10 骸骨戦士リョウタス!
魔物に変身した俺たちはビビりつつも堂々と魔王城に潜入した。
途中で骸骨の前を通るも
「やあ」
「おう」
といった挨拶で済んだ。魔物はあまり他人の仕事に興味ないのかもしれない。
それとも興味ないのは骸骨だけか。だとしたら骸骨は歩哨に向いていない。
廊下を歩きまわって魔王の居室を探す。
本拠地だけあって見るからにヤバイ魔物と何度もすれ違うがなにもなかった。
安心してドンドン探す。
「メアリーの 全身タイツ 乾かして」
俺は魔王の居室を探しながら優先するべき事項も処理していた。抜かりはない。いや別にタイツを乾かすことが優先事項だったわけではない。魔物になっても日本語で魔法ができるか確認したのだ。ちゃんと乾いただろうか。
……乾いたぞ。どうやら575の魔法詠唱は威力だけではなく汎用性も抜群のようだ。
「凄い……本当にリョウタの魔法詠唱は聞き惚れてしまうわ~。ところでどんな効果を?」
色っぽいゾンビのアリシアがあ”~とかう”~とか言いながら褒めてきた。聞き惚れてしまうような魔法詠唱でおしっこタイツを乾かしたとは言いにくい。
おしっこを乾かすなんて魔法詠唱といえるのかとも思ったが魔法言語の研究をしているアリシアからお墨付きを貰えた。
「リョウタくん。スライムは歩くのが大変だから肩に乗っていい?」
スライムのメアリーが肩に乗りたいとピョンピョン跳ねている。ゾンビのアリシアが怒る。
「私の肩に乗りなさいよ。リョウタは魔王打倒の主戦力なんだから」
「ヤダヤダヤダ! リョウタくんの肩に乗りたい」
人の時のメアリーは物静かで遠くから俺をうかがったりしていたが、実はこっちが〝素〟なのかもしれない。
「どうぞ~」
「わーい。ヤッター」
骨の手でスライムを拾い、肩に乗せた。
「いいなぁ私もゾンビじゃなくてスライムだったらよかったのに」
「え? なんで?」
「い、いや別に」
アリシアはそっぽを向いた。確かに女性なら腐った死体よりも可愛いスライムのほうがいいかもしれない。
俺たちはそれからも魔王の居室を探しまわった。
「見つからねぇ。でかすぎるだろ……この城……」
「だいぶ奥までは来てると思うんだけど」
あたりをつけて探さないとダメかなと思い出した頃、目の前のドアから廊下になんと女の子が現れた。
アリシアに聞く。
「人間?」
「リョウタ、知らないの? アレが上級魔族よ」
上級魔族? なるほど。よく見ると灰色で羊のような角が生えているし、瞳が赤い。それ以外は美少女と言っていいだろう。
ボンテージファッションというか体にぴったりした黒革のハイレグ服が目を引いてしまう。
まあ眼窩は窪んでいるのでしゃれこうべの角度が変わっただけだけれども。
おシリをアリシアにつねられて、顔をメアリーのスライムタックルでペチペチとやられているが、どうせこの魔物も無視だろうと通りすぎようとした。
「お疲れ様です」
ところがにこやかに挨拶された。
「あ、ど、どうも」
反射的に挨拶した。この子は俺より二つか三つぐらい下に見える。15歳ぐらいだろうか?
ちなみにおキツネ様は13歳か14歳ぐらいだ。
アリシアとメアリーは19歳、20歳ぐらいか。
この女の子は若いが微妙な圧迫感がある。きっと〝強い〟のだろう。肌で感じる。
女の子はさらに話しかけてきた。
「お仕事はなにをされてるんですか?」
「し、新人の家政婦です」
「まあ、そうなんですね。家政婦のお仕事は楽しいですか?」
「え、ええ……楽しいです」
アリシアが世長けた返事をした。ひょっとしてバレてしまうのではないかとドキドキしたが大丈夫そうだった。
しかし、直後、まったくダメダメな返事をしたヤツがいた。俺の肩に乗っているメアリーだ。
「どうして人間の国を侵略するの? やめたほうがいいよ」
ちょっちょっと! メアリー!
「実は私もそうしたいのですが……。魔将軍ゴルベールが」
「え?」
この子は攻めたくない? 魔将軍のゴルベール?
「あ、なんでもないのです。お仕事、楽しくてよかったですね。スライムのアナタは絶対に人間の国への侵略するような作戦に参加しちゃダメよ。危ないからね」
メアリーはもうスライムの気分になっていた。
「うん! メアリン戦わない!」
メアリンって誰だよ……。
「じゃあ私はゴルベールの会議に呼ばれているから行くね」
そういうと上級魔族の女の子は軽く手を振って小走りで去っていった。
骸骨の俺とゾンビのアリシアは顔を見合わせた。考えていることは同じである。
腰は低かったけど話の内容からしてさっきの子が魔王なんじゃねーの?
スライムに成りきっているメアリーが言った。
「魔王様って良い人だねえ」
疑念は確信に変わった。
「後を追うぞ!」
「うん!」
俺とアリシアは魔王が入った部屋を確認した。中からは少しだけ声が聞こえるが扉は厚いようで聞き分けることはできない。
くそ、なんとか会議を聞きたい。こうなったら魔法詠唱だ。しかし慌てているので上手い575が思いつかない。
「えーと、うーんと」
指を折って思いついたのはどうしようもないものだった。
「家政婦は 魔王の会議を 見た聞いた」
ひどい575が出来た瞬間、廊下の景色がフッと消える。
気がつくと俺達三人は四つん這いになった状態で四角い影の下にいた。四方からは光が入っている。
正面に黒革のハイレグの股と太ももが大アップで見えた。
声を上げそうになるのを必死で抑える。
つまり俺達は会議室のテーブルの下にいるのだ。目の前で座っている黒革ハイレグの少女は魔王で確定だろう。
ガンッ!
急にテーブルを叩かれて俺たち三人はビクッとする。
「魔王様、早く人間の隣国エルガルドを攻め滅ぼしましょう」
「魔将軍ゴルベールよ。父上がエルガルドの人間の勇者に殺されてお亡くなりになってから10年しか経っておらぬ。こちらにも被害は出ておる。昨日も四匹のスライムが死んだらしい」
なるほど。隣国エルガルドがエレンの開拓村がある国なんだろう。そして先代魔王はエルガルドの勇者に殺されて。少しだけ現魔王に同情してしまう。
少しどころかさっきの件もあってかなり……。
「魔王様はなまぬるい! 人間も少しはやりますからスライムぐらいは死ぬでしょう。ささいな犠牲です」
なるほど。さっきから人間の国を攻め滅ぼせと主張するのが将軍のゴルベールか。
「ささいな犠牲か……ゴルベールよ。この際、ハッキリ言おう。私は人間の勇者が我が父を殺したという件も疑っている。なぜなら人間の国では魔王の交代があったことすら知られていない。だからその犯人が人間とわかるまでは人間の国を攻めるのは休止する」
え? どういうことだ? 先代魔王って勇者に倒されたんじゃないの? そういう顔をしてアリシアを見る。
私も知らないわという感じで首を振られた。ゴルベールの大笑いが聞こえてきた。
足だけ見えるゴルベールは如何にも硬そうな黒い甲冑をしていて肌は一切見えない。
他にも強力な魔物が何匹もいるようだ。鱗が生えたドラゴンの足のようなものも見える。
「休止!? ハーハッハ。まさか私が先代魔王様を殺して魔王国を思うままにしているという噂を信じているのでは?」
な? 大分きな臭い話になって来たぞ。
「ま、まさか。そんなことは言ってない。幼い私を支えてくれてお前に感謝している」
「フフフ。感謝している、ですか? なら褒美を頂きたいですな」
「なに?」
ゴルベールが甲冑の音をガチャガチャたてて魔王にほうに歩く。
ゴルベールの具足が魔王の足の隣に来る。
真正面にあったハイレグの股と太もも位置がゴルベールのほうを向く。
「な、なんだ? 褒美とは?」
「褒美は魔王様ご自身」
「ど、どういうことだ?」
「こういうことだ」
「きゃああああああ! なにをする!」
なにか硬いものとテーブルがぶつかった音がする。そして黒革のハイレグが半立になって悶える。
おそらくゴルベールが魔王の頭をテーブルに押さえつけたのだろう。
「魔王様は少し賢くなりすぎた」
「な?」
「これからは私と魔王様の御子が新魔王様となられるだろう! 先代の魔王様も人間と和平がしたいなどと仰られた。それでは困るので私が殺したのだ」
「き、貴様~みんな聞いたか! ゴルベールは賊だ! 父の仇だぞ! 討て!」
だが魔王軍の幹部たちからは笑い声が出るばかりで誰も動こうとしない。
「ここにいる者たちはそんなことみ~んな知っていますよ」
「なんだと……お前たち……本当なのか!?」
既に魔王の声は涙に濡れていた。会場にはゲスな笑いだけが響き渡る。
「さあ、ゆっくりと私と新しい魔王を作る子作りをしようではありませんか」
「誰か……誰か……助けて……」
「好きなだけ泣け。お前を助ける魔物はなんて誰もいない。誰かいるか?」
ゴルベール……怒りが頂点に達した。
「ここにいるぞ! 足強化!」
神数5による真名で俺の足を強化する。光る足でテーブルを蹴りあげた。
テーブルをぶちぬいて、そのまま上に立った。
ゴルベールが動揺の声をあげた。
「なんだ? なんだ?」
ゴルベールはテーブルの上に立っている俺と同じほどの巨体だった。顔も含め全身が黒い甲冑で覆われている。
そのゴルベールに机に押さえつけられていた魔王が叫ぶ。
「アナタさっきの!」
ゴルベールが魔王に聞いた。
「知っているのか? 何者だ?」
俺が少し考えて叫んだ。
「俺の名は……そう……骸骨戦士リョウタス!」
「骸骨戦士リョウタス?????」
俺はテーブルの上に乗ったままゴルベールを指差した。
「魔将軍ゴルベール。魔王様を助けるものは誰もいないと言ったな。俺は魔王様の騎士だ……貴様を討つ!」
「フハハハ。まさか骸骨ごときがこの俺を討つとはな! 啖呵をきったものよ。なんでもするがいい!」
ゴルベールは魔王を放して仁王立ちで笑い続ける。お前ごとき戦闘態勢をとるまでも無いと言わんばかりだ。
魔王軍の幹部たちはそれぞれが必殺の構えをとって俺を囲む。
俺もおキツネ様に言われた魔法のイメージを補完するためのカッコイイと思うポースを取る。
今、決戦の火蓋が切られようとしていた。




