2 魔王が開拓村に!?
リリスは服を着ていたが、俺はずぶ濡れのまま正座させられていた。
落ちた場所は浴槽のお湯だったので最初は温かかったが、すぐに寒くなる。
「ふぇっくしょい」
ついくしゃみが出てしまう。
「リョウタ様がかわいそうですよ……」
リリスの優しさが胸にしみる。
「ダメです! 魔王様の入浴中に破廉恥な!」
『そうじゃ! そうじゃ!』
レオとおキツネ様。口やかましい二人から説教を受けていた。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。
雑魚モンスターとはいえ、引っ切り無しに村に来られてはアリシアもエミリーも疲弊してしまう。
「実はちゃんと用事があってきたんだよ」
「用事~?」
俺はリリスとレオに事情を話した。
「む。そうなのか」
「申し訳ございません」
レオとリリスが謝る。
「いや謝罪はいいんだけど原因と対策があれば教えて欲しいんだ」
「原因についてはな……」
どうやらゴルベールの息がかかっていた幹部たちを俺が倒してしまったのが原因らしい。
魔王国の末端は知能が低い魔物も多い。
その魔物をどうやって統率しているのか。要は幹部たちが系統が似ている魔物を担当して上意下達で従えている。
だがそのピラミッドの頂点が軒並み居なくなってしまったのだ。
底辺の魔物たちは統制が利かなくなっている。
「なるほどな。じゃあ新幹部を選出してよ」
「そうしたいのは山々なんだが……そのな……」
「?」
豪放磊落なレオが言いよどんでいる。どうしたというのだろう?
「レオいいんですよ。話してください」
「……そうですか。実は新しい幹部を既に何名か選出しようとしたのだが、どうもゴルベールに通じていたものがいてな。魔王様が狙われたのだ」
「リリスが?」
「ゴルベールは特別だったとしても魔王様もお強い。俺も駆けつけて大事はなかったが……そういう状況でお前が風呂に現れたのだ! 何事かと思ったぞ!」
レオにギロリと睨まれる。
「す、すいません」
コメディになってよかった。
本当は結構、深刻な事態だ。リリスは今どの部下を信用していいのかわからない。言葉で言うとあまりにも簡単だが心的な負担もかなりあるだろう。
「まあ……そういうこともあって幹部はすぐに決められん」
レオとしてはゆっくりと信頼できる魔物を見極めて幹部を決めたいということだろう。
「まいったな。他に良い対策は……」
考え込んでいると。
「あの……私に良い考えがあります」
おお! リリスになにか提案があるようだ。
「私がその開拓村にしばらく滞在すればいいのではないでしょうか?」
どうしてそうなるという意外な提案だった。
「魔王様……それは危険では……」
「魔王城でも襲われることはあります。それに開拓村ならゴルベールにも勝るリョウタ様もいることですし」
「確かに魔王城より安全かもしれませんが。魔王様がいないと魔王国が立ち行きませんぞ」
「今は私よりもレオが信用されてるわ……そうでしょう?」
「そ、それは……」
魔王城より安全で、今は魔物たちからリリスよりレオのほうが信用されてることも事実らしい。しかし……。
「リリスが来たからといって、弱い魔物が開拓村を襲いに来るのとはなにも関係ないんじゃ?」
俺が当然の疑問を呈す。疑問についてレオが教えてくれた。
「強い魔物が存在するテリトリーを弱い魔物が荒らすことはない。殺されるしな。本能に根付いているのだろう」
「なるほど……」
レオが言う。
「しかし魔王様、わざわざ魔王様が行かなくてもそこそこ強い魔物を派遣すればいいではないですか?」
「レオは人間の姿に変身して人間の村に住みたい?」
レオはこれでもかというほど顔をしかめた。強い魔物はプライドが高いのでそのような任務は耐えられないだろう。
「でも私は人間の村に住んで人間の考えを知りたいのです。私は人間の国といつか友好条約を結びたいと思っています」
「魔王国が……人間の国と……」
レオも驚いているが俺も驚いた。でも……。
「開拓村の人は魔王を恨んでるぜ。人間の姿になってもその話は聞くことになる。それでもいいか?」
「はい。もし人間の国と友好条約を結ぶなら、それも知っておいたほうが良いこと思うのです」
なるほど。リリスは俺が考えているよりも本気なのだろう。
レオがまだなにか不満を言っていた。
「レオ。それは過保護過ぎるんじゃないか。いつかリリスは魔族や魔物相手に実力で君臨しないといけないんだぜ?」
「……そうかもしれんな」
「俺に任せとけよ」
「お前が心配なのだ! リリス様を名前で使役できるからと言って不埒なことをしたら殺して食うからな」
「ふ、不埒なことなんてしないよ」
おキツネ様が突っ込んだ。
『ホントかのう……』
うるせー!
「では魔物を広間に招集して、レオがしばらく代理の魔王になることを宣言いたしますね」
「なんと私が代理の魔王……謹んでお受けいたします」
その夜、魔物の緊急集会が行われてレオが代理の魔王に就任した。
――次の日。
「魔族より 人の姿に なりたいよ」
俺の575詠唱でリリスの角がなくなる。外見はほとんど人間になった。
鏡を見て喜ぶリリス。
「わあ! 本当に人間だ」
俺はレオに言った。
「じゃあ魔王国をよろしく頼むよ。たまにリリスと様子を見に来るから」
「うむ。リリス様。寝る時は魔王城に戻って来てください」
うわ……面倒くさい。その度に転移魔法をしないといけないのだろうか。
「それじゃあ人間の生活を知ることにならないわ」
「そ、そうですか」
リリスが助け舟を出してくれる。
「じゃあ、開拓村に転移するぞ」
「はい!」
「リリスとね 開拓村に 転移する」
転移の魔法の光に包まれる。フッと景色が変わると村の入り口だった。
アリシアが相変わらず見張りを続けていた。
「あ~~~リリスちゃ~~~ん!」
「アリシアさん、お久しぶりです!」
俺がアリシアに事情を話す。
「へ~それすっごい名案だよ。魔王国とこの国が友好条約結んだら一気に平和になるだろうしね。そのために人間の勉強するなんて偉いわ―」
「いえ、そんな……私が人間に興味があるってこともあるんです」
「うんうん。完全に人間だしね。じゃあ村のなかにはメアリーもいるからリョウタが連れて挨拶してきなよ」
「そうだな。村長やエレンにも紹介したほうがいいだろうし俺が連れて行くね」
「はーい。私は念のためここでまだしばらく見張りしとくね」
こうしてリリスも開拓村の一員に加わった。
ちなみにリリスは角もなくなり、体は完全に人間に変化していたが、服装が黒革のハイレグということをまったく忘れていた。
村人(女と子供ばかり)からはしばらく見なかった俺がどこからか奴隷を買ってきたとしばらく誤解されてしまった。




