16 おキツネ様の感触
タイトルを『異世界の村を日本化してスローライフ ~魔法詠唱は日本語で575~』から『575の詠唱使い ~最強の汎用魔法でスローライフ~』に変更しました。
手を振る魔王リリスに、こちらも何度も振り返って、手を振りながら見えなくなるところまで歩く。
「よし、そろそろ転移魔法をしてもいいだろう」
俺は転移でどこにでも行ける。だから先にアリシアとメアリーを故郷まで送ろうと思った。
「転移魔法で先にアリシアとメアリーの故郷にそれぞれ送ってあげるよ」
俺はそうにこやかに言ったのだが二人は曖昧な笑いをしている。
「ん?」
アリシアが事情を話しはじめた。
「いや実は私はこうみえてもそこそこいい家の出なんだ」
「本当かよ?」
「本当かよってどういう意味?」
「あ、いや……すいません」
メアリーがフォローする。
メアリーが遠慮勝ちに説明した。スライムの時とは違っておしとやかな敬語だ。
「アリシアは本当にご令嬢ですよ」
メアリーが言うにはアリシアはこの世界の貴族のご令嬢らしい。
「それで有名な魔法学校に通ってたんだけどね……」
だから魔法に詳しいのか。しかしそこから先の事情の説明がない。
メアリーが代わりに説明した。
「アリシアはその時に街に滞在していた私たちについて来ちゃったんです」
私たち? ああ、あの勇者(仮)と戦士(仮)か。
「家を出る時に大喧嘩しちゃって……勘当気味なのよね。元々はおじいちゃんが魔物に殺されたから強くなりたいって魔法を学んだらこうなっちゃった」
「そんなことがあったのか。メアリーは?」
「私は子供の時に家族が殺されて教会で育ちました。教会もあまり……だから冒険者になりました」
「俺とちょっと似てんな……」
それでメアリーはこの世界に住みなよって言ってくれたのか。
どちらにしろ二人は故郷があってないようなものだな。
「で、私たち考えたんだけどリョウタが開拓村のモーンから日本に帰るって言うなら私たち開拓村で待ってようかなって」
モーンとはこちらの言葉で鳥居のことだ。
「開拓村で?」
「私たちならモンスターもやっつけられるから村に歓迎されるでしょう?」
「でも、結構強いモンスターも出るぜ?」
俺は開拓村で熊が出たのを思い出す。確か……名前は……。
『キンググリズリーじゃ』
おキツネ様に教えてもらう。
「キンググリズリーとか」
「それぐらいならなんとかなるよ。レオさんも命令を理解できるような強いモンスターはもう人間の国には行かなくなるだろうって言ってたし」
「なら大丈夫か」
「うん。入植者も求めてるだろうし、私とメアリーはそこで暮らせないかなって」
なるほど悪くないかもしれない。メアリーが言った。
「もしリョウタくんがやっぱり日本を生活の拠点にしても、すぐに会えるからってアリシアと私で考えたんです」
「ばっ馬鹿。なんでそういうことアンタは平然と言っちゃうのよ」
二人はヒソヒソと話している。
最強の俺がいればなんだかんだ便利だしな。
まあ、二人になら使われてもいい。
「じゃあ二人とも開拓村に転移するってことでいいのか?」
ちょっと顔の赤いアリシアと冷静なメアリーが同意する。
「うん」
「リョウタくん。お願いします」
「わかった」
俺は指を折りつつ575の音を探す。
「転移でね 開拓村に 帰ろうか」
唱えると体が光り、景色がフッと変わる。
懐かしの開拓村の広場だ。
俺はここで村人の様子を見て魔王を討つことを決意したんだった。
急に現れた俺たちに驚いた様子の村人たち。
俺たちはもう何度か転移魔法を経験しているので特に驚かない。
「あ、あなたはエレンを助けて魔王城に向かった冒険者さん」
「どうも~」
「え? この国の言葉が話せたんですか?」
「ああ、実は色々あって」
「とにかく、長老とエレンを呼んできますね」
「あ、どうもお願いします」
話した村人は小さな子供を連れたお母さんだった。
しばらく待っているとエレンと長老が来た。
「ああ、無事でよかった……」
とはエレンの言だ。けれども長老は俺の無事よりも魔王打倒の首尾を聞きたかったようだ。
「それで魔王は?」
「いやあ。それがちょっと複雑で……とりあえず倒せてはいません……」
「なんじゃ……」
長老はあからさまにガッカリする。
でもこれから村に出没するモンスターはどんどん減りますよって教えてあげようか。でも理由がなあ。
エレンが言う。
「そんな良いんですよ。無事に帰っていらしただけで」
「ありがとうございます」
「それでちょっと長老とエレンさんにご相談なんですけど」
アリシアとメアリーを開拓村の入植者にしてくれないかと頼む。
「むしろお前さんが来て欲しいのじゃが。この村の男はもう老人のワシぐらいしかおらんし。それに戦力になるじゃろ」
長老がそう言うとアリシアが笑って魔法詠唱をはじめた。
「コウリカミ ヒョウチュウノケン テキノトキ イマトメタマエ エタナルブリザード!」
近くの岩が氷塊の中に閉じ込められた。
あの岩がベンチ代わりに便利だったのに。
「おお、凄い。これならワシのヘボ魔法などいらなくなりそうじゃな」
長老はそれを見て大いに喜んでいた。なるほど長老はこの村唯一残った戦士でもう戦いたくなかったのかもしれない。
メアリーも回復役だと言ったら喜んで開拓村に受け入れて貰えることになった。
◆◆◆
一泊させてもらって次の日の朝、神社に行く。アリシアは万が一、モンスターが出てきた時のために村に残ってもらった。
文句を言っていたが仕方ない。
一緒に来てくれたのはメアリーとエレンだった。エレンには事情を伝えてないけどまあ良いだろう。
鳥居の前に立つ。じゃあ、おキツネ様。
『良いのか? 良さそうな村ではないか。そっちに住んでも良いんじゃぞ……』
おキツネ様は日本に顕現してしまったので日本にしかいられないらしい。会うには日本に戻って会うしかない。
鈴を介してではなくどうしてもおキツネ様に会いたいのだ。
『……そぅ……言われるとな……まぁ……なんだ……ワシも悪い気はせんがの……ちょっと待て』
しばらくすると鳥居が光りだす。
『さあ。ワシとリンクしているリョウタなら戻れるはずじゃ』
メアリーとエレンに挨拶した。
「じゃあなるべく早く戻ってくるから」
「行ってらっしゃ~い」
「え? え? モーンが光ってる?」
俺は鳥居をくぐる。鳥居をくぐると景色が変わっていた。
おお……あの懐かしの山の中の社だ。俺はすぐに目的の人を探す。だがいない。
と、思ったら背中をポンと叩かれた。
ふり向いて下をみると狐耳で巫女服のチッコイ少女がいた。
どうやら鳥居から出てくるときに後ろにいたようだ。
「おかえり……」
「……ただいま」
鈴はもういらない。ポケットにしまってもおキツネ様への気持ちは伝わっていると思う。
「もう……リョウタは神様に……無礼じゃぞ」
「ダメですか?」
「ワシの依頼をよく頑張ってくれからな。特別に許す」
俺は生身のおキツネ様を抱きしめ続けた。




