21 帰れる場所を得て開拓村へ
「なんで小説を知ってるの?」
「あ、いや。オジサンが教えてくれてさ。人気らしいじゃん、よかったな」
「……見た?」
「まだ見てないよ。見てもいいかって聞こうと思っててさ」
バンッ!
ビンタが飛んできた。
「じゃあなんであらすじと目次のページ開いてるのよ」
第1話を見る前に思いとどまったんだって言おうとする前に叫ばれた。
「嘘つき! 最低ッ! 勝手に見ればいいじゃん!」
アオイが走り去る。隣の部屋からバタンッと扉を閉める音が聞こえた。
「くそ~アイツなにするんだよ。勝手に見ればって言うなら見てやるぜ」
やはり部屋の扉が開きっぱなしだったのでおキツネ様が入って来た。
「リョウタ~来てやったぞ。ん? またカラクリか」
「そうですよ。アオイが読んでいいっていいましたからね」
「つまらんの~ベッドを暖めて待ってるぞ」
おキツネ様はどうやらカラクリ……いやPCは苦手のようで興味がないらしい。
俺は一人で読むことにする。一話目をクリック。
「あ、あれ? これ学校時代からはじまっているな」
俺がまだ学校にいた頃の話だった。
てっきり俺が神社でおキツネ様と会ったところから話がはじまるのかと思ったが。
冒頭はクラスの少女が主人公の少年を見た視点で構成されていた。
クラスの少女の名前は記載されていないが、主人公が俺で作者がアオイと言うことは……。
クラスの少女から見た少年は一見ダメに書かれていた。遅刻もするし、たまに赤点もとる。
だけど……大事なときには少年は少女を救う。
例えば、クラス委員長をやっている少女が文化祭の準備を真面目にやらない男子生徒に怒り過ぎて反感を持たれた時に「まあまあ、俺たちが悪いんだから」と取り計らう。
先生の味方だと糾弾された時などに、一番先生から怒られている少年が「クラス委員長なんだから仕方ない」と言ってくれるなど。
「そんなこともあったっけかな。忘れてたよ……」
少女が少年を気になりはじめたころに少年は元気がなくなる。少女が調べると理由は少年の両親が死んだからだった。しかもそのことで入った施設はかなりひどいらしい。
母を早くに亡くしている少女はこの時点で少年が気になって仕方がなかった。
そして少年は学校に来なくなった。
「……」
だが少年の英雄譚がそこからはじまる。神社で今までの善行を神様に認められて異世界へ。
「善行って……本当はカネが無くなって社で野宿しようとしただけなのに……この小説では俺は凄く良い奴に書かれているな」
異世界に行くなり、少年は自分の能力をすぐに理解して、熊に襲われた女性を鮮やかに救う。
「実際は全然、理解できなくておキツネ様に聞きながらだったんだけどな」
女性の開拓村に行くと魔物に苦しめられていることを少年は知って、すぐに魔王を討とうと旅にでる。
道中で魔物に襲われる女魔法使いと女僧侶。それをやはり鮮やかに救う少年。エロいことをおキツネ様に怒られるなどという描写は無い。
「……」
魔物の王、魔王の城につく。
主人公の少年は常に弱いものの味方に書かれている。魔王が本当は人間と戦争をしたくない少女で操っている黒幕がいるとわかると怒りを爆発させて黒幕を倒す。
「リョウタ……スゲー……カッコいいじゃねか……」
その合間に少年がエロいことを考えるなどという描写はやはり無い。
アオイはおキツネ様から俺の話を聞いている。つまりおキツネ様のフィルターで俺をカッコよく書いている可能性はある。でも……なにか違う気もする。
聞いてみるか。
「ねえ……おキツネ様」
「なんじゃ~?」
「おキツネ様、俺の冒険をアオイやオジサンにどう話した? カッコよく話さなかった?」
「もちろんカッコよく話してやったぞ。リョウタを家族として受け入れて貰わないといけないからのう」
「いつもエロいことばっかり考えておキツネ様から怒られているって話は?」
「あ、えへへ。すまんすまん。それは少し……というかかなり話してしまった。だってお前は他の女にエロいことばっかり考えているじゃろ!」
おキツネ様は俺をエロといつも言うが、575の勇者では俺はただただカッコよく正義感にあふれる主人公に書かれていた。
あまりのカッコいい勇者っぷりに少し涙が出てくる。
「リョウタ。難しい顔してどうしたんじゃ……ひょっとして怒ったのか? でもでもでも、カッコよさもマシマシで話してやったんじゃぞ……その実際に……カッコいいしの……」
俺は続きを読む。続きは少年が異世界から一時的に帰ってくるということを神様から聞いた少女の視点になっていた。
少女はとても嬉しいのだがその気持ちを素直に表に出すことが出来ない。
鈍感な俺でもアオイが俺に好意を持ってくれていたことはもう気がついた。
だからアオイはこの小説を読ませたくなかったのだ。
最新話になった。最新話では少女がついに少年と再会を果たす。しかし少女は会った瞬間、自分の部屋に逃げてしまった。
更新時間を見るとちょうど……。
「居間でオジサンにお茶を出された時の話か……あの時、部屋で更新したんだな」
少年に好意を伝えたいという少女の心理描写も書かれている。伝えなければならない理由もあるようだが、理由はまだ書かれていなかった。
「……アオイが俺に好意を伝えたい理由……なんだろう。ん?」
俺はふとこのWEBサイトには感想があることも気がついた。クリックしてみる。
感想欄は
「アオイちゃんがんばれ!」
「馬鹿リョウタ! 気づけ!」
という言葉で埋まっていた。まったくその通りだ。我が事ながら情けなくなる。
「次の更新はいつですか?」
という質問もあった。
その質問に作者が「今からします」と返答している。回答時間を見るとまさに3分前だった。
え? ってことは……。
俺は目次に戻って更新を連打する。
最新話が更新されていた。そこにはアオイが好意を伝えたい理由がかかれていた。
日本では困っている人はあまりいないけど、異世界では魔王さんや開拓村の人やまだまだ困ってる人が一杯いるからリョウタはきっと行ってしまうだろうと。
だからアオイは好意を早く伝えたかったのだ。
そして素直になれなくてごめんねと書いてあった。
「おキツネ様、ちょっとアオイのところ行ってくるわ……」
「ふふ。うむうむ。はよう行ってくるのじゃ」
隣の部屋の扉をノックする。アオイと書かれていた。
「はい」
「……俺リョウタだけど」
「……どうぞ」
俺はアオイの部屋に入る。キツイイメージとは違って女の子らしい部屋だった。
アオイの目が赤い。泣き腫らしたのかもしれない。
沈黙しているとアオイが急に明るい声で笑う。
「575の勇者、読んじゃった?」
「ああ……ごめん」
「いいのよ……私の方こそごめんね。リョウタって名前勝手につかっちゃって」
「それは気にしてないよ。ありふれた名前だし、異世界に行くなんて話だれも信じてくれないだろうし……」
「私どうしてもリョウタとなにか繋がりたくて小説書いちゃったの。本当にごめんなさい。……少し素直になれたかな」
アオイは笑っていたが眼から涙が溢れた。
「今さっき更新した最新話も見た?」
「うん。見たよ」
「リョウタはやっぱりまた異世界に行っちゃうんだよね」
俺はオジサンに世話になってもいいかと思っていた。異世界に行くとしても、ちょっと遊びに行くぐらいで。日本人なんだし。
だけどやっぱりリリスやアリシアやメアリーやエレンが気になってしまう。もしアイツらがなにかまた困っていたらと思うと放っておけない。
俺自身よりも、ある意味では観測者であったアオイのほうが自分のことを理解しているのかもしれない。
潜在意識では異世界に行くことを当然のように受け入れていた。
「俺やっぱりまた異世界に行くよ。放っとけなくてさ。また必ず帰ってくるから」
「うん。やっぱり575の勇者はカッコいいよ……」
アオイがまた笑う。
「まあちょっとエッチだけどね」
「それは許してくれよ……俺も男子高校生だぜ」
「ダーメ。勇者はそういうことしないの。でも私になら……ちょっとはいいよ」
「おキツネ様とオジサンがいるところでそんなことできる勇気ないよ」
「おかしいな……最新話では勇者はクラスの少女にキスすることになっているんだけど?」
う……確かに書かれていた。もしアオイと結婚したら絶対に尻に敷かれることになるだろうな。
そんなことを考えながら、普段はちょっとキツメに感じるけど今日は可愛らしいアオイの口に自分の口を近づけた。
◆◆◆
おキツネ様が俺に鈴を持ったかと聞いてきた。
「鈴はちゃんと持ったのか?」
「もちろん持ちました」
忘れるわけがない。
オジサンはいかにも残念そうだ。
「また行ってしまうのか……是非、ウチの社を継いで欲しかったんだがなあ。まあいつでも帰ってきて来れるようにしといてあげるから」
「あはは。まあ……ありがとうございます。必ず帰ってきますよ」
鳥居が光りだす。
「じゃあ、そろそろ行きますね」
俺が歩き出そうとすると笑顔で見送っていただけどアオイが後ろから走り寄ってきた。
「な、なんだよ?」
「アナタ、いってらっしゃい……なるべく早く帰ってきて昨日の夜の続きをしてね!」
お、おい! 誤解されるようなことを! ……チューはしているがそれ以上の誤解をされるだろうに!
案の定、おキツネ様とオジサンが「リョウタのエロ!」とか「結婚前にそこまでは許してない」とかギャーギャーと何事か怒っている。
「い、いや違います。そんなにやってないです。まだ」
まだチューしかしてないですと言い訳をしようとした時だった。
「えいっ!」
「え?」
アオイに背中を押される。俺は鳥居の向こうに飛ばされた。懐かしの異世界カナンの地だ。
「完全に誤解されちゃったよ。ハハハ。でもまあいいか」
家出少年として異世界に来た時とはもう違う。
帰る場所も迎えてくれる人もいる。
俺は異世界の青空を眺めた後に、美味しい空気を胸いっぱいに吸い込んで開拓村を目指した。
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