ様だ。
『アオイがリョウタの好きなものもいつでも作れるようにして待っていると伝えてくれと言っておるぞ。ワシも神体を拭いてもらいたい。はよう帰ってくるんじゃ』
あ、あの……おキツネ様……俺の話を聞いているんですかね?




