11 魔王のキス
ゴルベールの背丈はテーブルの上に立つ俺と同じぐらい巨漢で黒い甲冑を着ている。
全身鎧の兜で顔も見ることが出来ない。
威圧感は魔王以上で、どす黒い気が鎧から立ちのぼっていた。
「フフフ。どうしたリョウタス。魔王様の騎士をするのでは無かったのか? 好きに攻撃するといいぞ」
ゴルベールは防御に絶対の自信を持っているらしい。俺にとっては最大のチャンス。
もちろん先制攻撃をさせてもらう。心のなかで575の真名の組み合わせを探す。
「逃げてー! アナタじゃ絶対にゴルベールには敵わないわ!」
コイツからだけは逃げるつもりはない。魔王は直接……そしておそらくエレンもメアリーも間接的にこいつのせいで家族を失った。
575が思い浮かぶ。
「良し!」
ゴルベールは余裕の態度だが、魔王の……いやゴルベールの幹部たちは僅かな緊張が走る。どうだろうとこちらは先制攻撃で必勝するしかない。
「灰になれ…… 魔将と幹部……」
5、7まで魔法詠唱を唱えた時だった。
俺のあまりに流暢な魔法詠唱を危険と判断したのか左右から幹部が跳びかかった。
一人はレイピアを持つ顔がタカの魔物、一人は爪をむき出しにした顔がヒョウの魔物。
詠唱が先に終わるか? 先に斬られるか?
だが……タカの魔物の顔には黒い三角帽が覆いかぶさり、ヒョウの魔物の顔には飛び跳ねたスライムがぶつかった。
新顔の登場に二人の幹部が驚いてためらう。やはり幹部の一人が「誰だ!?」と聞いた。
「ゾンビ魔法使いのアリシアン! 骸骨戦士リョウタスを助太刀するわ!」
「スライム僧侶のメアリン! 同じく!」
やってくれたぜ、あの二人。時間を作ってくれてありがとうと心のなかで感謝する。
そして最後の5を唱えた。
「……地獄の火!」
俺がそう唱えた瞬間、ゴルベールと幹部の足元から超圧縮された業火の火柱が立ち昇る。
幹部たちは一瞬だけギャッと悲鳴を上げた後、黒い影になり、すぐにそれも残さずに火柱に消えていった。
俺はそれを横目で確認しながらテーブルを飛び降りて魔王に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「す、凄い。幹部たちを一瞬で。アナタからはそんなに大きな魔力は感じないのに」
「いや、実は俺ですらわからないんですけど……正月中は無敵らしいんです。ハハ」
「そんな骸骨がいたんですね。今まで知らなくてごめんなさい」
魔王が俺の胸にそっと寄り添う。寄り添われても胸の肉はなくてハンガーのように日本から持ってきたシャツがかかっているだけだ。
ところが俺はあることに気がついた。幹部たちは灰になって消えた後、火柱ごと消滅したが、ゴルベールの火柱だけはまだ残って猛烈な熱を発している。
しかも、いまだに鎧は消滅せずに黒い物体として火柱の中に残っているようだ。
黒い物体が動いて火柱を飛び出る。俺のほうに襲いかかってきた。ゴルベール火柱のなかで生きていた。奴の拳がうなる。
テーブルを蹴り飛ばした俺の足はまだ強化されていて横に逃げればかわせるかもしれない。
だが胸には魔王がいる。しかも彼女はまだ危険に気がついていない。
魔王を庇うために押し飛ばしてから、その反動で逆方向に逃げる。だがゴルベールの拳のほうがわずかに早かった。
左肩をかする。かすっただけにもかかわらず俺の左肩の骨は砕け飛んだ。体も数メートル吹っ飛ぶ。
「リョウタース!!!」
「リョウタ!!!」
「リョウタくん!!!」
魔王とアリシアとメアリーの叫びが聞こえた。
「フハハ。驚いたぞ。ただの骸骨が見事な魔法詠唱だな。だが魔神から賜った黒い甲冑を着ている俺にはせいぜい焚き火にあたったぐらいにしか感じんぞ」
さすが敵の大ボス。だが骸骨の俺は痛くはない。それよりもコイツをぶちのめさねば!
「さあ、これからお前たちをいたぶり殺した後に魔王様には俺の子供を産んでもらうぞ」
俺は立ち上がって再びポーズを取った。
「ほう。頭を砕いたと思ったが左肩だけですませたか。まだなにかやるつもりならやってみると良い」
俺は自分の能力が無敵とわかりかけている。この能力の強みは汎用性だ。先ほどの攻撃はイメージも詠唱も外からを想定していたが……。
「ゴルベール 魔神の鎧 その中に 地獄の炎 灰も残さん!」
初めての57577の魔法詠唱。しかもイメージも詠唱内容も鎧の中からの攻撃だ。
ゴルベールは硬直して止まる。まさかダメだったのか?
しかし、その直後、ゴルベールの鎧の穴や関節部の隙間から轟音とともに炎が噴出する。
「グアアアアアアッ! この俺がまさかただの骸骨にいぃぃ!」
もう断末魔の声も聞こえないが鎧から炎を噴出しながらの仁王立ちをしている。
俺は炎が噴出していない鎧の胸部を強化された足で蹴り飛ばした。
黒い鎧はバラバラに飛び散る。中身には灰すら残ってないようだが鎧はそのまま残った。
「ふんっ! 魔王の親父さんに地獄で土下座してこい!」
諸悪の根源は倒した。
ゾンビのアリシアとスライムのメアリーが走り寄ってくる。
「やったね。凄いよリョウタ! 黒幕だった魔将軍を倒しちゃうなんて英雄だよ!」
「チョーかっこよかったよーリョウタくーん!」
「え? そう?」
ゾンビとスライムからでも褒められると照れてしまう。
けれどアリシアが不思議そうな声を出した。
「でも……その左肩本当に痛くないの? 私ゾンビでも痛いんだけどなあ?」
アリシアは左頬をツネっている。
ん? そう言えば痛いような。痛くないような。
「イテ、イテテ? いでででででででええぇぇ!」
どうやら怒りでアドレナリンMAX状態になって痛みを感じなかっただけのようだ。
メアリーが叫んだ。
「私が回復魔法をするから砕けた骨を集めてきて!」
アリシアと魔王が骨を探しまわっている。
かき集めた骨を皆でジグソーパズルのようにはめてメアリーが回復魔法をする。
すると今までの数倍の痛みが走り、肩が崩壊しはじめた。
「ぎゃああああああああ!」
「いけない! 骸骨はアンデッドだったことを忘れてた。アンデッドは回復魔法が弱点だった!」
メアリーが重要なことに気がつく。こいつらに頼っていられない。
「元にもどれ! いや6文字だ! 肩戻れ! 5文字! 肩戻れ! 肩戻れ!」
俺はしばらく「肩戻れ」と言いまくった。すぐに痛みは引いて完全な骸骨に戻った。
「あ~痛かった……けど肩も元通りになったみたいだ」
これで本当にすべてが終わった。
「魔将軍を倒したまではカッコ良かったけど最後がちょっと失敗しちゃったね」
「そうだね。90点かな」
アリシアとメアリーが笑う。
問題が片付いたから言ってるんだろうけど骸骨に回復魔法をかけたのはアリシアとメアリーなのにあんまりだ! 肩の骨が砕けた時だって俺がアドレナリンMAXで戦ってなかったら負けてたかもしれないのに!
「いいえ……骸骨戦士リョウタスは……本当に本当に素敵でした」
「あ、魔王様」
魔王が俺のそばに寄り、また肉のない胸にそっと顔をうずめた。
アリシアとメアリーがギャーギャーとなにか言っている。
女の子のなんとも言えない香りがする。
「こんなことしかお礼ができてなくてごめんなさい。騎士様」
魔王は背伸びして唇のない俺の口にキスをした。
骸骨になったことをこれほど後悔するとは思わなかった。
人間でもあることを打ち明けてもこの続きが出来るだろうか?
でもその前に魔王に骸骨戦士リョウタスじゃなくて人間のリョウタであること打ち明けないといけないんじゃないか?
じゃなくて……人間の国を攻めるのをやめてくれるかな。大丈夫だよな。多分……。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
『異世界料理バトル』第一巻発売中です。こちらもよろしくお願いします。




